第8話 静かなる異変
【あらすじ・ご案内】
第8話をお読みいただきありがとうございます!
新型兵器のダメージを癒やすため、本格的な入院が決まった直影。
そんな彼を気遣う仲間たちが集う温かな日常の裏で、禁術に手を染めた長男・道離の様子に「異変」が生じ始めます。
直影や七技が兄を信頼し続ける一方で、周囲の勘の鋭い者たちが感じ取った違和感とは――。
朝の清々しい光が差し込む道場に、木刀が鋭くぶつかり合う打撃音が響いていた。
「小夜さん、踏み込みが甘い。もう一度!」
「はいっ!」
「兄さんの気迫に負けずに、さぁ!」
「いやぁぁっ!!」
木刀を構える小夜の稽古相手を務めているのは、長男の道離兄さんだ。
(しばらく入院することになるからな……兄さんには少し負担をかけるな)
あの新型兵器によるダメージを治癒するため、医療カプセルに入って本格的な治療を受けることが決まった俺。昨日、家族で話し合って決まったその入院を控え、しばらく体を休ませる俺の代わりに、兄さんが久しぶりに小夜の指導を買って出てくれたのだ。
「久しぶりだな、小夜が道離兄さんの稽古を受けるの」
道場の縁側では、体を休める俺と末っ子の七技が並んでその様子を見守っていた。
「あぁ、僕も久しぶりに見るよ」
「ところで直影、体調は大丈夫か? 今日から入院してもいいんだぞ?」
「ああ、まだ体に変な違和感があるが、命に別状はないよ。カプセルに入って集中治療を受ければ、体内に残った兵器のダメージも抜け切るそうだ」
「そうか……」
「少し寂しい思いをさせるけど、すぐ戻ってくるからな、七技」
「寂しいのは……まぁ、そうだな。ちょっとだけ寂しくなるな」
素直に微笑む七技の横顔に温かい気持ちになりながら、俺は再び稽古場へと目を向けた。
「……それにしても、兄さんの稽古はやっぱり凄いや」
「あぁ、本当に気迫が違うね」
俺が感心したように呟いていた、その時――。
対峙している小夜の胸中には、言葉にできない異様な違和感が芽生えていた。
(何かしら……いつもの優しい兄上様のはずなのに……)
合わせる木刀から伝わってくるのは、温かさのない、どこか機械的で冷ややかな重み。
「小夜さん、乱れていますよ」
道離兄さんの浮かべる笑顔はいつも通り穏やかだ。だが、その目の奥には一切の感情が宿っていないかのように空虚だった。
「小夜さん、集中!」
「……っ!?」
次の瞬間、兄さんがふっと深く踏み込んだ。
「つきぃっ!!」
「きゃっ……!?」
加減を感じさせない鋭い一撃が小夜の防具を撃ち抜き、思いのほか強い衝撃を受けた小夜は驚きの声をあげて後ろへと弾き飛ばされた。
「小夜!!」
「小夜さん!」
七技が慌てて立ち上がり、駆け寄っていく。
「小夜、大丈夫か!?」
「う、うん……大丈夫」
兄さんはすっと木刀を引くと、どこか他人事のように穏やかに微笑んだ。
「すまない、小夜さん。少し力が入りすぎてしまったようだね」
「い、いえ……大丈夫です、兄上様。ご指導ありがとうございます」
受けた手に残る重い痺れと、兄さんの冷ややかな眼差し。
「兄さん、さすがに今のは強すぎるよ……」
「まったくだ……道離兄さん、スパルタだな……」
「いや、本当に悪かったって……」
俺たちが苦笑いしながら会話を交わす中、小夜の胸のざわめきは一層大きくなっていった。
(あの一瞬だけ……なんだろう、この感覚……)
そこへ、道場に賑やかな足音が近づいてきた。
「よっ、直影!」
「朝から失礼します」
「えっ? 君たち……!?」
姿を現したのは、俺の仕事仲間であるガルクとセツナだった。
「私達も失礼しますね」
「あっ! エルヴァンとフィナ!」
七技の親友であり異能国の古代術式学者・エルヴァンと、小夜の友人である霊峰国出身の術士・フィナ。さらに、その後ろから二人の人物が続く。
「やあ道離、ここにいたか。直影殿の見舞いと聞いてね」
「おはようございます。道離様のスケジュールおよび公務の調整でお伺いしました」
「あっ、蒼竜さんにアミナさん! 兄さんの仕事仲間まで来てくれたのか!?」
龍神国の筆頭龍騎士であり道離兄さんの親友兼私設秘書を務める蒼竜さんと、機巧国出身の公設秘書アミナさんも、俺の見舞いに駆けつけてくれたのだ。
「どうしたんだよ、みんな? 見舞いに来てくれたのか?」
「直影、これから入院とはいえ無理は禁物だぞ」
ガルクが腕を組みながら言えば、セツナも静かに頷く。
「ええ。ですが、適切な処置を受けられることになって本当に良かったです」
「あぁ。みんなには心配をかけたな」
「直影様、こちらをお持ちください」
フィナさんが、綺麗な小袋に入った薬を差し出してくれた。
「私の母国で採れる霊草を調合したお薬です。カプセルでの治療中に投与することで、体内に残った異質なエネルギーを散らし、回復を大幅に早めてくれますよ」
「助かるよ、フィナさん! 入院中もカプセルの濃縮液で体が痺れそうだったから、すごく頼もしいよ」
俺は爽やかに笑い、薬を受け取った。
「カプセル内での術式処理の流れは僕も確認させてもらったよ」
エルヴァンが眼鏡の奥の目を光らせ、七技の肩を叩く。
「入院中はカプセル内で細胞の再生を促しつつ、フィナの薬を併用する。七技の素早い手配のおかげで、深刻な後遺症も防げそうだ」
「ありがとう、エルヴァン。お前がいてくれて本当に心強いよ」
七技が嬉しそうに微笑み、俺も「兄さんが駆けつけてくれたお陰で助かったし、みんなには感謝しかないよ」と無邪気に笑った。
「道離、次の公務の時間だ。そろそろ戻ろう」
「ええ、すぐに向かいましょう」
「そうだな、二人とも今日も頼む」
兄さんはいつも通りの穏やかな態度で二人に応じる。だが、長年の親友である蒼竜さんは、どこか掴みどころのない兄さんの瞳に、かすかな引っかかりを感じていた。
「さて、友の顔も見たことだし、僕たちもそろそろ失礼するよ」
「あぁ、送っていくよ」
何も疑わず、これから始まる入院生活と兄への絶対的な信頼を抱く俺と七技。
だが――その部屋の中で、少数の者たちだけが言葉のない視線を取り交わしていた。
(さっきの稽古の時の、あの冷たいお顔……昔の兄上様とは何かが違う……)
小夜は胸元をギュッと握りしめる。
(ええ……魂の気が死んでいます。今の道離様は、まるで空っぽの器のよう……)
セツナは静かに目を伏せ、冷や汗を拭う。
(古代術式の観点から見ても、道離様の周囲の空間エネルギーに不自然な歪みがある。まさか……)
エルヴァンも不信感を深め、親友である蒼竜もまた、(……今日の道離は、何か違う。私にさえ見せない『壁』のようなものを感じる……)と胸のざわめきを拭えずにいた。
「そろそろ、父さんと母さんも起きるか」
俺と七技が笑い合うその傍らで。
小夜をはじめとする勘の鋭い者たちの間にだけ、道離兄さんの『変貌』に対する静かな、しかし決定的な警戒と確信が共有され始めていた。
【あとがき】
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
直影の治療に向けて温かい絆が見られる一方で、感情を失いかけた道離の「冷たさ」と空間の不自然さに、仲間たちが気づき始める緊張感あふれる回でした。
頼れる長兄として振る舞う道離の仮面が剥がれ落ちる日は近いのか……?




