第5話 長男・道離の選択
【あらすじ・ご案内】
第5話をお読みいただきありがとうございます!
今回は、温かな思い出を共有する家族との歓談の裏で、長男・道離が完全に引き返せない道へと踏み出してしまう運命の回です。
家族を守るため、そして理想の世界を作るために選んだ「禁忌の選択」とは――。
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翌日の夕刻。
央和ノ国の城砦からは、夕暮れの空が茜色から暗紫へと染まっていく様子が見渡せた。
欄干にもたれ、沈みゆく太陽を見つめる俺の背中に、直影が声をかけてくる。
「兄さん、またそんなところにいるのか。昨夜の件は無事に解決したっていうのに」
「……ああ、直影か。ちょっと夕陽を見たくなってな」
俺は振り返り、いつもの優しい笑顔を浮かべた。
「……兄さん、大丈夫かい?」
「うん……最近、働きすぎかな。今夜は部屋で休むよ」
だが、その笑顔はすでに温もりのない、完璧に作り込まれた仮面に過ぎなかった。
(どれほど守ろうとしても……人は、何も変わらないのか)
「ん……? 兄さん、何か言ったか……?」
風に消えた俺の呟きに、直影は首をかしげるだけだった。
その夜。
夕食を終えた俺たちは、部屋に小夜も交えて先日の忍びの任務について話し合っていた。
「この資料によれば、この前捕まえた組織に協力していた『別の組織』があるらしいんだ」
「本当か、七技」
「あぁ。小夜も情報を手に入れてくれたからね」
「はい。私が勤めている情報管理局で調べました。もちろん、私たちの正体が悟られないよう慎重に扱っています」
小夜のサポートもあり、着々と裏のつながりが浮き彫りになっていく。
ひと通り情報の共有が終わったところで、俺は胸の奥に溜まっていた問いを静かに口にした。
「……なあ。前にも少し話に出たが……もし本当に『異世界』が存在するとしたら、お前たちはそれがどんな世界だと思う?」
突然の問いかけに、三人は一瞬顔を見合わせる。
「どんな世界か、ねぇ」
直影が腕を組み、気楽そうに天井を見上げた。
「まあ、俺たちの世界と似たようなもんか……案外、争いも何もない平和で退屈な世界かもな。俺たちの暮らしに害がないなら、どんな世界でもいいさ」
「そうですね……」
小夜が胸の前で小さく手を重ね、祈るように微笑む。
「もしあるのだとしたら……人々が助け合い、穏やかに笑い合って暮らせる、温かく優しい世界であってほしいです」
「俺も小夜と同じかな」
七技も強く頷いた。
「俺たちの日常を脅かすような恐ろしい場所じゃなく、守るべき大切なものがちゃんと存在する……そんな世界だったらいいなと思うよ」
「……そうか」
俺はゆっくりと頷き、どこか寂しげな笑みを浮かべた。
すると、小夜が少し首をかしげて尋ねてくる。
「あの、道離兄上様は……どんな世界があると思いますか?」
「うん? そうだな……争いがないのが一番だな。それと……隠された真実を調べる俺たちのような、いや、それ以上の存在がいる世界があるといいな」
「忍者以上の存在、ですか?」
「ああ。隠された古代の都市や、古い者たちが新しい者へ当時の出来事を遺した石板……そういったものを探し求める『冒険者』のような者たちだ。そんな世界が存在するのだと、俺は信じたいな」
「……冒険者」
噛み締めるように呟く小夜に、俺はくすりと笑った。
「おや、小夜さん。意外だったかな、俺から冒険などという言葉を聞くのは」
「あ、いえ、その……少し、驚きました」
照れたように目を細める小夜を見て、直影がニヤリと笑いながら口を挟む。
「驚くのも無理ないよ、小夜ちゃん。実は道離兄さん、子供の頃は冒険家になるのが夢だったんだぜ」
「そうなんだよ」
七技も昔を思い出すように目を輝かせた。
「小夜がここに来る前は、よく道離兄さんに連れられて、俺と直影兄さんで『冒険家ごっこ』をして遊んだんだ。家の中や近くの街で、珍しいものを探したりしてね」
「それが忍びとしての訓練にもなったから、しばらく夢中になって遊んでたんだけどさ。父さんや母さんに見つかってはこっぴどく叱られて、使用人や街の人たちからは『仲が良い兄弟だ』なんて笑われたりして……」
「ふふ、とても賑やかで楽しそうな思い出ですね」
「ああ、本当に楽しかったよ」
昔話に花を咲かせ、温かい笑顔を交わし合う二人の弟と小夜。
その光景を愛おしそうに見つめながらも、俺は静かに目を伏せた。
胸の奥で、黒く冷たい渦が急速に広がり始める。
「……お前たちの言う通りかもしれないな。皆の考えもあり得る……きっと、そういう世界もあるはずだ」
表向きは静かに同意しながらも、俺の心は絶望の深淵へと沈んでいっていた。
(ああ、お前たちの言う通り……そんな温かく希望に満ちた世界が存在するのなら、どれほどいいだろう)
昨夜目の当たりにした、人間の醜悪な罪と裏切りの光景が脳裏をよぎる。
(……だが。もしも、俺が思う以上に……欲望と裏切り、果てしない争いに満ちた『ひどい世界』だったとしたら……?)
(この世界ですら救いようがないというのに……その歪みの先にある異世界までもが絶望に染まっていたなら、そんな世界に一体どんな価値があるというんだ)
「……兄さん?」
突然黙り込んでしまった俺を心配し、七技が顔を覗き込んできた。
「あぁ、すまない。少し考え事をしていた」
俺はいつもの冷静な仮面を取り戻し、すっと立ち上がった。
「今日はここまでにしよう。明日はいつも以上に情報集めに集中してくれ……」
四人は話し合いを終え、それぞれ部屋を出ていった。
「……もしも、俺の想像を超える絶望の世界なら……俺がこの手で変えるしかない」
誰もいなくなった静寂の部屋で、俺はポツリと呟いた。
城全体が深い静寂に包まれた深夜。
俺は一人、城の地下深くにある誰一人立ち入らぬ「封印の間」へと降りていった。
「ここ、だったな……」
先祖代々「決して開いてはならない」と固く戒められてきた、巨大な石の扉の前。
俺の瞳から、最後の光が完全に消え去る。
(確認しなければならない。異世界の真実を……そして、人が変わらず、世界が壊れているのなら、俺が時空を超えてすべてを組み替える)
冷徹な決意と共に手を翳すと、重厚な地響きを立てて石扉が開き、奥から時間と空間を操る禁忌の力「時空忍法」の禍々しい闇が溢れ出した。
「この力で……俺が真実を確かめ、争いのない世界を作る」
奥の祭壇に鎮座していた古い巻物を手にとり、そこに刻まれた古代文字に目を走らせる。
「使うごとに、心から感情が消えていく……だが、かまわない」
禁術がもたらす凄まじい代償を承知の上で、俺は迷いを捨て、震える手で巻物を解き放った。
「許してくれ。直影、七技、父上、母上……小夜さん……もう、これしか方法がないんだ……」
(色が失われ、心がなくなろうと……俺がすべての絶望を喰らい尽してみせる)
暗闇の中へ手を伸ばしながら、俺は静かに、そして完全に――絶望の淵へと沈んでいった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
幼少期の「冒険家ごっこ」という温かな思い出と、現実の醜さに絶望して禁忌へと手を染める道離の対比が胸を締め付けます。
「時空忍法」を手にした道離によって、物語のギアはここから一気に加速していきます!
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