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勇者の遺品係ですが、死んだはずの本人から毎朝荷物が届きます  作者: sakumaaa
第一部 死者から届く朝便

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二つの葬列を返したら、同じ針穴が残った

エルマが黒札を置き、ルシアが青札を並べた。


 黒札の下辺。青札の下辺。


 俺は左手の指先で角を合わせ、重ねる。


 穴は、ぴたりと重なった。


「そのまま」


 エルマが札の端を押さえる。ミナは針箱から、穴より細い一本を抜き出した。


 針は黒い木を抜け、青い木へ引っかからず通った。


「同じ場所です」


「場所だけではありません」


 穴の右縁を、俺は指でなぞった。小さな三角のへこみがある。黒札にも、青札にも。同じ向き、同じ深さだ。


 まっすぐな針ではつかない傷だった。先の欠けた道具を押し込んだ時だけ、片側へ跡が残る。


 俺は二つの穴から、灰色の繊維を左手で抜いた。白布へ並べる。


 片方の先は右巻きにほどけ、もう片方は左巻きにほどけている。切れた端を寄せると、撚りが一本につながった。


「元は同じ糸ですね」


 ミナが言った。


「二枚を重ねて穴を開け、一本の糸を通した。その後で切った」


 黒札は十四日前、この広場で使われた。


 青札は別世界で、まだ一度も使われていない。


 自然に同じ場所へ傷が付くには、二つの世界はかなり几帳面すぎる。


「あと一時間四十一分」


 ルシアが青札を左手で持ち直した。


 黒い蝋はもう彼女を追わない。青い石粉だけが左靴に沿い、北門側へ細く伸びている。粉は靴の縁へ、わずかに寄った。


「穴の話は後です」


 エルマが測量紐を東へ引いた。


「青い列を出します」


「どこへ」


「あなたの世界へ」


「方法は」


 エルマの問いが短くなった。


 俺は青札の紐、下辺の穴、石粉の線を順に見る。朝箱はもう灰になった。それでも札が通った道は、灰色の繊維と青い線に残っている。


 道があるなら、品は返せる。


 問題は受取人だ。


「青旗側の葬列で、札を預かっていたのはあなたです」


「私が先頭だった」


「今は戻れない」


「八日以内には戻る」


 ルシアが言いかけて、止まった。青い石粉が左靴の先へ、さらに寄る。


「六人の葬列は、あと一時間四十一分です」


 粉が靴を離れそうに揺れ、戻った。


 戻る約束と、今日埋葬する仕事は同じではない。約束を守るために死者を待たせれば、順番が逆になる。


「代わりに持てる人は」


 ミナが青旗側の名簿をめくる。


「マルタ」


 ルシアの返事は速かった。


「第四十七小隊。今の北門管理者。私がこっちへ来た後、地下道と兵を預けた」


 俺は受取人を具体化する材料を、手元で確かめる。


「呼子は届いていますか」


「歯形が二つの銀のやつ」


「鍵は」


「先端の右が欠けた地下道鍵」


 どちらも、八日目に《返却》でマルタへ渡した物だ。顔だけではない。彼女が今も北門を預かっている証拠を、俺は二つ返している。


「葬列の先頭まで預けましたか」


「まだ」


 ルシアは青札の裏を見た。表には『勇者ルシア 葬列先頭』。名前は消せない。消せば、誰が六人を送り出すはずだったかまで失われる。


 彼女は自分から、受領票を先に取った。


 炭筆で三行を書く。


『葬列先頭を、北門管理者マルタへ委任する』


『イーサ、ロド、メイ、トーマ、フィン、ノアを共同墓地まで』


『夜明けから三つ目の鐘まで』


 最後に『ルシア』と署名した。


 青札の紐へ受領票を通す。元からある左手用の輪は切らない。


「マルタが断ったら」


 カイルが聞いた。


「青い線は、ルシアから外れません」


「届いたかどうかは」


「《返却》が成立すれば、札は現管理者へ届きます。仕事を受けたかは、その後の線で確認します」


「腕は」


「一回です」


 回数で負傷を説明する癖が、ルシアにも移っていた。


 俺は青札へ左手を置く。右腕は添え木から出さない。


 マルタの顔を思い出す。歯で直した呼子を掲げた手。右欠けの鍵。青い受領印。『十五日、もたせます』と叫んだ声。


 所有者ではない。


 今、北門を預かる管理者だ。


「この青い葬列順番札を、青旗の北門管理者マルタへ。《返却》」


 青札が消えた。


 左の指先から冷えが入り、なぜか添え木の中の右腕へ移る。手首、肘、肩。世界を越えた一回分が、昨日まで休ませた感覚をきれいに奪っていく。


 青い石粉は、まだルシアの左靴に残っていた。


「届いた。でも、まだ受けてない」


 ルシアが動かずに言う。


 カイルが短く問う。


「届いた、と、受けた、は別ですか」


「別です」


 一秒。


 二秒。


 ルシアが三秒を数える。


 三秒目で、石粉が靴から離れた。


 細い線は北門側へ戻り、空の足形を六つ作る。最後の足形だけ右の踵が浅い。青旗ノアの場所だ。


 六つの足形の前に、少し小さな一足が現れた。


 ルシアの足ではない。


 その一足が、東へ向く。


 後ろの六足も、一歩ずつ動いた。


「受けた」


 ルシアが息を吐く。


「マルタが先頭です」


 青い列は黒い車輪跡を踏まなかった。エルマが引いた東回りの測量紐に沿い、二百四十歩ぶんの道を進む。


 一足。


 六足。


 青い粉は広場の東端で細くなり、灰色の繊維を抜いた穴と同じ太さに縮んだ。


 最後の一粒が消える。


 二つ目の葬列も、受取人を得た。


「右腕」


 ルシアが俺の前へ回った。


 彼女の視線は、先ほどの浅い踵の足形から、俺の添え木の右腕へ移った。


「肩まで冷えています」


「一回分?」


「世界を越えた一回分です」


 彼女は添え木へ触れず、俺の左肘の下へ白布を差し入れた。


「帰ったら休む」


「命令ですか」


「……今のノアへの依頼」


 ルシアが、自分で言い直した。


「受領します」


 恋愛として数えるには、かなり労務管理に近い。それでも、亡き相棒の続きではない言葉だった。


 カイルは黒札と、白布に残った灰色の糸を見比べていた。


「世界が重なっただけではない、と言えるか」


「重なっただけなら、二枚は同じ場所へ出るかもしれません」


 俺は二本の繊維をつなげたまま示した。


「同じ欠けのある道具で」


「使い終わった黒札と、未使用の青札へ」


「穴を開け、一本の糸で縫う必要はない」


「誰かが選んだ」


 エルマは、穴と一本につながった糸を見比べてから言った。


「二つの葬列が同じ時刻、同じ像、同じ名前でぶつかるように」


「少なくとも、箱の中身は」


 朝箱そのものを誰が作ったかは、まだ分からない。


 だが、荷物は事故で混ざったのではない。


 現世界のルシアの受領欄が空だと知り、青旗のノアたちの葬列時刻も知る誰かが、二枚を選んで縫った。


 二つの葬列を返しても、針穴だけは残った。


 明日の朝箱にも、偶然ではなく選ばれた何かが入る。


 箱の向こうにいるのは、事故ではない。


 差出人だ。

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