葬式を終わらせるのは、死者ではなく残された人だ
黒い蝋はルシアの右靴を王城側へ引き、青い石粉は左靴を北門側へ引いていた。
動いた距離は、どちらも爪の幅ほどだ。
爪の幅でも、二つの世界へ同時に引かれれば十分に困る。
「右足は動かさないで。左もです」
「それは立っていろという意味?」
「正解です」
エルマはルシアの前後へ測量紐を張った。白と黒の編み目が靴先を挟む。
線を止めるためではない。どちらが、どれだけ動いたかを見失わないためだ。
「何分」
「今のままなら二分。痛みが出たら、その時点で終わりです」
「一分五十秒で決める」
残り十秒を退路に取った。ルシアらしい余裕の作り方だった。
俺は左手で測量紐の白い節と黒い節を順に触った。右腕は添え木の中に置いたまま。右の線は王城側へ半節分、左の線は北門側へ同じ半節分、静かにずれている。
印の位置と照合しても、誤差は爪の幅のままだった。
青い仕事は、生きているルシアが六人の死者を先導すれば終わる。俺はもう、死んだ青旗ノアの位置から外れている。
未完了なのは黒い方だ。
「十四日前の葬列は、本当に終了していますか」
エルマの指が測量紐の黒い節で止まった。
「棺は墓所へ入りました」
「棺の話ではありません。札の仕事です」
カイルが広場使用記録を開く。最終頁には王家、寺院、軍の印が並んでいた。その下に、棺台の到着時刻。午後三時十二分。
さらに下の受領欄だけが空白だった。
「棺台から外した後、黒札を誰が受け取りました」
「誰にも」
エルマが答えた。
「王家は王権の証として、寺院は葬具として、軍は戦没記録として保管を求めました。三者が決まるまで、私が箱へ封じました」
「つまり、葬列は墓所へ着いた。でも最後の荷物だけ、渡す相手が決まらなかった」
ミナが空欄へ指を置く。
「死者を埋葬してから、札の受取人でもめたんですね」
英雄の葬儀らしい。本人がいなくなった後ほど、持ち帰りたい物が増える。
黒い線は、十四日前の車輪跡を繰り返していた。墓所へ着いた棺を運び直したいわけではない。終わらなかった受領欄を埋めるまで、同じ仕事を閉じられないのだ。
札が載せた死者はもう受け取れない。近くに同じ名の生者がいれば、空欄はそちらで埋めようとする。
「軍で一時保管する」
カイルが管理印を出した。
「正式審査まで十二日。軍は王家と寺院の閲覧を拒まない」
彼が新しい受領票へ印を押す。
黒い蝋が、三本に分かれた。
一つは王城へ。ひとつは寺院へ。最後がカイルの印へ伸びる。
王家の権利、寺院の権利、軍の権利。どれも同じ太さで、どれも譲らない。
ルシアの右靴を囲む蝋が、さらに一巻き増えた。
「不成立です」
「軍が候補に含まれる以上、一者の名で預かれないか」
「正しい主張が三つある時、ひとつだけ先に正解へしても、残りは消えません」
俺は左手で受領票を裏返した。《返却》は使わない。使っても、三者が同じ受託者を選ばなければ届かない。
「私が持つ」
ルシアが言った。
黒い蝋が右足首まで跳ねた。
「却下です」
「早い」
「あなたは札の所有者でも、現世界の葬列の受託者でもありません。何より、今の一言は痛みから逃れるために出た」
危害を避けるための同意は、同意として扱わない。
ルシアが奥歯を噛み、黒い札から視線を外した。
重心を動かさず、右靴の内側へ力を逃がす。呼吸を一度止めてから、吐きながら言った。
「あと六十二秒」
痛いとは言わなかった。代わりに、残り時間だけを減らした。
右靴の蝋はまだ増えている。左靴の石粉も、測量紐の白側を薄く汚し始めていた。
彼女の呼吸が、紐の張りと一緒に短くなっている。
空欄の上には、三つの印がある。
王家、寺院、軍。
同じ三つの印は、最初の頁にも押されていた。その中央に、もう一つ小さな印がある。白黒の測量紐を輪にした、葬列監督官の印。
「三者は、葬列の順番を誰へ預けました」
エルマは答えなかった。
最初の頁と最終頁の印を、指で交互に押さえる。
巻き尺の留め具を外し、戻す。測量紐の編み目を一つ、親指で潰す。
潰した編み目を、もう一度指で確かめる。
沈黙のあいだ、彼女の手が測量紐と記録のあいだを行き来した。
「あなたです」
「墓所へ着くまでです」
「受領欄が空なら、仕事は着いていません」
「私は保管者ではない」
「所有者になる必要はありません。三者が決めるまで、終わった葬列の順番を預かるだけです」
「何のために」
「十四日前に歩いた三百十一人が、今日もう一度、誰を埋葬したのか迷わないために」
エルマが初めて、ルシアの顔を見た。
同じ顔を守るためではない。違う死者の場所を、そのまま残すためだ。
「いつまで」
エルマ自身が聞いた。
「正式審査が終わる十二日後まで」
「十二日を一分も越えたら、三者へ返す」
「その時点でも決まっていなければ?」
「私が三者の会議室へ札を持っていきます。葬列の順番で席を並べて」
カイルが眉を動かした。
「王家を先頭にする気か」
「死者に近い順です。異議があれば墓所から歩き直してください」
短い命令の人が、かなり長く怒っていた。
エルマは空欄へ署名する。
『勇者ルシアの葬列順番札を、埋葬記録の保全のため、正式審査終了まで十二日間預かる』
最後に監督官印を押した。
「泣いた人数は、今も書きません」
彼女は黒札を両手で受け取った。
「ですが、歩いた三百十一人の場所は、私が預かります」
黒い蝋がルシアの右靴からほどけた。
一巻き。
もう一巻き。
蝋は十四日前の車輪跡を戻り、エルマの受領票の縁で止まる。
王城へ伸びていた一本が、受領票の王家の印へ収まる。
寺院へ伸びていた一本が、寺院の印へ収まる。
軍へ伸びていた一本が、軍の印へ収まる。
三本とも、消えずに同じ紙の三つの印へ収まった。
「右足」
エルマが言う。
ルシアが半歩だけ動かした。黒い線は追わない。
もう一度、半歩。やはり追わない。
「痛みは」
「残ってる。引く力はゼロ」
「では青い列を東へ回します」
和解の言葉はなかった。
エルマはもう測量紐を北門側へ引いている。ルシアも青札の紐へ左手を通した。残る仕事は一つ。六人を共同墓地へ運ぶ、青旗の葬列だ。
俺は黒札を白布へ包もうとして、下辺の蝋を拭った。
品の傷と修理痕を見る仕事で、縁の新しさはすぐに分かる。
木目に、小さな穴があった。
上辺の紐穴とは違う。針より太く、縁だけが新しい。周囲の黒ずみも、棺台の鉄さびも入っていない。
「ミナ。青札の下を」
青い塗料を白布でなぞる。
同じ位置から、同じ大きさの穴が出た。
二つの穴の内側にだけ、灰色の繊維が一本ずつ残っている。
古い葬列にも、青旗の葬列にも必要のない穴だった。
誰かが二枚を同じ箱へ入れる前に、同じ道具で開けた穴だ。




