借り物だらけの勇者は、借り物の剣で勝つ
借り物の剣は、三呼吸だけ聖剣の形になった。
本物ではない。
切れたのは鉄でも石でもなく、七人から選択を奪った白い縫い目だけだった。
だから、俺たちは勝てた。
◆
「ルシア。組む。三つ」
名前、動詞、呼吸。
歩数の代わりに、今だけの合図を使う。
折れた四十三番。
青旗の空鞘。
リタの金具。
ナナの毛布留め。
荷運び組合の革巻き。
薬師会の銀線。
俺の白紐。
持ち主は違う。
世界も違う。
預けた言葉だけが同じだ。
『子ども二十七人を北門へ逃がす。三呼吸』
俺は部品へ触れ、ルシアを受託者として思う。
《返却》は使わない。
右腕は、三度の連続使用で持ち主の像が混線している。
それに、全ての品はもう正しい場所にある。
貸し主の言葉を受けた白紐が、部品をルシアの手の中へ引き寄せた。
一呼吸。
白い光が隙間を埋める。
折れた刃が伸びたのではない。
欠けた場所へ、皆が預けた仕事が形を作った。
ルシアは剣を振る。
隔離布が、音もなく開いた。
布自体は切れていない。
俺たちを閉じ込めるという、サージが後から足した仕事だけが消えた。
二呼吸。
外へ出る。
サージが中央の鞘を背に立っていた。
石工手甲。
熱除け布。
力帯。
自由に預けられた品が、まだ彼を守る。
右の壁では防壁が薄くなり、魔獣の角が光を突き破ろうとしている。
子どもたちは出口二へ走っていた。
カイルとミナが人数を数える。
「二十、二十一、二十二!」
「リタを先に!」
サージが叫ぶ。
俺たちを止めながら、視線は避難列から離れない。
「防壁を切れば、あの子が死ぬ!」
比喩が完全に消えた。
「リタが死ぬ。それだけは、もう嫌なんだ!」
弟を救えなかった修繕師。
百三人を救った男。
七人の返事を奪った敵。
全部、同じ一人だ。
「防壁は切らない!」
ルシアが答える。
「あなたが勝手に縫い足したところだけ切る!」
三呼吸目。
彼女が二歩で間合いへ入る。
一歩。
二歩。
サージが石工手甲で受ける。
借り物の剣は、手甲を通り抜けた。
鉄を切らない。
自由貸与の白糸も切らない。
その奥にある七本。
『永久寄付』へ無理に縫い直した結び目だけを断った。
盾。
長靴。
外套。
工具箱。
髪留め。
真鍮灯。
手回し車。
七つの品が白い光から外れる。
俺は一つずつ、現在の持ち主を思った。
能力は使わない。
オルロが自分で盾を取る。
セナが長靴を抱える。
ヴェンが外套を受け止める。
残る四人も、自分の手で品を拾った。
一人で全部返す必要はない。
第8話で覚えたことだ。
「返してほしい」
オルロが言う。
「でも、避難が終わるまで盾は貸す。今度は俺が決める」
「私も」
セナが続く。
「長靴は、子どもを北門へ運ぶ人に。今夜まで」
「外套はヴェン本人が使う!」
ヴェンが自分で羽織る。
「雨の出口へ立つ。誰にもやらん」
同意は一つにならない。
貸す人。
自分で使う人。
返す人。
違う選択が同じ避難路を作る。
サージの外套から、強制した力だけが抜けた。
借り物の剣も、三呼吸を終える。
刃、鞘、金具、留め具、銀線、紐へ分かれ、それぞれの手元へ戻った。
ルシアの手には、折れた四十三番だけが残る。
「まだやる?」
四割の勇者が聞く。
武器は折れている。
三歩目では転ぶ。
聖剣はもうない。
サージは、空になった両手を見た。
「防壁が」
中央の光が揺れる。
現世界ルシアの鞘は、まだ白紐につながっている。
自由に貸された品も残っている。
だが七本が抜け、負担が増えた。
「サージ」
リタが出口から呼ぶ。
「直して」
「何を」
「あと二十七人が出るまで。今度は聞いて」
救護院の大人たちが、一人ずつ声を上げた。
「担架を貸す。歩けない者が出るまで」
「鉄杭を貸す。今夜の魔獣を防ぐまで」
「毛布は貸さない。子どもへ掛けたまま運ぶ」
「薬箱は薬師会が持って出る」
サージは針を握った。
糸を通そうとして、一度失敗する。
二度目。
通った。
「受領した」
彼はルシアではなく、リタへ答えた。
◆
避難は夜半に終わった。
百三人。
北門の臨時宿舎へ百三人。
カイルが三度数え、ミナが全員の名前を呼んだ。
リタは二十七番目ではなく、最後から二人目に出てきた。
「先にと言った」
サージが叱る。
「装具の名前を確認してた」
「走れるまで借りる。今夜死んだら返せない」
「死ななかった」
「結果で手順を正当化するな」
「ノアみたい」
「不本意です」
俺が言うと、ルシアが笑った。
サージは七人の前へ、七枚の寄付証を置いた。
自分の針で、永久という字を切る。
「返す。必要なら、改めて貸してほしい」
オルロはすぐには答えなかった。
それでいい。
返事を急がせないところから、やり直すしかない。
カイルは北水路救護院を『北門臨時救護班』として三日間登録した。
正式な審査はこれから。
地図に載るのも、寝床が決まるのも先だ。
事件が終わっても、百三人の生活は完結しない。
ただ今夜は、誰も帳簿の零人ではなかった。
◆
十四日目の夜明け。
返却室へ戻ると、十四個目の朝箱が届いていた。
俺の右腕には、まだサージの添え木がある。
ルシアの腰には、青旗の空鞘。
現世界ルシアの鞘は、正式審査まで返却室で再保管することになった。
三呼吸の剣は、もうどこにもない。
残ったのは条件だけだ。
同じ持ち主でなくていい。
同じ具体的な仕事を、同じ受託者へ、自分の意思で預ける。
それなら違う世界の品でも、三呼吸だけ一本になれる。
「次は五呼吸」
ルシアが言う。
「先に普通剣を折らない方法を覚えてください」
「二歩は覚えた」
「三歩目を覚えてください」
箱を開ける。
中には、葬列の順番札が二枚あった。
一枚は黒。
現世界の戦没者広場で使う物。
もう一枚は青。
鐘楼六つの印がある。
どちらにも、同じ名前が書かれていた。
『勇者ルシア 葬列先頭』
死んだ勇者の葬列と、生きている勇者の世界の葬列。
二つの順番が、同じ朝へ届いた。




