三呼吸だけの聖剣もどき
聖剣もどきは、一呼吸で壊れた。
名前を付ける前でよかった。
「もう一回」
ルシアが言う。
「部品が足りません」
「失敗は三つまで」
「今の一回で、部品が四つに増えました」
白布で囲われた区画。
床には折れた四十三番の刃。
ルシアの青旗の空鞘。
俺の白紐。
リタの装具から外した小さな留め金。
さっき一瞬だけ、四つは剣の形になった。
刃が鞘の口金へ収まり、白紐が柄になり、留め金が接合部を固定した。
淡い光が出た。
俺が息を吸う間だけ。
吐く前に、全部ばらばらになった。
「金具が弱い?」
リタが布の下から顔を出す。
「あなた、どうやって入ったんです」
「出口は四つある」
サージが自慢した避難路を、九歳の子どもが先に使っていた。
「これ、走れるまで借りてる金具。壊さないで」
「持ってきてはいけません」
「お姉さんたちが出られないと、私も出られない」
正論を小さくされると、反論しにくい。
俺は留め金の傷を見る。
南門石工組の名。
リタへ貸した目的は、走れるまで脚を支えること。
俺たちは剣をつなぐために使った。
目的が違う。
「ほかの部品は」
折れた刃は、カイルがルシアへ戦闘用として渡した。
青旗の鞘は、ルシア自身の物。
白紐は、合図と停止線に使うため俺が預かった。
持ち主だけでなく、預かった仕事が全部違う。
サージは言葉の裾を広げ、雨、熱、打撃を『防ぐ』へ束ねた。
俺たちは『好きに使って』で束ねようとした。
広すぎて、品が何をすればいいか分からない。
最初の失敗を、もう一度並べ直す。
刃は敵を止めるため。
鞘はルシアが身を守るため。
金具はリタの脚を支えるため。
紐は俺たちの合図のため。
どれも善い仕事だ。
善い仕事を集めただけでは、一つにならない。
「強そうな部品を集めるだけなら、マルクと同じです」
俺は言った。
「値段の代わりに善意で選んだだけ」
「では、剣を作ることを目的にする?」
「剣は手段です。作った後に何をするかが要る」
ルシアは折れた刃を持ち上げる。
「敵を倒す」
「広すぎます」
「サージを止める」
「止めた後、防壁が落ちます」
「子どもを逃がす」
そこで、リタが続けた。
「同じ持ち主が必要?」
ルシアが聞く。
「サージの鎧は違いました」
「同じ白糸?」
「糸だけでもない。全員が、救護院を守る仕事へ貸した」
ただし七人だけは、同意を奪われた。
そこがほどけ目になった。
「同じ仕事」
リタが自分の装具を抱える。
「子どもを北門へ逃がす、とか?」
俺とルシアは、同時に彼女を見た。
「何」
「それです」
◆
目的は具体的でなければならない。
誰を。
どこへ。
いつまで。
『全員を守る』では、サージと同じく終わりがなくなる。
『救護院の子ども二十七人を、北門の臨時宿舎へ逃がす。三呼吸の間』
リタに言ってもらう。
「この金具を、子どもを北門へ逃がすため、ルシアへ三呼吸貸す」
留め金が淡く光った。
四十三番の刃は、カイル本人の意思が必要だ。
彼は白布の外にいる。
リタが通ってきた排水管へ向かい、俺たちは声を張った。
「カイル!」
「聞こえている」
すぐ近くから返事が来た。
「なぜ助けに来ないんです」
「出口二の布を切ろうとしている。普通の剣では、切った端から縫い直される」
「四十三番を、もう一度ルシアへ預けてください」
「折れている」
「知っています」
「用途は」
「子ども二十七人を北門へ逃がす。三呼吸だけ」
沈黙。
外で金属音が止まる。
「王国軍近衛カイルは、訓練剣四十三番を、その目的で青旗のルシア殿へ貸与する」
折れた刃が光った。
青旗の鞘はルシア自身の物だ。
「私はこの鞘を、子ども二十七人を北門へ逃がすために使う。三呼吸」
三つ目。
俺の白紐。
「俺はこの紐を、同じ仕事の接合に使う。受託者はルシア。三呼吸」
四つの部品を並べる。
刃。
鞘。
金具。
紐。
俺が息を吸う。
一呼吸。
白い光が部品の隙間を埋めた。
ルシアが握る。
二呼吸。
一本の形を保っている。
三呼吸目に入る前、刃はばらばらになった。
崩れた刃先が、リタの装具へ向かって跳ねる。
ルシアが手の甲で払った。
薄く血がにじむ。
「怪我は」
「一筋」
「試作品で使用者を傷つけました」
「でも二呼吸」
「成功に数えません」
「次に同じ失敗をしないなら、半分は成功」
彼女は銀線の端を内側へ折った。
失敗した数ではなく、残った刃の向きまで覚える。
全盛期の力はなくても、勇者の経験は消えていない。
「二呼吸」
ルシアが言う。
「前より伸びました」
「でも三呼吸じゃない」
リタの留め金だけ、光が遅れて消えた。
彼女は貸し主ではない。
石工組から借りている受託者だ。
その先の同意が足りない。
「石工組の人は?」
「救護院の出口三にいる」
リタが答えた。
「でもサージ側」
「側を分ける必要はありません。子どもを逃がすことに同意するかだけです」
◆
リタは排水管を戻った。
しばらくして、壁の向こうから太い声がした。
「南門石工組オドだ! 金具一号を、子ども二十七人の北門避難へ貸す! 三呼吸!」
留め金が強く光る。
続いて、別の声。
「ナナの毛布留めを貸すよ! 同じ子らが北門へ着くまで!」
白布の下から、小さな留め具が滑り込む。
「荷運び組合の革巻きだ。柄に使え!」
「薬師会の銀線。傷を増やさないために貸す!」
サージを信じる人々が、俺たちへ品を貸す。
敵味方ではない。
同じ具体的な仕事を選んだ貸し主だ。
白布の向こうで、サージが叫んだ。
「やめろ! 防壁の糸が減る!」
比喩がない。
余裕が消えている。
「減らすんじゃない!」
リタの声が返る。
「私たちが、どこに使うか決めてる!」
品が一つずつ、布の下から届く。
俺は来歴と傷を確かめ、ルシアの前へ並べた。
白紐を結ぶ。
今度は、俺一人の結び目ではない。
壁の向こうの声が、一本ずつ仕事を預けてくる。
剣はまだ、ばらばらだった。
それでも全ての部品が、同じ三呼吸を待っていた。
俺は右腕を見た。
感覚は戻らない。
次の《返却》は使えない。
「組み立てには能力を使いません」
「届かせなくていい」
ルシアが言う。
「全部、もうここにある」
「俺ができるのは結ぶことだけです」
「それでいい。ノアは刃じゃない」
青旗のノアが何だったかは聞かなかった。
今の俺の役目だけを、白紐へ結んだ。




