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勇者の遺品係ですが、死んだはずの本人から毎朝荷物が届きます  作者: sakumaaa
第一部 死者から届く朝便

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白い紐は借り物を返させない

盗品なら、返せる。


 借り物なら、返せない。


 白い紐は、その二つを同じ外套へ縫い付けていた。


「サージ。ほどけ」


 ルシアが空の鞘を構える。


「百三人を外へ出す道が先だ」


 サージは盾を左腕へ縫い付けた。


 七件の永久寄付に含まれる、オルロの円盾。


 右脚へセナの長靴。


 肩へヴェンの雨避け外套。


 その下には自由貸与の石工手甲、薬師の熱除け布、荷運び組合の力帯。


 強制と同意が、一つの結び目に混ざっている。


「カイル。住民を出口二へ」


「入口が閉じている」


「壁じゃない。布」


 ルシアが走った。


 一歩。


 二歩。


 空の鞘で白布を突く。


 サージの円盾が間へ来た。


 衝撃が白糸を走り、石工手甲から床へ逃げる。


 鞘が弾かれた。


「力を別の品へ渡した」


 俺は言う。


「盾だけを崩しても、手甲が受ける」


「なら糸を切る」


 ルシアが低く踏み込む。


 だが三歩目は使えない。


 サージはセナの長靴で滑るように下がった。


 白糸が足元の担架へつながり、移動の重さを引き受ける。


 本人の戦闘力ではない。


 救護院全体が、一人分の装備になっている。


 サージが右手を引く。


 背後の担架が動き、ルシアの足元へ滑った。


 攻撃ではない。


 転ばせるだけの低い動き。


 強敵の大技なら、俺は媒介を見つけられる。


 自前の拳や、ただ押した担架には、《返却》で触れる隙がない。


 ルシアは一歩跳び、二歩目で着地する。


 三歩目を踏まない。


 昨日までなら、そのまま全盛期の距離へ出て転んでいた。


「止まれた」


 俺が言う。


「今、褒めるところ?」


「次に殴られる前に」


 サージの石工手甲が迫る。


 ルシアは空の鞘で受け、肩から床へ転がった。


 サージは追わない。


 倒れた患者と彼女の間へ立つ。


「戦う場所を選んでください」


「ここしか残らなかった」


 彼の答えは、比喩ではなかった。


「返す順を言って」


 ルシアが叫ぶ。


 名前、動詞、歩数。


「ルシア、盾、二歩!」


 彼女がサージの左へ回る。


 俺は円盾へ触れた。


 オルロ。


 救護院へ来た日、食事と寝床の代わりに署名した元門兵。


 昨日会った。返してほしいと、声に出した。


「この盾を、オルロへ。《返却》」


 円盾が消える。


 離れた寝台で、オルロの膝へ戻った。


 サージの左腕が空く。


 ルシアの鞘が肩へ当たる。


 だが石工手甲が光り、衝撃を受けた。


 自由に貸された品は残っている。


「一つ!」


 右腕の添え木の内側で、指が冷える。


「次、靴!」


 ルシアが足元を払う。


 サージが跳ぶ。


 セナの右長靴だけが、床を滑る力を持っている。


 白糸をつかみ、持ち主を思う。


 幼い弟へ薬をもらうため、全財産を寄付した女性。


 今朝、返してほしいと言った。


「セナへ。《返却》」


 二つ目。


 長靴が消え、サージの右足が裸になる。


 着地が崩れた。


 ルシアが空の鞘を振る。


 サージは雨避け外套を広げた。


 ヴェンの外套。


 同時に、薬師の熱除け布が働く。


 鞘の摩擦熱を逃がし、打撃を布全体へ散らした。


「借りた理由が違う品を、同時に使えるのか!」


 カイルが患者をかばいながら問う。


「私は仕事を縫い直す」


 サージが答える。


「雨を防ぐ。熱を防ぐ。打撃を防ぐ。言葉の裾をそろえれば、同じ布だ」


 強い。


 比喩で飾っているのではない。


 言葉を広く言い換えるほど、別の借用目的を一つへ束ねられる。


「三つ目、外套!」


 俺はヴェンを思う。


 荷運びで背を壊し、雨の夜に救護院へ来た男。


 外套を返してほしい。だが救護院から追い出されたくない。


 震えながら、両方を言った。


「ヴェンへ。《返却》」


 三つ目。


 外套が消える。


 俺の右腕から肩まで、感覚が落ちた。


 視界の端で、オルロとセナとヴェンの顔が重なる。


 これ以上は危険だ。


 右手の指が、誰のものか分からなくなる。


 オルロの盾を握った感覚。


 セナの長靴で地面を踏んだ感覚。


 ヴェンの外套が雨を弾く感覚。


 品の持ち主の像が、自分の身体へ重なってくる。


 俺は添え木へ左手の爪を立てた。


 これはサージが直した俺の腕。


 右手中指の白い傷。


 父の名札を剥がそうとしてできた傷。


 自分の履歴を一つずつ数え、混線を押し戻す。


 サージの外套は半分になった。


 それでも、残りは動かない。


 石工組は手甲を貸したまま。


 薬師会も熱除け布を預けたまま。


 荷運び組合も力帯を返せと言っていない。


 正当な借用品が、彼を守っている。


「白糸を切れ!」


 俺が叫ぶ。


「ルシア、左、二歩!」


 彼女は左へ一歩。


 二歩。


 普通剣を抜く。


 カイルが渡した四十三番。


 一撃だけ。


 白糸が集中する胸元へ振る。


 石工手甲が受ける。


 力帯が引く。


 刃が中央から折れた。


 切っ先が天井へ飛ぶ。


 サージはリタの寝台を見た。


 自分の外套ではなく、そちらへ手を伸ばす。


 白糸が切っ先を横へ逸らした。


 誰も傷つかない壁へ刺さる。


 防壁が一瞬、薄くなった。


 それでも彼は、子どもを選んだ。


「今です!」


 ルシアが踏み込もうとする。


「待って!」


 止めたのは俺だった。


 防壁の外で、魔獣の爪が石を削る。


 ここでサージを倒し、白糸がすべて切れれば、百三人の頭上へ魔獣が来る。


 彼はそれを知っている。


 俺たちも今、知った。


「勝てないね」


 ルシアが息を整える。


「倒すだけなら」


「倒したあとを作れてない」


 サージが白紐を引いた。


 床の布が立ち上がり、俺とルシアを囲む。


「理解したなら、朝まで待て。王宮の道より私の縫い目が早い」


 白布が閉じる直前、ルシアが俺の左手首へ短い紐を巻いた。


 反対側を、自分の右手へ。


「ノア。考える。三つ」


「何を三つです」


「失敗を」


 一つ目。


 盗品だけ返しても、借用品が残る。


 二つ目。


 サージだけ倒せば、防壁が落ちる。


 三つ目。


 所有者の違う盾、手甲、布が、白糸の上では一つの鎧になった。


 折れた四十三番の刃が、白布の隙間から見える。


 現世界の鞘。


 青旗の空の鞘。


 別々の世界と持ち主の品が、一瞬だけ一本の剣の形に並んでいた。


 俺たちは負けた。


 答えの部品だけが、負けた場所へ残っていた。


 白布の外で、リタが咳をする。


 サージの足音が、俺たちの囲いから離れた。


 薬を量る音。


 水を飲ませる声。


 敵は、勝った直後にも患者を先に見た。


 だから、彼を悪人として倒す答えでは足りない。

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