死んだ勇者の好物を出したら怒られた
死んだ勇者の好物を、生きている勇者へ出した。
怒られた。
順番に書けば当然なのに、出すまでは気づかなかった。
「なぜ、これ」
ルシアは皿の上の蜂蜜栗を見ていた。
魔王を倒した現世界のルシアが、凱旋のたびに求めた菓子。
王宮の人物記録にも、食堂の注文札にも残っている。
昨夜の訓練で消耗した彼女へ、食堂係と相談して用意した。
「好物だと記録に」
「誰の」
声が低い。
俺はそこで、ようやく荷札を間違えた。
「現世界の、ルシア様です」
「私は違う」
「はい」
「青旗では、籠城三日目から栗しかなかった。甘く煮て、腐った味を消した」
彼女は一粒を匙で割った。
黄金色の蜜が流れる。
「兵が百九人死んだ。私はこれを食べると、人数を思い出す」
食堂の音が遠くなった。
皿は同じでも、使用履歴が違う。
聖剣なら理解できたことを、俺は食べ物では忘れた。
「申し訳ありません」
俺は皿を下げようとした。
ルシアが手首を押さえる。
「捨てるの?」
「別の物へ替えます」
「これは悪くない。私が苦手なだけ」
「無理に食べる必要は」
「ノアは好き?」
「甘すぎます」
「ではミナ」
隣の席で聞こえないふりをしていたミナが、即座に皿を引き取った。
「大好きです。人の好物を間違えた話も添えると、もっとおいしいです」
「添えなくていいです」
ルシアは食堂の品書きを上から下まで見た。
「肉の入った丸いの」
「香草肉包みです」
「それを三つ」
「朝からですか」
「昨日より控えてる」
食堂係が、少し安心した顔で厨房へ戻る。
俺は注文札の裏へ一語書いた。
『栗不可』
ルシアがのぞく。
「遺品係は、人の好物まで荷札にする?」
「二度間違えないためです」
「なら、私も」
彼女は厨房から借りた炭筆で、俺の札へ書き足した。
『甘味苦手』
「勝手に記録しないでください」
「合ってる?」
「合っています」
文句を言いにくい。
◆
十個目の朝箱は、食堂から戻ると届いていた。
小さい。
両手に載るほどの木箱で、灰色の糸は一本だけ。
差出人欄は空白。
中には配給札が一枚入っていた。
青い紙。
鐘楼六つの刻印。
青旗世界の北門で使われる兵糧札だと、ルシアが認めた。
「私が昨日まで持ってた」
「何と交換する札です」
「栗粥」
「なるほど」
「笑った?」
「いいえ」
「内側で笑った」
否定すると長くなるので、検品を続けた。
札は右上で裂け、白糸で補修されている。
同じ二度戻し。
九つ目の箱、荷車の革帯、青旗の配給札。
だが、この札は昨日まで別世界にあった。
「向こうにも白縫いがいる?」
ミナが聞く。
ルシアは首を振った。
「裂けたままだった。糸はなかった」
「では、こちらへ届いてから縫われた」
十人目は、また朝箱へ触れている。
封蝋は壊れていない。
箱の外からではない。
到着の途中か、返却室へ現れる直前に、中身へ手を入れている。
俺は白糸をほどかず、縫い目の下へ薄い板を差し込んだ。
糸と紙の間に、茶色い欠片が挟まっている。
乾いた香草。
王宮では使わない、北水路の湿気を消すための苦い葉だ。
「この札を、青旗のルシアへ返します」
「今ここにいる」
「所有者が本当にあなたなら、三歩も動きません」
俺は左手で札へ触れた。
「青旗のルシアへ。《返却》」
札が消える。
次の瞬間、ルシアの左手へ収まった。
距離は一歩半。
能力は成功した。
青旗の品であることは正しい。
白糸だけが、現世界で後から足されている。
ルシアは札を見下ろした。
「私の物へ、知らない人が勝手に糸を付けた」
「不快ですか」
「役に立つなら、先に聞いてほしい」
短い答えだった。
昨日の蜂蜜栗が、別の形で戻ってきた。
良かれと思った。
似た人には役立った。
それでも、目の前の本人へ聞かずに決めれば、親切は所有者を間違える。
「北水路へ行きます」
俺は言った。
「白糸を付けた人へ、何のためか聞きます」
「返せと言ったら?」
「返してもらいます」
「役に立っていても?」
「あなたが決めます」
ルシアはしばらく黙り、配給札を空の鞘へ入れた。
「受領した」
そのあと、厨房から香草肉包みが届いた。
彼女は一口食べる。
「これは好き」
俺は新しい札へ書く。
『香草肉包み』
「三つ、も追加して」
「量は好物と別項目です」
「細かい」
「仕事なので」
彼女は少し黙ってから、食堂係を呼んだ。
「焦がし麦の茶はある?」
「ございますが、かなり苦いですよ」
「二つ」
運ばれてきた茶は、湯気まで苦そうだった。
ルシアは一杯を俺の前へ置く。
「青旗のノアが好きだった」
今度は俺の番だった。
「俺は飲んだことがありません」
「だから、試して」
一口飲む。
焦げた板を湯で煮た味がした。
「どう?」
「敵の捕虜へ出せば、条約に触れます」
「嫌い?」
「かなり」
ルシアは茶と俺を交互に見た。
さっき俺がしたことに、ようやく自分の手で触れた顔だった。
「ごめん」
「一口なので」
「青旗のノアは、夜番のたび飲んでた。だから同じだと思った」
「顔が同じなら、舌まで同じとは限りません」
「うん」
彼女は俺の杯を取り、自分で二杯とも飲み干した。
「ルシアは好きなんですか」
「嫌い」
「なぜ二杯も」
「捨てるのは違うから」
苦さに眉を寄せながら答える。
俺は少し笑った。
「今、外で笑った」
「気のせいです」
死者の好物を一つずつ試すことが、相手を知る近道とは限らない。
好きでない物を、好きでないと言える。それを覚えるほうが、たぶん先だ。
青旗のノアが何を好きだったかは、まだ聞かなかった。
まず目の前の一人分からでいい。




