第9話 沙生那と夕璃乃
「突然お邪魔して申し訳ありません。嶺渡君と同じクラスの紅藤夕璃乃と申します。今日は嶺渡君と中間テストのお勉強をさせていただきに参りました」
夕璃乃は俺の母親に、輝く笑顔で淀みなく挨拶をした。
母親は挨拶を返すのも忘れ、目を見開き口をぽかんと空けて夕璃乃を見ていた。
沙生那を連れてきた時も母親は腰を抜かさんばかりに驚いた。
そして今度は、新たに夕璃乃を連れてきたのだ。しかも夕璃乃はバリバリのギャルだ。
それにしても、夕璃乃の挨拶の見事さには俺も驚いた。
ギャルらしい軽さで「こんちわーーよろしくーー」的な挨拶をするものだと思っていたのだ。
部屋に向かいながら俺がそんなことを思っていると、
「陰キャ君、もしかしたら私が常識知らずな挨拶をすると思ってたでしょ?」
いたずらっぽい笑みを浮かべながら夕璃乃が言った。
「い、いえ、そんなことは……」
ヤバい、心を読まれている。
「顔に出てるよぉ、陰キャ君。嘘がつけないタイプなんだねぇ」
俺の顔を覗き込みながら夕璃乃が言った。
「別にいいでしょ、そんなことは」
沙生那がぶっきら棒に言った。
「あれ、もしかして気にしてるの、沙生那?」
「何をよ」
「私が陰キャ君と仲良くしてること」
「はぁーー?」
いやいや、仲良くとは言い過ぎだろう。確かに陰キャの俺が、沙生那だけでなく夕璃乃とも話ができているのは驚天動地の出来事ではあるが。
それはそうと、沙生那と夕璃乃は普段から近しい付き合いをしているのだろうか?
仲が良いという感じではないものの、遠慮のない間柄に見える。
部屋に入ってから沙生那に聞いてみると、
「夕璃乃とは中学も一緒なのよ」
沙生那が軽くため息を吐きながら言った。この様子だと腐れ縁的な間柄なのだろうか?
「そうそう、私達、ライバル同士だったんだよねぇ」
一方の夕璃乃は楽しそうに言った。
「ライバルだなんて、大げさだわ」
「沙生那はいつも成績が学年トップでさぁ」
やはり沙生那は中学生の頃からトップだったのか。
「私なんか、ベスト5がいいとこだったもん」
「そうで……ええーー!?」
「ちょっとぉ、陰キャ君、驚きすぎぃ」
思わず本気で驚いてしまった俺に夕璃乃が肘鉄を食らわせた。
「夕璃乃はすごく頭がいいのよ。高校に入ってからも10位以下になったことないし」
「えへへ、照れるなぁ」
「一夜漬けスタイルを改めたら、私にだって勝てるでしょうに」
「私は今のままがいいのぉ。やりたいことがたくさんあるしさ」
なんだか、とんでもない情報を聞いてしまった気分だ。
人は見た目で判断してはいけない典型、それが紅藤夕璃乃だったのだ。
「ところで、陰キャ君はどうなのさ、成績は?」
意地悪そうな笑みを浮かべながら夕璃乃が聞いてきた。
ここで隠し立てしたところで仕方ない。沙生那に聞けば分かることだ。
「一年の時は進級も危うかったです……」
「まじぃーー? ヤバいじゃん、それぇーー」
「はい……」
「それじゃあ、陰キャ君の成績不振の原因を私が突き止めてあげようーー」
そう言うと夕璃乃は、おもむろに床に膝をつくと、ベッドの下をのぞき込んだ。
「原因はこれだぁーーーー!」
そう叫んで夕璃乃が引っ張り出したのは、ゲーム攻略本だった。
「あれぇ、おかしいなぁ?」
「何やってるのよ」
呆れた様子で沙生那が言った。
「男子ってさぁ、ベッドの下にいやらしい本とか隠してるんだよねぇ」
やはりそうか。そんな予感はしていた。
「そうなの、嶺渡君?」
不審そうな顔で沙生那が聞いてきた。
「そんなことはありません」
俺はきっぱりと、自信をもって否定した。
「だってよ、夕璃乃」
小さくため息をつきながら沙生那が言った。
「あ、もしかしたらパソコンとかに保存してる?」
サッと鋭い視線を俺に向ける夕璃乃。
「い、いえ……」
ヤバい、口ごもってしまった!
「もうーーそんなことどうでもいいでしょ!」
苛立ちも顕に沙生那が言った。
ありがとうございます!沙生那様!!
「そうだね。そのことはまた今度にしよっか」
と、夕璃乃。て、まだ諦めてないの夕璃乃さん?
その時、ドアにノックがあった。母親がジュースやらお菓子やらを持ってきた。
「「ありがとうございます!」」
沙生那と夕璃乃は声を合わせて、爽やか笑顔で応じた。
美少女二人の超絶笑顔に母親も顔を赤らめてしまっている。
沙生那がクラス委員長で、成績トップの秀才だということは母親に話していた。
そして、夕璃乃も成績優秀なので、今回俺のテスト対策を手伝ってくれることになったとも話した。
成績優秀な女子生徒二人が、成績底辺陰キャ息子の勉強を見てくれるのだ。母親は感激のあまり目が潤み始めた。
俺は恥ずかしくなって、押し出すように母親を部屋の外に出した。
「二時間くらいは入ってこないで」
としっかり伝えることも忘れなかった。
とりあえず危機は去り、俺は冒険の書の説明を始めた。
「立ったままじゃ、疲れるしぃ」という夕璃乃の要望で、俺と夕璃乃はベッドに腰を下ろした。
「へぇ、最初にそんなのが……あ、私のにも出てきてる!」
俺の冒険の書を横から覗き込みながら、夕璃乃は自分のものと見比べている。
俺の冒険の書をしっかり見ようとしたからだろう、夕璃乃は俺に体をくっつけてきた。
沙生那もそうだったが、こういうのは陰キャには刺激が強すぎる。
「そっか、この【はい】を触ればいいんだぁ」
「あ、その前に……」
俺が詳しい説明をするよりも先に、夕璃乃が自分の冒険の書の【はい】に触れてしまった。
その時は夕璃乃と俺の肩は触れ合ったままだった。
夕璃乃が光に包まれた。それと同時に俺も彼女と同じ光に包まれた。
「あ……」
という沙生那の声が聞こえた。
次の瞬間、俺と夕璃乃は冒険者の宿の部屋にいた。二人でベッドに腰掛けていた。
「え、なになに? どういうことぉ?」
ずっとマイペースだった夕璃乃も、さすがに驚いている。
俺は自分の冒険の書を起動していない。それは確かだ。
どうやら、体が触れ合っていると、一緒にアルスガルドに転移できるようだ。
そして転移先は起動した者が基準になるのだろう。
この場合は夕璃乃が起動者だ。彼女が冒険を始めるべき場所は旅立ちの村だ。
なので俺も一緒に旅立ちの村の宿屋に転移してきた、ということになる。
キョロキョロと部屋の中を見回している夕璃乃に、俺は冒険の書がどういうものかを説明した。
「異世界に転移なんて、ホントにあるんだねぇ」
早くも夕璃乃はパニックから立ち直り始めている。
それはそうと、沙生那がどうなるのか心配だ。
前回の冒険はオーク国の城の宿屋で終わった。なので沙生那が転移するとしたらオーク国だ。
ここは一旦俺が現実世界に戻ってみたほうが良さそうだ。
夕璃乃にそう言うと、
「ええ! 私を一人にするのぉ?」
と夕璃乃は俺の腕を両手で掴んだ。これは困ったと思ったその時、目の前に光が現れた。
その光が収まった時、そこに沙生那が立っていた。
それはまさに、仁王立ちという形容が相応しい姿だった。
「何やってるの、あなた達」
決して大きい声ではない。だが、普段聞いている沙生那の声よりも低い、凄みのある声だった。
「何って、陰キャ君がさぁ、一旦戻るとか言うからさぁ」
そう言いながら夕璃乃は、俺の腕に自分の腕を絡めて引き寄せた。
「私を一人にしないでぇ、て引き止めてたんだよ、ねぇ?」
夕璃乃が俺に同意を求めた。
「あ、あのこれは……」
おれはオロオロしながらも、何とかして沙生那にこの状況を説明した。
「そ、とりあえずは分かったわ」
と、沙生那。どこまで伝わったのかは分からないが、何とかその場は収まった。
それにしても、沙生那はどうやってここに転移してきたのだろう?
「【わたりどりのつばさ】を使ったのよ」
そういえば、俺と沙生那、それぞれが一つずつ買っておいたのを思い出した。
【わたりどりのつばさ】を使えば一度行ったことがある場所に移動できる。
「ねえねえ、この後はどうするのぉ?」
待ちきれない様子で夕璃乃が言った。そして、小さい子供が「お菓子買ってぇ」とせがむ時のように、俺の腕を揺すっている。
「もういい加減に嶺渡君から離れたら?」
感情のこもらない声で沙生那が言った。なんか怖い。
「ええぇ、いいじゃーーん。私達ってあれでしょ?」
「あれ?」
「そうそう、パーティメンバーってやつ。だよね、陰キャ君?」
そこで俺に振らないでもらいたい。ややこしいことになりそうだから。
「パーティーのリーダーは石蕗さんなので……」
俺はとっさに逃げを打った。
「何言ってるのよ。リーダーは嶺渡君でしょ」
確かに冒険の書を最初に使ったのは俺だ。だが実質的な主導権は明らかに沙生那にある。
「ほらぁ、沙生那もああ言ってるしぃ」
そう言って、言葉に合わせて俺の腕を揺する夕璃乃。
沙生那がリーダーをやってくれれば、全てが丸く収まると俺は思うのだが。沙生那はそうは考えてないらしい。
そして俺は、沙生那の射るような視線に耐えながら夕璃乃を説得し、やっとのことで手を離してもらった。
美少女達と一緒に異世界を冒険。それはウハウハなシチュエーションのはずなのだが……
何はともあれ、今日は夕璃乃の初めての冒険だ。
俺から冒険の説明を聞いている夕璃乃は、すぐにでも始めたくてウズウズしているようだ。
「まずはダークスライムを倒すってことね」
そう言って夕璃乃は、初期装備の【ひのきのぼう】を楽しそうに振り回した。




