第8話 紅藤夕璃乃
「ゴールデンウイークは私と勉強よ!」
沙生那の非情な通告に俺は言葉を返せなかった。
今日の帰りがけに沙生那が「話がある」と言ったのはこのことらしい。
「嶺渡君、一年生の時も成績が悪かったのよね?」
情容赦ない指摘をする沙生那。なんでそんなことを知っているのだ?
「進級も危なかったって聞いたわ、先生に」
担任情報か、なんて余計なことを……今の担任は一年の時も俺のクラスの担任だった。
校門での一悶着の後、俺と沙生那は帰り道の商店街を歩いている。
俺は古本屋の存在確認を登下校時にしている。それを沙生那に話したら一緒に行こうとなった。
その道すがら沙生那がゴールデンウイークの予定を聞いてきたのだ。
俺は、ゴールデンウイークも冒険の書のクエストを進めようと思っていた。
すると、
「嶺渡君、中間テストは大丈夫なの?」
ギクッ!
「もしかしてゴールデンウイーク中ずっと、冒険の書をやるつもりだったんじゃない?」
ギクッ!!
と言っても、中間テストは五月下旬だ。ゴールデンウイークが終わってからでも遅くはない。はずだ。
「甘い! 甘すぎるわ!」
ビシッと人差し指を俺に向けて沙生那が言った。
「そんなことだから成績が悪かったんでしょ!」
ぐうの音も出ませんです、はい。
ということで、ゴールデンウイークは沙生那にテスト対策を指導してもらうことになった。
ではどこでやるか、ということになる。
図書館の自習室だと練習問題は捗るかもしれないが、話ができない。
「嶺渡君の家でいいじゃない」
沙生那が平然と言った。母親には何と言えばいいだろう。
「テスト勉強をするって言えばいいでしょ」
まあ、この前も宿題するって言ったしな。実際は違ったけど。
そんな話をしているうちに、例の古本屋があったところに着いた。
「やっぱりないわね」
古本屋があったところは路地になっていた。路地の入り口には柵が設置されていて、入ることはできない。
「もう二度と現れないのかしら」
それも寂しい。古本屋が無くても冒険の書で遊べてはいるが。
それでも、聞いてみたいことはある。そもそもアルスガルドとはどういう世界なのかとか。
「そうよね。近ごろは慣れてきたけど、普通に考えたらおかしいもの」
とりあえず、今日も古本屋が無かったことは確認できた。
そして、俺と沙生那がその場を立ち去ろうとした時、
「ねえ、ちょっといい?」
と女性が呼ぶ声が聞こえた。俺と沙生那が振り向くと、同じ高校の制服の女子がいた。
「何か用、夕璃乃?」
特に驚いた様子もなく沙生那が言った。
そこにいたのは俺達と同じクラスの女子生徒、紅藤夕璃乃だった。
「まあね、沙生那」
夕璃乃が答えた。明るく染めたロングヘア、つけまつげにカラコン、メイクもしっかりしている。まさにギャルである。
クラス内では、所謂カーストトップのような存在だ。
俺にとっては沙生那以上に住む世界が違う存在、それが紅藤夕璃乃だった。
それにしても、この二人が下の名で呼び合う仲だとは意外だった。
「最近さぁ、沙生那とその陰キャ君仲いいじゃん」
陰キャ君……まあ、仕方ない。カーストトップの夕璃乃からしたら、俺なんぞは名前を覚える価値すらないのだろう。
「だから何? 夕璃乃には関係ないでしょ」
素っ気なく答える沙生那。
ていうか否定しなくていいの? 俺と仲良くしてるのは認めてるってことなの?
夕璃乃は沙生那から俺に視線を移した。
なぜ俺を見るのだ? 俺は何もやってないぞ。いや、もしかしたら気付かずに何かやらかしてしまったのか?
「実はさぁ、陰キャ君に聞きたいことがあるんだぁ」
そう言って夕璃乃は俺に近づいてきた。こんな間近に夕璃乃を見るのは初めてだ。
俺にとって夕璃乃は、派手な髪色やメイクの印象が強い女子だった。
だがこうして改めて見るととんでもない美少女なのが分かる。
清楚な美少女の沙生那とはまったく別のタイプの美少女だ。
「陰キャ君ならさぁ、こういうのに詳しいんじゃないかなぁ」
そう言って夕璃乃はカバンから本を取り出して、俺に見せた。
冒険の書だった。
「やっぱ知ってるんだねぇ」
俺の顔色が変わったのを鋭く察知して夕璃乃が言った。
「なんで夕璃乃がそれを持ってるの?」
俺が言う前に沙生那が訊いた。
「あれぇ? ということは沙生那も知ってるんだ、これのこと」
夕璃乃は笑みを浮かべながら沙生那を見た。
「前にさぁ、ちょうどこの辺にあった古本屋さんで買ったんだよねぇ。なのに、家に帰って読もうとしたら真っ白じゃん。なのに文句言おうと思って来てみたら店が無くなってるしぃ」
沙生那の時と同じだ。俺はそんなことなかったのに。俺だけ特別なのか?
「でさぁ、陰キャ君なら読み方とか分かると思って。得意分野だよねぇ、こういうの?」
すごい決めつけだ。当たっているので言い返せないが。
「そんなの自分で考えなさいよ。それに、彼は嶺渡君よ」
沙生那が俺の名を訂正してくれたのがやけに嬉しかった。
にしても、自分で考えなさいよとは、あなたがそれを言いますかという気もするが……
「最近、沙生那とも仲良く話してるしぃ、私も話してみたくなっちゃうじゃん。だからさ、私にも教えてよぉ」
沙生那の言葉など全く意に介していないように夕璃乃が言った。
俺は、どうしようと思って沙生那の顔色を伺った。
「嶺渡君が決めればいいと思うわ」
と、沙生那。素っ気ない言い方だ。
教えるのは構わない。となるとどこで、ということになる。
「沙生那は最初から分かってたの?」
「いいえ、教えてもらったのよ、嶺渡君に」
「じゃあ、私にも同じように教えて」
同じようにということは……まさか俺の家で、ということか?
夕璃乃にそう伝えると、
「じゃあ、私も陰キャ君の家に行くから」
え、なんで? という言葉がのど元まで出かかった。
沙生那に教えてもらえばいいのにと思うのだが。
夕璃乃は何も不自然なことはないといった様子だ。
「嶺渡君は明日からテスト対策の勉強をするのよ、私と」
そういう沙生那はなんとなく不機嫌そうだ。
「そうしたら私も一緒にやるからさ、テスト対策。冒険の書のことも教えてよ」
ということで俺は、沙生那と夕璃乃の三人でテスト対策の勉強会をすることになった。俺の家で。
「明日からやるの? じゃあ、連絡先交換しようよ、陰キャ君」
「連絡なら私とすればいいでしょ?」
スマホを取り出した夕璃乃に沙生那が異議を唱えた。
「ええ? 直接連絡できたほうがいいじゃん、ねえ、陰キャ君?」
そう言って夕璃乃は俺にスマホを向けた。
こういう時はどうしたらいいのだ? 沙生那は明らかに不機嫌だ。
スライム姫のクエストの時に似ている。オークの姫の時もそうだ。
確かに、冒険の書を最初に使えるようになったのは俺だ。
でも今なら、沙生那も使い方を夕璃乃に教えることができる。
なのに夕璃乃は俺に教えてくれと言う。そして、連絡先交換まで求めている。
「まあ、好きにしたら」
投げやりともいえる口調で沙生那が言った。
「だって。ほら陰キャ君、早くスマホ出して」
ということで俺は夕璃乃とも連絡先交換をすることになった。
「じゃあ、行こうか、陰キャ君の家」
「え、今からですか?」
「当たり前じゃん、私、陰キャ君の家を知らないんだからさ。明日から困るでしょ」
沙生那は小さくため息をついて頷いた。夕璃乃が相手だと、沙生那も今ひとつ調子が狂うようだ。いつものテキパキとした様子が見られない。
こうして俺は、石蕗沙生那と紅藤夕璃乃という、対照的な個性を持つ美少女を引き連れて自宅に向かった。
当然のことながら、この事態が母親の度肝を抜くこととなったのは言うまでもない。




