第7話 誰かが見ていた
「礼を言う、冒険者よ」
オーク国の玉座の間に通された俺達に、オークの王が言った。
オーク国の城は、森の奥の断崖を背に建てられていた。
城と言っても、丸太を組み上げたログハウスだ。
とはいえ、ログハウスと聞いてイメージするよりは遥かに大きい。
「うちの高校の体育館くらいありそうね」
というのが沙生那の感想だ。
「で、早速だが、聞いてもらいたいことがある」
オークの王はそう言って話しを始めた。
スライム国にダークスライムがいたように、オーク国にはダークオークがいる。
そのダークオークが急激に増えているのだそうだ。
そのため、オークの戦士が討伐部隊を編成して対応している。
討伐部隊の先頭に立ってダークオーク退治に奮闘しているのが、オーク国の王女、シュヴィーネだ。
なので、先ほど俺達が遭遇したようなダークオークの群れとオーク国戦士の戦闘は、日常的に起こっているということだ。
急激なダークオークの増加は不自然だ。何者かの意図が働いているのではないか?というのがオークの王の考えだ。
「つまりダークオークを操っている黒幕がいるってことね」
と、沙生那。
「ダークスライムの親玉みたいなのがいるのですね……」
フォンが暗い表情で言った。囚われていた時のことを思い出しているのだろう。
「それでさ、あんた達も討伐に加わってほしいんだよ」
シュヴィーネが真剣な顔で言った。
「勿論よ、私達に任せなさい!」
すっかりパーティーリーダー気取りの沙生那が請け負った。フォンもうんうんと、大きく頷いている。
この世界に最初に来たのは俺だ。なので自然の成り行きで俺がこのパーティーのリーダーだと思っていた。
だが、沙生那がやってくれると言うならそれでいい。
というか、やってもらえたほうが面倒がなくて、却ってありがたいと言うものだ。
俺は冒険の書を開いてみた。
『オーク国に協力してダークオークを操る黒幕を倒しましょう!』
新しい目標が表れていた。
「それじゃ、行くわよ。ダークオークの黒幕討伐に!」
「「おおーー!」」
沙生那の掛け声にフォンとシュヴィーネが応えた。
黒幕討伐前に道具類や装備を整えようと、俺達はオーク国の城内の店に行った。
品揃えはスライム国の店と同じだった。この様子だと黒幕を倒さないと変わらなそうだ。
俺の今のレベルは19、沙生那も同じくレベル19だ。
レベル20になると新しい技を覚えるかもしれない。
だとすればレベルを上げてから黒幕討伐に挑むほうがいい。
装備もグレードアップできない以上、無理は禁物だ。
沙生那にそう話すと賛成してくれた。
「それじゃ、今日はレベルが上がるまで戦って終わりにしましょう」
ということで、シュヴィーネを加えた俺達は再び森でダークオークと戦った。
結果、俺と沙生那はレベル20になった。だが、新たな技は表れなかった。
「なんだか損した気分ね」
目論見が外れて不機嫌そうな沙生那に、俺はレベル上げを提案した。だが、
「レベル上げ? それも焦れったいわね」
というのが沙生那の反応だった。
「今日はここまでにしましょう。続きは明日以降ね」
ということで俺と沙生那はオークの城の宿屋に戻り、現実世界に帰った。
◇ ◇ ◇
沙生那と共に異世界転位をするようになってからも、俺達は学校で話をするということはなかった。しばらくのうちは。
朝に挨拶することはあった。クラス委員長である沙生那は、顔を合わせた生徒には皆挨拶をするのだ。
そういう時俺は、おずおずと挨拶を返した。
そもそも俺自身、できるだけ女子とは目が合わないように気をつけていた。
にも関わらず、ここ数日は沙生那と目が合う頻度が増えている。
その度に俺は咄嗟に目を逸した。
俺が無意識に沙生那を見ようとしてしまっているのか?
それはいかん。ここは現実世界だ。転移先のゲームのような世界とは違うのだ。
こんなことが続けば、沙生那から冷たい目を向けられることが常態化してしまう。
明日からゴールデンウイークというその日、俺は細心の注意を払った。
沙生那と視線が合わないようにするためだ。
授業が終わり、俺は教科書やノートをカバンに詰めて席を立った。
すると、俺の机の前に女子生徒が立った。下を見ていた俺は顔を上げて見た。沙生那だった。
「ねえ」
そう言って沙生那は、物凄い目で俺を睨みつけた。
怒っている。間違いなく沙生那は怒っている。
何故だ? 今日は一度も沙生那とは目は合っていない。怒られる理由はないはずだ。
バンッ!
沙生那が両掌を机に叩きつけた。
「なんで私のこと避けるのよ!」
「え?」
何故だ? 苦労して沙生那とは目が合わないようにしてきたのに、何故怒られなきゃならないのだ?
「え? じゃないわよ!」
バンッ!
「はひ!」
俺は沙生那の剣幕に恐れをなして、情けない声を出してしまった。
「話があるから先に行ってて。校門のところで落ち合いましょう」
「え……ええ?」
校門のところで落ち合う? それって一緒に帰るってことか?
「私は日直だからやることがあるのよ!」
そう言って沙生那は黒板を指差した。沙生那の名が書いてある。
「は、はい、分かりました」
そう答えて俺は、他の生徒の視線を痛いほど感じながら教室を後にした。
校門に向かいながら、俺は今しがたの出来事を思い返した。
間違いなく沙生那は怒っていた。しかしそれは、俺が予想していた事とは全く違う理由だった。
もしかして、現実世界でも沙生那と目を合わせてもいいのか?
俺から沙生那に話しかけたりしてもいいのか?
そんな、自ら心の奥底に封印していた淡い期待が湧き上がってきた。
つらつらと考えながら歩いているうちに、俺は校門前に着いた。
「おい」
後ろから声がした。俺を呼んでるのか? と思いながら振り返った。
同じクラスのヤンチャ連中が三人、明らかに不穏な表情で近寄ってきた。
「てめえ、最近調子に乗ってねえか、ああ?」
リーダー格の男子が覆いかぶさるようにしてきた。
さっきの沙生那とのやり取りを見ていたのだろう。
「なんで陰キャのてめぇが俺達の石蕗さんに声かけられてんだよ」
俺達の? それはそれで沙生那に聞かれたらとんでもないことになりそうだが。
「陰キャのくせに生意気なんだよ」
確かにそのとおりだ。俺もそう思われないように十分に気をつけてきたつもりだ。
「ちっと、こっち来いよ」
リーダー格の男子が、俺の上着の身頃を掴んで引っ張り、近くの大きな木の陰に俺を連れ込んだ。
ここで下手に抵抗したら却って大変なことになる。多少の痛い目は我慢するしかない。
木の陰に連れ込まれた俺は、三人の男子に囲まれた。傍目には四人が固まっているだけにしか見えないだろう。
彼らは、周りから見えないように、俺の腿に膝を、腹に拳を打ち込んできた。派手さはないがかなり効く。
そう、かなり効く痛めつけなのだ。そのはずなのだが……
全く痛みを感じなかった。アルスガルドでの戦闘と同じだ。
もしかすると、異世界で無双して現実世界でも無双! とかいうパターンか?
いやいや、俺はアルスガルドでも無双ってほど強くはない。
実際、沙生那のローキックはめっちゃ痛い。それはそれで検証したいところではあるが。
なんてことを思いながらも、少しも痛がる様子のない俺に苛立ったのか、一人が俺を小突いた。
結果俺は、反対側にいた男子にぶつかることとなった。
「ぐっ……!」
俺にぶつかられた男子は低く唸った。そして、まるで大男に体当たりでもされたかのようにふっ飛ばされて、地面に転がった。
「て、てめぇーーーー!」
リーダー格の男子が俺に殴りかかってきた。
俺は頭を庇いながら前屈みになった。それが、ちょうど俺の頭がリーダー格の胸を打つ形になった。
「ぐえっ……!」
リーダー格は後ろにふっ飛ばされて、尻もちをついた。痛そうに胸を押さえている。
一体どういうことだ? 痛みを感じないどころか、触っただけで相手にここまでの衝撃を与えるなんて。
残った一人は目を大きく見開いて、化け物を見るような目で俺を見ている。
「あなた達、何やってるの!」
けたたましい声がきこえてきた。沙生那だ。
「いじめは許さないわよ!」
沙生那は腰に手を当てて、いかにも委員長らしい威厳と勢いで言い渡した。
「い、いや、いじめじゃねえよ」
「てか、やられたの俺たちだし」
「まじ、痛え……」
三人は口々に言った。だが、沙生那の後方に脳筋体育教師が来るのを見て、慌てて走り去った。
「まったく……大丈夫、嶺渡君?」
「はい、大丈夫です」
心配そうに聞いてくれる沙生那に申し訳ないくらい、俺はなんともなかった。
それにしても、今のは一体どういうことなのだ?
ヤンチャ連中がふざけて殴るフリをしていただけなのか?
俺が軽くぶつかっただけなのに、わざと派手に吹っ飛んだのか?
ここはひとつ検証が必要だ。
「あの、石蕗さん」
「なに?」
「この前みたいに、俺にローキックをしてもらえますか?」
「はぁ? 何言ってるのよ!」
当然そういう反応になるだろう。そこを何とか、試してみたいことがあるので、と俺は沙生那に頼んだ。
バシッ!
「痛えーーっ!」
俺のふくらはぎに炸裂した沙生那のローキックは、凄まじく痛かった。
アルスガルドの時と同じだ。ダークモンスターからの攻撃は痛くないのに沙生那のローキックは痛い。
「ホント、何考えてるのよ、バカね」
強烈に痛むふくらはぎを押さえている俺を、沙生那はジト目で見て言った。
「なんだなんだ、いじめじゃなくて痴話喧嘩か?」
駆けつけた脳筋体育教師がすっとぼけた調子で言った。
それを聞いた沙生那の目に危険な光が現れた。
バシッ!
先ほどとは反対側の俺の脚に、二発目のローキックが炸裂した。
なんで俺に……と思ったが言わないでおいた。
痛みに唸る俺を見て、
「いやあ、青春だなぁ、ははは」
脳筋体育教師が呑気に笑った。
この時の俺は気が付かなかった。
騒ぎの一部始終を、興味深げに見ている一人の生徒がいたことを。




