第10話 ゴールデンウイークの勉強会
「新しいお仲間ですね」
旅立ちの村の宿の受付の女性が夕璃乃を見てにこやかに言った。
「うん! 陰キャ君共々よろしくねぇーー」
そう明るくいうと夕璃乃は俺の肩に腕を回した。
「あら、そらおさんと仲良しなんですね」
別にそういうわけでは、と俺が言おうとしたところ、
「うん、仲良しなのぉ。なんと言っても部屋に呼ばれるくらいだからぁ♡」
「あら♡」
わざと科を作って言う夕璃乃の言葉を、受付さんはそのまま受け取ったようだ。
「いえ、それは……」
俺が説明しようとすると、
「いい加減なこと言わないの!」
沙生那が苛立たしそうに、夕璃乃を俺から引き剥がした。
「もうーー」
拗ねた顔をする夕璃乃。
「さっさと行くわよ!」
そう言って沙生那は夕璃乃の腕を掴んで引っ張っていった。
◇ ◇ ◇
「はあ……はあ……なんかすごく疲れるんだけどぉ」
そう言って夕璃乃は狩場の草原に座り込んでしまった。
夕璃乃は村の外の狩場に行くと、続けざまにダークスライムと戦闘した。
ダメージのことはあらかじめ説明はしてある。攻撃を受けると体力を消耗すると。
だが調子良く敵を倒しているとそのことを忘れてしまうのだ。
結果として急激に息が荒くなる。まあ、想定内ではあるが。
「ちゃんと説明してもらったでしょ?」
沙生那がお説教口調で言った。
「分かってるけどぉ……はぁ、はぁ……楽しいからさぁ、これ」
疲れた顔に笑みを見せる夕璃乃。
「でも、今日はここまでにしようかなぁ、疲れちゃったし」
と言う夕璃乃に聞くと、彼女のレベルは5まで上がっていた。
◇ ◇ ◇
「ああ、疲れたぁーー」
旅立ちの村の宿屋に戻ると、夕璃乃はドサッとベッドに倒れ込んだ。
「ベッドで寝れば回復するの?」
ヘッドに寝転んだままで夕璃乃が聞いてきた。
「ええ。それか回復ポーションね」
と、沙生那。
「眠り込んじゃって帰りが遅くなったりしない?」
「この前は大丈夫だったわ……」
そう言って沙生那は俺を見た。俺は頷いて、この世界と現実世界の時間の違いを説明した。
「あ、ほんとだぁ!まだ15分しか経ってないじゃん」
夕璃乃が冒険の書の時間表示を見て驚いている。
ここでの10分の仮眠も現実世界では1分だ。
「仮眠が10分じゃ短くない?」
と、夕璃乃。
「実際は2、3分だと思うわ。すぐ目が覚めるから」
「そうなんだぁ……」
と言った時には既に夕璃乃は目を瞑っていた。
夕璃乃は数分で目を覚まし、俺達は現実世界へ戻った。
「陰キャ君の家に来てからまだ一時間も経ってないんだねぇ」
「ちょっと不思議な感じよね、いつも思うけど」
こんなやり取りから始まって、夕璃乃と沙生那はお菓子を食べながらおしゃべりを始めた。
俺が最初に見た時の二人は、それほど仲が良さそうには見えなかった。
だが、今は途絶えることなく話が続いている。その様子は、友達というよりは姉妹に近いように俺には思えた。
「それじゃ、明日からはテスト対策よ」
「だねぇ。覚悟しときなよぉ、陰キャ君」
沙生那と夕璃乃は、不穏な笑みを浮かべて俺に言った。
「「お邪魔しましたぁ!」」
沙生那と夕璃乃の明るい声に、居間にいた母親は飛び出してきた。
母親は、もっとゆっくりしていけばと二人を引きとめた。これは社交辞令でもなんでもないのは明らかだ。
たとえ夜まででも勉強をしていってもらいたい。
そして、駄目息子の怠け根性を叩き直してほしいという切なる願いが、母親の顔にしっかり表れていた。
「また明日、お邪魔しますので」
「よろしくお願いします」
爽やかに応える沙生那と夕璃乃を、母親は玄関先どころか門の先まで送って行った。
その後母親は、「明日からしっかりやるんだよ!」と言って俺の背中を引っ叩いた。
◇ ◇ ◇
ゴールデンウイークに入ると、約束通り沙生那と夕璃乃が来てくれた。
午後二時頃に来て、二時間ほどはテスト対策勉強。その後で冒険をしようということになった。
沙生那も夕璃乃も秀才なだけあって教え方が上手かった。
沙生那は一つ一つ丁寧に教えてくれる。夕璃乃は練習問題に頭を抱える俺に、ちょっとしたコツを教えてくれる。
俺たちが通う高校は、トップクラスの進学校というわけではない。
だが、毎年三十人前後が国立大に、それ以上の人数が有名私立大に進んでいる。そこそこの進学校といったところか。
俺の成績はといえば、下から数えたほうが早いポジションが定位置になっている。
なので既に、高卒就職でいいかと俺は半ば本気で考えていた。
そんなことをポロっと言ってしまったら、
「とりあえず、やれるだけやりなさい!」
「そうだよぉ、もしかしたら私達と同じ大学に行けるかもだよぉ」
と沙生那と夕璃乃に発破をかけられた。
そこにノックがあり、お菓子とジュースを持って母親が入ってきた。
どうやら今の会話が聞こえていたようで、入ってくるなり母親は正座をして、
「どうかうちの息子をお願いします」
と、沙生那と夕璃乃に頭を下げたのだ。
俺は慌てて母親にやめさせようとした。そうしたら母親は「このバカ!」と俺の頭を引っ叩いた。
そして俺にも正座をさせて、頭を押さえつけて沙生那と夕璃乃に頭を下げさせた。
正直言って俺は恥ずかしかった。
そして、こんなことをされたら沙生那と夕璃乃も困ってしまうに違いないと思った。
ところが、
「お任せください!」
「私達と同じレベルにしてみせます!」
と、二人ともやる気満々で請け負ったのだ。
感激のあまり泣き出しそうになった母親を、俺は押し出すようにして部屋から出した。
◇ ◇ ◇
「よおーーし、ダークスライムのボスを倒すぞぉーー!」
新たなクエストが出てきた夕璃乃が拳を突き上げて叫んだ。
ゴールデンウイークの三日目に夕璃乃のレベルが12になった。
俺と沙生那がレベル12の時に出てきたクエストは『スライムのお姫様を助けよう!』だった。
だが既にスライムのお姫様は俺と沙生那が救出している。
なので夕璃乃のクエストは『ダークスライムのボスを倒そう!』になったようだ。
どうやらダークスライムのボスは何度でも再生するらしい。
「次は『スライム国の王様に会おう』って出てるわ」
「王様から討伐依頼を受けるのよ」
夕璃乃に沙生那が説明した。
ということで、俺たちはスライム城に向かった。
「冒険者よ、ダークスライムのボスを討伐してほしい」
そう言うスライム王の横にはスライム姫のフォンが控えていた。
「わが娘、フォンもパーティーに加わる」
「よろしくお願いしますね」
フォンはそう言って進み出た。
「へぇ、あなたがスライムのお姫様? すっごく綺麗ねぇ、髪も肌もキラキラしてるしぃ」
夕璃乃はフォンをしげしげと見て言った。
「ありがとうございます。ところでそらお様、こちらのお嬢様は?」
フォンにしては珍しく、低く落ち着いた声で聞いてきた。
「こちらはゆりのさん、二日前から仲間になった方です」
俺が夕璃乃を紹介すると、
「ゆりのです、よろしくねぇーーてか陰キャ君、そらお様って呼ばれてるのぉ?」
と、夕璃乃が面白そうな表情で俺を見た。
「はい、私はそらお様と呼ばせていただいてます」
俺が答えに窮しているとフォンが答えてくれた。
「ところで『いんきゃくん』とはどういう意味でしょうか?」
そう訊くフォンの表情は固い。
別に深い意味はないのだと俺が言おうとしたら、
「陰気なキャラだから陰キャ君、かなぁ」
深く考える様子もなく夕璃乃が答えた。
「そらお様は陰気などではありません!」
「ええ!?」
フォンの突然の剣幕に夕璃乃が驚いて声を上げた。
「そらお様はダークスライムから私を救ってくださった、素晴らしい方です!」
そう言ってフォンは俺の腕にすがりついてきた。
「ふうん、そうなんだぁ」
夕璃乃は、何やら意味ありげに俺とフォンを見たが、それ以上は何も言わなかった。
「さあさあ、そんなこといいから行きましょう」
そう言って沙生那が俺とフォンを引き離した。
「沙生那も大変ねぇ」
と、夕璃乃。
「何がよ?」
「別にぃーー」
こうして、夕璃乃のクエストに俺と沙生那、フォンが同行することとなった。
俺と沙生那がダークスライムの洞窟に行った時は二人だった。そして今回は四人。楽勝だろうと俺は考えていた。
だが、ダークスライムの洞窟に入ると、前とは状況が違っていた。
「前の時よりモンスターが多いわね」
一度に6体も出てきたダークスライムを見て沙生那が言った。
「パーティーメンバーの強さによって出てくるモンスターも変わります」
フォンが教えてくれた。
「夕璃乃は無理しないで一匹だけ相手にして」
「分かった」
沙生那の指示に夕璃乃も真剣に答えた。
夕璃乃は一番端にいるダークスライムに向かっていった。
沙生那は反対側に向かった。俺は夕璃乃が別のダークスライムから攻撃を受けないように、間に位置取りした。
この作戦は上手くいった。俺と沙生那はレベル20だ。
出てくる敵の数こそ増えているが、個々の強さはレベル12の夕璃乃に合わせてあるようだ。
なので、多少攻撃を受けても俺と沙生那はすぐに息が上がるということはなかった。
しかも今は回復魔法が使えるフォンもパーティーメンバーだ。
俺達は順調に洞窟を進み、最奥のダークスライムボスの部屋に辿り着いた。
この前倒したボスが玉座にふんぞり返っていた。
「この前はよくもやってくれたなぁ」
ボスが太々しい態度で言った。
前の時と同じように、半円の体から伸びた手にはグラスが握られている。
そのグラスに飲み物を注いでいるのは、普通のダークスライムだった。
「夕璃乃、あれがボスよ」
沙生那がボスを指差して言った。
「よぉし、いくよぉーー」
夕璃乃は【ひのきのぼう】を手にダークスライムボスに向かっていった。




