第11話 魔法
夕璃乃は、俺が思っていたよりもあっさりとダークスライムボスを倒してしまった。
「すごいじゃない、夕璃乃!」
鮮やかな夕璃乃の戦いっぷりに、沙生那が夕璃乃に駆け寄って言った。
「そうなの?」
夕璃乃も、思いのほか上手くいったことに驚いているようだ。
見たところ、通常攻撃以上のダメージをダークスライムボスに与えていたようだ。
夕璃乃に訊いてみると、
「『届け!』って小さく声に出しながら棒を振っただけなんだけどねぇ」
そう言って夕璃乃は、手にしている【ひのきのぼう】を見た。
俺はもしかしたらと思い、夕璃乃に訊いた。
「冒険の書に『技』という項目が出てませんか?」
「『技』ねぇ……あ、出てるよぉ。んとねぇ『かぜまほう』だって」
「魔法なんてあるの?」
驚いた沙生那が、夕璃乃の冒険の書をのぞき込んだ。
今のところ、俺も沙生那も魔法は覚えていない。ゲームに詳しくない沙生那が驚くのも無理はない。
だが、ここアルスガルドはRPG的な世界だ。魔法を覚えるキャラがいても不思議はない。
「つまり、どういうことなの?」
沙生那が困惑顔で訊いてきた。
ボスキャラ相手ということで、夕璃乃は極力ダメージを受けないように気をつけていたのだろう。
となると、むやみに敵の懐に飛び込むということはせず、一定の距離を取りながらの戦闘になる。
【ひのきのぼう】はそれほど長くはない。七、八十cmだろう。通常攻撃をしようとすれば接近戦を挑まなければならない。
そこで夕璃乃は、【ひのきのぼう】がギリギリ届くか届かないかの位置から攻撃をした。
「届け!」という呪文を唱えながら。
「そういえば、棒の先がかすったくらいでも痛がってたかもぉ」
ブンブンと【ひのきのぼう】を振りながら夕璃乃が言った。
「せっかくなので試してみましょう」
「どうやって?」
俺は、今は誰もいない玉座に向かって風魔法を放ってみるように夕璃乃に言った。
「届け!」
そう唱えて夕璃乃が【ひのきのぼう】を振ったが、玉座には何も起こらなかった。
「だめじゃん」
がっかりして拗ねたように夕璃乃が俺を見た。
ヤバい、何とかしないと!
俺はじんわりと汗をかきながら考えを巡らせた。
「ええと、そうしたら……風よ……風よ貫け……と」
「風よ貫け?」
「は、はい、それで【ひのきのぼう】は目標に突き出すようにしてみてください」
俺は早口で説明した。
「風よ貫け!」
夕璃乃が【ひのきのぼう】で玉座を指して唱えた。
すると、【ひのきのぼう】の先から、うっすらと光る細い渦が飛び出した。
渦は真っすぐに延びて玉座に命中した。粉々にとはいかなかったが、玉座は勢いよく後ろに倒れた。
「やったぁーー!」
歓声を上げる夕璃乃。
よかった、うまくいったようだ。ここで失敗したらどんな仕打ちを受けるかと、ヒヤヒヤした。
「頼りになるじゃん、陰キャ君」
そう言いながら夕璃乃は俺の腕を掴み、体をピッタリと寄せてきた。
いきなりのことで俺がドギマギしていると、フォンが素早く近づいてきた。
「ゆりの様」
そう言うフォンの声は落ち着いていた。
だがその声音には、少なからず怒りが含まれていた。
そうだった!フォンは治癒と回復の魔法が使える。
なのに魔法が使えない俺がフォンを差し置いて、偉そうに講釈をたれてしまった。
「そのように密着するのはふしだらです」
そう言ってフォンは夕璃乃を俺から引き剥がした。
「ええ、いいじゃぁん」
「いけません!」
とりあえず夕璃乃が離れてくれて、俺がホッとしてると、
「気をつけなさいよ」
と、沙生那が言ってきた。こちらもフォンと同じく、やや怒りが込められている。
「は、はい、すみません……」
そうだ、出しゃばるのはいけない。これからは目立たず後方支援に努めよう。
その日は、夕璃乃のダークスライムボス討伐をスライム王に報告し、冒険は終わりにした。
そして翌日。
「オークって何?」
勉強会が終わり、冒険の書を取り出したところで夕璃乃が聞いてきた。
冒険の書に次のクエスト、『オーク国の危機を救え!』が表れたからだ。
俺がコミックやらなんやらを見せながら説明すると、
「ふうん、豚のモンスターかぁ」
と、夕璃乃は予想通りの反応を示した。
◇ ◇ ◇
その日、俺達はスライム国の宿屋からオーク国へ向かった。
「おや、新しい仲間かい?」
オーク国に入ったところで、シュヴィーネ率いるオーク戦士隊に出会った。
「ゆりのだよぉ、よろしくね。て、すごい美人さんだねぇ!」
シュヴィーネを見て驚く夕璃乃。
「それに、大きい」
「どこ見てるのよ!」
シュヴィーネの胸をしげしげと見ている夕璃乃に沙生那がツッコミを入れた。
「てか、この人は人間なんだねぇ」
「あたしもオークだよ」
「ええ?」
驚く夕璃乃に、
「シュヴィーネさんはオーク国のお姫様なのよ」
と、沙生那が説明した。
「お姫様だから人間の姿なの?」
今ひとつ納得していない様子の夕璃乃。そのへんは俺も疑問に思うところではある。
「まあ、そういうことかな。そのほうが人間の冒険者にアピールできるだろ?」
そう言ってシュヴィーネは俺に流し目を飛ばしてきた。
そこで俺を見るのはやめてほしい。ただでさえ俺が手柄を独り占めしてると思われているのだ。
「そうですね、それは私も同じです」
スライム姫のフォンまでそんなことを言い出した。
「それは……仲間として受け入れられ易いから、ということかしら?」
考えをまとめている表情で、沙生那が訊いた。
「まあ、広い意味では仲間と言っていいかもだな」
「ええ、間違いではありませんね」
シュヴィーネもフォンも、何やら含みがあるような言い方だ。
とにかく俺としては、平穏無事に楽しく冒険ができることが第一だ。
皆が仲良く、良い仲間として結束してほしい。
皆が等しく成果を上げ、順調にレベルアップできることが重要だ。
俺としては、手柄を独り占めしているなどと思われないよう、十分気をつけなければいけない。
夕璃乃のクエストに沿って、俺達はオーク国の城に向かった。
途中何度かダークオークの群れに遭遇した。
戦闘の経験値はメンバーに均等に配分されるようだ。
なので高レベルの者が強い敵と戦って倒せば、レベルが低い者は実力以上の経験値が得られる。
そして低レベルの者は、単独で戦うよりも早いペースでレベルを上げることができる。
ゲームで新キャラを育成する場合の基本だ。
だがそれは画面を操作するゲームでの話。
今俺達がやっているこの冒険は、いかにもRPG的な世界ではある。
だが、RPG的であるとはいえ、物理的な実感がある世界だ。
肉体的に対応できなければ、中々冒険が進まない。
ダメージを放っておいて疲労困憊してしまうのがいい例だ。
俺は、夕璃乃も積極的に戦闘に参加できるように気をつけた。
夕璃乃にも俺達と同様に戦闘に慣れてもらいたかったからだ。
「【かぜまほう】使ってみようかなぁ」
夕璃乃は【ひのきのぼう】をダークオークに向かって突き出した。そして呪文を唱えた。
「風よ、ぶっ飛ばせぇ!」
ぶっ飛ばせ? そんなので魔法が発動するのか……
ドォーーン!
夕璃乃が狙いをつけたダークオークは、とてつもない衝撃波を受けたように、後方に吹っ飛んでいった。
そう、まさに夕璃乃の【かぜまほう】でぶっ飛ばされたのだ。
「やったぁ! すごいじゃん、私!」
夕璃乃は嬉しそうにぴょんぴょん跳ねている。
「やるねぇ」
「素晴らしいです」
感心したようにシュヴィーネとフォンが夕璃乃を見ている。
「すごいわね、夕璃乃」
沙生那も驚いている。
「えへへぇ。沙生那達が他の敵をやっつけてくれたからね」
ドヤ顔ながら、夕璃乃も状況はしっかり把握していたようだ。
よしよし、いい調子だ。みんながそれぞれ活躍してくれれば平和で楽しく冒険ができる。
そんなふうに、俺が内心悦に入っていると、夕璃乃が俺の方に駆け寄ってきた。
そして、
「昨日、陰キャ君が教えてくれたおかげだよ」
と言って、夕璃乃は俺の手を両手で包むように握り、じっと俺を見つめた。
え……?これって……
俺は、嬉しさと困惑が入り混じって言葉に詰まってしまった。
そこに、
バシッ!
沙生那のローキックが俺の脚に炸裂した。
「痛えーー!」
ガシッ!
続けてシュヴィーネがコブラツイストを決めてきた。
「ぐぁーーギブギブ!」
背骨をミシミシ言わせながら俺が唸っていると、
「えい」
と言う掛け声と共にフォンが俺の脳天に手刀をぶち込んだ。
大して痛くは……いや待て!段々痛みが増していくぞ!
「痛みが増幅する逆治癒攻撃です」
逆治癒攻撃? 平然とした顔で恐ろしいことを言うフォン。
「あららぁ、大変だねぇ、陰キャ君」
他人事だと思って楽しそうに見ている夕璃乃。
それにしても何故仲間からの攻撃は痛いのだ。
責任者出てこい!
今度、あの古本屋に出くわしたら店主のおっさんに文句を言ってやる。




