第5話 オーク国の争い事
スライムのお姫様フォンを助け出したその日は、沙生那の提案でスライム城内の宿屋で冒険を終えることにした。
「そうすれば次はここから始められるでしょ」
と、いかにも委員長らしい上から口調で沙生那は言った。
フォンに聞いたところでは、オーク国はスライム国から更に森の奥に向かった先にあるらしい。
「それじゃ、また来るわね」
「はい」
沙生那と俺は宿屋まで見送りに来てくれたフォンと別れて、現実世界に戻った。
俺はひとり自分の部屋に戻ってきた。当然だ、今日はここから始めたのだから。
沙生那と一緒に戻ってこれたら……などという思いが頭をかすめた。
(いかんいかん!)
ただでさえ俺は手柄を独り占めしたと思われているのだ。
そのうえ沙生那に変な感情を抱いているなどと思われたら、考えるだけでも恐ろしい。
俺はゆっくりと深呼吸をした。そしてフォンから聞いたオーク国のことを思い返した。
「スライムの森を抜けて境界の川を渡るとオーク国です」
と、フォンは教えてくれた。
オーク国は鬱蒼とした森に囲まれた国らしい。
スライム国も森の中にある国だが、森の所々に泉や池、湖などの開けた場所も多い。「森と湖の国」という印象だ。
一方オーク国は、ひらけた場所は少なく、背の高い木々の間に渓流が流れているのだそうだ。「森と渓谷の国」と言ってよさそうだ。
明日はオーク国だな、と思いながら俺はカレンダーを見た。
(そろそろゴールデンウイークか……)
ゴールデンウイークだからといって、俺には特段何の予定もない。アルスガルドを冒険しまくることになりそうだ。
(石蕗さんはどうするんだろう?)
俺と沙生那は同じクラスだが、教室内は勿論学校内でも話したことはなかった。
当然だ。そもそも沙生那は俺なんかがそう簡単に近づくこができる存在ではない。
アルスガルドで一緒に冒険をしているとはいえ、俺と沙生那の日常の関係性は変わらない。
だが冒険を始めて以降、校内で沙生那と目が合うことが増えているようにも思うのだ。
朝、教室に入る時に沙生那と目が合った時には会釈をするようにはした。
だが、ふとした時に沙生那と目が合うことがある。すると沙生那は鋭い目で俺を睨むのだ。
(やっぱり根に持たれてるのかぁーー!)
スライム姫救出クエストで、フォンの感謝が俺にばかり向けられていたことを。
このままではいけない。次のクエストでは沙生那の手柄が大きくなるようにしなくては。
その日の授業が終わり、帰り支度をしているとスマホに着信があった。
見てみると沙生那からのショートメールだった。
『帰ったらすぐに集合!』
驚いて俺は思わず沙生那の方を見た。
沙生那はこちらを睨みながら、ギュッと拳を握りしめていた。
遅れたらぶん殴るってことか!? それとも「今度の敵は私が倒すから余計な手出しはするな!」ということなのか?
とにかく俺は『了解しました!』と速攻で返信をした。
自宅に戻ると、休む間もなく俺はスライム国の宿屋に飛んだ。
沙生那は既に来ていて、俺が廊下に出ると、
「さっさと行くわよ!」
と苛立たしそうに俺を急かした。
冒険の書を見ると、
『オーク国でダークオークと戦いましょう』
と次の行動目標が表れていた。
宿屋を出るとフォンが待っていてくれた。
「オーク国は境界の川の橋を渡った向こう側です」
改めてフォンが教えてくれた。
「それじゃ、行きましょう!」
やる気満々の沙生那に引っ張られるように、俺たちはオーク国に向かった。
◇ ◇ ◇
境界の橋を渡るとすぐに灰色のダークオークに遭遇した。
色を見る限りではダークオークとしては低レベルだ。
「オークって二本脚で立つのね」
やはり沙生那は凶暴な豚タイプを想像していたようだ。
「ダークオークってダークスライムよりも強いの?」
ダークオークと対峙しながら沙生那が聞いた。
「はい。レベルが低いダークオークでも、高レベルのスライム戦士がやっと勝てるかどうかというところです」
と、フォン。
スライム戦士がどの程度の強さなのかは分からない。
ゲーム的なバランスで考えれば、高レベルのダークスライムと同等というところだろうか。
フォンに聞いてみると、
「はい、そのくらいだと思います」
とのことだ。
だとすると、最初のうちは様子を見ながら慎重に戦ったほうがいい。
「石蕗さん、まずは慎重に……」
と、俺は沙生那に警告しようとした。
だが既に沙生那は【どうのつるぎ】を抜いて、ダークオークに突進していた。
ザンッ!
俺が援護に向かおうとした時には既に沙生那の攻撃が決まっていた。
ダークオークの胴体に斜めの傷が走る。かなり深い傷だ。
だがダークオークは倒れずに、丸太のような腕で沙生那を打ち据えようとした。
「下がって!」
思わず俺は鋭く叫んだ。沙生那が素早く後ろに跳び下がる。
攻撃体勢に入ったダークオークは、腕を振り上げて一歩踏み込むかに見えた。
たが、ダークオークはそのままの姿勢で前に倒れ、灰色の霧となって消えた。
【とうぞくのたんけん】を抜いてダークオークに突進しようとしていた俺は、ホッとして力を抜いた。
「ふふん、どうかしら」
ダークオークを一撃で倒して得意満面の沙生那。
「素晴らしいですわ!」
フォンが歓声を上げた。当然だろう。ダークオークは高レベルのスライム戦士がやっと倒せるかどうかの強さなのだ。それを沙生那は一撃で倒して見せた。
「そうですね。すごいです、つわぶ……」
「さすがですわ、そらお様!」
俺の言葉を遮りながら、フォンが俺の腕を掴んだ。
なぜ俺なのだ? ここは沙生那を称賛すべきところではないか?
「あの、フォンさん……?」
きっと凄まじい目でこちらを見ているであろう沙生那の視線を痛いほど感じながら、俺は腕にすがるフォンを引き離そうとした。
「そらお様の『下がって!』という的確な指示! その指示のおかげで沙生那さんはダメージを受けずに済んだのです!」
そう言ってフォンは、青紫の瞳をキラキラさせている。
「いえ、指示だなんて……」
俺はフォンの思い違いを正そうとしたが、
「そうよねぇ、嶺渡君の指示のおかげよねぇ、ありがとう、嶺渡君」
と、沙生那から嫌味たらたらのセリフが飛んできた。
「あ、あの、石蕗さん……」
俺は何とかとりなそうとした。だが沙生那はプイッと横を向いてしまった。
(ヤバい、これはヤバい……!)
俺には女子の気持ちなんて全くわからない。だが、これがマズイ状況だということは分かる。
今は三人でパーティーを組んでいるのだ。三人で一致団結し、心を合わせていかなければならない。
その後もダークオークと何度か遭遇した。沙生那の剣は益々冴え渡り、一対一であればほぼ一撃で倒すことができた。
進むにつれてダークオークも複数で襲いかかってくるようになってきた。
中には色の濃い高レベルのダークオークも混ざっている。
ここは慎重に、と言おうとしたが沙生那はどんどん敵に向かっていった。
俺も遅れを取らないよう、沙生那のすぐ後ろについた。
沙生那はほぼ全てのダークオークを一撃で倒していった。
だが、突撃あるのみ的な戦いをしている沙生那には死角も多くなる。
そんな死角を突いてくるダークオークもいた。
そんな時は俺が【はやぶさぎり】で牽制し沙生那がトドメを刺す、という連携が自然と生まれた。
連携が決まり沙生那と目が合うと胸が小さく鼓動した。
これは、ゲームで必殺技が決まった時の爽快感である。
そうに違いない、うんうん!
ようやくダークオークの波が収まって、一息つくだけの余裕ができた。
沙生那を見ると息が上がっていた。と言っても苦しそうな様子はない。純粋に休まずに動いた結果のようだ。
「レベル19になったわ!」
沙生那が冒険の書を見て嬉しそうに言った。
オークの国に来て一気に3つも上がったことになる。
「嶺渡君はいくつ?」
「俺も19です」
冒険の書を見て俺が答えると、沙生那の顔がみるみるドヤ顔になった。
「追い越すのも時間の問題ね」
そのへんはやはり学年トップの優等生だからなのか。能力で劣ることに我慢がならなかったのかもしれない。
今のところ、まだ身体に直接打撃を受けてはいない。だが、念の為にフォンに軽めの回復魔法をかけてもらった。
「わあ、なんだか回復してるって感じねぇ」
上気していた沙生那の顔が平常に戻った。俺も同じように回復魔法をかけてもらった。
ダメージは受けていないつもりだったが、俺も回復してる感覚があった。
「攻撃を防御した時にもダメージは受けるんですよ」
フォンが教えてくれた。
確かに何度か腕で攻撃を防御した。その分も小さいながらもダメージとして蓄積していたようだ。
冒険を再開してしばらく進むと、複数の怒声と何かがぶつかり合う音が聞こえてきた。
木の陰から見てみると、川沿いのやや開けたところで数人のオークがダークオークの群れと戦っている。
もしやと思い俺は冒険の書を開いた。クエスト欄には、
『オークの戦士と協力して戦いましょう』
と出ていた。
俺がそう伝えると、
「これは、助けなくちゃよね!」
そう言って沙生那は【どうのつるぎ】を手に、戦闘の渦中に飛び込んでいった。




