第48話 冒険の終わり
よかった……
小さく微笑むリンナを見て、俺はホッと胸を撫で下ろした。
「もう、大丈夫だぞ」
俺はリンナを安心させるように言った。
すると、リンナの大きな瞳から大粒の涙がポロポロと零れだした。
「リンナ、どうしたんだ……?」
一体どうしたというのだろう? 安心した反動で涙が出てきてしまったのか?
「そらお……あたし……」
しばらくして、やっとリンナが話し出した。
「うん、なんだ、リンナ……?」
俺はできるだけ穏やかに訊き返した。
「あたし、そらおをたくさん、きった……ごめん、なさい」
そう言ってリンナは俯いて嗚咽した。
「リンナは操られていただけなんだ。ちっとも悪くないんだぞ」
そう言って俺は、屈んでリンナの肩にそっと手を当てた。
「でも……きっと、そらおは……あたしのこと……きらいに……」
泣きながら、リンナは絞り出すように言った。
「リンナを嫌いに? 俺が? そんなことあるもんか!」
「でも……」
リンナは顔を上げて、涙が溢れる瞳で俺を見つめた。
「俺はリンナを嫌いになんてならないぞ」
「ほんとう……?」
「本当だ」
俺の言葉を聞いて安心してくれたのか、リンナの顔が明るくなった。
「それじゃ……あたしのこと、すき……?」
「ああ、好きだぞ」
聞かれるまでもないことだ。リンナは大切な仲間なのだから。
「そしたら、あたしと、つがいになってくれる……?」
「ああ、勿論リンナは……て、え……今なんて……?」
なんか今、リンナがとんでもないことを言った気がするのだが……
「うれしい……」
そう言って、リンナは俺に抱きついてきた。
「あ、あの、リンナさん……今なんて言ったのかな……?」
俺はそう訊きながら、抱きついてきたリンナを引き離そうとした。
「ふふ……そらおと、つがい」
間違いない、リンナは番と言っている。
「えっと、リンナは、番の意味分かってるのか……?」
「うん……そらおといっしょになって、こどもつくるの」
「うぐっ……」
俺は言葉に詰まってしまった……
リンナは分かっているのかいやいや具体的なことは知らずにぼんやりとしたイメージだけで言っているだけであって事細かなところまでの知識はないはずいや待てよリンナはゴブリンだから……
などと、俺が頭を猛回転させていると、
「嶺渡君……まさか、あなたがそんな人だとは思わなかったわ」
背後から沙生那の声が……いや、沙生那の声に似ている何か別の異次元の存在の、背筋が凍りつくような声が聞こえてきた。
俺は全身に冷たい汗をかきながら振り返った。
そこには、両腕を組んで俺を見下ろす沙生那がいた。
その目は、冥界の女王が目の前の罪人を裁こうとしているかのような、絶対零度の冷たさを宿していた。
「あ、あの、これは、その……」
俺は悪くない、悪くないはずなのだが、なぜか沙生那に睨まれていると、うまく言葉が出てこない。
「もう、これは事案だねぇ、陰キャ君」
夕璃乃も、声こそ普段通りだが、その目は極寒の吹雪のようだ。て、事案?
「嶺渡君て、やっぱりロリコン……」
明日海さん、やっぱりってやめて! 俺ロリコンじゃないから!
「パートナーの私を差し置いて酷いじゃないの!」
と、なぜかご立腹の暁音。というか、パートナーとかあなたが勝手に決めたことだし!
「それじゃやろうかねぇ」
「そうだね」
シュヴィーネがいつも以上に指をポキポキ鳴らし、ミローネの両手でボディバシバシ音も一際大きい。
「ちゃんと回復しますから大丈夫ですよぉ、そらお様」
と、フォンが目が笑ってない笑顔で回復魔法をかけてくれた。
そして例のごとく、俺が皆に処されているのを、リンナは「きゃはは」と笑い声をあげて嬉しそうに見ているのだった。
「コホン……お楽しみのところ申し訳ないのだが」
王が取ってつけたような困惑顔で言った。どことなく面白がっているように見えるのは俺の気のせいか?
「そろそろ話をさせてもらっていいかな、勇者そらおよ」
ひと通り済んだところで、俺に王が言った。終わるまで待ってないで止めてくれてもよかったのに……と言う言葉は飲み込んでおいた。
というか、勇者そらお? それ、どういうことなんだ?
「あの、王様……俺は勇者ではなくただのサポート役というか、斥候というか、そもそもパーティー最弱ですし」
そのへんのところはハッキリさせておかないといけない。
俺は弱い。ここまでクエストを達成してこれたのは、沙生那を始めとするメンバーの力があってこそなのだ。
「ふむ、確かにそうかもしれん。だが、そなたは強者を率いてわが国を、いや、このアルスガルドを救ってくれたのだ。勇者と呼ぶのが相応しいであろう」
王様にそこまで言ってもらうと、さすがに否定するのも憚られる。
「改めて礼をさせてくれ、勇者そらお」
王様が俺に向かって頭を下げた。
「い、いえ、そんな、頭を上げてください、王様!」
俺は慌てた。いくらRPG的な世界だとはいえ、王様に頭を下げてもらうなど恐れ多い。
「ついては、そなたに褒賞を取らせようと思う」
それは嬉しい。どんなものが貰えるのだろう? 王家伝来の武器とか防具だろうか。
いや待てよ。この先のクエストの助けになるアイテムが……
「褒賞とは他でもない、わが娘アニタだ」
貰えたりすれば……て、え?
「あ、あの、王様、今なんと……?」
「アニタをそなたの妻にと申しておる」
アニタを俺の妻に!?
「あ、あの、そんないきなりの話で、というかアニタさんの意向も……」
「勿論、私も了承済みよ」
俺の言葉に被せてアニタが言った。アニタを見ると、迷いも困惑もない、平然とした顔をしている。
「ちょっと待ったぁああーー!」
「お待ちください!」
「勝手に決めないで!」
早速、シュヴィーネ、フォン、ミローネから物言いが入った。前にもあったな、こんなことが……
もしかしたらアニタも俺の命を、「冒険者としての死」を狙っているのか?
アニタは3人の姫とあーでもないこーでもないと言い合った後、俺に向かって訊いた。
「そらおくんの気持ちはどうなの?」
俺の気持ち、それはもう決まっている。というかこう答えるしかないだろう。
「俺は、アルスガルドの者ではありません。なのでアニタさんを、その……つ、妻にというお話は、お受けできません」
「それは、あたし達も同じってことかい?」
「はい……」
シュヴィーネにも訊かれて、俺は答えた。
一瞬沈黙がその場を支配した。
沙生那達も言葉を発せずに静観している。
その沈黙を破ったのはアニタだった。
「もう一度よく考えてみて」
アニタの目はとても真剣だった。
俺はアニタから視線を外してしまいそうになった。
だが、ここはそれをしてはいけない、と俺は直感的に思った。
「答えは……変わりません」
アニタの目をまっすぐに見て俺は答えた。
アニタはなおも言い募ろうと口を開いたが、王がそれを制した。
「相分かった、勇者そらおよ」
王は若干寂しそうな表情ではあったが、落ち着いた声でそう言った。
「そろそろ、そなたらが元の世界に戻らねばならない時が来たようだ」
王が表情を引き締めて言った。
戻らねばならない時? 制限時間なんてあったっけ?
「勇者そらお、そして強者達よ。改めて礼を言う。ありがとう」
王のその言葉に呼応するかのように、俺と沙生那、夕璃乃、明日海、暁音の5人が、透き通った光のカーテンのようなものに包まれた。
「これって……?」
「え、なになに?」
「どうしたの……?」
「新たな敵かしら!」
沙生那達も戸惑ったようにキョロキョロしている。
「これで、クエストは全て終わりだ。なのでアルスガルドとそなたらの世界との門も閉じなければならないぬ」
全て終わり? 門を閉じる? いきなりどういうことなんだ?
フォンもシュヴィーネもミローネも、そしてアニタも寂しそうな目をしているが、取り乱すようなことはなかった。
姫達は知っていたのか? だとしたら俺がもし姫の誰かと結ばれたらどうなっていたんだ?
訊きたいことが、どんどん俺の中に湧き上がってくる。
「そらお……!」
リンナは俺の方に駆け寄って来て、光のカーテンの手前でミローネに掴まれた。リンナの目には涙が浮かんでいる。
「そらおくん!」
アニタが光のカーテンの縁に駆け寄って来て、俺を呼んだ。
「もしかしてさ……」
「はい」
「好きな人がいるの?」
アニタがド直球に訊いてきた。
俺はどう答えていいか分からなかった。
嘘ではない。
なのに俺は、無意識のうちに……いやもしかしたら意識の奥底に何かがあったのかもしれないが……
気がついたら俺は沙生那を見ていた。
そして、沙生那も俺を見ていた。
バッチリ目が合った。
沙生那の目が大きく見開かれた。
それは、ほんの一瞬の出来事だった。
ヤバい! そう思って俺はすぐに沙生那から視線を外した。
「ああーー!今、沙生那を見たよね、陰キャ君!!」
「うんうん、見てたね……!」
「私も目撃したわよ!」
夕璃乃、明日海、暁音がすかさずツッコミを入れてきた。
「で、沙生那はどうなのよぉ?」
夕璃乃が沙生那に問い詰めると、
「え? まあ、いいんじゃない?」
と、沙生那は至って冷静に答えた。
え、それでいいの、沙生那さん?
俺なんかやっちまった感満載で心臓バクバクなのに……
「やっぱりそうだったのかよ」
「なんとなくそうじゃないかとは思ってましたけど」
「そうだね」
「始めから私に勝ち目はなかったのね」
四姫達も諦めたように言っている。
「そらお……」
ミローネに掴まれているリンナが、切なそうな目に涙を浮かべながら俺を見ている。
つられて涙が出そうになるのを俺は必死で堪えた。
「それではさらばだ、勇者そらお」
その王の言葉が合図となったのか、光のカーテンの向こう側が霞んでいった。
俺はフォン、シュヴィーネ、ミローネ、アニタ、そしてリンナの顔をしっかりと目に焼き付けるように見つめ続けた。
目の前が真っ白になり、何も見えなくなるまで。




