第49話 エピローグ
自室に戻った俺は、すぐにポケットから冒険の書を取り出した。
そして1ページ目を開いた。
そこには『冒険を始めますか?』【はい】【いいえ】と表記されているはずだ。
だが今は違った。
『すべてのクエストは達成されました』
そう表記されているだけだった。
ページをめくると、ステータス表示、装備品、所持アイテム、技、達成したクエストは表示されたままだ。
見ていると、目がじわっとしてきた。
俺は鼻をすすり上げて小さく息を吐きだした。
まあ、これはこれでいい思い出になるかな……
などと思っていると、スマホの着信音が鳴った。
夕璃乃> 陰キャ君、泣いてるでしょ!
空央> 泣いてません
夕璃乃> 泣かなくても大丈夫だよ〜私
たちがいるから!
泣いてないって答えたのに……嘘だけど。
暁音> そんな女々しい事ではダメよ!
あなたは私のパートナーなんだ
から!
明日海> みんなで集まりたいね〜
沙生那> そろそろ期末テストの準備も
しなきゃよね
もう、期末テストの話ですか沙生那さん!
そういえば、さっき沙生那を見てしまったこと、謝らなくてはいけない。
あの場は沙生那が機転を利かせて誤魔化してくれたが……
夕璃乃> そうそう、陰キャ君には訊か
なきゃいけないこともあるし
ね〜
ギクッ!
暁音> そうよね! パートナーとして
は明らかにしておきたいわ!
どうしよう、何か返信をしたほうがいいのだろうか?
明日海> 私も気になるな〜
明日海さんまで!
沙生那> なにかあったの?
え、そういう反応なんですか、沙生那さん?
夕璃乃> なにとぼけてるの、沙生那!
好きな人いるのって訊かれた
陰キャ君が沙生那のことを見
たじゃん!
沙生那> あれは偶然でしょ。そうよ
ね、嶺渡君?
て、俺に振るんですか!? まあ、当然か……
俺はどう答えていいか迷った。正直に答えるとしたら……というか俺自身あの時の気持ちがよく分からなかった。
それなら「よく分からない」と答えるか。でもそれだと沙生那の言葉を否定することになってしまう。
空央> はい、偶然だと思います。
送信ボタンを押す時、俺の胸の何処か奥の方が、チクリとした。
夕璃乃> 本当かな〜?
明日海> 本人がそう言ってるんだか
ら。
暁音> それならよかったわ!生徒会長
選挙に向けて頑張るわよ、嶺渡
君!
空央> 生徒会長選挙? 俺が関係ある
んですか?
暁音> おおありよ!あなたは私のパー
トナーなんだから!
夕璃乃> それは暁音ちゃんが勝手に言
ってるだけでしょ!
と、なにやら話が斜め上に逸れてくれた。
そしてその日のチャットは、そのままの調子がしばらく続いて終わった。
俺はスマホを置いて、ベッドに寝転んだ。
偶然、そうあれは偶然だったのだ。
あの時、沙生那と目が合った瞬間、俺は全身の血の気が引いた。
沙生那を怒らせてしまう。きっと二度と口を利いてもらえないと思った。
だが、沙生那は怒らなかった。少なくとも表面上は。
さっきチャットで、あの時のことは偶然だと沙生那は言い、俺に同意を求めてきた。
俺も、偶然だと答えた。そして小さな胸の痛み。
偶然ではないと言いたかったのか、俺は?
だが考えてもみろ。もし俺が偶然ではないとは答えたら、意識して沙生那を見たのだと答えていたらどうなっていたか?
沙生那は勿論のこと、夕璃乃にも、明日海にも暁音にも、俺は軽蔑されてしまうだろう。
俺は陰キャボッチ底辺男なのだ。
確かにここ最近は、沙生那達と友達付き合いをさせてもらってはいる。
だがそれは、【冒険の書】という特殊なゲーム世界のような、限定的な状況に限ったことなのだ。
しかも俺はパーティー内でも最弱だった。
異世界物でよくある、チート能力でメンバーの先頭に立ち、皆から頼りにされているのとは訳が違うのだ。
「そうだ、俺は陰キャボッチ最底辺、陰キャボッチ最底辺、気をつけろ、調子に乗るな」
俺は自分に言い聞かせるように、口に出して言った。
◇ ◇ ◇
その後は、沙生那が言った通り、期末テストの勉強会を週に二、三回行った。
「私の家でやるのはどうかしら?」
と、暁音が提案してくれた。
確かに俺の部屋に5人は、勉強をするには窮屈すぎる。
暁音の家は豪邸だった。そして暁音は自室の他に書斎というのも持っていた。
「元は父の書斎だったのだけど、今は私しか使ってないわ」
三方の壁に書棚があり、中央には8人がけのテーブルがある。ちょっとした図書室である。
「すごいわね。ちょっと羨ましいわ」
書斎を見回しながら沙生那が言うと、暁音は「ふふん!」と鼻息荒くドヤ顔をしている。
「こんなにいい環境で勉強してても、沙生那には勝てないんだねぇ」
「んぎっ!」
夕璃乃の皮肉に変な声を出す暁音。
「夕璃乃!」
たしなめる沙生那にテヘペロをする夕璃乃。
こうして、暁音のおかげで最適な環境で勉強ができたからか、期末テストは皆上々の出来だった。
沙生那と暁音は前回同様に同点首位、夕璃乃は8位、明日海は21位だった。
そして俺はというと……
「98位? すごいじゃない!」
沙生那がまるで我が事のように喜んでくれた。
「あ、ありがとうございます……!」
沙生那がこんなに喜んでくれるなんて!
嬉しい! 嬉しすぎる!!
テストの結果も出て、終業式を終え、俺達は揃って帰路についた。
アルスガルドに行けなくなってからも、俺は古本屋の存在確認はしていた。
殆ど諦めてはいたのだが、半ば習慣のようになっていたのだ。
アルスガルドに行けなくなって寂しかった、というのが正直なところかもしれない。
すると、どうだろう、その俺の惰性ともいえる習慣が実を結んだのだ。
「嶺渡君!」
沙生那が鋭く叫んで指を差した。
その時俺は既にダッシュしていた。
あった、古本屋が!
この前は目の前で消えてしまったが……
スニーカーの底を滑らせて、俺は店の前に止まった。
店は消えていない。俺の眼の前に入り口がある。
俺は店の引き戸に手をかけた。ちゃんと実体がある。幻ではない。
俺は引き戸を開けた。
店内は俺の記憶にあったとおりだった。
俺が店内に足を踏み入れようとした時、袖を掴まれた。
「大丈夫、嶺渡君……?」
沙生那が心配そうに言った。
「はい、大丈夫です」
何か根拠があったわけではない。だが、なぜだか大丈夫だという自信が俺にはあった。
奥に進むと、机の向こうに店主らしき中年の男性が座っていた。彼は穏やかな表情で俺を見ている。
どういうわけか、俺はこの男性をどこかで見たことがあるような気がした。
俺が中々言葉を発せないでいると、店主のほうから話しかけてくれた。
「よくぞ参った、冒険者そらおよ」
穏やかだった店主の顔が、威厳に満ちた表情に変わった。
どこかで見たことあると思ったら……
「え……あの、お、王様、ですか……?」
つっかえながらも、何とか俺は答えることができた。
「でも、もう、アルスガルドは、冒険の書は……」
そもそもアルスガルドの王様が、ここで古本屋の店主をしていること自体おかしい。
「まあ、詳しいことは後で話すとして、奥に入ってくれるかい?」
再び穏やかな笑顔に戻って、店主は店の奥へと続くドアを開けて俺たちを導いた。
「あの人、王様だよね、ね!?」
「そうね、多分、ううん絶対!」
「うんうん、すっごくびっくり!」
夕璃乃と暁音、明日海が後ろで興奮して話している。
沙生那は俺のすぐ後ろにいるが、驚きすぎたのか何も言わない。
ドアの先は短い廊下になっていて、廊下を抜けると広い部屋に出た。
そこは、暁音の家の書斎をもう一回り大きくしたほどの広さの部屋だった。
部屋の中央には10〜12人がかけられそうな長テーブルが置いてある。
そこには見覚えのある、忘れようにも忘れられない人達がいた。
「そらお……!」
その中のひとり、小さな少女が俺に駆け寄って来た。
「リンナ……!」
そう、それはリンナだったのだ。
そして、テーブルに着いているのは、フォン、シュヴィーネ、ミローネ、そしてアニタだ。
「ええーー!? みんな、なんでいるのぉーー!?」
夕璃乃が大きな声を出して部屋に駆け込んでいった。
俺達も後に続いて部屋に入り、賑やかに言葉を交わした。
「それにしても、これはどういうことなんでしょう?」
俺は思っていたことを素直に王に聞いた。
「うむ、皆がこの世界に来たいと言っての。基本的には私しか来れないのだが、特別にの」
「そうしたら、また私達もアルスガルドに行けるのですか?」
沙生那が熱のこもった口調で聞いた。
「すまないがそれはできない。今のところは」
「今のところは、といいますと?」
俺は僅かながら希望が見えたような気がして訊き返した。
「うむ、アルスガルドは君たちのおかげで平和になったのでな。今は異界の冒険者を必要としていないのだ」
なるほど。俺達の冒険も役に立ったということなのか。
「ということは、アルスガルドに悪の手が伸びて危機に陥れば、また私達の力が必要になる、ということなのね!」
と、既に悪を滅ぼす気満々の暁音。
「失礼なこと言わないの! それじゃまるでアルスガルドに危機が迫って欲しいみたいじゃない!」
沙生那がすかさず暁音にツッコミを入れる。
「ははは、まあ、それはそれとしてだ、とりあえずは皆でこの世界を楽しもうと思ってな」
鷹揚に王様が言うと、
「そうですわ。聞くところによると、明日からそらお様達は『夏休み』という長期のお休みなんですよね?」
「そうそう! 思いっきり遊ぼうぜ!」
「私『まんが』や『あにめ』が観たいな」
「私は街歩きがしてみたいの!」
フォン、シュヴィーネ、ミローネ、アニタは、既に目論見があるようだ。
「すごく楽しそうね。でも私達勉強もしなければいけないから……特に嶺渡君は」
沙生那がそう言って俺を横目で見た。
「そうだよぉ、高校二年の夏休みは重要なんだから」
夕璃乃も真剣な顔で俺に言った。
「98位で満足していてはダメよ!」
「そうだね、一緒に頑張ろう」
暁音と明日海も同意見のようだ。
アルスガルドの仲間との再開の喜びが、急に現実的な心配に覆い尽くされようとしていた。
「ところでさあ、そらおくん、こっちの世界だと夏って『恋の季節』って言うらしいね?」
アニタが非常に意味ありげな目つきで訊いてきた。
「そ、そうなんですか? 俺は聞いたことないかなぁ、そもそも縁がないので」
いきなり話題が変わってどう答えていいのか分からない。
「そらおくん、私を妻にはできないって言ったけど、『ひと夏の恋』ならいいんじゃない?」
ひと夏の……え、恋?
「また、抜け駆けする気か、アニタ!」
「そうですよ、ちゃんと順番を決めましょう!」
抜け駆け? 順番? シュヴィーネさん、フォンさん、一体何を?
「私はあすみと『あにめえいが』を観に行くから順番に入れなくてもいいよ」
と、既に明日海と色々と話しているミローネが言った。
「なんだか盛り上がってるけど、勝手に決めないでよぉ」
「そうよ! こちらにも計画というものがあるのだから!」
夕璃乃と暁音から物言いが入って、事態は紛糾し始めた。
「ねえ、そらお……ひとなつのこい、ってなに……?」
俺の袖を引きながらリンナが訊いてきた。
「俺にもよく分からないなあ、はは……」
と、リンナにごまかしを言いながらみんなを見ると、喧々諤々、ますますヒートアップしている。
だが、沙生那はその騒ぎの中には入っていなかった。
すると、沙生那が振り向いて俺を見た。またしてもバッチリと目が合った。
そして、沙生那はサッと俺に近づいて耳打ちした。
「リンナちゃんを連れて外に……!」
沙生那の目的が何なのかは分からない。だが、俺は次にどうするかすぐに思い浮かんだ。
「リンナ、アイスを食べに行かないか?」
「あいす……?」
「そう、アイスだ。冷たくて甘くて美味しいんだ」
「うん……いく、あいすたべたい」
そこまで言ったところで沙生那が俺に訊いてきた。
「アイス? 私も行っていい、空央君?」
「はい、もちろ……え?」
今、俺のことを空央君て……
沙生那はじっと俺を見つめている。
「は、はい、勿論です、沙生那、さん」
つっかえながら俺は答えた。勿論心臓はバクバクだ。
「そらお……?」
不思議そうに俺を見るリンナ。
多分俺は、一瞬固まっていたのだろう。
「あ、ごめんごめん、行こう、リンナ」
俺がリンナの手を引いて部屋を出ると、すぐ後に沙生那が出てきた。
「あんたたち今、名前呼びしてたよね! いつからそんな関係になったのぉーー!」
どうやら夕璃乃には聞こえてしまっていたらしい。
チラッと振り返ってみると、沙生那は楽しそうにクスクス笑っている。
そんな沙生那を見て、俺も楽しくなって笑い出してしまった。
「「ちょっと待てぇーーーーい!」」
後ろから夕璃乃とアニタが叫ぶのが聞こえた。
そんな、夕璃乃達の叫びを後ろに聞きながら、俺と沙生那はリンナを連れて古本屋を飛び出した。
俺は、商店街を走りながら思った。
俺にこんな日が、女子と楽しく笑い合える日が来るとは、ほんの三ヶ月前までは夢にも思わなかった。
ましてや、お互いに下の名前で呼び合えるなんて、俺からしたらラノベやアニメの世界でしかありえない話だった。
俺は横を走る沙生那を見た。沙生那もこっちを見て微笑んでくれた。
俺も笑顔を返した、つもりだった。
変顔になってなければいいのだが。
だとしても許してほしい。
沙生那は俺にとって、初めての女子の友達なのだから。
先のこと? それは、分からない。
分からないけれど、いや、分からないからこそ、今を、沙生那と共有する全ての今を大切にしていこう。
俺はそう心に刻み込んだ。
――――おわり――――
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