第44話 決戦への扉
「お城には秘密の通路を使って行くの」
アニタが潜伏していた下町の倉庫で冒険を終えた翌日、俺達はアニタの案内で王城に忍び込むことになった。
アニタが案内してくれたのは倉庫の地下の部屋だ。部屋の隅に積み上げられた木箱をどかすと、隠し扉が現れた。
扉を開けると暗くて狭い通路だった。
俺は【みちしるべのたま】を取り出して通路を照らした。
「俺が先頭を歩きます」
俺がそう言うとアニタが俺の腕に手をかけた。
「私も一緒に先頭を歩くよ、そらおくん。道を知ってるのは私だから」
「あの、手を繋ぐ必要はないかと……」
俺は失礼にならないように、控えめに言った。
「このほうが安心でしょ、お互いに?」
「まあ、そうかも知れませんが……」
確かにアニタの言うことにも一理あるのだが……
「急に仲が良くなったのね、二人とも」
すぐ後ろから沙生那の声が聞こえた。
「あ、いえ、仲良くというか……」
「そうよ。昨日は警戒してたけど、今は信じてるから、そらおくんのこと」
アニタは俺の言葉に被せてそう言うと、俺の腕に手を回してきた。
どうしよう……
アニタが俺のことを信じてくれているのは勿論ありがたい。この先クエストを進めていく上でも大事なことだ。
だが、アニタはパーティーメンバーになって間もない。
そんなアニタと俺が急激に信頼関係を深めている、などと他のメンバーに思われるような行いは避けなければならない。
パーティーリーダーとして、アニタとの距離感にも気を配らねばいけないのだ。
「あの、アニタさん、信頼していただけるのは……」
「そらおくん、もしかして……」
「ありがたい……て、はい……?」
「私のこと、迷惑に思ってる……?」
「い、いえ、そんなことはありません」
俺は慌てて否定した。
「ねえ、どうする、沙生那ぁ」
「そうね、どうしようか」
後ろから夕璃乃と沙生那の会話が聞こえてきた。
「何か問題点がありますか? この先はクエストを慎重に進めなければいけないので、意見交換は小まめにやりましょう」
よし、俺にしては珍しくリーダーらしい発言ができた。
俺も経験を積んで内面が成長しているのかもしれない。
などと内心ドヤっていると、
「問題大有りよ」
「そうそう、これからが大事って時なのにさぁ」
と、沙生那と夕璃乃に言われてしまった。
俺はドヤったそばから不安になってきた。
そうか! 俺はアニタに対して気を使い過ぎていたのかもしれない。
パーティー内の和を重んずるあまり、俺はアニタにそっけない態度をとってしまっていたに違いない。
これではいけない!
「アニタ姫、あなたを不安にさせてしまい申し訳ありませんでした。迷惑だなんてことは決してありません。俺に何でも相談して頼ってください」
「よかった。ありがとう、そらおくん」
アニタが笑顔で返してくれた。
よし、これでパーティー内の空気も良くなって、クエストもバッチリだ!
「こいつ、なんにも分かってないぞ」
「そうですね」
シュヴィーネとフォンも加わってきた。
「なんだか面白くなりそうね!」
え、面白くなりそうとはどういうことてすが、暁音さん?
「この先で通路が広くなるよ、そらおくん」
頭の中がしっちゃかめっちゃかになっている俺に、アニタが注意を促してくれた。
「あ、はい……!」
俺は我に返って通路の先に注意を向けた。
今まで歩いていた通路の幅は、2人が並んで歩ける程度だった。だが、ここから先は幅が4人分はある。
「この先は一本道じゃないの。待ち伏せも気をつけて」
声を落として言うアニタ。
俺はアニタの言葉に頷いて、前に出て【ていさつ】を使った。
昨日のように調査局の連中だと【ていさつ】感知はできない。だが、昨日はダークゴブリンもいたのだ。
案の定、ダークゴブリンを感知することができた。
「ダークゴブリンが3体です!」
俺が後ろに向かって警告すると、暁音とシュヴィーネ、沙生那が素早く前に出てきた。
「私に任せなさい!」
「とりあえずあいつらを倒さなきゃだね!」
「話は終わってないからね、嶺渡君!」
頼もしい前衛陣だ。話は終わってないという沙生那の言葉が気にかかるが……
最初の会敵は3人の活躍で危なげなく勝つことができた。
たが、少し進むとすぐに、次のダークゴブリンに遭遇した。
今度は4体。攻撃前衛3人に夕璃乃も加わった。
ダークゴブリンの強さは、一人一体ずつで十分対処できるレベルだ。なので戦力的には余裕があると言える。
だが、広くなったとはいえ通路での戦闘だ。今までは屋外ばかりで、狭い場所での戦闘に俺達は慣れていない。
そんな俺の気持ちを察したのか、リンナが俺の袖を引いた。
「つぎ、あたしもいく……」
リンナはパーティー最速だ。それに身体も小さい。他のメンバーよりも狭い場所での戦闘が得意かもしれない。
「気をつけるんだよ」
「うん……」
任せてはみたもののやはり心配だ。
「次はリンナが先陣をきります。援護をお願いします」
俺は皆にそう頼んでリンナのすぐ後ろについた。
結果として、リンナに先陣を任せる作戦は功を奏した。
4〜5体のダークゴブリンの間を、リンナは目にも留まらぬ速さで駆け抜けた。
そしてすれ違いざまに、【くない】でダークゴブリンを斬りつけていく。
【くない】は、その形状から敵に接近して攻撃するのに適している。
また手裏剣として投擲も可能だ。
見ているとリンナは、接近した敵を斬りつけながら、離れた敵に【くない】を投げつけている。
どうやら、投げた【くない】は手元に戻ってくるようだ。便利な武器である。
リンナの攻撃は、とどめを刺すほどの威力はないが、敵を混乱させて足止めする効果は十分にある。
「やるじゃないか、あのちびっ子」
シュヴィーネがダークゴブリンにとどめを刺しながら言った。
その後も俺達は、順調にダークゴブリンを倒しながら通路を進んだ。
そして再び通路が狭くなり、やがて一つの扉に突き当たった。
「ここの扉の先が、王城の地下室に繋がってるの」
アニタが前に出てきて、扉の前に立った。
「鍵がかかってるんじゃないかしら?」
沙生那も前に出てきてアニタの横に並んだ。
「大丈夫、鍵を持っているから」
アニタがポケットから鍵を取り出し、扉の鍵穴に差し込もうとした。
その時、俺のポケットの冒険の書が光り出した。
「嶺渡君、それ……」
「すごい光り方だねぇ……」
沙生那と夕璃乃が驚いて言うように、その光り方は今までとは桁違いだった。
俺は冒険の書を取り出して、光が発しているページを開いた。
すると、さっきまでは出ていなかった文があった。
「え……」
その文を読んだ俺は、すうっと胃のあたりが落ちていくような、いやな感覚に見舞われた。
現れていた文はこうだ。
『ここから先の冒険はやり直しができません。クエストに失敗したら現実世界に強制的に送還されます。そして二度とアルスガルドに戻ることはできません』
「どうしたの?」
鍵穴に鍵を差し込んだままでアニタが訊いてきた。
「あの……扉を開けるの……少し待って、ください」
俺は必死に動揺を抑えながら言った。
「何て書いてあるの?」
そう言って、沙生那が俺の冒険の書を覗き込んだ。
「私のには特に何も出てきてないけど」
「うん、私のも……」
夕璃乃と明日海が言った。
俺は皆に聞こえるように、新しく出てきた文を読み上げた。
「随分と理不尽じゃないかしら!」
暁音は憤懣やる方ないといった様子だ。
「そうしたらさぁ、一旦戻ってレベル上げてからにしたらよくない?」
夕璃乃が尤もな提案をした。十分にレベルを上げてからなら、失敗の確率は大幅に下がるはずだ。
「それは駄目みたいよ」
俺の横で冒険の書を見ている沙生那が言った。
そうなのだ。最初の文の後に追記があるのだ。
『一旦戻ることも可能です。ですがその場合は、レベルなどのステータスから所持品、旅の記録など全てが初期化されます。そして冒険者のアルスガルドでの全ての記憶も同様に初期化されます』
沙生那が追記を読み上げた。
「あたし達の記憶も? そんなのってあるかよ!」
「そうですわ、絶対に嫌です!」
「我慢できないよ!」
シュヴィーネ、フォン、ミローネが猛烈に異議を唱えた。
「なんだか、私のせいで……」
アニタが申し訳なさそうに目を伏せた。
「いえ、そんなことはありません」
そう、これはアニタのせいなどではない。
そもそもがこういう仕様なのだ、冒険の書自体が。まことに意地が悪い仕様ではあるが。
要は俺達は試されているのだ。ならば受けて立とうではないか。
俺にもそこそこのゲーマーだという自負がある。
「どうするの? ていうか、もう心は決まってるみたいだけど」
沙生那が薄っすらと笑みを浮かべて俺の顔を見た。
「はい、このまま進みましょう」
そう答えた俺は陰キャらしからぬドヤ顔になっていたことだろう。
「大丈夫、だよね」
「まあ、なんとかなるでしょ」
「さすが私のパートナー、見事な決断力ね!」
明日海と夕璃乃、暁音も同意してくれた。
「やってやろうぜ!」
「ですわね!」
「うん!」
シュヴィーネとフォン、ミローネもやる気満々だ。
いつものように俺の袖を引くリンナも、俺を見上げて微笑んでいる。
「では、アニタさん、いきましょう」
「うん……!」
アニタが扉の鍵を回した。
そして、俺たちの決戦への扉が開いた。




