第40話 夜の街
「夜の街ってミステリアスよね!」
三日月に照らし出される王都の中央広場には行き交う人もない。
そんな夜の静寂を破るように暁音の声が広場に響く。
「ちょっと、静かにしなさいよ……!」
沙生那が鋭いささやき声で暁音をたしなめた。
昨日は中央広場の南側、王城へ向かう通り沿いの宿屋で冒険を終えた。
「広場の北側が商業地区です」
と受付さんが教えてくれた。
商業地区の大通り沿いには、大きな商店や問屋が立ち並んでいる。
路地を入ると下町だ。個人が営む住居兼店舗や工房、倉庫などがひしめいている。
さらに奥に進むと、さほど裕福ではない人々の居住区となっている。
アニタ姫は地下組織に誘拐されたのではないか、というのが宰相の推測だ。
地下組織というからには街の裏側を仕切っている組織なのだろう。となれば、まず捜索するのは下町だ。
「それでは……」
と、俺が皆に捜索の説明をしようとしたところ、
「そらおさん、リンナが見当たらないんだけど……」
「え……リンナが?」
ミローネに言われて俺は周囲を見回した。
「さっきまではいたよな?」
「ええ、宿を出るところまでは一緒でしたわ」
シュヴィーネとフォンも、リンナがいなくなったことに気づかなかったようだ。
リンナは俺たちと合流するまでは、モンスター姫達と一緒にいた。
「そういえば、今日は一度も見てないわね」
「だねぇ」
「うん……」
沙生那たち同様、俺も今日は一度もリンナを見ていない。
「しばらく待ってみたらどうかしら?」
という暁音の提案で、俺達は中央広場でリンナを待った。
冒険の書の時間表示を見ながら10分ほど待ったが、リンナは現れなかった。
一体どういうことだ? リンナに何かあったのか?
まさか王女と同じように誘拐されてしまったのか?
夜の治安が悪くなっている、という街の噂が俺の脳裏に浮かんだ。
リンナはすばしこい。それどころか、パーティー最速だ。ダークモンスターを相手にしても十分通用する能力を持っている。
危険な目に合ったとしても、その素早さを生かして逃げることができるだろう。
だが、リンナがまだ小さな子供だということも事実だ。
もし、屈強な輩に取り押さえられでもしたら、得意の敏捷性も発揮できない。
もしかしたらリンナは……まさか……!
なんとかしなくては、なんとか……!
「……くん、嶺渡君っ……!」
沙生那が呼ぶ声で、俺は我に返った。
「落ち着きなさい! 落ち着いて次に何をすればいいか考えるのよ!」
沙生那に肩を揺さぶられて、俺は自分が動転していたことに気がついた。
「そうだよぉ、今できることを考えよ!」
「うんうん!」
夕璃乃と明日海にも励まされ、俺は深呼吸をした。
「はい、すみませんでした……」
そうだ、俺一人でなんとかできる事ではない。
「皆で手分けして探すかい、そらお?」
と、シュヴィーネ。俺としては、メンバーは一緒に行動したほうがいいと思っていた。
だが、今は一刻も早くリンナの無事を確認したい。
「はい、二人一組で探しましょう」
「リンナちゃんを見つけたらどうやって知らせるの?」
と、沙生那。そう、俺たちには離れた仲間と連絡を取る手段がない。
その手の魔法は誰も使えない。だとしたら何か使える道具は……あっ!
「これを使いましょう」
俺は【ぼうけんしゃのカバン】から【みちしるべのたま】を取り出した。
「リンナを見つけたら、この【みちしるべのたま】を空に投げてください」
夜空に光る玉が上がれば分かるはずだ。
「見落としちゃったらどうしよう……」
「一人が捜索、もう一人が空に注意していれば大丈夫よ」
心配そうな明日海に沙生那が励ますように言った。
さすが、沙生那は落ち着いている。俺なんかよりもよっぽどリーダー向きだ。
次に組合せをどうするかだ。うまい具合に戦士系と魔法使い系で組めれば申し分ない。
「組合せは……」
「夕璃乃と刈安さん、蕗さんとミローネさん、フォンさんとシュヴィーネさん、私と嶺渡君でいきましょう」
俺が言うより先に、沙生那がテキパキと組合せを発表してくれた。
沙生那が提示した組合せには俺も賛成だ。戦士系と魔法使い系のバランスが取れている。今のメンバーで組むとしたらベストな組合せだろう。
俺が魔法使い系じゃないのが難点だが、それを言っても仕方ない。
「私は、いいと思う……」
「そうだね」
明日海とミローネは既に意気投合している。
「嶺渡君の考えはどうなのかしら?」
暁音が真剣な表情で訊いてきた。
「俺は石蕗さんの考えに賛成です」
覚悟を決める気持ちで俺はきっぱりと答えた。もしメンバーに不満があったとしても、その不満は俺に向けられるべきだ。
「分かったわ。その決断の早さ、それでこそ私のパートナーね、嶺渡君!」
「また勝手なこと言ってぇ!」
「そうだぞ!」
「そらお様は私のパートナーです!」
暁音の相変わらずな発言に夕璃乃とシュヴィーネ、フォンが食ってかかった。
「皆さん静かに、声が響きますから……」
せっかく覚悟を決めたところなのに、やっぱりオロオロしてしまう俺。
救いを求めるように沙生那を見ると、落ち着いた様子で薄っすらと笑みを浮かべている。さすが俺なんかとは器が違う。
とはいえこのパーティーのリーダーは俺だ。しっかりしなくては。
下町は大通を挟んで東西に分かれている。なので、以下のように分担を決めた。
夕璃乃、暁音組 東北エリア
沙生那、空央組 東南エリア
フォン、シュヴィーネ組 西北エリア
明日海、ミローネ組 西南エリア
「では、リンナの捜索をお願いします」
俺は皆の前で頭を下げた。どうか無事リンナが見つかるように、と願いながら。
◇◇◇
「やっぱり下町は路地が狭いわね……」
狭い夜空を見上げながら沙生那が呟くように言った。
下町は大通りから離れれば離れるほど建物が密集し、路地も狭くなっていった。
となれば当然見える空の範囲も狭い。これでは誰かが【みちしるべのたま】を空に投げても、他のメンバーは気づけない可能性が高い。
俺の考えが甘かった。悔しさに思わず唇を噛んでいると、ポンッと肩を叩かれた。
「なんとかなるわ。とにかく今はリンナちゃんを探しましょう」
悔しさが顔に出ていたのだろう。沙生那が励ますように微笑みかけてくれた。
いつもは塩対応が多い沙生那の優しいとも思える笑みに、俺は胸が熱くなってしまった。
「は、はい……すみません」
俺は慌てて沙生那の視線から逃れて、辺りを見回した。
目頭がヤバいことになりそうなのを誤魔化すために。
基本的に捜索は俺が担い、沙生那には合図の確認に重点を置いてもらった。
街で聞いた噂とは違って夜の下町は至って平穏だった。
今が何時頃なのかは分からなかったが、路地には誰もいなかった。
にも関わらず、目の端に影がチラつくことが幾度となくあった。
誰かに監視されている感覚とはこういう事を言うのだろうか?
「どうかしたの?」
度々振り返る俺の事が気になったのだろう、沙生那が俺に訊いてきた。
「誰かに見られているような……なんとなくですが」
「それは私もよ。上を見ていると建物の屋根から見られているような気がするの」
試しに俺は【ていさつ】を使ってみた。だが何の反応もなかった。
少なくとも【ていさつ】の探知の網に掛かる敵はいない。だが敵が人間の場合はどうなるんだ?
沙生那も俺と同じことを感じている。それが敵ではないことが確定するまでは、十分注意が必要だ。
さらに用心しながら捜索をしていると、
「合図よ!」
沙生那が空を指差しながら鋭く言った。
建物と建物の間のすき間から光の玉が浮かんでいるのが見える。
北の方向、夕璃乃と暁音が捜索しているエリアだ。
俺はすぐさま光の玉に向かって走り出した。すぐ後ろから沙生那が駆けてくる靴音が聞こえる。
無事でいてくれ、リンナ! そう念じながら俺は狭い路地を走り抜けた。
視界の端に影が現れた。そして今はその影が人影であることがはっきりと分かる。
「嶺渡君、追われてるわ!」
後ろから沙生那が警告してくれた。だが今はリンナのことが最優先だ。
間もなく、複数の者の走る音が聞こえてきた。
近い! そう思った時、四つ角の前方右斜め上の建物から影が落ちてきた。
俺は靴底を滑らせて止まり、その影に向かって身構えた。
「そらお……」
落ちてきた影はリンナだった。
「はぁああーー…………!」
俺は安堵の余り、両手を膝に乗せて大きく息を吐きだした。
「リンナちゃん?」
沙生那もすぐに追いついてきた。
ひとまずは安心したのも束の間、リンナを追っていたらしい者たちが現れた。
俺はリンナを後ろに庇いながらリンナの追手と対峙した。
建物の影になっているため姿形が分かる程度だ。4、5人はいそうだ。
「後ろにも何人かいるわ」
後方を見てくれているのだろう、沙生那が警告してくれた。
「あんた、その賊の仲間か?」
リンナの追手の一人が訊いてきた。声からすると俺と同年齢か、或いはもう少し若い少年かもしれない。
というか、リンナが賊? 賊はどっちだよと言いたいくらいだ。
「そいつを、こっちに寄越しな。そうすれば穏便に済ませてやるよ」
「断る」
俺が答えた直後、その少年は一気に間合いを詰めてきた。
キィイイーーーーン!
俺の【とうぞくのたんけん】が少年の短剣を弾き返した。
こいつ、いきなり攻撃してきやがった!【とうぞくのたんけん】を出しておいてよかったぁああーー!
「くそっ……!」
少年はすかさず跳び下がって、悪態をついた。
「嶺渡君!」
「大丈夫です。リンナをお願いします」
後ろに控える沙生那に言ったところ、リンナの追手の後ろに駆けてくる人影が見えた。
「陰キャ君!」
夕璃乃の声が響く。
と同時に左側からも駆ける音が聞こえてきた。
「そらお!」
シュヴィーネが四つ角に飛び込んできた。他のメンバーも次々と合流した。
少年は後ずさりながらシュヴィーネを見た。動いたおかげで少年の顔に月明かりが当たった。
かなりの美少年だ。
すると、それを見たシュヴィーネがゆっくりと少年に近づいていった。
「ちょっと待て……お前、いや、あんたは……」
ん、もしかしてシュヴィーネが知ってる人物なのか?
「アニタ姫じゃないか?」
「「「「「「「え?」」」」」」」




