第39話 王女の行方
「よくぞ参った、冒険者よ」
国王の口調はゆったりとしていて、その表情からも、彼が穏やかな人柄なのだということが分かる。
「そなたらに頼みたい事があるのだが……」
そこまで言うと、国王は大きく息を吐きだした。
「私は少々体調がすぐれなくてな……後はそこにいる宰相から話を聞いてくれ」
国王の視線の先には黒いフード付きのコートに色眼鏡という、いかにも胡散臭そうな男が立っていた。
「それでは私からお話しをさせていただきます。ここではなんですから、別室に移動しましょう」
国王が退室した後、宰相が恭しい声で俺たちに言った。奇妙な格好に似合わない慇懃さだ。
「なんだか怪しい人だわね」
別室に向かいながら暁音が呟いた。
「しっ、余計なこと言わないの……!」
沙生那が囁き声で暁音をたしなめた。
「私もそう思うけどなぁ……」
ぼそっと呟く夕璃乃を沙生那が睨みつけた。
暁音達のやり取りは明らかに聞こえているだろうが、宰相は何も言わなかった。
玉座の間の隣の部屋に俺達を案内しテーブルにつかせると、宰相は話を始めた。
「実は行方不明の王女を探し出していただきたいのです」
宰相の話ではこうだ。
ここ最近、王都の治安が悪くなっている。どうやら地下組織が活動を活発化しているらしい。
「王都といえども犯罪を抑えきることはできないのです」
嘆かわしいという口調だが、どうにもこの宰相の見た目では説得力がない。
行方不明の王女の名はアニタ、歳は17歳。明るく活発な性格で、正義感が強い少女だということだ。
アニタ姫は王都の治安悪化を憂え、自らもパトロール隊に同行するほどだったという。
それが、ある日パトロールに出ていったきり帰ってこなかった、ということなのだ。
このことは王国でもごく一部の者しか知らされていない。
王国の調査局員が秘密裏に捜索しているが、有力な手がかりは掴めていない。
ただ、王女らしき人物が複数の者たちと夜の街を歩いていた、という曖昧な目撃例があるだけだ。
「我々はアニタ姫は誘拐されたのでは、と推測しています」
「誘拐ですって!?」
宰相の言葉に、暁音が席を立ち上がって大きな声で反応した。いちいち反応が大袈裟だ。
「アニタ姫が誘拐されるような心当たりでもあるのですか?」
立ち上がって目をらんらんと輝かせている暁音に一瞥をくれて沙生那が訊いた。
「アニタ姫は組織犯罪撲滅に熱心に取り組んでいました。地下組織にとって、そんなアニタ姫が鬱陶しい存在だったのは容易に想像がつきます」
「だとしたらアニタ姫のお命が危なくない?」
うわ、夕璃乃さん、そんな恐ろしい事をサラッと!
「はい、考えたくはありませんが、その可能性もあるかと……」
「それなら、早く探しに行かないと!」
宰相の推測に明日海が身を乗り出して反応した。
確かにその通りだ。アニタ姫の命が危険に晒されているのなら、一刻も早く見つけ出さなければならない。
いくらこのアルスガルドがRPG的な世界だとはいえ、お姫様が殺されてしまうなどという結果は御免被りたい。
「分かりました。早速アニタ姫の捜索に向かいます」
「よろしくお願いします」
俺の言葉に宰相は胸に右手を当てて深々と頭を下げた。
控室を後にしてから俺は冒険の書を開いた。クエストの次の行動目標は『街で情報を集めよう!』となっている。
「街を見て回れるんだねぇ、楽しみぃ」
あくまでもクエスト優先でお願いします、夕璃乃さん。まあ、少しくらいなら観光もいいけど。
◇ ◇ ◇
王都は城壁に囲まれている。
俺たちが来る時に通った北側の城門から南の王城までは、歩いて30〜40分位、距離にしたら2〜3kmといったところか。
王城を出るとフォン達が待っていた。俺達に気づいたリンナが真っ先に駆けてきた。
「お待たせしてすみません」
俺の腕を掴むリンナの手をポンポンと叩きながら俺は謝った。
「本当だぞ、そらお。この借りはきっちり返してもらわないとな」
例のごとくシュヴィーネが俺の肩に腕を回してきた。
「借り、ですか……?」
いきなり不穏な展開になってきて、俺は思わず身構えた。
まさか、新たな技の実験台になれとか言わないだろうな……
「そうですよ、そらお様。乙女をこんなに待たせるなんて」
なぜか目を潤ませながら言うフォン。
ちょっと大袈裟な気がするのですがフォンさん。
「そうだよ、そらお。私は明日海と見に行きたい店があるんだから」
ミローネは明日海と仲がいい。クエストのためとはいえ、明日海と引き離されてしまったことを恨めしく思っているのだろう。
「んんーー……」
リンナも何か言いたげに俺の腕を引っ張っている。
「それで、捜索はどうやるの?」
モンスター姫達に囲まれた俺に、沙生那が冷ややかに訊いた。
「すぐにでも捜索を始めましょう! 腕が鳴るわ!」
暁音は相変わらずやる気満々で、腕まくりまでしている。
「分かれて捜索したほうが効率よくない?」
と、夕璃乃。確かにその通りだ。
今パーティーは全部で9人。二組か三組に分かれれば、その分早く情報も集められる。
だが、俺達には離れた場所にいる仲間との連絡手段が無い。
それにだ。これをRPGのクエストだと考えれば、全員で行動を共にするほうが自然なのではないか?
今後、分かれることがあるかもしれないが、その時はその時だ。
「皆で一緒に行きましょう」
ということで9人揃って街を捜索することにした。
王城を出ると、大通りの左右には飾り気のない石造りの建物が並んでいる。おそらくは役所的なものだろう。
しばらく行くと円形の広場に出た。中央には噴水があり、そこここに屋台が出ている。
「ここで腹ごしらえというのはどうかしら!」
そう叫びながら既に暁音は、芳ばしい匂いにつられて肉の串焼きの屋台の前に駆け寄っていた。
ただ一つ、俺には気になることがあった。
「フォンさん、俺達はアルスガルドのものを食べても大丈夫ですか?」
日本神話にも「ヨモツヘグイ」というものがある。
このアルスガルドという、俺たちにとっての異世界の食べ物を口にしたら、元の世界に戻れなくなる、なんてことにはならないだろうか?
「はい、大丈夫ですよ」
フォンがにこやかに答えた。
「大丈夫だって、そらお。まあ、もしもの時はあたしが面倒を見てやるからさ、な?」
と、シュヴィーネが俺の肩をポンポンと叩いた。
もしもの時とか言わないで、シュヴィーネさん!
「ずっとじゃ困るけど、しばらくの間暮らすならいいかも……」
明日海がボソリと呟いた。
「そうしたら私の所に来ればいい、あすみ」
ミローネが微笑みながら明日海をそっと抱き寄せた。
とりあえず、腹ごしらえも兼ねて、各々広場内で情報集めをしようということにした。
皆が見える範囲で行動すれば、いざという時でも対処はできるだろう。広場の外の捜索はその後にすればいい。
さて、俺はどの店に行こうかと考えていると、リンナが俺の横にすり寄ってきた。
「リンナは何が食べたい?」
「そらおと、おなじもの……」
同じものと言われてもなぁ……ゴブリンは何が好物なのだ?
ファンタジー通の明日海なら知っているかもしれない。
「あの、蕗さん、ゴブリンが好きな食べ物って何でしょう?」
「うーーん……私にも分からないなぁ」
「基本的に雑食よ、ゴブリンは」
頭を捻る明日海の横にいたミローネが教えてくれた。にしても雑食という表現は……俺の訊き方が悪かった。
そこで俺は、どうしようかと思いながら周囲を見た。すると近くに揚げ芋の屋台があった。見たところサツマイモのようだ。
女の子はサツマイモが好きなはず! という思いっきり偏見的な先入観が俺の脳内を電流のように走った。
「あそこで揚げ芋を食べるか、リンナ?」
「うん……」
屋台の支払いも経験値ポイントが使えた。ポイント2倍デーで稼いでおいてよかった。
屋台で揚げ芋を買いながら、店員にそれとなく最近の治安のことなどを訊いてみた。
店員の話では、日中は特に困ることはないが、夜の治安が以前よりも悪くなっていると噂になっているらしい。
そういえば、アニタ姫らしき人物の目撃情報も夜だった。
俺はリンナと揚げ芋を食べながら、広場をゆっくりと歩いて回った。
そして、広場のベンチなどで休んでいる人達の話に注意を向けた。
多く聞こえてきたのは「夜」「危ない」「恐い」という言葉だった。
ここでもやはり「夜」が鍵になっている。
これは一度、夜の街に来る必要がありそうだ。
「それで、どうだったの?」
再度皆で集まった時に、沙生那が俺に訊いてきた。
俺は店員の話や街の噂話のこと、そこから推測して、夜の街に来る必要がありそうだという考えに至った事を皆に話した。
「私達が聞いたのも同じかなぁ」
「あたし達もだよ」
「うんうん」
と、夕璃乃、シュヴィーネ、明日海。
「それでは次は夜の街の捜索になりますね」
夜の探索をするには日を改めなければならない。
「とうとう夜の街ね! 胸が躍るわ!」
暁音は何事にも超前向きだ。頼もしくはあるが、夜は危険もありそうだ。気をつけてもらいたい。
「大丈夫よ。何と言っても私は選ばれし者なんだから!」
「ホント、気をつけてよねぇ」
「まったく……」
謎の自信に満ち溢れる暁音に、沙生那と夕璃乃もやや呆れ顔だ。
実をいうと、俺も夜の街は密かに楽しみにしている。
盗賊属性のキャラにとっては、夜の街こそ活躍の場だからだ。暗躍と言ってもいい。
暗躍という言葉が俺の心のツボに入った。そのせいか、俺は我知らずニヤけてしまったようだ。
「なに、ニヤけてるのよ」
沙生那の鋭い声で俺は我に返った。見ると沙生那が氷の刃のような視線で俺を突き刺していた。
「い、いえ、あの……」
俺が口籠っていると、
「あたしも、たのしみ、そらおと、よる……」
と、リンナが俺の手をギュッと握ってきた。
リンナさん、このタイミングで、そんな誤解を生むようなことを言うのはやめてぇーー!
「ほほぉ、怪しいとは思ってたけど、やっぱりかい」
シュヴィーネが指をポキポキ無らしながら俺に近づいてきた。
「そうだねぇ」
「ふん……」
夕璃乃と沙生那はいつでも蹴りを入れられる体勢だ。
ああ、これはもう、いつものパターンだなと俺は覚悟を決めた。
「まあ、今回は見逃してあげるわ」
「じゃ、1回分貸しね」
貸しですか……結局はお仕置きを受けることになるんですね……
そんなやり取りをリンナは楽しそうに見ている。
何が楽しいのやらと思うが、リンナがパーティーに馴染んできたのは喜ばしいことだ。
先送りになったお仕置きに思いを馳せながら、俺はぼんやりとそう思った。




