第36話 パートナー
「ここが異世界なのね!」
俺のノックに応えて扉を開けた暁音の第一声がそれだった。暁音に動揺した様子は全くない。
「それにしても随分と質素な部屋ね。異世界って言うから、もっと豪華な部屋に転移するのかと思っていたわ」
確かに。悪役令嬢ものなどは貴族に転生する場合がほとんどだ。
とはいえRPGでも城はつきもの。
「そのうちお城に行くこともあるかもしれませんよ」
「それは楽しみね! 王様への謁見なんて胸が躍るじゃない!」
どうやら暁音は劇的な事がお好きらしい。
やがて沙生那達も次々と転移してきた。
「それでは、行きましょう。いざ冒険へ!」
すっかりノリノリの暁音がビシッ! と指差しポーズをする。
そんな暁音を、沙生那達は冷めた目で見ている。だが、当の本人は全く意に介している様子はなく、大股で部屋を後にした。
先頭を切って進む暁音に、俺は歩きながら冒険の説明をした。
特にHP切れのことはしっかりと伝えなければならない。
「大丈夫よ、私に任せておきなさい!」
元気いっぱいに答える暁音。任せるって何を? と訊き返しそうになったが、俺はぐっと堪えた。
暁音がレベル上げクエストをやっている間、沙生那達は散らばってアイテム集めに精を出した。
俺は念のため暁音のそばにいて、いつでもサポートできるように気をつけていた。
そして案の定、東の草原でのダークスライム狩りで、暁音はHP切れ寸前になってしまった。もはやお約束である。
「はぁ、はぁ……中々やるわね……はぁ、はぁ……弱い敵といえど……油断禁物ということね」
草原で座り込んでしまった暁音の下に俺は駆け寄った。
「回復ポーションです。俺みたいにHP切れ起こしたら経験値が勿体ないですから」
「……どうも、ありがとう……何とか……嶺渡君」
いつになったら何とかが取れるのだろう……
その後も危ういことがあったが、慣れてくると暁音はどんどんレベルを上げ、その日はレベル8まで進んだ。
俺が初めての時のレベル7を超えたことになる。
それを暁音に話すと、
「ふふん! 選ばれし者の実力といったところかしら。ねえ、石蕗さん?」
「そうね」
得意満面の暁音に答える沙生那は素っ気ない。
「これは石蕗さんとの頂上対決も近いわね!」
沙生那の塩対応を物ともしない暁音。というか、二人がこの世界で対決することなどないと思うのだが……
こうして、その日の冒険を終え俺の部屋に戻った時も、暁音は興奮冷めやらぬといった状態だった。
「明日も楽しみね! またこのアジトに集まるの?」
そのアジトっていうのやめてください、暁音さん。
「自分の部屋から行くんだよ、グループチャットで連絡し合って」
と、夕璃乃が暁音に教えてあげた。
「なるほどね。それじゃ、よろしくお願いするわ、嶺渡君!」
やっと何とか君が取れて嶺渡君に昇格したようだ。
暁音はスマホを取り出してオレに向けた。
「あの、グループチャットは紅藤さんがまとめ役なので」
「あら、そうなのね」
そして、暁音は夕璃乃と連絡先交換をすると、
「あなたとも連絡先の交換をしたいわ」
と言って、俺に向かってスマホを差し出してきた。
「それなら……」
グループチャットでと俺が言おうとしたところへ、
「グループチャットがあればできるでしょ」
「そうだよぉ」
と、沙生那と夕璃乃が割って入ってきた。
と言っても、沙生那達とは連絡先交換をしているが、それは言わないでおこう。
「なんで、嶺渡君と……?」
明日海が暁音に訊いた。
「勿論、彼をパートナーにするためよ、決まってるじゃない」
「「「「え?」」」」
パートナーって、俺を? またどういう理由でそんな発想に?
「なんで決まってるのよ!」
「そうだよぉ!」
「うんうん……!」
三女史も一斉に反対した。
すると暁音が、
「だって、彼は今日ずっと私の側にいてサポートしてくれたんだもの、そうよね、嶺渡君?」
「え、ええ、まあ……」
確かにその通りだが。それは、一応パーティーリーダーとしての役目というかなんというか……
「選ばれし者の私には素晴らしいパートナーが必要なの! それがあなたよ、嶺渡君!」
今や恒例となったビシッと指差しで、暁音は俺を指差した。
暁音が、本人が言う通り選ばれし者なのかどうかは分からない。
さっき冒険の書を見たときには、まだ新たなクエストは発現していなかった。
だが暁音と出会った時に古本屋が現れたという事実が、何か特別な事のように思えてしまうのだ。
などと俺が、頭の中に渦巻く思考をこねくり回していると、
「いきなり何を言い出すのよ!」
「そうだよぉ、勝手に陰キャ君を取らないでよね!」
「うんうん、それはだめだよ……!」
またしても三女史が一斉に暁音に食ってかかった。
俺はパーティーリーダーだ。とはいえ、パーティー全体のサポート役というのが実態だ。
となれば誰か一人を「パートナー」として特別扱いするのは極力避けたい。
「あの、俺としては皆で楽しく冒険をと思うので、誰かを特別にというのは……」
俺は、できるだけ暁音の機嫌を損ねないよう気をつけて言葉を選んだ。
「それは残念だわ。でも仕方ないわね、この世界でのリーダーはあなたなのだから」
大袈裟にため息を吐きながら言う暁音。
「でも、今すぐには無理でも、いずれあなたを私のパートナーにするわ!」
暁音は腰に両手を当てて不敵に微笑みながら言った。
「だからなんでパートナーなのよ!」
そう言って沙生那は暁音を真正面から睨みつけた。
「決まっているわ。あなたとの対決のためよ」
沙生那の剣幕にも、暁音は全く動揺している様子はない。
「私との対決? 一体何のことよ」
要領を得ない沙生那。
それはそうだろう。いくらここアルスガルドがRPG的な異世界だとはいえ、仲間同士が対決することなどありえない。
「ふふふ、勿論、生徒会長選挙よ」
それまでとは違い、トーンを落とし重みのある声で暁音が言った。
それにしても、暁音は芝居っ気がある人だ。
「生徒会長選挙?」
「そう! 次の生徒会長選挙があなたと私の頂上決戦なのよ!」
お得意のビシッと指差しをする暁音。
「私出ないわよ、生徒会長選挙なんて」
「生徒会長選挙こそ、私とあなたの……て、え? 今なんて?」
「生徒会長選挙なんて出ないって言ったの」
「出ない……?」
それまでイケイケガンガンだった暁音が、顔面蒼白になっている。
「出ないって……そうしたら私とあなたの対決はどうなるのよ……?」
悲壮感漂うとは今の暁音の事を言うのだろう。まるで映画のワンシーンだ。
「次のテストで頑張ればいいじゃん」
夕璃乃が沙生那の加勢に入った。
「それでは、だめなの!だめなのよ!!」
今度はヒートアップし始める暁音。
あんまり大きな声は出さないでもらいたいんだけど……などと俺が思っていたら、
「ね、あなたもそう思うでしょ、嶺渡君!?」
と、暁音が両手で俺の肩を掴んで、ぐっと顔を近づけてきた。
「あ、あの……」
ち、近い……!
「どうなの?」
より一層顔を近づけてくる暁音。
「やめなさいよ、嶺渡君が困ってるでしょ!」
そう言って沙生那が暁音の腕を掴んで、俺から引き離してくれた。
女子の顔をあんなに近くで見たのは生まれて初めてだ。
「陰キャくーーん、なに赤い顔してるのぉ?」
いつの間にか俺の横にいた夕璃乃が、俺の顔を覗き込むようにして言った。夕璃乃お得意の目が笑っていない笑顔だ。
「い、いえ、これは、その……」
ヤバい、この流れはローキックの刑か?
沙生那を見ると、俺の気持ちを推し量ろうとするかのように、じっとこちらを見つめている。
内心どうしようとビクビクしていると、
「もしかして嶺渡君、私の事を意識してくれたの?」
と、沙生那に掴まれたままの暁音が意外そうな顔で言った。
意識した? そうなのだろうか……正直なところ俺自身分からない。
何と言っても俺は、つい最近まで女子との交流が皆無だったのだから。
そう思って沙生那に掴まれている暁音を見ていると、なんだが胸の鼓動が速くなっていくような気がしないでもない。
「つまりあなたは、私のことをパートナーとして認めたということなのね!」
え、なんでそういう発想に?
「これは運命よ! 選ばれし者の私とあなたは、パートナーになって生徒会長選挙に勝利するのよ。これは運命で定められていることなのよ!」
つい今しがた、少しエモーショナルな雰囲気になったような気がしたが、俺の気のせいだったようだ。
ヒートアップが止まらない暁音を沙生那と夕璃乃が無理やり落ち着かせ、今日は解散ということになった。
三女史が暁音を連行して玄関先まで行くと、後ろ側にいた沙生那が俺の方を振り返った。そして、
「またね」
と、聞こえるか聞こえないかという声で俺に言った。
「はい」
俺も小さく答えた。
夕璃乃と暁音は賑やかにやり取りしており、明日海もそのそばに付き添っている。
なので、今の沙生那と俺のやり取りは聞こえていないはずだ。
俺が沙生那達を門の外まで送って家に入ると母親が待っていた。
「随分と賑やかだったけど、まさか修羅場なんてことになってないでしょうね?」
と、母親は真剣そのものという顔で俺に訊いてきた。
母よ、あなたはドロドロ愛憎劇の観すぎです。
そういうのは陽キャモテ男の担当分野です。陰キャ非モテの俺にそんなことが起こるはずがないのです。
そう考えると陰キャは気楽なもんだ、と思えてきた。
まあ、淋しくないと断言する自信はないが。
「パートナー、か……」
部屋に戻りながら、そんな言葉が俺の口から漏れた。




