第31話 人質を助けなきゃ
捕らえたゴブリンに案内させてたどり着いたのは、トロール国の森の奥の空き地だった。
ゴブリンは、空き地の手前の大木に身を隠してブルブルと震えている。
「ダークトロールはこの先にいるの?」
明日海が訊くと、ゴブリンは空き地の奥を指し示しながら何度も頷いた。
ゴブリンは終始怯えていたが、明日海に対しては、他の者に対するほどには恐怖心を抱いていないようだ。
トロール国の玉座の間で、明日海がトロール王との間に入ってくれたからだろう。
「どうする、嶺渡君……?」
明日海が俺を見て訊いた。
「【ていさつ】を使ってみます」
俺が【ていさつ】を使うと、早速空き地の奥にいるダークトロール1体とゴブリン8体を感知できた。
「どう?」
沙生那が俺のそばに来て訊いてきた。
「ダークトロールが1体とゴブリンが8体です」
「なんだ、ダークトロールは1体だけなのね」
「案外、簡単に倒せそうじゃん」
沙生那と夕璃乃は早くもやる気満々といった感じだ。
「ミローネは、どう思う?」
明日海がミローネに訊いた。やはりトロールのことはトロールにということだろう。
「見てみないと分からないけど、もし、お父様くらいだとしたら……」
「だとしたら?」
「並みのトロール戦士が5人がかりで互角、かな」
ミローネの言葉に、沙生那と夕璃乃の顔から血の気が引いた。
「何言ってんだい、ダークトロールなんかトロールの王様と比べものになるもんか」
シュヴィーネが威勢よく言った。
確かにそうだ。あのトロール王より強い者などいるとは思えない。
「まずは敵を見てみましょう、決めるのはそれからです」
そう言うフォンの声は落ち着いていた。
モンスター姫達は、俺達現実世界の者達ほどにはダークトロールを恐れてはいないようだ。
俺などは、一旦戻ってレベルを上げてからにしようかなどと考えてしまったのに……
いかんいかん、ここは俺がリーダーらしくしないと!
空き地に入ると、奥に伐り倒された大木が積まれているのが見えた。
その大木に黒い巨体、ダークトロールが座っていた。
空き地は差し渡し30メートル以上はありそうだ。
それだけの距離があってもダークトロールの巨大さがよくわかった。
「すっごく、大きくない……?」
夕璃乃が息を飲むような声で言った。
「だな、ここまでとは……」
シュヴィーネにとっても想定外の大きさだったようだ。
ダークトロールが座っている大木の横の地面に、ゴブリンたちが固まって座っている。
ゴブリン達はロープで縛られており、ロープは側の木の幹に括り付けられている。
ふと思いついて、俺は再度【ていさつ】を使ってみた。
ダークトロール : HP 1500
得意技【つうこんげき】
弱点 : …………
【つうこんげき】とは、所謂「痛恨の一撃」のことだろう。
気になるのは弱点が分からないことだ。
「それにしても、HP1500か……」
俺は思わず声に出してしまった。
「「1500!?」」
沙生那と夕璃乃が驚きの声をあげる。
パーティー最強の沙生那ですらHPは350、俺に至っては300以下だ。
どうやら沙生那達の声が聞こえてしまったようで、ダークトロールがこちらに気づいて顔を上げた。
「気づかれたよ。どうする、そらお?」
シュヴィーネは早くも戦闘の構えになっている。
敵はHP1500、とてつもなく固い。
そして、あの巨体だ。攻撃力も相当なものだろう。
「ミローネさんは皆に防御力強化魔法を」
「はい」
まずは防御を固める。
「私は攻撃ダウンと防御ダウンをするね」
「お願いします、蕗さん」
明日海のデバフはかなり有効だ。
「最初から全力でいっていいのよね?」
「だよねぇ、めっちゃ強そうだし」
沙生那と夕璃乃も気合十分だ。
「はい。でもMPには気をつけてください」
「ゴブリンはどうするのですか?」
フォンが俺の横に来て訊いた。
「ゴブリンは俺が引き受けます」
「……分かりました」
少し間をおいて、フォンは答えた。
フォン達モンスター姫は、ゴブリンに対して嫌悪感を持っている。
そのせいで、ゴブリンを助けるということに納得がいかないのかもしれない。
とはいえ、クエスト達成のためには人質であるゴブリンを助けなければならない。
俺を含め現実世界の者はゴブリンに対して特段の嫌悪感はない。
そういう意味では俺達現実世界の者の誰かがゴブリン救出に向かえばいい。
だが、沙生那と夕璃乃、明日海はダークトロールとの戦闘に集中してもらわなければならない。
となれば、ゴブリン救出は俺がやるのが最も合理的な判断だ。
「私が先頭に立ちます、聖騎士なので……!」
全員に防御力強化魔法をかけた後、ミローネが皆の前に出た。
ミローネは、パーティーの盾となる聖騎士という自身の役割を真摯に受け止めているようだ。
ダークトロールは大木から腰を上げて、こちらに向かってゆっくりと近づいてくる。その手には巨大な棍棒が握られていた。
「それじゃ、人質は嶺渡君に任せて」
「私達はダークトロールをぶっ飛ばすよぉ!」
「うん……!」
沙生那と夕璃乃、明日海もミローネのすぐ後ろについて構えた。
「今回、あたしは陽動役がよさそうだね」
シュヴィーネが皆の様子を見ながら言った。
夕璃乃は遠距離攻撃ができる魔法使い、沙生那の【こんしんげき】は剣の長さプラスαの距離が取れる。
その点、両手剣という長い武器を使うミローネも同様だ。
だが、シュヴィーネは近接攻撃が得意な格闘家だ。
味方の攻撃の合間に攻撃を撃ち込む。そして、ダークトロールの注意を引きつけつつ間合いを取る。
「お願いします。でも、反撃を受ける確率も高いので気をつけてください」
「それは、あんだもだよ、そらお」
ニヤリとしながらシュヴィーネが俺の肩を叩いた。
「どうせ、横からちょっかい出して、やつの気を引くつもりなんだろ?」
「はい」
俺は、高確率で敵を毒状態にできる【しのびがたな】で切り込むつもりだ。
毒が効けば、ダークトロールのHPを継続的に削ることができる。
そして、隙を見て俺が人質のゴブリンを助け出す、という寸法だ。
「まあ、いざって時は、あたしが守ってやるよ」
「私だっていますよ」
シュヴィーネと共にフォンも言ってくれた。心強い限りだ。
ミローネが空き地の中央でダークトロールと対峙した。
「よくも、我がトロール国に争いを起こしてくれましたね、ダークトロール」
そう言うミローネの声は落ち着いていた。自身の倍近くはあろうかというダークトロールを前にして、微塵の恐怖も感じられない。
「小娘が何しにきた」
ダークトロールの低く轟く声は、まるで地面を揺るがすかのようだ。
「知れたこと。あなたを倒し人質を取り戻しに来たのです」
ミローネが両手剣を構える。
「そうよ、観念しなさい!」
「あんたなんかぶっ飛ばしちゃうんだからね!」
沙生那と夕璃乃がミローネの左右に展開した。
「なめた口を聞きおって」
ダークトロールは唸るように言うと棍棒を振り上げた。
「【攻撃ダウン】!【防御ダウン】!」
すかさず明日海がデバフ魔法をかける。
ダークトロールが棍棒を振り降ろす。
ガキィーーッ!
ミローネの剣がダークトロールの棍棒を真正面から受け止めた。
ほぼ同時に俺はダークトロールの側面に【しのびがたな】で斬りつけた。
ダークトロールの身体が紫色に光った。毒が効いたようだ。
「【こんしんげき】!」
「【ぶっとばせ】!」
沙生那と夕璃乃の【技】が炸裂する。
「おりゃぁああーーーー!」
チャイナドレスを靡かせて、シュヴィーネが拳の三連打を打ち込んだ。
連携が理想的な形で決まっている。
だが、ダークトロールの攻撃はデバフがかかっているとはいえ強力だ。ミローネの負担が大きい。
「蕗さん、【速度ダウン】を!」
明日海も分かっていたのか、俺が叫ぶと同時に魔法をかけた。
「【速度ダウン】!」
こうすれば、ミローネへの攻撃回数が減って、彼女の負担が軽減されるはずだ。
明日海の【速度ダウン】が効いたようで、ダークトロールの攻撃速度が目に見えて遅くなっている。
この調子で続けていけば程なくしてダークトロールを倒せるはずだ。
俺は人質のゴブリンたちに注意を向けた。8体の女ゴブリンは一塊になって震えている。
今のうちに安全な場所に逃がそうと思ったその時、ダークトロールがミローネに向かって棍棒を大きく振り被った。
ゆっくりとした動きだ。明日海のデバフが効いているからだ。
それにしても、振りかぶり方が大きい、大きすぎる……まさかこれは【つうこんげき】か!
「ミローネさん、避けて!」
俺は咄嗟に叫んだ。だがミローネは振り下ろされた棍棒を両手剣で受けた。
「うぁっ……!」
だが、今までよりも遥かに強烈なダークトロールの一撃を受けきれず、ミローネは数メートルふっ飛ばされた。
尚も追い打ちをかけようとするダークトロール。
俺は【しのびのたんとう】を抜いてダークトロールの懐に飛び込んだ。
これ以上ミローネがダメージを受けることがあってはならない。何としても防がなくては!
麻痺よ、効いてくれ! と祈りながら、俺は【しのびのたんとう】でダークトロールに斬りつけた。
「【はやぶさぎり】!【はやぶさぎり】!!」
俺はぶっつけ本番で【技】を二連発した。
ダークトロールは棍棒を振り上げたところで動きを止めた。
よし、麻痺が効いた!
「フォンさん!」
俺が呼びかけた時には、既にフォンはミローネに駆け寄り治癒魔法をかけていた。
よし、このままダークトロールの注意を俺に向けておけば大丈夫だ。
「……小癪なまねを」
麻痺が解けたダークトロールが唸りながら俺に打ちかかってきた。
「【こんしんげき】!」
「【ぶっとばせ】!」
すかさず沙生那と夕璃乃が攻撃し、
「せいやぁっーー!!」
シュヴィーネが、拳のワンツーからの後ろ回し蹴りを決めた。
「ぐおぉおおーー……!」
今の連携攻撃はかなりのダメージになったはずだ。
「あと少しです!」
俺が叫ぶと、ダークトロールは棍棒を振り上げて俺に打ちかかろうとした。
この間合いなら十分避けられる、そう思いながら俺は構えた。
だが、ダークトロールの視線は俺ではなく、俺の斜め後ろを見ていた。
ダークトロールの視線の先には人質のゴブリン達がいる。
ヤバい! あいつ、棍棒を人質に向かって投げるつもりだ。
ゴブリンは身体が小さい。人間の感覚だと10歳〜12歳くらいの大きさだ。
そんな身体にバカでかい棍棒を投げつけられたら、命に関わることは間違いない。
俺にはダークトロールを止めるだけの攻撃力はない。
ここで【しのびのたんとう】の麻痺に頼るのは博打だ。
俺が棍棒を受け止めて勢いを弱めるしかない。
俺はダークトロールと人質ゴブリンの線上に位置取りし身構えた。
「いやぁああああーーーー!」
まさに、ダークトロールが棍棒を投げようとしたその時、ミローネがダークトロールに体当たりをするようにして両手剣を突き刺した。
「ぐげっ……!」
ダークトロールが耳障りな唸り声を上げる。
やったか!
だが、ダークトロールは既に投擲の動作に入っていた。
ダークトロールの手から離れた棍棒が回転しながら俺に向かって飛んでくる。
避けるわけにはいかない。受け止めるのだ。大丈夫だ痛くはない。はずだ。
俺は両手を広げて飛んできた棍棒を受け止めた。
痛みはなかった。
だが、重かった。とてつもなく重かった。
飛んでくる勢いも重なったおかげで、俺は抱えるように受け止めた棍棒と共に、後ろにふっ飛ばされた。
そして、棍棒を抱きしめるようにして、地面を数メートル滑って止まった。
「このやろうぉおおおおーーーー!」
「【さんれんげき】ぃいいーーーー!」
「【ぶっとばせ】ぇええーーーー!」
皆がダークトロールを攻撃してくれている。
俺の体を急激な疲労と眠気が襲った。
ああ、またHP切れかぁ……
ぼんやりした頭を動かして見ると、すぐそこに緑色の足が見えた。
よかった……人質ゴブリンが無事で……




