第26話 明日海、ゴブリンを取り調べる
「はぁああーー……!」
玉座の間を出ると、明日海が大きく息を吐き出した。
この様子だと、やはり明日海はトロール王の御前で緊張していたようだ。
「私、びっくりしちゃったよぉ、明日海ちゃん」
「王様を怒らせたりしたらどうしようって思ったわ」
夕璃乃と沙生那も、あの状況で緊張をしていたようだ。
「お父様はあれくらいで怒ったりしませんよ」
ミローネが明日海の肩にそっと手を掛けて言った。
「それにしても、何故あのようなことを?」
フォンが疑問を口にした。
「うーーん……私が知ってるゴブリンて良いゴブリンもいるから……ここの、アルスガルドのゴブリンのことも、もう少し調べてみたいなって……」
考えをまとめるように、やや上を向いて明日海が言った。
「良いゴブリンなんて聞いたことないよ」
「ええ、ないですわ」
「聞いたことないですね……」
シュヴィーネとフォン、ミローネが口を揃えて言った。
「そ、そうなんですか……?」
途端に自信なさげになる明日海。
「でも、今までは部族同士が争うような大ごとはなかったのよね?」
沙生那が訊くと、シュヴィーネ達は困惑顔で顔を見合わせた。
「そうそう、いつもとは違う事情とかあるかもだよ」
夕璃乃も沙生那と同様の意見のようだ。
尋問部屋は、玉座の間の脇の通路の先にあった。
「それでは、話してもらいましょう」
ゴブリンを部屋の中ほどに座らせると、厳かな口調でミローネが言った。
「うう……あ……が……」
恐怖で話すこともままならないのか、そもそもが話せないのか、ゴブリンは震えながらキョロキョロとしている。
「二、三発ぶん殴れば話すんじゃないか?」
シュヴィーネが拳を振りかざす。
「いぃっ……!」
ゴブリンが両手で頭を庇う。
「こいつ弱そうだから、シュヴィーネさんが殴ったら死んじゃうんじゃない?」
夕璃乃が不安そうに訊いた。
「大丈夫です、私の治癒魔法で死ぬ前に治せますから」
と、険しい顔で言うフォン。
その地獄のループ恐いです、フォンさん。
それにしても、穏やかで心優しいフォンまでがここまでの嫌悪感を見せるとは……
ここアルスガルドでは、ゴブリンは相当嫌われているようだ。憎まれていると言ってもいいだろう。
「私が、話を聞いてみる……」
明日海はそう言って、尋問部屋の床に縮こまっているゴブリンの前に屈み込んだ。
ミローネが明日海の横に寄り添った。もしもの時に明日海を守れるようにだろう。
「ねえ、なんで、食糧庫から、盗んだりしたの……?」
明日海はゆっくりと、子供に語りかけるようにゴブリンに問いかけた。
明日海の声を聞いて、頭を抱えて下を向いていたゴブリンが、恐る恐る顔を上げた。
「私の言ってること、分かる……?」
再度の明日海の問いかけに、ゴブリンは震えながらも、小さく頷いた。
「もう一回訊くよ。なんで食糧庫から盗んだの? 今までは罠から取ってたんでしょ……?」
明日海の問いに、おどおどしていたゴブリンが、モゴモゴと話しだした。
「……いわれた……とれと……」
「言われた? 誰に?」
聞き返す明日海の声は、穏やかだった。
「と……トロール……」
ビクビクした様子でミローネを見ながらゴブリンが答えた。
「そんなわけありません!!」
温厚なミローネの怒声が尋問部屋に響いた。
「ひぃぃーー……!」
ゴブリンは悲鳴を上げて、両手で頭を抱えてうずくまった。
ミローネはゴブリンに手を伸ばした。うずくまったゴブリンの頭を掴んで、上を向かせようというのだろう。
そんなミローネを、明日海は手で制した。そしてミローネに小さく微笑んだ。
自分に任せてほしいということのようだ。
「トロール? それは間違いないの? とても大事なことだよ?」
子供に言い聞かせるような調子で明日海が言った。
「……トロールきた……ねぐらに……くろいトロール」
ゴブリンは怯えながらも、明日海に励まされて話しだした。
「黒いトロール……?」
訊き返す明日海。
黒いトロール。ということはダークモンスターのトロールか。
「トロール国にダークトロールはいるの?」
沙生那がミローネに訊いた。
「いいえ……いません、少なくとも目撃はされてません」
否定はしたものの、ミローネも自信があるわけではなさそうだ。
その後、明日海が根気よくゴブリンから話を聞き出した。
それによると、しばらく前のこと、どの程度前のことなのかはよく分からない、その辺ゴブリンはかなりいい加減なようだ、ゴブリンのところに黒いトロールがやってきたらしい。
そして、その黒いトロールが言うには、他の部族に獲物を盗られたから取り返してくれということだった。
そして、取り返してきたら、その半分をコブリンにくれると言うのだ。
それはゴブリンにとっては、罠にかかった獲物を盗むより簡単だと思えたようだ。
強力な罠から獲物を外すのは難しい。大怪我をすることも珍しくない。
ゴブリンにすれば、夜にこっそり倉庫に忍び込むほうが簡単なのだ。
実際、トロールの倉庫には鍵は掛かっていなかったので、安々と獲物を盗むことができた。
「全く忌々しい……!」
「いかにもゴブリンらしいねぇ」
「本当に」
苦労して怒りを抑えるミローネ。シュヴィーネとフォンも苦々しい顔をしている。
そして、またしばらくすると、別の部族の倉庫からも獲物を取り返してくれと言われた。
ゴブリンは、黒いトロールに言われたとおりに獲物を盗んだ。
たが、ある日数匹のゴブリンが、トロールが激しく闘っているのを目撃する。
それを見てゴブリン達は恐ろしくなった。ゴブリンがトロールの部族の倉庫から獲物を盗んでいる事がバレたら、大変なことになる。
ゴブリンの中でも年嵩のものが黒いトロールに言った。もう倉庫から盗むのは止めたいと。
だが黒いトロールは聞き入れなかった。そして、逃げ腰になっているゴブリンに言う事を聞かせようとして強硬手段を取ったようだ。
「おんな、つれてった……たくさん」
そう言ってゴブリンは、悔しそうに歯を食いしばった。
「え……ゴブリンの女の人を?人質に……?」
明日海がショックを受けたように、両手で口を覆った。
明日海を守るように寄り添っているミローネもショックの色を隠せない。
ミローネの心境としては複雑だろう。
ミローネを始めシュヴィーネやフォンも、ゴブリンには憎しみに近い感情を抱いている。
それが、今回の件に限っては、ダークトロールに脅迫されてやったことなのだ。
このゴブリンの言葉を信じるとすればだが。
とは言っても盗みを働いたことは間違いない。
何とも言えない微妙な空気を破ったのは夕璃乃だった。
「あのさぁ、私、ゴブリンのことはよく知らないんだけど、こいつらってずる賢い計略をめぐらせたりしない?」
中々に鋭い指摘だ。ゴブリンが賢いという設定は小説やゲームでも多くはない。
だが、皆無ではない。良いゴブリン、賢いゴブリンという設定も無いことはない。
そう考えれば、アルスガルドのゴブリンがずる賢く、人を騙すゴブリンだとしてもおかしくはない。
「こいつらにそこまでの頭があるとは思えないけど……」
「けど、そういうゴブリンがいないとも限らない、とは思います……」
シュヴィーネもフォンも判断に迷っているようだ。
「けど……今のところ、手がかりはこのゴブリンの話だけだから……」
明日海はそう言って、様子を伺うように皆の顔を見た。
疑えばキリがない。だが、明日海の言うとおり今のところ手がかりはこのゴブリンだけだ。
そもそも、このクエスト自体、疑わしい状況と少ない手がかりをもって、解決に導くのが目的かもしれないではないか。
「では、一旦はこのゴブリンの話を信じてクエストを進めましょう」
俺は皆にそう言った。
俺の言葉を聞いて、明日海の表情がぱぁっと明るくなった。
「よかった……ありがとう、嶺渡君」
明日海が優しい笑顔で言ってくれた。
「あ、いえ、そんなことは、はい……」
明日海の笑顔にドギマギして、俺の口から次々とわけのわからない言葉が飛び出した。
「ふうん、蕗さんには優しいのね、嶺渡君」
音もなく沙生那が俺との間合いを詰めてきた。
て、なんだか殺気立ってません、沙生那さん?
「そうなんだよねぇ、もしかして陰キャ君、明日海ちゃんに特別な感情持ってたりしない?」
沙生那とは反対側から夕璃乃が迫ってきた。
いえ、断じてそんなことは!
まあ、蕗さんは穏やかで優しくて趣味も俺と合いそうだし比較的話しやすいような気がしないでもない今日このごろ的な思いも無きにしもあらずかもしれない……
などと、思考を混乱させていると俺の前に大きな壁が立ち塞がった。
ミローネだった。
「あすみは私の大切な友達です。もしあすみを悲しませるようなことをしたら……」
俺を見下ろすミローネの目は真剣そのもの。俺の背筋に冷たいものが走った。
俺は首がもげるのでは、というくらいに首を左右に振った。
「ほんと油断も隙もないからねぇ、そらおは」
「ふしだらは許しませんよ、そらお様」
シュヴィーネさんもフォンさんもやめて! 俺の健康のためにも!!
「うふふ……楽しいね」
オロオロアワアワする俺って楽しいですか、明日海さん?
俺は妙な場の空気を変えたくて、というよりは逃げたくてポケットから冒険の書を取り出した。
実際、この後はダークトロールとの対決になりそうだ。
冒険の書を確認しておくのは大切だ、うんうん!
俺がポケットから取り出した冒険の書を開こうとすると、ちょうどクエスト欄のページが光っていた。
『ダークトロールを倒して人質を救出しよう!』
クエストが新しい段階に進んでいた。これも明日海がゴブリンから話を引き出してくれたおかげだ。
「やりましたよ、蕗さんのおかげで……」
俺は冒険の書を明日海に見せようとした。
だが、守るように明日海の寄り添うミローネの冷たい目が、俺の動きを封じた。
うん、この話は後にしよう、現実世界に帰ってからでも全然構わないし。
「まあ、頑張ってね、嶺渡君」
沙生那がなにやら意味ありげな顔で言って、ふんっと顔を背けた。
頑張る? クエストのことは元の世界に帰ってから話せばいいことだ。頑張るというほどの事ではないと思うのだが。
いや、違う!
今回は明日海のおかげでクエストを進めることごできたのだ。
この後も、俺が頑張って明日海をサポートしていかなければ、クエストの達成もままならない。
沙生那が言いたいのは、そういうことに違いない。
俺は拳を握りしめて頷いた。
「陰キャ君、ちゃんと分かってるのかなぁ……」
夕璃乃が何か言っているようだが、俺にはよく聞こえなかった。
大丈夫、俺は間違っていないはずだ。
多分……




