第25話 トロールの王
ゴブリン。
それは、異世界ファンタジーやRPGには欠かせない存在と言ってもいいだろう。
どちらかといえば、忌み嫌われる存在ではあるが。
そのゴブリンが五匹、俺達から三十メートル程先でウロウロしている。
「あいつら緑色ね、てことは……」
「ダークモンスターじゃないの?」
それぞれ武器を手に、沙生那と夕璃乃は攻撃の姿勢に入っている。
そう、今俺達が見ているゴブリンは緑色だ。俺が知っている、と言ってもマンガやアニメで得た知識だが、ゴブリンの色だ。
「ダークモンスターじゃないね」
「はい……普通のゴブリンです」
と、シュヴィーネとミローネ。
夜は声がよく響く。
俺達はそんなに大きな声で話していたわけではないが、どうやらゴブリンが俺達に気づいたようだ。
五匹のゴブリンがほぼ同時にこちらを見た。
かかってくるか?
と思いきや、ゴブリン達は踵を返して逃げ出した。
「逃げたわよ!」
沙生那が叫び、俺は飛び出した。だが、ミローネのほうが一歩早かった。
ミローネはその長い脚を生かして、一気にゴブリンとの距離を縮めた。
そして、逃げ遅れた最後尾のゴブリンに追いつき、その肩をがっしりと掴んだ。
俺は残りのゴブリンを追おうとしたが、ゴブリン達は既に夜陰に紛れて逃げてしまっていた。
「ぎゃぁあーー」
ミローネに軽々と持ち上げられたゴブリンが、聞き苦しい鳴き声を上げながらジタバタしている。
ミローネの足元の地面には布の包みが落ちている。どうやら、ゴブリンが持っていた物のようだ。
シュヴィーネが地面に落ちている包みを拾い上げた。
「獣の肉だね。この包み方はトロールのだろ?」
包みを開いてシュヴィーネが言った。
「はい……恐らくはこの近くの食糧庫のものでしょう」
そう言ってミローネは、腰のベルトに提げていたロープを外した。
「シュヴィーネさん……」
「おお、任せな」
シュヴィーネはミローネからロープを受け取ると、騒ぎ立てるゴブリンを手際よく縛り上げた。
「話はお父様の、トロール王の前でしてもらいます」
ミローネがゴブリンに向かって静かに言った。
シュヴィーネに縛り上げられて騒いでいたゴブリンは、ミローネの言葉に震え上がった。
トロール王という言葉が効いたのだろう。或いはミローネの、相手に有無を言わせない王女としての威圧感によるものなのかもしれない。
「ゴブリンの国ってあるの?」
トロール王の城へ向かう道すがら、夕璃乃がミローネに訊いた。
「いいえ、ゴブリンの国はありません」
「あちこちにいやがるんだよ、コイツらは」
ミローネの言葉を受けて、シュヴィーネがゴブリンの頭を小突いた。
「オーク国にもいるのね、ゴブリンて」
と、沙生那。
「スライム国にもいます」
フォンが心底嫌そうな目でゴブリンを見ながら言った。
「皆さん、随分とゴブリンを嫌っているみたいだけど……」
明日海がミローネ達の顔色を伺いながら訊いた。
「ゴブリンは、私達の猟場や畑を荒らすんです」
「猟場を荒らす……?」
ミローネの言葉に明日海が訊き返した。
「トロールは罠を仕掛けて獲物を捕ることが多いのです。その罠にかかった獲物を横取りするのです、ゴブリンは」
ミローネの言葉には怒りが含まれている。
「あたし達は芋を育ててるんだけどさ、そいつをかっぱらっていくんだよ、コイツらは」
と言って、シュヴィーネがまたゴブリンの頭を小突く。
「スライム国も獲物や作物を盗られてるの?」
沙生那がフォンに訊いた。
「いいえ。私たちスライムは、生きていくためにきれいな水が必要なのです。なので泉や湖は大切な水源なのです」
そういえば、スライム国は泉や湖が多いところだ。
「ゴブリンは、その水源を汚すのです。食べ物の残骸などを捨てて」
それは酷い。水源はすべての生き物にとって命の源だ。
フォンは、今にもゴブリンを絞殺してやろうかという形相だ。
ゴブリンは、シュヴィーネに殴られるのが恐いからか、しばらく前から黙り込んでいる。
「ゴブリンて話すことはできるの?」
と、沙生那。
「カタコトならね」
「でも、こちらの言う事は大体分かるみたいです」
シュヴィーネの言葉にミローネが継いだ。
俺も、そうではないかと思っていた。
ゴブリンは話を聞きながらミローネ達をチラチラと見ていたのだ。
三人の姫からの憎悪を、その言葉から感じたのだろう。
ゴブリンの表情がどんどん青ざめて言った。
◇ ◇ ◇
「ゴブリンか」
トロール王の威圧感たっぷりの声が玉座の間に響いた。
玉座の前に引っ立てられたゴブリンは、巨大なトロール王の御前で縮こまっている。
「我らの食糧庫から獲物を盗むとは、どんな了見だ」
地響のようなトロール王の声に、ゴブリンは縮こまって震えている。
「まさか、ゴブリンごときが何かを企んでいるなどという事はなかろうの?」
ゴブリンの震えが、より一層激しくなった。とても答えられる状態ではない。
この調子だとゴブリンから話を聞くのは難しそうだ。
十秒くらいだろうか、玉座の間を静寂が支配した後、
「……あの、王様」
と、驚いたことに、明日海がトロール王に呼びかけた。そして、小さく一歩前に出た。
普段の控えめで大人しい明日海からは想像もできないような思い切った行動だ。
「なんだ、冒険者よ」
威圧感たっぷりな声のトロール王。たが、心なし口調が柔らかく聞こえるのは、俺の気のせいだろうか?
そんなトロール王を真っすぐに見て明日海が言った。
「このゴブリン、王様の威厳に怯えきっています。なので……別の場所で私達が話を聞いて、それで王様にご報告するのは、どうでしょう、か……」
なんという思い切ったことを!
その言い方だと、ゴブリンから話を聞き出すには王様では力不足だ、とも取られかねない。
なんと言っても相手は王様だ。メンツというものを重んじるはずだ。
それは王様自身のメンツだけではない。
王たるもの、自身に従ってくれる者たち全ての者のメンツをも背負わなければならない。
延いては、それがトロール国の国としてのメンツでもあるのだ。
しばしの沈黙が玉座の間を襲った。
背中の汗が冷たい。
横目で沙生那達を見ると、皆顔を硬直させている。
唯一、ミローネだけは落ち着いた表情だ。
「儂では力不足だと言いたいのか、冒険者よ?」
うわ、ヤバい!ヤバいよ、明日海さん!!
「いいえ、そうではありません。むしろ逆です。このゴブリンのような者の尋問をするには、王様は偉大すぎます。そのような事は私達にお任せください」
うわ、明日海さん、断言しちゃったよ!
トロール王はじっと明日海を見つめている。明日海はトロール王の視線を真正面から受け止めている。
一見すると、明日海の態度は凛としている。
だがよく見ると、拳をギュッと握りしめているのが分かった。
きっと、ありったけの勇気を振り絞っているに違いない。
「ふふ……」
トロール王の口から笑い? のような声が漏れた。
「なるほどの」
トロール王の声は相変わらず地響のようではあるが、その表情は幾分和らいで見えた。
そして、トロール王は視線を動かして、ミローネを見た、ように俺には見えた。
ミローネを見ると、微笑とまではいかないものの、柔らかい表情をトロール王に返している。
「ふむ、ならば今回はそなたらに任せてみるとしよう」
そう言うとトロール王は玉座から立ち上がった。
デカい。とてつもなくデカい。三メートルを超えるんじゃなかろうか。
トロール王は、ゆっくりとこちらに歩いてきた。
そして、床にへたり込んでいるゴブリンの前で立ち止まった。
トロール王がその気になれば、ゴブリンなど踏み潰してしまえるだろう。
ゴブリンの震えは激しさを増す一方で、顔を上げることすらできなかった。
「ゴブリンよ、この冒険者の言うことをしっかりと聞くのだ。万が一にも不埒な真似などしようものなら、その虫けらの如き命、無いものと思え」
トロール王の言葉に、ゴブリンは額を床に擦り付けて応えた。
「して、冒険者よ、名を聞かせてもらえぬか?」
トロール王は明日海を見下ろして訊いた。その声はこれまでと打って変わって穏やかだった。
「あすみ、です……」
緊張した面持ちで答える明日海。
「あすみ、か……良い名だ」
そう言うとトロール王はミローネを見た。
「良い友を得たな、ミローネ」
「はい、お父様」
トロール王とミローネが笑みを交わした。
トロール王は、ミローネと明日海が親しい仲になっている事に気付いているようだ。
「さあて、それじゃあ、こいつの尋問といこうかね」
いつまでも床にへばり付いているゴブリンを引き剥がして、シュヴィーネが言った。
「はい、隣に尋問部屋がありますので、そこで」
と、ミローネがなぜかいい笑顔で言った。
尋問部屋! その響き、めっちゃ恐いんですけど!!
「あれぇ、陰キャ君、なんだか顔色が冴えないよぉ」
相変わらず鋭いですね、夕璃乃さん。
「もしかして、私たちに尋問されたいの?」
いやいや、なんでそうなるの、沙生那さん!
「あ……そしたら、あたしの新しい技をかけてやるよ」
て、シュヴィーネさん、それだと尋問部屋じゃなくて拷問部屋になっちゃうでしょ!
そういう趣向が好きな人種もいると聞いたことはあるけど、俺は断じて違うから!
「「うふふ」」
沙生那達にいじられる俺を見て、明日海とミローネが顔を見合わせて笑っている。
この二人、すっかり仲良しになったようだ。
この調子で、ゴブリンから有力な情報が得られるといいのだが。
などと、またフラグじみたことを考えてしまう俺だった。




