第21話 トロールのお姫様
「これ、どうしたらいいのよ」
トロール同士が殴り合ってる様子を見て、沙生那がため息混じりに言った。
「ほっといたらダメかな……?」
「でもそれじゃ、クエストが……」
と、夕璃乃も明日海も困惑顔だ
俺達はこの光景を空き地の端から遠巻きに見ている。それでもトロールがとんでもなく大きいのが分かる。
250cmかそれ以上あるのではなかろうか。皆革のベストに短パンという姿だ。
顔はいかつい四角顔で、目は小さめだ。大きな口の下側から牙が生えているのが見える。
見たところダークモンスターはいなそうである。
今までは、スライム国もオーク国も、ダークモンスターと敵対し戦っていた。
だが、トロール国は事情が違うようだ。
「トロールっていつもこんな感じなの?」
沙生那がシュヴィーネに訊いた。
「まあ、普段から喧嘩っ早い連中ではあるけどねぇ」
そう言いながらシュヴィーネはフォンを見た。
「ええ……でもこんなにたくさんで戦うなんて、まるで戦争みたい……」
フォンはこの状況を心から憂いているようだ。
現段階での俺達のクエストの目的は、トロールの姫に会うことだ。
その手がかりを得るためにも、トロールから情報を得なければならない。
何とかして、一人でも捕まえて話を聞き出す必要がある。
だが、相手はダークモンスターではない。普通の、という表現が妥当か疑問もあるが、トロールである。
もし、故意ではないにしても、攻撃を食らったらとんでもない痛みを伴うであろう。
とはいえ、何もせずにいても仕方ない。とにかく、あの中の一人とでも話をしなければ。
「フォンさん、もしもの時は回復をお願いします」
と、フォンに頼んで、俺は近くで殴り合っているトロールに近づいていった。
その時、俺達がいた反対側の木の陰から一人の女性が現れた。
その女性は赤い革のベストに、同じく赤いミニスカートという装いをしている。
「……んな…………て」
その女性は、殴り合っているトロール達に向かって何ごとか言ったようだ。
だが、声が小さくてよく聞き取れない。トロール達にも聞こえていないようだ。
再びその女性が何か言ったが、トロール達の怒声にかき消されて聞き取れない。
女性の顔が困惑で歪み、今にも泣き出しそうなのが、俺のいるところからでも見て取れた。
「ねえ、あの人って、もしかしてお姫様じゃないかなぁ」
「ああ、多分そうだな」
夕璃乃とシュヴィーネが話すのが聞こえた。
その間にも赤い女性は何かを言いながら、殴り合うトロールの集団の中に入っていこうとしている。
このままだと、彼女が屈強なトロール達の殴り合いに巻き込まれてしまう。
「蕗さん、トロール達に【速度ダウン】をかけてください、できるだけ多くに!」
俺は後ろ向かってに叫んでトロールの乱闘のド真ん中へ突っ込んだ。
とにかく、赤い女性が乱闘に巻き込まれないようにしなければならない。
それが、このクエストの第一の達成条件かもしれないのだから。
俺は【しのびのたんとう】を手にした。トロールに麻痺が効くことを期待しての選択だ。
トロールを傷つけてしまうことになるが、そこはフォンに頼ることにする。
明日海の【速度ダウン】のおかげで、トロール達の間をすり抜けるのは思っていたよりもずっとムーズにできた。
俺の身長は170cm弱だ。250cmのトロールからしたら幼子同然だ。
ちょこまか動き回る小僧などトロール達の目に入らないのだろう。
俺は、トロール姫(推定)のところまであと少しというところまで来た。彼女と俺の目が合った。
よし、これでトロールの姫(推定)と話ができる。
と思った時、
「あ……!」
と、トロールの姫(推定)が声を上げた。
どうしたのだろう? と思う間もなく、俺は左側からとてつもない衝撃を受けて、反対側にふっ飛ばされた。
「嶺渡君!!」
「陰キャ君!!」
「そらお!!」
沙生那達が俺の名を叫ぶ声を聞きながら、俺は地面を転がって突っ伏した。
ものすごく痛い。ということは、やはりこのトロール達は敵ではないということだ。
「もうやめてぇーーーー!」
女性の叫び声が聞こえ、トロール達の怒声が消えた。
そして、俺を襲う急激な眠気。
ああ、これはHP切れだ。
また経験値を無駄に――
――――――――
「……さま、そらお様」
俺は、名前を呼ばれて目を開けた。
フォンの心配そうな顔が目に入ってきた。
「よかった……!」
フォンの目は潤んでいる。
「もう、なんであんな無茶なことしたのよ!!」
「ほんとだよぉ!今度やったらローキックの刑だからね!!」
フォンの直ぐ側には沙生那と夕璃乃がいた。めちゃくちゃ怒っている。
俺はゆっくりと上体を起こした。
「気をつけて、嶺渡君」
そう言って俺の肩に手を添えてくれたのは明日海だった。
「とにかく無事で安心したよ、そらお」
シュヴィーネが優しげな笑顔で言ってくれた。
周りを見回すと、トロール達が遠巻きにこちらを見ている。
「投げ飛ばされたトロールがあんたにぶつかったんだよ」
トロール達を見ながらシュヴィーネが教えてくれた。
「で、フォンがぶっ倒れたあんたに回復魔法をかけてくれたってわけさ」
そう言ってシュヴィーネがフォンを見た。
「そうだったんですね。ありがとうございます、フォンさん」
「い、いえ、そんな……」
照れくさそうにするフォンを見て、俺まで照れくさくなってしまった。
「ちょっとぉ、倒れた陰キャ君をここまで運んだのは私達なんだからねぇ!」
「そうよ、私達にも感謝しなさいよね!」
ほんわかムード許すまじ! とばかりに夕璃乃と沙生那が割り込んできた。
今俺がいる場所は、さっきまでトロール達が激闘を繰り広げていた空き地の端だ。
つまり宿屋ではない。
どうやら俺はHP切れで倒れたのではなさそうだ。
となると、純粋に物理的な衝撃で気絶をしたということなのか? それはそれで恐いのだが……
そんなことに頭を巡らせていると、トロール姫(推定)と目が合った。近くで見ると穏やかで優しそうな顔立ちをしている。
「あの……」
体格の割には随分と控えめな声だ。そう、体格の割には。
トロール達の中にいた時は小柄な女性に見えた。だが今は違う。恐らく彼女は180cm以上はありそうだ。
考えてみれば小さく見えて当然だ。トロール達は250cmの化け物なのだから。
「あの……ご迷惑を、おかけしました……ごめんなさい……!」
そう言ってトロール姫(推定)は頭を下げて謝ってくれた。
「あなたは悪くないわ。こいつが勝手に飛び込んでいったんだから!」
俺が言う前に沙生那が代弁してくれた。少々辛辣な気もするが、間違ってはいない。
「私、ミローネといいます。トロール国の王女です」
よかった。やはりトロールのお姫様で間違いなかった。これでクエストの第一段階はクリアだ。
俺達はそれぞれが自己紹介した。
「そらおさん……実はお願いしたいことがあるのです」
早速クエストの第二段階が来たようだ。
ミローネの声は大人しく控えめだが、凛とした響きがあった。
「お城にお越しいただいて、私の父からお話を聞いていただけませんでしょうか」
ミローネの父、ということはトロール国の王様だ。
王様からクエストの依頼があるのだろう。今までの流れからすればダークモンスター討伐というのが順当なところだ。
だが今のところ、ダークトロールというようなモンスターは出てきていない。
となると、少なくともダークモンスター討伐ではないということになりそうだ。
「嶺渡君、大丈夫?」
立ち上がった俺に沙生那が声をかけてくれた。
「はい、大丈夫です」
さっきは俺に怒っていたが、この辺はやはりクラス委員長だ。クラスメイトを気にかけることが習慣になっているのだろう。
「キツくなったら言いなよぉ」
夕璃乃もそう言ってくれた。彼女は普段も面倒見の良さが垣間見える人柄だ。案外、姐御肌なところがあるのかもしれない。
「よかった、元気になって……」
歩き始めた俺に、明日海が控えめに言ってくれた。
今回は、本来俺の方がサポートしなければならない沙生那達パーティーメンバーに、俺がサポートしてもらった形になってしまった。
俺が勝手に決めたことだとはいえ、決めた以上はしっかりと役割りを果たさなければならない。
メンバー達に囲まれてありがたく思いつつも、俺はそう心に刻みつけた。




