第18話 招待機能
「ようこそ、いらっしゃい」
俺の母親がよそ行きの笑顔と声で、沙生那と夕璃乃、明日海を迎えた。
沙生那と夕璃乃を迎えた時は、びっくり仰天した母親だった。
だが、三人目ともなると慣れてくるのだろう。陰キャ非モテの息子に女子の友人が増えて素直に喜んでいるようだ。
とはいえ、三人を家に上げたところで、母親に袖を引かれて耳打ちされた。
「モテるのはいいけど、間違いだけは起こすんじゃないよ」
間違い……って、間違いなんて起こるわけがない。そもそもモテてるわけではないし。
沙生那と夕璃乃にとって俺は、単に便利な男に過ぎない。
明日海とも二日前に偶然接点が生まれたばかりだ。俺のことを親切だと言ってはくれているが、それだけだ。
ところで、何故沙生那と夕璃乃、明日海の三人が俺の家に来ることになったのか?
それは昨日、沙生那達と別れた後のことに始まる。
沙生那> 転移できないのよ、何とかし
て!
俺が自宅に戻ってしばらくして、沙生那からショートメールがきた。
沙生那> 前みたいに蕗さんと触れ合っ
て【はい】に触ったのに、私
しか転移できないの。だから、
明日みんなで嶺渡君の家に行く
から!
俺の家に来たからといって、状況は変わらないと思うのだが……
ということで土曜日の今日、午後に沙生那達が俺の家に来たというわけだ。
「四人だとさすがに狭いわね。ベッドじゃなくて布団にしたらどう? その分広くなるし」
皆で俺の部屋に入ってくるなり沙生那が言った。
てか、大きなお世話だ。
「ごめんなさい、嶺渡君、私のために……」
心から申し訳無さそうに、うつむき加減で言う明日海。
そんなに真剣に言われると困ってしまう。俺になんとかできるかどうかも分からないし。
「いえ、大丈夫ですよ、蕗さん」
「ありがとう。やっぱり、親切だね、嶺渡君て……」
困り果てていた明日海の顔が緩んで、照れくさそうな表情になった。つられて俺も照れくさくなってしまう。
「ちょっとぉ、私達もいるんですけどぉ」
そう言いながら夕璃乃が俺の腕を抓った。
「痛ててっ!」
「全く油断も隙もないわね」
同じく沙生那も俺の腕を抓った。
「痛いです、石蕗さん……!」
ていうか、油断も隙もないとは!?
夕璃乃と沙生那から理由のわからないお仕置きを受けた後、昨日の状況を聞いた。
二人の話だと、沙生那と夕璃乃がそれぞれ明日海と転移できるか試してみたらしい。
沙生那と夕璃乃が自分で【はい】に触れると、明日海を残して転移してしまったそうだ。
そこで、明日海が【はい】を触れば行けるのでは? と考えてやってみた。
だが結果は、明日海が触れても冒険の書は起動しなかった。
「とにかく、嶺渡君がやってみて」
と半ば命令のように沙生那に言われた。
これまでの話を聞く限り、俺がやっても同じだと思うのだが。
「よろしくね、嶺渡君……」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」
上目遣いで言う明日海を見ると、どうにも照れくさくなってしまう。
「さっさとやりなさい」
「また、つねっちゃうぞぉ」
ヤバい、沙生那と夕璃乃がまた不穏な空気を醸し出している。
本来なら沙生那と夕璃乃が明日海を連れてアルスガルドに転移するはずだった。
それが上手くいかず、俺に頼らざるを得なくなった。
もしこれで、俺が上手くやれば明日海の感謝が俺に向けられることになってしまう。
これは、上手くいかないほうがいいのではないか?
そうすれば、三人とも上手くいかなかったということになる。そうすれば、沙生那と夕璃乃の苛立ちが俺に向けられることもなくなる。
「異世界って楽しいんだよね……?」
二人でベッドに腰掛けたところで明日海が俺に訊いた。
「楽しいですよ」
そう、ファンタジー好きの明日海なら、きっと楽しんでもらえる。
「なんか、ワクワクするね……」
そう言って明日海は柔らかく微笑んだ。
だめだ。上手くいかないと明日海ががっかりしてしまう。
漁夫の利のごとく、俺が明日海の感謝を受け取ることになってしまうが、ここは上手くいかせたい。
「それでは……」
俺はほんの少し座る位置をずらして、自分の肩で明日海の肩に触れた。
俺は冒険の書を開いた。
まずは俺が触れてみることにする。それでだめなら別の手を考えればいい。
俺は『冒険を始めますか』【はい】を指で触れた。
何も起こらなかった。
やっぱりだめか、と思った瞬間俺と明日海が光に包まれた。
「「あ……!」」
沙生那と夕璃乃の声が聞こえた時には、俺の目の前は光で真っ白になっていた。
光が収まると俺は宿の部屋のベッドに座っていた。
「え……ええ……!?」
隣から明日海の驚く声が聞こえた。どうやら上手くいったようだ。
それにしても沙生那と夕璃乃ができなかったのに、なぜ俺ができたのか。
「ここが、異世界……?」
部屋の中を見回しながら明日海が言った。
「はい、宿屋の部屋です。多分、オーク国の城の中の」
「オーク国……?オークってもしかして顔が豚のモンスター?」
さすが明日海さん! ファンタジー好きなだけある。
「すごく楽しみ……でも、なんで嶺渡君だと上手くいったのかな……?」
確かにそうだ。とりあえず宿屋のお姉さんにでも聞いてみよう。
と思っていると、両隣の部屋からドタバタする音が聞こえてきた。
そして、バタン!と勢いよく扉が開かれた。
「蕗さん、大丈夫?」
「明日海ちゃん、変なことされてない?」
沙生那と夕璃乃か先を争うように部屋に入ってきた。
「うん……大丈夫」
穏やかに微笑んで明日海が答えた。
「私達、明日海ちゃんが心配で、すぐに転移してきたんだよぉ」
と、夕璃乃。
「そろそろ蕗さんから離れたら? 嶺渡君」
ベッドに座っている俺を見下ろしながら沙生那が言った。しかも腕組みをして。
俺の背筋を冷たいものが走った。得意の素早さを生かして、俺はササッと座る位置をずらした。
「ホントに油断も隙もないよねぇ」
夕璃乃が明日海を挟んで俺と反対側のベッドに腰掛けて、明日海をかばうように肩に腕を回した。
「油断も隙も……?」
要領を得ない様子の明日海。
そうですよね! 俺、何も変なことしてませんよね!
「でも、なんで私たちが出来なかったのに嶺渡君は出来たのかしら」
「そうだよねぇ」
沙生那と夕璃乃は納得がいかない様子だ。そこは俺にも分からない。
「それは招待機能ですね」
部屋を出て受付のお姉さんに聞いたらあっさり教えてくれた。
しかも、ここはオーク国だと思っていたら、旅立ちの村の宿屋だった。
「招待者がいると、パーティーメンバー全員がスタート地点の旅立ちの村に転位してくるんです」
なるほど。確かにそのほうが都合がいい。そうでないと、始めたばかりの人が、強いモンスターがいるエリアを抜けていかなければならなくなる。
まあ、高レベルの冒険者がいれば、一気にレベルも上がるので、それもありではあるが。
「私や夕璃乃ができなかったのは何故なんですか?」
そう訊く沙生那は少し怒っているような口調になっている。すみません沙生那さん、クレーマーっぽいです。
「招待機能が使えるのは筆頭者のそらおさんだけです」
にこやかに答える受付さん。さすがだ。ちょっとやそっとの苦情程度には全く動じない。
「では、こちらがあすみさんの冒険の書です」
受付さんは、カウンターの下から冒険の書を取り出して明日海に手渡した。
「わぁ……ありがとうございます!」
明日海は嬉しそうに冒険の書を受け取ると、早速ページを開いた。
「『クエスト : ダークスライムを倒してレベルを上げましょう!』ってあるけど……」
明日海がもの問いたげに俺を見た。
「わからないことは招待者のそらおさんに教えてもらってくださいね」
またも受付さんがにこやかに言った。なにげに面倒事を押しつけるのが上手い人だ。
「私が教えてあげるわ、蕗さん」
「そうそう、私達のほうがレベル上だし、陰キャ君より」
そうなのだ。俺はダークオークボス戦でHP切れを起こしてしまった。なので、ボス戦の経験値が入らなかった。
たが、沙生那と夕璃乃はボス戦の経験値を得た。
聞いてみると、沙生那はレベル27、夕璃乃はレベル26になっていた。
俺はレベル25だ。
ここは沙生那と夕璃乃の言う通り、明日海の案内は二人に任せるのが合理的だ。
そう思って、沙生那と夕璃乃の意見に賛成しようとしたところ、
「嶺渡君も教えてくれる……?」
と、上目遣いで明日海が訊いてきた。
勿論、それは一向に構わない。だが主たる案内役は沙生那と夕璃乃のほうか、レベル的に相応しい。俺がそう伝えると、
「うん、でも最初は嶺渡君に……」
そう言って明日海はそっと、俺に寄り添ってきた。
いやあの、せっかく沙生那と夕璃乃が案内してくれると言ってるのだから……
とはいえ俺は筆頭者、明日海の期待に応えるのも役目のひとつに思える。
明日海の感謝を独り占めしたと思われて、沙生那と夕璃乃からローキックを食らうことになりそうだが。
すると、
「まあ、いいけど」
「だねぇ、ここは筆頭者? を立てておいてあげよっか」
と、明らかに言葉とは裏腹に納得はしてなそうだが、沙生那と夕璃乃は認めてくれた。
俺はホッとした反面ヤバい空気も感じた。
「それじゃ冒険の書をもらった蕗さんの装備がさっきの部屋にあると思うので取りに戻りましょう」
俺は早口でまくし立てて明日海を部屋に誘導した。
少しでも早く明日海に序盤のことを教え終わりたい。
そうして、速やかに案内役を沙生那と夕璃乃に譲りたい。
俺の頭の中はそのことでいっぱいだった。




