第17話 明日海の相談事
相談を聞いてほしい、明日海は俺にそう言った。俺に相談とは一体何だ?
俺と明日海が話すようになったのは昨日が初めてだ。
とはいえ、昨日も殆ど言葉は交わしていない。交わしたのは昨日の帰りの挨拶くらいだ。
それが、教室の外で俺は明日海に声をかけられ、今、明日海と並んで校門を無言で通り過ぎようとしている。
気まずい……こういう時は俺から話しかけたほうがいいのか? それとも明日海が話し出すのを待つべきなのか?
そもそも俺が女子と会話ができるようになったのはつい最近だ。
そしてその相手は、アルスガルドを別にすれば沙生那と夕璃乃だけだ。
沙生那と夕璃乃は、俺が黙っていてもどんどん話しかけてくれる。なので、自分から話題を振るよりは遥かに重圧は少ない。
だが、明日海は大人しくて控えめな女子だ。積極的に会話をすることが得意ではないのかもしれない。俺と同じだ。
今までの俺は、性格が近いほうが話も合って会話が進むと思っていた。
だが今は、それが大きな間違いであることを痛感している。
会話というものはプラスとマイナス、押しと引きなのだということを、俺は初めて知った。
となれば、ここは一か八か俺から話を振ってみるのもありかもしれない。
そう思って俺は横を歩いている明日海を見た。
すると、ちょうど明日海も俺の方に視線を向けたところだった。
「「あの……」」
思わず発した言葉が明日海とシンクロした。
「あ……蕗さんからどうぞ……」
「ううん、嶺渡君から……」
しばらく、どうぞどうぞの応酬が続いた後、やっと話が進み出した。
「あの……昨日は、ありがとう、ちゃんとお礼言えてなくて、ごめんなさい」
「いえ、俺は何も……」
実際、明日海を助けてくれたのは沙生那と夕璃乃だ。俺はただヤンチャ三人組に蹴りを入れられただけだ。
「蹴られて、痛くなかった……?」
「はい、まあ……」
俺は何と答えればいいのか迷ってしまった。
「石蕗さんに聞いたら大丈夫って言ってたけど、心配で……」
沙生那には校門前での一悶着の後に話してあった。敵からの攻撃は痛みを感じないが、仲間からの攻撃は痛い、と。
ヤンチャ共の攻撃はアルスガルドのモンスター同様痛みを感じなかった。
違うのは、疲労が蓄積するかしないかだ。ヤンチャ共の攻撃では疲労は感じなかった。
もしかしたら、ダークモンスターから受けるダメージは、現実世界で受けるそれよりも遥かに大きいのかもしれない。
そう考えると背筋がゾッとした。
「嶺渡君……?」
「あ、すみません」
明日海に名を呼ばれてハッとした。いつの間にか思考が斜め上に行ってしまっていたようだ。
そして再び会話が止まってしまった。
俺はちらりと横を歩く明日海の表情を伺ってみた。
明日海はうつむき加減で歩いている。やはりここは、俺から話を振らなければいけないのかもしれない。
俺は軽く息を吸い込んでから明日海に話しかけた。
「それで、あの……俺に相談というのは?」
「あ、うん……すごくつまらない話なんだけど……」
そう言うと明日海は、握った手を唇に当てた。どう話せばいいのか悩んでいるようだ。
「えっと……私、本が好きなんだけど……」
ふむふむ! 俺も本好きを自認している、と言ってもラノベとマンガがほとんどだが。
話を聞くと明日海は俺以上の本好きなようだ。
文芸作品からラノベ、海外の翻訳ものも読んでいるらしい。特にファンタジーが好きなようだ。時々、古本屋巡りもするという。
「それでね、嶺渡君が古本屋さんから出てくるのを見たの。あのお店、古本屋さんだよね?」
始めのうちこそ控えめな口調だった明日海も、段々と饒舌になっていった。
「それでね、嶺渡君がいなくなってから私も入ろうと思ってお店の前に行ったら、無かったの、お店が。変だよね? だから、嶺渡君に聞けば分かるかもって、思って……」
そこまで話すと明日海はハッとしたように言葉を止めた。
「あ、ご、ごめんなさい、私ばっかり話して」
「全然、大丈夫です!」
俺が口を挟まないでいたから、明日海に誤解させてしまったようだ。
基本的に俺は、相手がどんどん話してくれるほうが気が楽である。相手が女子なら尚更だ。
「嶺渡君も本が好きそうだなって思ってたの。休み時間にも読んでるし……」
なんと、俺のことを見ていてくれたとは!
「だから嶺渡君なら本屋さんとか詳しそうだし、もしかしたらその古本屋さんの謎のこと、知ってるかなって思って……」
古本屋の謎。随分と壮大な話だ。
だが考えてみればそのとおりだ。俺も一度しか入ったことがない。冒険の書を買ったあの日だ。
どう説明すればいいのだろうか、と考えていると、
「確かに謎の古本屋よね」
「謎の古本屋! ミステリーだねぇ」
すぐ後ろから二人の女子の声が聞こえた。俺と明日海は立ち止まって振り返った。
沙生那と夕璃乃だった。もしかしてずっと後から付けてきていたのか?
「蕗さんが心配だしね」
「私達、明日海ちゃんの護衛だから」
と、沙生那と夕璃乃。
心配? 護衛? もしかして例のヤンチャ三人組が近くにいるのか?
俺は周囲に怪しい人影がないか見回した。今のところ異常事態は確認できなかった。
「あいつらはいないわよ」
「私達、陰キャ君を警戒してるんだよぉ」
「俺を、ですか……?」
なんで俺を警戒する必要があるのだ?
もし、明日海に何かあったら代わりに俺が痛い目に合うだけだ。痛くはないが。少なくとも防護壁役にはなれる。
「陰キャ君は女たらしだからねぇ」
夕璃乃は俺の横に並んで、ニヤニヤしながら言った。
女たらし!? 俺という男を形容するのに、最も縁遠い言葉だと思うのですが!
「そうそう、親切なふりして変なことするかもしれないし」
親切なフリ!? 変なこと!? 沙生那さんまでそんなことを!
「嶺渡君、親切だと思う、昨日だって……」
明日海は、ややうつむき加減でそう言うと、ちらりと俺の方を見た。
俺は思わずドキッとしてしまった。俺ってそんなに親切だったかな、ちょっと照れくさいなぁ、などと思っていると、
バシッ!
「痛っ!」
沙生那のローキックが俺の脚に炸裂した。
「ね、分かったでしょ、蕗さん。こういう男なの、こいつは」
「え……え?」
沙生那の言うことがよく分からない様子の明日海。
そうですよね、分からないですよね! いきなりローキックをぶちかます理由なんて!
「そうだよねぇ、明日海ちゃんが可愛いからってさぁ、鼻の下伸ばしまくりだもんねぇ!」
バシッ!
「痛ぇ!」
夕璃乃さん、最近ローキックのキレが増してるんだから、少しは加減して!
「大丈夫、嶺渡君……?」
心配顔で明日海が俺に聞いてくれた。
ああ、なんて優しいんだ明日海さん!
「また鼻の下伸ばしてるわね」
指をポキポキ鳴らしながら沙生那が俺を睨んでいる。
後生です、許してください、沙生那さん!
てか、俺何か悪いことした?
「あの、それよりも、古本屋さんのことを……」
明日海が、今にも追加攻撃をしてきそうな沙生那をとりなしてくれた。
「石蕗さんと紅藤さんも知ってるの? あの古本屋さんのこと……」」
沙生那と夕璃乃を交互に見ながら明日海が言った。
「知ってるわよ」
「知ってるよぉ」
沙生那はカバンから本を取り出して明日海に見せた。冒険の書だ。
「これが買えるのよ」
「冒険の書……?」
「そっ、私も持ってるよぉ」
夕璃乃もカバンから冒険の書を取り出して明日海に見せた。
「嶺渡君も持ってるの……?」
明日海に聞かれて、俺も冒険の書を取り出して見せた。
「いいなぁ……」
明日海が目をキラキラさせている。本好きで且つファンタジーが好きとなれば、冒険の書というタイトルに惹かれるのももっともだ。
「見せてもらっても……いい?」
明日海がおずおずとしながらも、我慢できない様子で言った。
「『冒険を始めますか?』ってゲームみたい……」
俺から冒険の書を受け取り、最初のページを見て明日海が言った。
そうなんですよ、と俺が言おうとすると、
「そうなの。この本はね、異世界に転移できるの本なの」
「そうそう、すっごく面白いんだよぉ」
沙生那と夕璃乃が割り込んできた。
「異世界に、転移? 面白くて物語の世界にのめり込んじゃう、ということ……?」
と、明日海。当然そういう解釈になるだろう。
「違うんだよねぇ。陰キャ君さぁ、次にお店が現れるのって、いつ?」
夕璃乃が訊いてきた。
そんなこと知らない。俺の方が訊きたいくらいだ。
「せっかくだからさぁ、明日海ちゃんも一緒に冒険に行けた方がいいじゃん」
まあ、それはそうだが。冒険の書がなければどうにもならない。
「一緒に行ける方法があるじゃない」
沙生那が、なにも難しいことではない、といった顔で言った。
「あ、そうだねぇ、うんうん」
夕璃乃も思い出したようだ。
そう、二人で一緒にアルスガルドに行く方法はある。俺は過去に二回経験している。
だが、その時は二人とも冒険の書を持っていた。
「とりあえず、やってみればいいじゃん」
「そうね。できなかったら、また考えましょう」
夕璃乃も沙生那も、当の明日海を差し置いて乗り気になっている。
ここは先ず、明日海の意見を聞くべきと思うのだが。
「異世界って、ファンタジーの世界ってこと? 剣と魔法の? モンスターもいるの?」
と、明日海が訊いてきた。
「はい、そういう感じの世界です」
「それなら私も行ってみたい、異世界に」
と、明日海は迷うことなく答えた。
「それじゃ、私の家から行きましょう」
ということで、沙生那の提案で女子三人は沙生那の自宅に向かうことになった。
「転移する前にショートメールするわ」
と俺に言い残して沙生那は夕璃乃と明日海を引き連れて行った。
半ば思いつきで話が進んだ感があるのが、いささか心配だ。
上手くいってくれればいいのだが……
と、俺はベタなフラグを立ててしまうのだった。




