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史実を知る僧は、歴史を変えようとした  作者: チャプタさん


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第87話:大坂城の栄華

第87話:大坂城の栄華


 天正十四年、六月。上方を取り巻く空気は、初夏の眩しい日差しとともに、狂熱とも言えるような絢爛豪華な賑わいに包まれていた。

 旧石山本願寺の巨大な跡地において、数万の人足と職人たちが昼夜を分かたず突貫工事を進めていた天下の居城・大坂城の主天守と本丸御殿が、ついにその圧倒的な威容を完成させたのである。


 三重の深き堀に囲まれ、信じがたいほど巨大な漆黒と白壁の対比を誇る大坂城は、天守の甍に輝く金箔の瓦が太陽の光を浴びて真白く照り返し、遠く摂津の海からもその姿を仰ぎ見ることができるほどの巨城であった。

 全国の大名から寄進された巨石や名木がふんだんに用いられたその城郭は、単なる合戦の要塞ではなく、天下人となった豊臣秀吉の無制限の財力と権威を、天下に見せつけるための巨大な舞台装置そのものであった。


 当主・毛利輝元の全権名代として大坂に滞在していた安国寺恵瓊は、関白秀吉からの直々の召喚を受け、完成したばかりの大坂城本丸へと登城していた。


 磨き上げられた漆塗りの長い廊下を進み、案内されたのは、本丸御殿の奥深くに特設された、前代未聞の広間であった。


 「黄金の茶室」――。

 襖を開け、室内に足を踏み入れた瞬間、恵瓊はあまりの眩しさに思わず目を細めた。

 広さ三畳敷きほどの室内は、壁、天井、障子の骨組みに至るまで、ことごとく純金の箔で覆い尽くされていたのである。

 障子には赤地の織物が貼られ、畳の縁には見事な朱色の錦が用いられていた。

 さらに、室内に置かれた茶釜、水指、台子、茶碗に至るまでのすべての茶道具が、重々しい純金で作られており、行灯の光を受けて室内全体が黄金色の怪しい光を放っていた。


 その黄金の空間の中央に、豪奢な金糸の刺繍が施された衣装を纏い、破顔一笑の笑みを浮かべた関白・豊臣秀吉がどっかりと座していたのである。


「おおッ! 和尚、よう来たな! まぁ座りなされ!」

 秀吉は大声をあげて恵瓊を招き寄せると、自ら純金の茶杓を手に取り、黄金の天目茶碗へ緑の抹茶を点て始めた。


「どうじゃ、和尚! これがわしの作った黄金の茶室ぞ! 天下の誰も見たこともない、至高の茶の湯の場よ! さきの正月に京都御所で帝(正親町天皇)にお見せした折も、帝はお言葉を失って感嘆しておられたわ!」

 秀吉は点てたお茶を恵瓊の前へ滑らせると、胸を張って高らかに笑い飛ばした。


「信長様も凄まじいお方であったが、これほどの城と黄金の茶室を作り上げることは叶わなかった! いまや日本国中のすべての富、すべての米、そしてすべての武士が、この大坂のわしの足元へ向かって集まっておるのだ! 和尚、お主も毛利の代表として、このわしの創り出す新しき天下の栄華を、心ゆくまで味わうが良いぞ!」


 秀吉の声音には、織田家中のライバルをことごとく平定し、公家と武家の双方の頂点に立った男特有の、溢れんばかりの全能感と自信が満ち溢れていた。


 恵瓊は平伏し、黄金の茶碗を両手で恭しく手に取った。

「誠に……言葉を失うほどの絢爛なるお部屋にございます。関白様の御威光、いまや天下の隅々にまで行き渡り、泰平の世が訪れたことを実感いたしまする」


 恵瓊は静かに茶を口に含んだ。

 金の茶碗から伝わる湯の熱さは生温かく、黄金の光が乱反射する室内に座していると、まるで現実の感覚が麻痺していくかのような妙な眩暈を覚えた。


 秀吉は上機嫌で酒を飲み、恵瓊を自らの直属の参謀であるかのように親しく扱いながら、近く執り行う「九州征伐」の構想や、全国の大名を配置転換する「国替え」の構想を語って聞かせた。

「毛利輝元殿や小早川隆景殿には、九州平定の先陣を務めてもらう。見事な働きを見せれば、九州の豊かにして広大な領地をさらに切り与えてやるぞ!」


秀吉の言葉はどこまでも寛大であり、恵瓊に対する信頼も絶対的なものであった。

外交僧として、自らが求めていた「毛利家の立場と安全の確保」は、ここに完璧な形で実を結んでいたのである。


されど――平伏する恵瓊の胸の奥底には、黄金の眩しさとは対照的な、冷ややかな空虚さと警戒の影が差していた。


恵瓊の脳裏には、さきに安芸の本国において、己が「関白の権勢」を笠に着て毛利の強硬派の武士たちを威圧し、かえって激しい反発と内紛の危機を招いて大失敗を犯した日の苦い記憶が、重く沈んでいたのである。

権力の味という甘い毒に酔いしれ、力をもって人を屈服させようとした己の浅はかさ――。


(秀吉殿のこの圧倒的な全能感もまた……あまりにも巨大すぎる……)


秀吉の放つ黄金の輝きは、あまりにも眩しく、あまりにも巨大であった。

されど、すべてを金の力と権威によって思い通りに動かせると思い上がった時、人間は必ず足元の小さな歪みや、生身の人間たちの悲鳴が見えなくなってしまうのだ。

秀吉の見せる満面の笑みの向こう側に、恵瓊は膨らみ続ける権力の影と、やがて訪れるであろう深い歪みの予感を、静かに察知していたのだった。


謁見を終えた恵瓊は、黄金の茶室をあとにし、大坂城の式台を下りて城下町へと降り立った。


城の門を一歩出ると、そこには豪華絢爛たる本丸とはまったく異なる、生々しい人間たちの埃と泥にまみれた現実が広がっていた。


大坂の街は、全国から集められた大工や人足、商人たちで溢れかえり、空前の建設景気に沸き立っていた。

されど、急激すぎる政権の誕生と、豊臣奉行衆(石田三成ら)による徹底的な制度の導入は、街の足元に生きる人々に対して、容赦のない重圧と歪みを強いていたのである。


恵瓊が若い修行僧の智念を連れて、大坂の商業の中心地である船場筋の問屋街を歩いていた折のことであった。


ある大きな米塩問屋の店先において、激しい怒号と悲鳴が響き渡っていた。

見れば、豊臣方の胸当てを付けた数名の役人(税吏奉行の役人)たちが、店の蔵から強引に米俵を引き出し、店の主人を泥の上に引きずり倒していたのである。


「手心を加えよだと! 戯けたことを抜かすな!」

役人が太刀の柄で店の主人の肩を強く殴りつけた。

「関白様の御命令により、大坂の市場に集まる米はすべて奉行衆の改めを受け、指定の過小税を納めねばならぬのだ! 不正な隠し米の疑いあり! 払えぬというならば、店を没収し、一族郎党ことごとく獄に投じるぞ!」


「お許しくだされ! 奉行様、お許しくだされ!」

泥に顔を押し付け、必死に頭をこすりつけていたのは、堺と大坂で古くから手広く米塩問屋を営んできた商人・和泉屋甚兵衛であった。

甚兵衛の傍らでは、若い妻と幼い子供たちが、恐怖に震えながら声を殺して泣きじゃくっていた。


恵瓊が足を止め、路傍の町人から密かに話を聞くと、事の実態が明らかとなった。

甚兵衛の店は、さきの天候不順による米の不作と、上方の急激な相場の変動により、奉行衆から割り当てられた過酷な年貢米と過小税の支払いが滞ってしまったのだという。

奉行衆は、事情を考慮することなく「政権の法に従わぬ不敬の輩」として、甚兵衛の店と全財産を差し押さえ、一家を処刑しようとしていたのである。


「関白様の天下になって、大坂の街は賑やかになりましたがね……」

隣にいた老町人が、声をひそめて悲しげに呟いた。

「奉行様の取り立ては、昔の武士様よりも遥かに厳しく、融通が利きませぬ。少しでも計算が合わねば、容楽なく店を潰され、首が飛ぶのです。わしら町人は、毎日いつお咎めを受けるかビクビクして生きておりますよ」


恵瓊はその言葉を聞き、胸を強く突かれたのだった。


大坂城の黄金の茶室で秀吉が誇っていた「天下の平穏」と「至高の栄華」。

されど、その絢爛豪華な足元においては、三成ら奉行衆の構築した「冷徹な法と計算」の前に、真面目に生きてきた生身の商人や民たちが、息を詰まらせて踏みにじられていたのである。


(秀吉殿の作った天下の光が強ければ強いほど、その足元の影もまた、深く暗い……)


恵瓊は、泥の中で泣き叫ぶ甚兵衛一家の幼子の姿を見つめた。

その小さな手は、かつてさきの備中高松城の濁流の中で滑り落ちていった太郎の手や、上月城で救い出した幼子の手と、重なって見えたのだった。


恵瓊は自らの法衣の袖を強く握りしめた。


さきの毛利家中での失敗を経て、己は誓ったはずだ。

権力という毒に酔いしれ、人を威圧するために力を使うのではない。

いま己の手元にある外交僧としての巨大な立場と、秀吉からの信頼を、目の前で消えかかっている生身の命と暮らしをすくい取るための「真の盾」として使うのだと。


恵瓊は静かに歩み出ると、泥の中に横たわる和泉屋甚兵衛の前に立ち、優しくその肩を抱き起こした。


「立ち上がりなされ、和泉屋殿」

甚兵衛が涙に濡れた顔を上げると、そこには穏やかでありながら、底知れぬ威厳を湛えた恵瓊の姿があった。


「あ、安国寺の御坊様……!?」

役人たちも、恵瓊の纏う紫の法衣と豊臣家の金紋を目にし、慌てて太刀から手を離して平伏した。


恵瓊は役人たちを冷ややかに見据え、落ち着いた声音で言い放った。

「この和泉屋の不手際、私が間に入って改めよう。明日、私が毛利家の兵糧調達の伝手をもって、滞っておる過小米の全額を立て替え、奉行所に納める手はずを整える。……これで文句はあるまい」


役人たちは恵瓊の威光に恐れをなし、「は、ははっ! 安国寺様がお引き受けくださるならば、異存はございませぬ!」と頭を下げ、逃げるように去っていった。


救われた和泉屋甚兵衛と家族は、信じられないものを見るような目で恵瓊を見上げ、畳に額を擦り付けて慟哭したのだった。

「安国寺様……! ありがとうございます! ありがたき幸せにございます……!」


恵瓊は甚兵衛の手を強く握りしめ、静かに耳元で囁いた。

「和泉屋殿、礼には及ばぬ。……されど、いまの上方の世は、あまりにも光が強く、いつ足元が崩れるか分からぬ。全財産をこの大坂に置き続けるのは危うい。私の書き与える手形を使い、財産の一部とご家族を、毛利の治める播磨か備後の港町へ密かに避難させておきなされ。命と店さえあれば、どこででもやり直せるのだからな」


甚兵衛は涙を拭い、恵瓊の言葉を胸に深く刻み込むように、

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