第71話:中国大返し
第71話:中国大返し
天正十年、六月六日、未明。
備中高松城を取り囲んでいた足守川の堤防からは、排水の爆音がなおも重々しく響いていたが、対岸の羽柴秀吉の陣営は、朝もやの立ち込める薄闇の中で、突如として地鳴りのようなざわめきに包まれた。
陣幕が次々と引き払われ、篝火が消され、数万の兵たちが甲冑の金具を擦れ合わせながら一斉に隊列を整え始めたのである。
毛利本陣が置かれた岩薬師山の高台からその光景を見下ろしていた安国寺恵瓊は、思わず息を呑んだ。
羽柴軍二万余の大軍が、一瞬の滞りもなく、巨大な一本の黒い大蛇と化して、東の山陽道へ向けて怒濤の勢いで駆け出し始めたのだった。
それは、合戦に破れて逃げ惑う敗残兵の狼狽などでは断じてなかった。
全軍が寸分の狂いもなく統制され、松明の火を連ね、駄馬に米俵と弾薬を積み込み、長槍と鉄砲を担いだ歩兵たちが、驚くべき速さでぬかるむ街道を走り抜けていく。
「撤退か……! いや、これは撤退などというものではない……!」
恵瓊の傍らに立っていた小早川隆景が、震える声で低く呟いた。
隆景の瞳には、幾多の戦場を潜り抜けてきた知将としても到底信じがたい、深い戦慄が走っていた。
前日に毛利との間で和睦の誓紙が交わされてから、わずか一日。
秀吉は信長自刃という未曾有の事態を知るや、全軍に対して「京都へ向かい、上様の仇たる明智光秀を討つ」という極秘の動員令を発していたのである。
「中国大返し」――後に日本の合戦史上、最大奇跡の神速行軍として語り継がれることになる大撤退劇が、いま目の前で幕を開けたのだった。
秀吉の手回しの恐ろしさは、単に兵を走らせる速さだけにとどまらなかった。
軍師・黒田官兵衛や弟の羽柴秀長らは、毛利との和睦が成立する以前から、密かに播磨や備前の街道筋にある宿場町へ向けて早馬を走らせていたのである。
沿道の市や村々の庄屋に対し、莫大な銭を投げ与えて、数千人分の薪、握り飯、替えの草鞋、そして松明を買い占めさせ、街道の要所に給食所を立ち並べさせていたのだった。
兵たちは走りながら温かい飯を喰らい、擦り切れた草鞋を投げ捨てて新しい草鞋に履き替え、夜も松明の光を頼りに一眠りもすることなく山陽道を東へ東へと走破していく。
人間の体力の限界を挑むようなその神速の移動は、圧倒的な資金力と事前のア準備、そして何より秀吉という男の異常なまでの執念によって支えられていたのだった。
毛利本陣の広場には、当主・毛利輝元をはじめ吉川元春ら毛利の諸将が集まり、高台から眼下の街道を埋め尽くす羽柴軍の行軍を、呆然として見つめていた。
前日には「騙された! 追撃して秀吉を撃ち滅ぼせ!」と激怒し、太刀を抜いて暴れていた吉川元春も、いまや言葉を失って立ち尽くしていた。
元春の太い腕は組まれたまま動かず、その瞳には驚愕と、武者としての敗北感が色濃く漂っていた。
「なんという速さだ……。およそ人間の軍勢の動きとは思えぬ……」
元春の口から、掠れた呟きが漏れ出た。
元春の目を何より驚かせたのは、羽柴軍の最後尾、すなわち殿の部隊の隙のない布陣であった。
全軍が東へ向けて猛進する一方で、最後尾を守る羽柴秀長や浅野長政らの率いる数千の精鋭部隊は、整然とした横陣を組み、毛利軍の本陣へ向けて無数の鉄砲狭間と長槍の列をピタリと向けていたのである。
もし毛利軍が前日の撤退を見て「和睦を破棄して追撃しよう」と高台から攻め下りていれば、この完璧に準備された殿の鉄砲隊によって返り討ちに遭い、甚大な被害を出していたことは火を見るより明らかであった。
秀吉と官兵衛は、毛利が追撃してくる可能性すら冷徹に計算し、追撃の欲望を最初から挫くための完璧な「罠」を仕掛けた上で、全軍を引かせていたのである。
隆景が重々しく首を横へ振った。
「……見事という他はない。羽柴秀吉という男、合戦の巧みさだけでなく、退き口の差配においても神がかかっておる。我らが追撃を押し留めたのは、真に正解であったな。もし動いておれば、我が軍が壊滅しておったわ」
輝元も深く頷き、安堵の息を吐き出した。
「和睦を守り、静観して正解であった。追撃などしておれば、毛利は全滅しておったろう……」
輝元の「決めない統治」という忍耐と、隆景と恵瓊の冷徹な見極めによって、毛利四万の全軍は無傷のまま自領を守り抜くことができたのだった。
されど、首脳陣の胸の中に残ったのは、勝利の喜びなどではなく、羽柴秀吉という巨大な怪物に対する、底知れぬ恐怖と圧倒的な敗北感であった。
本陣の端に立ち、遠ざかっていく羽柴軍の土煙を見つめていた恵瓊の胸中には、さらに深く、激しい感情の渦が巻き起こっていた。
恵瓊の脳裏には、数日前に秀吉の幕舎で目にした光景が鮮やかに蘇っていた。
主君・織田信長が本能寺で討たれたという、普通の大名であれば茫然自失となって狼狽し、自滅していくような未曾有の絶望。
されど、秀吉はその巨大な絶望を一瞬にして飲み込み、自らが天下人へ駆け上がるための最大の機会へとすり替えてみせたのだ。
涙を呑んで信長の死を秘し、毛利との和睦を破格の条件でまとめ上げ、全軍の命を賭けて京へと突っ走る――。
その恐ろしいまでの発想の柔軟さと、一切の躊躇なく大バクチを打つ決断力。
人間の「欲望」と「生の執着」を完璧に掌握し、数万の軍勢を己の手足のごとく動かす秀吉の姿に、恵瓊は身震いするほどの戦慄を覚えていた。
(明智光秀は敗れる……)
恵瓊の胸の中に、確固たる確信が突き刺さった。
京都で天下を奪ったつもりの明智光秀は、上方で味方を集めることに奔走し、優雅に歌を詠んでいるに違いない。
まさか、数百里離れた備中の地から、羽柴秀吉という化物が二万の大軍を引き連れて、わずか数日のうちに背後へ躍り出てくるとは、夢にも思っていないはずだ。
(勝てるわけがない……。あの秀吉という男の神速の合理性の前に、光秀は踏み潰されるのだ……)
信長の死によって空いた「天下人」という巨大な座。
そこへ座るべき男は、柴田勝家でも、織田信信雄でも、徳川家康でもない。
いま備中のぬかるみを蹴って東へと突っ走っている、あの羽柴秀吉なのだ。
さらに、恵瓊の脳裏には、秀吉の傍らで氷のごとき冷たい瞳で見つめていた若き石田三成の姿が浮かび上がっていた。
秀吉の持つ「金と熱気」に、三成の持つ「数字と冷徹な理」が噛み合った時、この日本という国は、これまでにない巨大で完璧な統治の仕組みへと塗り替えられていくに違いない。
「時代が……完全に動いたのだ……」
恵瓊は泥に汚れた法衣の袖を強く握りしめ、低く呟いた。
六月十日を過ぎる頃には、羽柴秀吉の二万の大軍は完全に備中の地から姿を消し、後には静まり返った足守川の流れと、水が引き始めた高松城の凄惨な城郭が残されるのみとなった。
毛利家は、清水宗治の命と五カ国の割譲というあまりにも苦い代償を払ったものの、全軍を失うことなく無傷で自領国を保ち抜いた。
そして、秀吉との間に血判の和睦誓紙を交わしたことで、毛利は新新しき上方の覇者・秀吉にとって「誓約を守った最大の盟友」という特別な立ち位置を獲得することとなったのである。
外交僧として、このあまりにも危うい和睦を成立させ、毛利軍の自滅の追撃を押し留めた安国寺恵瓊の手腕は、当主・輝元をはじめ小早川隆景ら毛利首脳陣から、揺るぎない絶対の信頼として称えられることとなった。
もはや恵瓊は、単なる一介の山寺の住持ではなく、毛利家の興廃を担う最高位の外交僧として、歴史の表舞台へと完全に引き出されたのである。
されど――恵瓊の心は晴れなかった。
毛利家は無傷で生き残った。されど、それは独立した西国の覇者としての毛利の終わりであり、やがてやって来る「秀吉の天下」という巨大な磁場の中へと、静かに組み込まれていく序章に過ぎないことを、恵瓊は誰よりも深く理解していたからである。
足守川の堤防の上に立った恵瓊は、夕日に照らされて赤く輝く水面を見つめた。
川の水は静かに下流へと流れ、かつてここで流された多くの血と涙を海へと運んでいた。
清水宗治の見事な最期。
泥水の中で滑り落ちていった幼い太郎の冷たい感触。
そして、去っていった秀吉の猛烈な土煙。
前世の知識を捨て、泥にまみれて生身の現実に挑んできた己の歩みは、ひとつの巨大な頂点を越えたのだ。
されど、抗いのが終わったわけではない。
これから訪れるであろう、さらに苛烈で、さらに巨大な天下統一の狂乱の中で、毛利の家を守り、名もなき人々を救うための恵瓊の戦いは、どこまでも続いていく。
恵瓊は網代笠を深くかぶり直し、静かに念仏を唱えた。
「南無阿弥陀仏――」
西の空へ沈みゆく夕日を受けながら、安国寺恵瓊は、新たな時代への第一歩を踏み出していくのだった。




