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史実を知る僧は、歴史を変えようとした  作者: チャプタさん


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第57話:迫る羽柴軍

第57話:迫る羽柴軍


 天正十年、三月。春の訪れとともに、山陽道の空気は張り詰めた弓の弦のごとくピンと張り詰めていた。

 播磨を完全に手中に収め、備前の宇喜多直家を恭順させた羽柴秀吉は、織田信長からの「西国をことごとく平定せよ」との激しい厳命を受け、二万を超える織田の西国征伐軍を率いて、ついに備中国へと足を踏み入れたのである。


 秀吉の率いる軍勢の容勢は、かつて播磨に侵攻した折とは比べものにならぬほど強大で、洗練されていた。

 弟の羽柴秀長、蜂須賀小六、浅野長政といった子飼いの精鋭に加え、寝返った宇喜多忠家(直家の弟)ら備前衆の先導隊が先鋒を務め、軍師・黒田官兵衛がその最後方で全体の手綱を握っていた。

 春雨の降り続く山陽道を、数千の駄馬と無数の鉄砲隊、そして最新の攻城兵器を携えた長蛇の列が、足守川の東岸に向けて怒濤の勢いで押し寄せてきたのである。


 備中高松城の東方に位置する日羽の陣屋にあって、毛利方の情勢を探っていた恵瓊のもとには、日日、悲鳴のような早馬の知らせが舞い込んでいた。

「羽柴の先鋒、吉備津の宮を越えて侵入!」

「宇喜多の軍勢、境目の小城へ一斉に鉄砲を撃ちかけ申した!」

 報せが届くたびに、恵瓊は文机の上の帳面へ筆を走らせ、敵の進撃速度を細かく計測した。

 秀吉の動きは、以前にも増して神速であり、かつ容赦がなかった。


 秀吉が最初に目をつけたのは、清水宗治の守る備中高松城の周囲を固める、外囲いの支城群であった。

 高松城は深い沼地に囲まれた要害であったが、その東西南北には冠山城、宮地山城、加茂城、日羽城といった小城が点在し、互いに煙や狼煙を上げて高松城を支える相互防衛網を敷いていたのである。

 秀吉と黒田官兵衛は、高松城そのものへ急ぎ突撃することを避け、まずはこの枝葉たる支城群を徹底的に叩き潰す作戦に出たのだった。


 四月十四日、秀吉軍の総攻撃が始まった。

 最初に標的となったのは、難波宗広が守る冠山城であった。

秀吉は三方から城を囲むと、連日連夜、絶え間なく大鉄砲と大筒を撃ちかけ、土塁を崩しにかかった。

さらには、莫大な金銭を投入して大量の土のうを積ませ、わずか数日のうちに城の目と鼻の先へ巨大な築山(築城台)を作り上げたのである。


恵瓊は高台の山道から、遠く冠山城が炎と黒煙に包まれる光景を目撃していた。

春雨の煙るなか、織田軍の打ち鳴らす無数の陣太鼓の音が地鳴りのように響き、数百挺の鉄砲が一斉に火を噴く凄まじい炸裂音が谷間に木霊していた。

難波宗広ら数千の城兵は命を賭して防戦し、降り注ぐ矢弾の中で泥まみれとなって抗ったが、圧倒的な物量と鉄砲の連射の前に、わずか数日で城郭の大部分が叩き潰された。

四月十七日、冠山城は陥落し、城主・難波宗広以下、生き残った城兵たちは凄惨な討ち死にを遂げたのである。


冠山城の陥落を皮切りに、支城群の崩壊は雪崩のごとく加速した。

続いて攻め立てられた宮地山城は、秀吉方の激しい攻めと内応の誘いに抗いきれず、数日のうちに開城した。

さらに、加茂城や日羽城といった強力な拠点も、秀吉の繰り出す「金銭による買収」と「間者による脅迫」、そして「圧倒的な鉄砲の火力」の三重の圧力の前に、次々と塞を破られ、あるいは降伏へと追い込まれていったのである。


支城群がことごとく叩き潰されたことで、清水宗治の守る備中高松城は、完全にその手足を奪われる形となった。

城の東も西も敵の陣旗で埋め尽くされ、足守川の湿地帯の中央に、高松城だけがぽつりと取り残されたのである。

秀吉軍の二万を超える二重三重の包囲網が、高松城の目と鼻の先まで迫り、一粒の糧も届かぬ完全孤立の状態が作り出されたのだった。


高松城の完全孤立と、支城群の全滅の報せが安芸の吉田郡山城へ届いた時、毛利家の首脳陣はかつてない激震に見舞われた。

もはや、引き伸ばしや静観を決め込める時期は完全に過ぎ去っていたのである。

もし高松城が落ち、清水宗治が討ち取られれば、備中国全体が織田の手に落ち、毛利本国への侵攻路が完全にひらかれてしまう。


「宗治を見殺しにはできぬ! 全軍をもって出陣し、羽柴秀吉と備中の地で直接決戦を決する!」

当主・毛利輝元の力強い号令のもと、毛利家はその総力を挙げた全軍出陣(総力戦)の決定を下した。


天正十年、四月下旬。

安芸国吉田郡山城の広場には、西国十カ国から集結した毛利一族の精鋭四万を超える大軍が、地を埋め尽くしていた。

風にはためく「一文字に三星」の巨大な総大将の旗印の下、当主・毛利輝元、山陰の旗頭・吉川元春、そして山陽の頭脳・小早川隆景が、それぞれ完全な具足を身に纏い、壇上に並び立った。


吉川元春の瞳には、上月城や鳥取城で辛酸を舐めさせられた秀吉への激しい殺気が燃え盛っていた。

「鳥取で経家を失い、三木で別所を失った……! 今度こそ、高松の宗治を死なせるわけにはいかん! 羽柴の小童め、毛利の本気の武威を骨の髄まで思い知らさせてやるわ!」

元春は太刀の柄を激しく叩き、数万の将兵へ向けて鼓舞の大声を上げた。


一方、小早川隆景は冷静な眼差しを崩さず、傍らに控える恵瓊へ静かに声をかけた。

「安国寺殿、いよいよ天下の分かれ目となる大戦(おおいくさ)が始まる。其方の集めてくれた備中の地勢と、清水宗治の覚悟……無駄にはいたさぬ。わしらは全力を尽くして羽柴の手から高松城を救い出す」

「ははっ……感謝の極みにございます。小早川様、何卒、何卒清水殿をお救いくだされ」

恵瓊は甲冑の擦れる音の響く陣中で、深く頭を垂れた。


恵瓊もまた、毛利本軍の軍師・外交僧として、輝元や両川の傍らに従って備中へ向けて進軍することとなった。

四万の大軍が歩む足音は、山陽道の土を激しく揺らし、その甲冑の列は果てしなく続いた。

されど、恵瓊の胸の奥底には、勝利への高揚感など微塵もなかった。

むしろ、前世の記憶に刻まれた「高松城の水攻め」という恐ろしい結末の影が、日に日に大きく、濃く、己の首元へ迫ってくるのを感じていたからである。


四月末、毛利四万の大軍は備中国に入り、高松城を見下ろす西方の岩薬師山から日羽山にかけての丘陵地帯に到着し、強固な本陣を構築した。

毛利軍の陣旗が山肌を埋め尽くし、足守川を挟んで、対岸に陣を張る羽柴秀吉の二万の軍勢と、正面から固く対峙する格好となったのである。


西国最大の二大勢力が、備中高松城というたった一つの城を挟んで、互いに殺気を放ちながら睨み合う――。

日本の歴史上、稀に見る大決戦の火蓋が、いままさに切られようとしていた。


されど、毛利軍の到着と時を同じくして、天候が不気味な変貌を見せ始めていた。

季節は五月を前にして、例年になく早い梅雨の気配を漂わせ始めていたのである。

空は低く垂れ込め、ねっとりとした生温かい湿気が足守川の低湿地帯に立ち込め、連日のように冷たい春雨がしとしとと大地を濡らし始めていた。


夜、毛利本陣の高台に立った恵瓊は、雨の煙る暗闇の向こうを見つめていた。

足守川の対岸には、羽柴秀吉の陣営から焚かれる無数の篝火が、まるで不気味な赤い目の群れのごとく揺らめいていた。

そして、その川の中央、深い沼地の中にぽつりと佇む高松城の櫓からは、いまもかすかに命の灯火を示す煙が立ち上っていた。


あの中に、あの高潔で清らかな清水宗治がいる。

自分を信じ、「生きてまた酒を汲み交わしましょう」と笑ってくれたあの男が、いま周囲を包囲されて必死に持ちこたえているのだ。


「秀吉……お主は、次に何を開始するつもりなのだ……」

恵瓊は濡れた法衣の袖を固く握りしめ、雨の降りしきる闇に向かって低く呟いた。


前世の知識はすでに捨て去った。

されど、この足守川の地形、降り続く長雨、そして秀吉と黒田官兵衛という悪魔的な知謀を持つ男たちの存在――。

すべての条件が揃った時、どのような地獄が現出するか、恵瓊の全身の皮膚が恐怖で粟立っていた。


雨は止むことなく、足守川の水位をじわじわと引き上げ始めていた。

清水宗治の命を救い、毛利の家を守るための、安国寺恵瓊の真の命がけの戦いが、いまこの備中の地で始まろうとしていた。

暗闇の空から落っこちる雨粒が、恵瓊の頬を冷たく濡らしていった。

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