第6話 有能な家政婦長
「お姉さま、これは夢なのですか?」
金髪の女の子が、ちょこんと首を傾げて言った。
「お祝いのご馳走ですか? 食べても叱られませんか?」
金髪の男の子は、手を出したり引っ込めたりしながら言った。
木箱の上に置かれたいい匂いのするクリームスープと(木箱は当然ながらテーブルとしては狭すぎるので)、床に置かれた皿の上にある厚切りベーコンと、ダーナにむかれた新鮮な果物を、双子たちは青い目をまん丸に見開いて凝視した。
マリーは美味しそうな食べ物とダーナを見比べて「あの、大丈夫なの? わたしたちが食べてもいいの?」と小声で確認した。
ダーナは一瞬、悲しげな表情を見せたが、すぐに元の人形めいた無感情な顔つきに戻る。
「僭越ながら、朝食の添え物として用意いたしましたものです。お口に合うかわかりませんが、どうぞお召し上がりください」
湯気の放ついい匂いにこくりと喉を鳴らしながらも、三人はまだ手を出さない。双子たちは涙目になっている。
「あのね、ダーナ。うちにはあまりお金がね……諸事情によってね、そのね」
ダーナはマリーの言葉を遮った。
「こちらはクラスト辺境伯よりお預かりいたしました、準備のための資金から購入したものですので、代金の心配はございません。それよりも、冷めないうちに召し上がっていただけますと、用意したわたしとしてはありがたく感じるのですが。ちなみにわたしはすでに朝食を済ませているので不要です」
ダーナは『早く食べてください、ほら、ほら』と鋭い視線で三人を見た。
マリーは頷いた。
「そうなのね、さすがはクラスト辺境伯だわ。それでは遠慮なくいただきましょう」と双子に言った。
ケリーとヤリーは「いただきます」と声を揃えると、なかなかお目にかかれなかったミルクと野菜と肉が入ったスープを飲む。
勘のいいダーナが『この家に食器があるなどと思わない方がいい』と判断して、急遽市場で購入してきたカップに入れられている。そこに、固くなったパンをつけて食べると美味しいことに気づき、双子は笑顔でマリーを見上げた。
「お姉さま、パンが柔らかくなります」
「あったかくて美味しいです」
嬉しそうな双子を見て、マリーは「そうね、とても美味しいわね」とスープには手を伸ばさずにパンを食べた。
「お嬢さま。お昼ごはんは別にご用意いたしますので、ご自分の分はきちんとお召し上がりください」
マリーは「どうしてわかったの?」とダーナを見る。あとで双子に食べさせるために自分は我慢しようとしていたのだ。
ダーナは「わたしはベテランの家政婦長でございます。そのくらいわけなく見抜けるのですよ」と言って、マリーの手にスープカップを持たせた。
「食事を減らして体調が悪くなるとクラストさまに迷惑ですから。充分な栄養を摂るのも妻の義務ですよ」
ダーナの口調はかなり冷たい。
だが、いくら冷たく振る舞おうとも、ヤウェン家の三姉弟には通じない。親に見放された子どもたちは、悲しいことに、このくらいは当たり前のことだと感じるようになってしまったのだ。
「双子のご妹弟も、これからは辺境伯の身内になるのですから、痩せ細った身体では外聞が悪くなります。それは辺境伯にとってたいそう迷惑です。援助していただく恩を忘れないように、お食事はきちんとお召し上がりください。ご理解いただけましたか?」
双子はこくこく頷いて、小さな口で懸命にベーコンを噛んだ。燻製された肉から美味しい味が溢れてくるので、感動でちょっと鼻息が荒くなっている。
「ごゆっくり召し上がっていただいて大丈夫ですが、食後のお茶を済ませましたらこのお屋敷の中を案内していただいてもよろしいでしょうか?」
マリーは「もちろんよ。でも、お茶は……無理かな」と寂しく笑った。
「本当なら、ケリーとヤリーに早いうちからお茶のお作法を教えておきたいのだけれどね、うちにはお道具が……」
「諸事情でございますね、存じ上げております。すでに手配いたしましたからご心配なく。その他にも、これから辺境伯と随行者の部屋を用意させていただきます。しばし騒がしくなりますが、ご容赦くださいませ」
「お部屋を?」
「辺境伯はこちらに一泊されて、明日、お嬢さまと共に馬車でご帰還されるとお聞きしております」
「まあ、そうなのね」
マリーは『初耳だわ。うちの客間は何もないから、準備が大変そうね』とダーナに同情した。
「わたしにお手伝いできることがあったら言ってね」
笑顔でマリーに言われて、ダーナは『えっ、まさか、働く気ですか?』と戸惑った。
「い、いえ、お嬢さま方はゆっくりとおくつろぎください」
その時、玄関のベルが鳴ったので、ダーナは「お食事をお続けください」と言って部屋を出て行った。
三匹のリスのように、三人は美味しい美味しいともぐもぐしていたのだが、屋敷の中に誰かが入って来た気配を感じて顔を見合わせた。
「お姉さま、今日はお客さまが多い日ですね」
「多い日ですね。昨日まで誰も来なかったのに不思議ですね」
「そうね、ダーナが出迎えてくれるから、わたしたちは朝食を楽しみましょうね」
三人は『なんて美味しいごはんだろう』とありがたく朝食を食べた。マリーは『こんな風に一緒の食事ができるのも明日までなのね』と思うと目に浮かんでしまう涙を、双子に見えないように急いで瞬きして乾かした。
「失礼いたします。マリーさま、ケリーさま、ヤリーさま、こちらは新たに雇いました。メイドが二名に雑用係が一名です」
ふたりの年配の女性とひとりの初老男性が、ぺこりと頭を下げる。
「通いの使用人になります。夜間はわたしと、この後到着するエルクという者がおりますので、ご安心くださいませ」
「そう。よろしくね」
マリーが笑顔で声をかけると、貴族間の悪評を耳にしているメイドたちは戸惑った表情で、男性は可愛らしいお嬢さまだと感心しながら、また頭を下げる。
ダーナたちは仕事が山積みらしく、挨拶を終えるとすぐに部屋を辞した。そして、ワゴンにティーセットを乗せて戻ってきた。
「わたしがお淹れしてもよろしいですか?」
「お願いするわ」
上手に淹れられた食後のお茶を飲みながら、ケリーとヤリーは『うちに天国がやってきたのかもしれない』と夢見心地になり、迫る別れのことをしばし忘れたのであった。




