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天使で悪女なマリーさん、猛禽紳士にお嫁入りする。  作者: 葉月クロル


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第5話 マリーさんと双子とごはん

 クラスト辺境伯がお金を持ってやってくるらしいので、マリーは手持ちの銀貨の半分を放出して少し多めの食料を買い込み、双子たちと一緒に夕食を取った。

 ろうそくを節約するために早めの時間に食べて、あとは一緒のベッドで眠る。今は掛け布団がひとつしかないためだ。


 ケリーとヤリーもマリーと同じように金の髪に青い瞳をしている。お姉さまとお揃いということで、双子はとても満足していた。


「クラスト辺境伯は、中古でもいいんだけど、寒くなる前に冬用の布団を買ってくれるかしら?」


 布団にもぐるマリーは、自分が輿入れした後に残される双子の心配をした。


「お姉さま、それはどちらさまなのですか?」


「新しい『親切なお友達』ですか?」


 ケリーとヤリーにそう尋ねられて、マリーは一瞬、『親切なお友達』にされた仕打ちを思い出して鼻にしわを寄せた。皆、すべての罪をマリーに押しつけて、何食わぬ顔で婚約者といちゃいちゃしているはずだ。


 けれど、そのような生臭い現実を純真なこの子達には知られたくない。マリーはにこやかに「いいえ違うわ。その方はね、お姉さまの婚約者なのよ」と教える。


「急な話だけど、お姉さまは遠くの地にお嫁入りすることになったの。でもね、クラスト辺境伯がこの屋敷に使用人を入れてくださるから大丈夫よ。ジェンマも腰が治り次第戻ってきてくれるわ」


「お姉さまが……」


「遠くに……」


 物心ついた頃から実の母親に捨てられていた双子は、姉であり育ての母でもある、優しくてあったかくて読み書きを教えてくれる賢い教師で、とにかく自分たちの生活のすべてであるマリーがいなくなるという話を聞いて、たいそう衝撃を受けた。衝撃が強すぎて、ふたりは何も言えずにぶるぶる震えて、マリーの身体にしがみついた。


「あらあら、ふたりとも甘えん坊さんね」


 マリーも涙をこらえて抱きしめ返した。


(悲しい顔を見せてはいけないわ。きっと何もかもが上手くいくと信じて、最後まで笑顔でいなくちゃ)


「クラスト辺境伯はたいそうお金持ちでいらっしゃるそうだから、これからは食べ物もたくさんもらえるはずよ。できれば家庭教師も手配したいの。ケリーとヤリーはお勉強をたくさんできるようになりますからね、お姉さまの分もがんばるのですよ」


 この双子はとても賢く、マリーの教える読み書きと簡単な計算を楽しんで学んできた。マリーは『こんなにも才能が溢れる子どもたちなのに……満足に勉強をさせてくれないお父さまとお母さまが恨めしいわ』と、日頃から両親に強い不満を抱いていた。


「お姉さま、行かないで」


 幼い妹が、かすれた声で言った。


「ヤリーはごはんが少なくてもかまいません。お姉さまにここにいて欲しいです。遠くなるのはいやです」


「ケリーも、ごはんよりもお姉さまがいいです」


 幼い弟は「だから僕たちを捨てないで……」と涙声でマリーにしがみついた。


「そんな、捨てるだなんてとんでもないことよ! お姉さまはね、世界で一番あなたたちが大切なの。ケリーとヤリーのためなら世界を敵に回してもかまわないほどなのよ」


 実際、彼女は貴族社会を敵に回してしまったのだが、まったく後悔はしていない。悪女だのなんだのという悪口など、好きなだけ言わせておけばいいのだ。


「それなら遠くに行くなんて言わないで」


「ずっと一緒にいて。置いていかないで」


「ああ、ケリー、ヤリー!」


 マリーだって、連れて行けるものならばクラスト領に双子を連れて行きたい。けれど長男のケリーはヤウェン男爵家の跡取り息子だし、女の子のヤリーはマリーと同じようにヤウェン男爵の所有物なのだ。父親の決めた通りに政略結婚をして、ヤウェン男爵家に利益をもたらすための道具に過ぎない。

 最初から自由などないのだ。


 三人は、声を殺して泣いた。

 哀れな子どもたちは、諦めることを知っていたし、大きな声を出すとおなかがすくことも経験からわかっていた。

 だから、しっかりと抱き合いながら、もうこんな温かな夜は来ないのだと絶望しながら、静かに泣いた。


「ケリー、ヤリー、しっかりと学ぶのですよ。それは生き抜くための力になるのです。わたしにお金を儲けられるほどの知恵と知識があれば、こんなことにはならなかったかもしれないわ、ごめんなさいね」


「お姉さまは悪くないのです」


「たくさんお勉強して賢くなって、いつかお姉さまを迎えに行きます」


「待っててください」


「待っててください」


「……ん、待って……る、待ってるからね……」


 最後の夜は静かに更けていった。





 翌朝、少々腫れぼったい目をしたマリーは目が覚めるとすぐに身支度をして、貴族専用の井戸で水を汲んできた。本来ならば使用人が汲みにいくのだが、今のヤウェン家にはマリーたち三人しかいないのだ。最初はほんの少ししか持って帰れなかった水も、今では飲用の他に顔を洗えるくらいは持ち帰れる。

 貴族の令嬢なのに、日に日にたくましくなっていくマリーであった。


「さあ、顔を綺麗にしてね。朝ごはんにしましょう」


 双子は自分で着替えると、濡れた布で顔を拭いて髪を撫でつけた。

 しばらくお風呂に入れていないので、かなり垢じみている。マリーは『こんなことなら行水をしておくんだったわ……あっ、使用人が来たらお風呂を沸かしてくれるわね!』と笑顔になった。


 水とパンだけの質素な朝食を取ろうとした時、玄関のベルが鳴った。


「まあ、こんな朝早くにお客さま? まさかあの人たちが帰ってきたんじゃないわよね」


 マリーは両親のことをいない方がマシだと思っているし、事実そうであった。


 玄関のドアを開けると、そこにはまだ三十前くらいの女性が立っていた。


「早朝より失礼いたしました。こちらはヤウェン男爵のお屋敷で間違いございませんか?」


「ええ、そうだけど……どちらさま?」


「わたしはクラスト辺境伯より遣わされた、この屋敷の新しい家政婦長ですわ。名前をダーナと申します。マリーお嬢さまでいらっしゃる?」


 あまり表情がないために冷たい印象を与える女性は、名前を名乗ると緑色の瞳をきらりと光らせてマリーを見た。

 マリーはドアを大きく開いてダーナを迎え入れた。


「そうよ、わたしがマリーよ。ああ、よくいらっしゃったわね! 朝食はお済みかしら? わたしたちはこれからいただくところなのよ、よければご一緒にいかが?」


 屋敷の令嬢に朝食に誘われたダーナは、眉をひくひくさせた。そして「わたしはけっこうでございますが、よろしければ給仕をさせていただきますわ」と、大きな荷物を持って屋敷の中に入った。


「あ……そんなにたいした朝ごはんじゃないのよ」


「とりあえず、荷物はこちらに寄せさせていただきます。お食事を遅らせるわけには参りません。ダイニングルームはどちらでございますか?」


「ええとね、諸事情でダイニングルームは使っていないの」


 テーブルも椅子もとうに売り払ってしまい、単なるだだっ広い部屋と化しているからだ。


「それでは、お嬢さまのお部屋でございますか? 失礼ながら、男爵ご夫妻は」


「留守よ。両親はほとんど不在なの。さすがに今日は戻ってくると思うけれど」


 男爵夫妻の部屋も、家具を売り払ってしまい以下同文、である。


「厨房は使えますか?」


「……ええとね、諸事情でね」


「お茶を淹れたい場合には、どのようにすればよろしいのでしょうか」


「ええとね、淹れるのは無理かな? 道具もお茶の葉も諸事情で……」


 ダーナは激しく眉をひくつかせてから、なんとか「では、朝食の席にご案内いただいてもよろしいでしょうか?」と口にした。


「ええ、もちろんよ。こちらにどうぞ」


 マリーは使用人が来たのが嬉しくて、スキップしそうな勢いで廊下を歩き、ダーナの眉をひくつかせた。


「ここがね、わたしのお部屋よ」


 迎え入れられた部屋には、金髪に青い目が美しい幼い男の子と女の子がいて「お客さま?」と口を揃えて言った。


「こちらはダーナよ。我が家の家政婦長になってくださる方よ、よかったわね」


 双子は顔を見合わせると「もしかして、ごはんをくださる方でしょうか?」と、またしても揃えて言った。


「ええ、そうよ。ダーナ? どうかしたの?」


 新たな家政婦長は、マリーの部屋を見て硬直していた。


 粗末なベッドに薄い掛け布団……まではまあ良い。

 部屋に張られたロープに、大小の服と洗濯された下着までがぶら下がり、木の箱の周りにはボロ布がみっつの塊になって置かれている。


 木の箱の上には、固そうなパンと水の入ったカップ。

 それ以外の食べ物はない。


「これは……この状況は……想定外です……」


 ダーナは絶句していた。


「ケリー、ヤリー、おなかがすいたでしょ? 朝ごはんをいただきましょう。ダーナ、よかったらわたしと一緒にパンを食べない?」


 うふふ、と可愛らしく笑いながら小さなパンを割る美少女と、「お客さまです、楽しいです」「みんなで食べると美味しいですね」ととても嬉しそうな幼い双子を見ていたダーナの胸が、どういうわけか急に苦しくなった。


「お、お嬢さま」


「座るところが足りないわ」


 マリーはパンを置くと、ボロ布の塊に手を突っ込んで、器用に四つの山に変化させた。どうやらダーナが座る場所を作ってくれたらしい。


「ダーナの髪、素敵。どうやったのわかりません」


 ヤリーは焦茶色の髪を三つ編みにして、ぐるっと頭に巻きつけたダーナの髪型に感銘を受けたらしい。


「ダーナがやったのですか? すごいです」


 キラキラ光る尊敬の眼差しを正面から受けて、ダーナの胸は立っているのが困難なくらいに痛み出した。


「くうっ!」


 うめき声をあげると、新たな家政婦長はポケットから手帳と鉛筆を取り出して、すごい勢いでなにかを書きつけた。そして「お嬢さま、わたしは買い物をして参ります。すぐに戻りますが、先に朝食を召し上がってくださいませ」とマリーに言った。


「急ぎの買い物なの?」


「緊急の買い物です」


「わかったわ。気をつけて行ってらっしゃいな」


「ダーナ、気をつけて」


「馬車に気をつけて」


 三つの金髪頭に見送られたダーナは、小走りで屋敷を出た。そして「話が違いますわ! 今夜、フレッドさまがお泊まりになられるからその用意をしろと言ったアラン! その前にやることがありすぎでしょう!」と叫びに似た独り言を言った。


 そして市場に行くと、手帳にメモをした温かいスープの入った壺や厚切りの炙りベーコンや果物を買い、急いで屋敷に戻ったのであった。


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