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天使で悪女なマリーさん、猛禽紳士にお嫁入りする。  作者: 葉月クロル


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第4話 わたしの夫になる人

 妙にふわふわした足取りで自分の部屋に戻ったマリーは、机の代わりに使っている木箱に貴族名鑑を載せて、自分はシミがついて庶民にも売れそうにない古いクッション(とマリーは言っているが、ボロ布の塊)に腰を下ろした。

 マリーの部屋にはもう、薄い布団が乗ったベッドしか残っていない。ドレスをかける衣装ダンスもないために、部屋にはロープが張ってある。服はそこに引っかかるのだ。

 粗末なマットレスの下は、両親から隠してある銀貨が数枚並んでいた。これが三姉弟の最後の命綱だ。


「クラスト領の辺境伯……って言ってたわよね。ええと、どこに書いてあるのかしら……クラストさーん、クラス、あらあったわ!」


 本を開いてページをめくると、予想以上にすぐクラスト辺境伯の名が現れたので、マリーは驚いた。


「びっくり。大物じゃないの?」


 ガスラクト国にとって重要な人物ほど前のページに載っているので、彼女の婚約者はかなり地位が高く高名な人物だと思われる。


 この本には、人物の人となりまでは書かれていなかったので、「ハンサムかどうかも書いてないのね」と言いながら、マリーはクラスト家の簡単な歴史と、領地の場所や特徴を頭に入れようと熟読した。


「とても重要な領地を任されている偉い人なんだわ。魔物が出るのね……ヤウェン領にはいなかったから、どんなものかよくわからないけど。お歳は三十一なのね。ふうん、お母さまはものすごいお金持ちだって言っていたし……お金を積んでわたしを買おっとっととと、わたしったら! また物事の表面だけ見てしまうところだったわ」


 マリーは「いけないいけない」と言いながら、自分の頭をこつんと小突き、ペロリと舌を出した。

 見事なテヘペロである。


「借金を肩代わりにする代わりに、わたしを妻にする……そう聞くと、お金で人を買おうとする悪い人のように思えたけれど」


 ずばり、その通りの人物である。


「偏見を持たずに考えてみましょうよ。そうね、クラスト領はとっても田舎の方にある辺境だから、きっとお嫁さんになりたいっていう人が少ないんだと思うの。貴族の皆さんは、おしゃれをしてかっこいい男の子と一緒に華やかな夜会に参加するのがステータスだものね。お嫁さんが見つからないクラスト辺境伯は、きっと若くて可愛いわたしと結婚できたらいいなって考えたんだわ。こんなにお金持ちの人が三十一歳まで独身ということは、そういうことよ。彼はすごく若い子が好きなのよ!」


 必死で頭を使おうと努力すればするほど、話が明後日の方向に行ってしまう残念な女の子、それがマリーであった。


「で、若くてぴちぴちのわたしを見染めたのはいいけれど、うちの実家にはお金がなくてわたしをお嫁に出せないと言われた。ならば、援助すればいい。そう考えたのね!」


 マリーは「やだ、情熱的な方じゃない? 学園にあった恋物語の小説に出てくるような男性ね。ちょっとおじさんだけど、お金持ちなら許されるわ」と、上から目線で納得した。

 ちなみにこの国の貴族は、充分な財産を持ってから結婚することが多いため、歳の差婚は当たり前のことなのだ。


 マリーは「よかったわ、この縁談はそんなに悪いものではないみたい」と肩の力を抜いた。


「クラスト辺境伯は、この屋敷に管理人を連れてくるはずだって言ってたわよね。その人にケリーとヤリーのことをお願いすれば、あの子たちのごはんはなんとかなりそうだわ。もしかすると、彼は子どもが好きかもしれないし。双子は素直で可愛いから、気にかけてくれて、あの子たちが勉強できるようにしてくれると助かるわね」


 マリーは自分にあまり学がないことを気にしていた。

 昔はまだよかった。父方の祖父であるジェームスは、引退してからも領地や息子の行動に目を光らせていたので、男爵家はそこそこ裕福な状況であり、ヤウェン領にいた頃には祖父が家庭教師も手配してくれた。


 その頼りになる祖父が三年前に事故で亡くなってから、すべてがおかしくなったのだ……。


 祖父の死とともに両親に放置されてしまったマリーは、貴族としてのマナーや知識が足りてない状態で学園に入学した。そして『おバカさんなところがあるけれど、ちょっと不思議な可愛い女の子』として妙に人気があったのだが、マリー自身は『もっとちゃんと勉強してから学園で学びたかった』と辛い思いをした。

 そして、ジェンマと力を合わせて、母親に放置されていた双子を健やかに育てようとしてとても忙しかったため、王都に来てからも学園での学習時間も充分に取ることができなかった。

 男爵家の財政が傾いてからは、なんとか小銭を手に入れてそれで食料を買わねばならず、放課後は金策の毎日だった。

 幸い手先が器用だったので、『親切なお友達』に貰ったドレスを(さすがにそのまま売ると足がつくので)分解してリボンやレースや飾りボタンを使ったアクセサリーを作って売ったり、シルクの生地に刺繍をしてハンカチーフにして裕福な庶民の店に卸売りして、三人の子どもとジェンマが食べていけるだけのお金を手に入れていた。


「わたしがもっと頭が良ければ、お金儲けができたのに……」


 弟と妹にはこんな思いをさせたくない。ふたりにはしっかりと勉強をさせて、ヤウェン家から離れても自活できる力をつけてやりたいと考えているのだ。


「明後日、辺境伯に会えるわ。その時に、双子のことをよくお願いしてみよう。若くて可愛い新妻の頼みなんだもの、きっと聞いてくださるはずよ」


 ネグレクトされていた割には自己評価の高いマリーは「安心したらおなかが空いちゃったわ。もともと空いていたけどね! さあ、残しておいた綺麗なボタンを売って、食べ物を買ってこようっと」と、両親に見つからないように屋敷を抜け出したのであった。

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