第42話 王宮へ
側仕えのアランとレベッカ、そしてマリーのボディガードであるカトレアを伴って、フレッド・クラスト辺境伯は王宮からの迎えの馬車に乗り込んだ。
「レベッカは披露宴に出られないの?」
フレッドが先ほどから親の敵でも見るかのように馬車の外を睨みつけているので、マリーは『フレッドが緊張? ありえないわ……』などと思いながらいつもクールな側仕えに尋ねた。
「はい、出席は叶いません。ですが、会場を見渡せる場所で待機しておりますので、なにか不都合がございましたら即、対応させていただきます」
「それは心強いわ」
彼女は「畏れ入ります」と主人に頭を下げた。
レベッカはクラスト領から離れることもあまりなく、王都に来たのはまだ親と暮らしている頃に一度だけであった。だが、現在の王都の状況と『フラワーズ』の活動(マリーの側仕えの仕事をするためには、影の存在についても知る必要があるのだ)について、すでにカトレアと情報を共有しているためか、王都に不慣れな若い令嬢にしては落ち着いている。
レベッカについての評価をカトレアから聞いた『フラワーズ』の長であるサイネリアが「なかなかの逸材ね。なぜ今まで気づかなかったのか不思議だわ。うちに欲しいけれど、奥方さまのお世話の方が優先だから、仕方がないわ」と漏らしたほどである。
レベッカの内なる力と強さは、辺境の令嬢が持つにしては大きすぎたが、その溢れんばかりのパワーが『マリー萌え』から来ていることを、サイネリアは知らない。
推しを愛する彼女の熱い気持ちは、タフでパワフルなエターナルパッションなのである。
つまり、マリーと出会って花開いた、理解不能な謎の力であった。
フレッドの心をざわつかせるほどに美しいマリーは、不安と期待で胸を膨らませながら馬車に揺られて、何事もなく王宮に到着した。
今日の会場となるのは、国外からの賓客を迎えた時や、王家主催の大きなパーティーが行われる時に使われる、『旅の扉』が置かれる館からは離れた場所にある建物だ。
大勢の客人に対応し、大量の馬車を捌くスペースが備わっているので、マリーたちは時間通りに控えの間に入ることができた。
「あのね、フレッド」
彼女はなかなか目を合わせてくれない夫に話しかけた。
「もしかしたら、わたしのことを悪くいう人たちに、嫌な言葉をかけられてしまうかもしれないわ」
マリーは「気分を悪くさせたらごめんなさいね」と夫に謝った。だが、フレッドは、「なにを言われようと俺は気にしない。というか、俺が一番、面と向かっておまえに嫌な言葉をかけてきたんじゃないか?」と答えた。
「妙な評判を鵜呑みにした俺が間抜けで阿呆だったんだがな。すまなかった」
「いいのよ、それについてはもう謝罪してもらったしね。それに、お金持ちの男子学生たちからのプレゼントを受け取ったのは事実だわ」
「身分が上の貴族からのプレゼントを断ったら、マナーに反するしな」
「ええ、それもそうね。正直、あれを売り払って食べ物を手に入れていたおかけで双子たちを飢えさせることはなかったから、反省はしているけれど後悔はしていないのよ」
フレッドはくくっと笑って「たくましいな」と目を細めてマリーを見た。
「おまえは今、辺境伯夫人だ。難癖つけるような輩は俺が潰しておくから安心しろ」
「夫だから?」
「そうだ。それに辺境伯の看板を汚されるわけにはいかないしな」
フレッドは剣呑に瞳を光らせた。貴族はとても体面を気にする。見た目は華やかであるが、舐められたら食いものにされる、陰謀渦巻く世界であるのだ。
「わたしもがんばるわね。売られた喧嘩の買い方も先生方に習っているのよ」
「武道の教師が、か?」
「ううん、マナーの先生」
「マナーだと?」
「貴婦人は自分の品位を落とすことなく、言葉で相手を叩き潰すんですって。難しいけれど、だいぶ上手になってきたのよ」
「それは……俺の知らない世界だな、うむ」
フレッドは『貴婦人とはかくも恐ろしい存在なのか! マリーが社交界で生き抜くためには必要な技術なのかもしれないが、そちらの才能はあまり伸ばさないで欲しいぞ。美味い果実を取るために木に登る牧歌的な生活をしてもらいたいものだ……』と、魔物を前にした時以上にビビりながら考えた。
やがてクラスト辺境伯夫妻の入場の時間が来た。
国王がホストであり彼らは主賓なので、一番最後に入場するのである。
「レベッカさん、わたしは先に会場で待機している。あとはよろしく」
「わかりました、カトレアさん」
カトレアが出て行ったので、アランが先導し、レベッカがマリーの後ろからついて会場まで送り届ける。
その後、レベッカは貴婦人の側仕えたちが待機する場所に移動して、マリーの様子を見守ることになる。アランは会場の壁際に用意された、男性の待機場所で護衛たちと共に目を光らせるのだ。
基本的に、王宮には護衛兵や近衛騎士たちがいるので、各家の護衛は不必要だ。とはいうものの、どこの貴族家でも腕のたつ側仕えを控えさせていた。
「それでは、クラスト辺境伯夫妻のご入場です。皆さま盛大な拍手をお願いいたします」
高らかと紹介されて、マリーをエスコートしながらフレッドは躊躇うことなくホールに入った。
国王が玉座に座って『甥のフレッドに思うところのある貴族はおるまいな?』と会場を観察しているので、彼らは全力の拍手で迎えられた。
それと同時に、マリーを目にした者たちからため息混じりの感嘆の声が漏れた。
「なんと、美しい……噂以上の美しさだ」
「あの方は評判の悪い悪女でしたわよね? 全然そうは見えなくてよ。むしろ、天使のようにお綺麗だわ」
「あの素晴らしいアクセサリーを見て。なんて素晴らしいお石があしらわれているのかしら! あれほどのものを贈られるとは、クラスト辺境伯は本当に奥方さまのことを思っていらっしゃるのね」
「なんたる愛らしさだ。あのような女性を悪女だなんてよくも言えたものだな。相手にされなくて、恨みを持ったからなのではないか?」
マリーは自分たちに注目が集まっているのを感じ、特に女性の視線を強く感じていた。愛らしいマリーの姿に目を奪われた、綺麗なものや可愛いものが大好きなご婦人たちからのものだったのだが、彼女は誤解をした。
(どうしよう、礼服を着たフレッドがかっこいいから、きっとみんなが狙っているんだわ。駄目よ、この人はわたしの夫よ、渡さないんだから!)
マリーはフレッドの腕にかけた手にぎゅっと力を入れて、胸を張りながら堂々と歩く。威嚇をしているつもりなのだが、可愛いだけであった。




