第41話 禁断の果実
大好きな推しを着飾るという至高のお仕事をもらったレベッカは、鼻息が荒くなりそうな興奮を抑えて、果敢にもポーカーフェイスの冷静な側仕えという仮面をかぶり続けている。
ヤウェン男爵家の使用人と共にマリーに花嫁衣装のドレスを着せて、髪をコンパクトに結う。既婚女性の落ち着きと上品さ、そして美しい金髪を輝かせるカールや編み込みなど、複雑で手の込んだ細工を施して結った髪には、小さな白い薔薇とパールが飾られている。
(かっ、かわゆいいいいいいーっ、マリーたん最高過ぎる尊みに溢れてざばんざばん情熱の青い波がわたしの心ごと攫っていくううううううーっ)
レベッカは歓喜を表に出さないように心がけて、震える手でアクセサリーを付ける。淡いブルーがほのかに光を放つネックレスとイヤリングは、極上の魔石を加工して作られた特別な宝石とダイヤモンドを組み合わせたもので、もちろんフレッドが倒した魔物の魔石が使われている。
マリーのミルクのような白い肌の上に収まり輝くアクセサリーは、とても美しく目を惹くものであったが、それよりも見る者の目を捉えて離さないのは、唇に紅をさし、幸せを噛み締めて頬を染めるマリーの微笑みだった。
「奥方さま、お美しいです。もう言葉もございません……」
身支度が完成して立ち上がったマリーを見て、皆はほうっと息をつく。
「この世のものとも思えないほどの、可憐で艶やかなお姿でございますわ」
「フレッドさまも、きっと奥方さまに魅入られておしまいになるでしょう」
「うふふ、そうだといいのだけれど」
そこへ、双子たちを連れたジェンマがやって来た。披露宴に出席できないので、晴れ姿を見てもらうために呼んだのである。
「うわあ、お姉さま! お姉さまなのですか! お綺麗です!」
「絵本に出てきた妖精のお姫さまみたいです。空を飛べるのですか?」
双子たちは歓声をあげ、彼女を小さい時から知っているジェンマはハンカチで目元を押さえながら「ああ、マリーお嬢さま……とてもお美しくなられて……どうぞお幸せに……」と肩を震わせている。
「ありがとう。この日のために鍛えてきたダンスの腕を見せられないのは残念だけど、フレッドをあっと言わせてくるわね」
むん、と力こぶを作ったマリーを見て、皆はいっせいに「?」となる。
「はい、日頃の鍛錬の成果をとくと拝見させていただきますわ。奥方さまなら勝てます!」
レベッカだけは、マリーと同じようにむん、と力こぶを作る。
さらに「???」となった双子たちと大人たちは『いったいなんの勝負が始まるのかな。もしかすると、クラスト領ならではの結婚の風習かもしれないな』と、マリーの鍛え上げられた腕に感心したのであった。
「ちなみに、空は飛べないわ。今は」
『いつか飛ぶんかい!』という突っ込みを口にする者はいなかった。
「やれやれ、面倒なことだな」
黒い生地に金色の刺繍が施された礼服を着たフレッドが「人を見世物にして、なにを企んでいるんだ」とアランにぶつぶつ文句を言う。
「可愛い甥っ子の結婚を祝いたいという、親切心じゃないですか」
「どうだかな」
どうやらガスラクト国王は甥っ子にあまり信用されていないようだ。
「社交の場にマリーを引っ張り出して、そこで息子に謝罪でもさせる気か? いや、それはないだろう。王家の体面に傷がつくからな」
「けれど、後からバレたらハインリヒ第一王子の不名誉がつのりますよ。やっちまったんだからどうにもならない、早めに片をつけるというのは得策だと思います」
「あの第一王子、大丈夫なのか? あんなのが次期国王になるなんて、この国も終わりかもしれんぞ」
「ですよねー」
フレッドは半ば本気で「クラスト領を独立国家にするか」と呟いた。
そこへ、用意を終えたマリーが「お待たせしてしまったかしら」と現れた。
「あら、フレッドの服はかっこいいわね。それはクラスト領の騎士服なの?」
「クラスト家の、正装……だが……」
「うっわー! 奥方さま、めっちゃくちゃ綺麗じゃないですか! これはすごいなあ、クラスト領の木に登っていた人と同じ人物とはとても思えないよ」
アランは感嘆したが、フレッドはそれどころではなかった。
豪華で繊細なドレスに身を包んで着飾ったマリーは、あまりにも美しかったのだ。そして、結い上げた髪のせいで、白いうなじが無防備に視界に入る。
フレッドは、艶めかしい白さから目が離せなくなっていた。
彼はマリーのことを、人としてとても好ましいと感じていた。明るく責任感があり、物おじせずに誰とでも仲良くなれる、優しく芯のある女性だと思っていた。だが、心のどこかで大人が庇護すべき子どもだとも感じていた。
だが、今の彼女には女性としての吸引力があり過ぎた。
独身の女性は、髪を必ず下ろしている。結い上げるのは伴侶のいる者に限られている。禁断の白い首筋は、それを守る男がいない場合には見せてはならないものなのである。あまりにも魅力的過ぎるからだ。
フレッドは本能的に惹かれ、男としての目でマリーを見てしまい、その魅力に抗えなくなりそうであった。
「ちょっとアラン、それは褒めているの? それとも……」
マリーが小走りでフレッドの前に来たので、アランは「もちろん褒めているんですよ、本当ですってば」と言いながらこちらも小走りで逃げ出した。
上気した面持ちのマリーは潤む青の瞳でまっすぐにフレッドを見た。
「ねえ、似合う? このネックレスに付いている宝石は、フレッドが倒した魔物から取れたものですってね。どれだけ大きな魔物を倒したのかしら? 驚くほど輝いて、とても素敵な石だわ」
「ああ、そうだな……確か、白豹だった……」
フレッドの手が伸びて、指先がマリーの首筋をすっと撫で下ろしたので、彼女は小さく「きゃっ」と言った。
(俺はなにをしているのだ!)
フレッドは指を炎で炙られたかのように、慌てて引っ込めた。
「すまん!」
「もう、急にどうしたの? 驚いたじゃないの」
「その、ゴミが……付いていた……」
視線を逸らしたフレッドがもごもごと言った。
「あら、どこで付いたのかしら? 他には付いてない?」
マリーは夫の言葉を疑うことなく、これでもかとうなじを見せつけてくる。もちろん、ゴミが付いていないかをフレッドに確認してもらおうと思っただけなのだが、フレッドの方は内心に渦巻く煩悩に倒されそうで大変である。
この白いうなじに唇を這わせて、滑らかさを感じてみたい。それが許されるのは世界にただひとり、夫であるフレッドだけなのだ。
そう、マリーは彼の正式な妻なのだ。
もう子どもではない。
そうだ、後継ぎを産みたいと話していたではないか!
国王にも認められた妻なのだ。
この女性のすべてを、自分のものにして……。
「いかんっ」
フレッドは両手で激しく頭をかき回した。そして離れたところでにやにやしているアランに「ちょっと俺を殴ってくれ」と頼んで「フレッドさま……控えめに言いますが、頭が煮えちゃいましたか?」と白い目で言われたのであった。




