第38話 双子たちとの再会
「もうすぐうちに着くわ!」
ヤウェン男爵家が近づき興奮気味のマリーが窓から身を乗り出そうとしたので、フレッド・クラスト辺境伯は彼女の腰に腕を回して「よせ、落ちる」と引き寄せた。
その時、ちょうど馬車が揺れたので、マリーは「きゃっ」と言いながら彼の膝にちょこんと座ってしまう。
ふたりはしばし顔を見合わせた。
「重い?」
「軽い」
「おろして」
「断る」
「フレッド、わたしは子どもじゃないわよ。膝に乗せるなんておかしなことよ」
「子どもより落ち着きがないくせに、生意気を言うな。もう着くまでこのままでいろ」
「えー」
「俺の目の前で妻が馬車から転げ落ちたら、俺の立場がなくなるし評判が悪くなる。国王陛下になんと言い訳をすればいいんだ」
「評判よりもわたしの心配をしてよ!」
頬を染めたマリーと冷静さを保つフレッドは、そんなことを言い合う。
それを見ていたカトレアとレベッカは、ポーカーフェイスを保った。
『これはフレッドさまの策略なのか、それとも偶然なのか。偶然だとしたらフレッドさまはとても運が強い』『きゃあああああ、ちょこんとお膝に座って真っ赤になるマリーたんが可愛い可愛いご馳走さまです!』という内心はまったく漏らさない。
カトレアなどは、余計なことを口走りそうになるアランの口を素早く塞ぐ余裕すらある。
「……ぷはっ、なに、カトレア、俺を殺すの? 俺なんかした?」
「気にしないで。なにかする前に止めただけだから」
「もっと穏便にして、冷静に息の根を止めるのはやめて」
こちらも仲良しであるようだ。
やがて馬車は止まり、馭者が扉を開けて「到着しました」と声をかけた。大きな馬車なので車高が高く、ご婦人が降りやすいようにと小さな階段をセットしてくれてある。
フレッドが先に降り、マリーに手を差し出した。
「そら、転ぶなよ」
マリーは上の空でフレッドにエスコートされて、馬車から降りた。
「お姉さま!」
「お姉さま!」
待ちきれずに玄関の外で待っていたケリーとヤリーが、マリーに向かって駆けてきた。
「ケリー、ヤリー!」
マリーも駆け出して屈むと、胸に飛び込んでくる双子たちをしっかりと受け止めて、抱きしめた。
「お姉さま、会いたかったです」
「お姉さま、お姉さま」
マリーは双子たちに会ったら言おうと思っていたことがたくさんあったのに、胸が詰まって声が出なかった。ただ、青い瞳から涙をこぼしながら、小さな弟と妹を抱きしめた。
久しぶりに会うケリーとヤリーは、身体つきがしっかりしていて肌艶も良くなって、まさに健康優良児という満ち足りた子どもになっていた。マリーは「ふたりとも、すっかり立派になって……」と声を詰まらせながら、ふたりの頭を撫でる。
「背も少し伸びたのかしら? ふたりとも、ごはんをたくさん食べられているのね」
「ダーナがごはんをくれます」
「おやつもくれます」
「そう、よかったわ」
乳母のジェンマが、涙を拭きながらマリーに声をかけた。
「マリーお嬢さま、ご無沙汰をしておりました」
「ジェンマ! 戻ってきてくれたのね、ありがとう。腰の具合は大丈夫なの?」
「はい。ダーナさんがよいお医者さまを紹介してくださいまして、この通り、動けるようになりました」
「この子たちが健やかに育っているのは、あなたのおかげよ。いつもありがとう」
マリーは立ち上がるとジェンマを抱きしめた。
「お嬢さまも、お元気そうで、なによりもお美しくなられて……ジェンマは感無量でございます」
「うふふ、そう? クラスト領ではかなりお転婆をさせていただいているのよ」
くすくす笑いながら涙を拭う。
「お姉さま、とてもお綺麗です」
「お姉さま、物語のお姫さまのようです」
ケリーとヤリーが、マリーのドレスにしがみついてもう離れまいとしながら、蕾がほころんで艶やかな花を咲かせた姉を褒めたたえた。
そんな涙の再会を、少し離れたところからフレッドが見守っている。アラン、カトレア、レベッカはエルクとダーナと共になにやら打ち合わせをして、荷物を屋敷内に運び込んでいる。今回は披露宴を前にした滞在なので、使用人たちはやることが満載なのだ。
ジェンマはフレッドに気づくと深々と頭を下げた。
「これはクラスト辺境伯さま、大変失礼をいたしました」
だが彼は「そんなに畏まらんでも、とって食ったりはしないから気楽にしろ。泊まるところさえあれば俺は満足だからな」と肩をすくめ、そのままひとりで屋敷内に入ろうとした。
それに気づいたエルクが進み出る。
「フレッドさま、わたしがご案内いたします。ちなみにヤウェン夫妻は軟禁……お部屋にて毎日ごゆるりとお過ごしいただきますので、お気遣いは無用です」
「そうか。奴らはまったく改心した様子がなさそうだから、マリーに会わさんでもいいかと思う」
「同意いたします」
エルクはヤウェン男爵家の家令ではあるが、忠誠を誓うのはあくまでもフレッドなのである。
「もう家督をケリーに譲らせてしまえ。人手が要るなら『フラワーズ』から回せ」
「承知いたしました。早急に手配をいたします」
『現ヤウェン男爵を引退させて、まだ幼いケリーに男爵家を継がせる』という大事をあっさりと決めるフレッドに、これもまたあっさりとその始末を引き受けるエルクであった。
「改心、といいますか、あのふたりは自分たちが悪いことをしたとわかっていないようですね」
「そういう輩は手の施しようがない。毒とならんように隔離するか、処分するかしかない」
「継承が済み次第、処分いたしますか?」
「様子を見て検討する」
「御意」
こちらはかなり物騒な話をしているが、双子と女性たちは楽しそうに話をしている。ダーナがマリーの不在の間に双子がどう成長したのかを淡々と説明し、マリーがダーナに抱きついた。
「ありがとう、ダーナ、本当に感謝の言葉もないわ!」
「畏れ入ります。奥方さまには丁寧なお手紙の数々を頂戴いたしまして、恐縮しております」
エルクとダーナによる報告をフレッドに読ませてもらっていたマリーは、その度に丁寧なお礼状を書いてふたりに送っていたのである。
ダーナはもちろん、あまり関わりのないエルクも、これにはかなり絆されているようで、無意識にヤウェン男爵家の姉弟妹に肩入れするようになっていた。
その時、「お待ちください!」という声が聞こえた。
騒ぎの方向を見ると、質素な衣類を身につけた男女が玄関ホールに入ってくるところであった。
「おお、マリー! 我が娘よ!」
「マリーちゃん、帰ってきてくれたのね。お母さまを助けて頂戴、この人たちがとても酷いことをするのよ」
「こんな評判の悪い男と縁続きになるべきではなかった! わたしは正当なヤウェン男爵家の当主だというのに、自由を奪ったのだ。マリーよ、このような仕打ちをされている父と母を救うのだ」
マリーは顔を引き攣らせて、ヤウェン家の毒親、ヤウェン男爵夫妻を見た。




