第33話 お茶会
クラスト辺境伯家の敷地内に建てられたその小さな家では、世にも奇妙なお茶会が行われていた。
参加者は、マリー・クラスト十七歳、人妻。女子。
夫のフレッドから女性として見られていないとやきもきしている恋する乙女。
レベッカ・オール二十三歳、独身。
女子だが、今は男性よりも推しのマリーに夢中。
カトレア(仮名)二十歳、独身。
服装は女子で性別は男子で中身は無性。見た目が美しいので女子枠。
闇に生きる間者『フラワーズ』の一員なので、ハニートラップも得意。男性心理に詳しい。
扉、年齢不詳。性別はない。
子孫を残す本能もない。
ただそこに存在する不思議生物。たぶん、生物。
可愛いものが好きなので女子枠。
この、非常に微妙に判定された女子たちが、なんにもないだだっ広い部屋の真ん中に、『旅の扉』の本体である立方体からみょーんと伸びて作られた椅子に座って、お茶とお菓子が並んだみょーんと現れたテーブルを前にしている。
光源が『旅の扉』本体の青やら緑やらの光だけで部屋が薄暗かったので、レベッカが気を利かせて魔石で作動するランプを持参したのだが、それを見た扉が『まあ、光って綺麗だわ。これ、欲しいわ。ちょうだい』と言って抱え込んでいる。
「扉、フレッドさまはきっとくれると思う。今は真ん中にぶら下げておいて」
カトレアがそう言ったので、みょーんと伸びた触手の先にランプがぶら下がり、いい感じに秘密の会合の雰囲気を高めていた。
というわけで、お茶を飲みながら(扉は魔石を吸収しながら)の女子会が始まった。
マリーが簡単に生い立ちを話し、王都でなにが起きて悪女にされてしまったのかを説明し、可愛い双子のケリーとヤリーの自慢をしてから、目下の悩みを相談する。
「それでね、フレッドの顔がこーんなに近くにあったのよ!」
マリーは照れてきゃーっと言い、レベッカも「むっふん、それで?」と食いついた。扉は『顔と顔がそんなに近づくのは、確か恋人同士の男女に限るのよね』と、知識のストックをかき回して話についていこうとする。
「そうしたら、アランがキスしちゃえって言ったの!」
「アラン、なかなかのやり手」
カトレアが上品にクッキーをつまんで感想を述べた。
「だからね、わたしは目を閉じて、こう、フレッドを待ったわけよ」
「そっ、それで?」
クールな側仕えのレベッカも、お年頃の女性なので恋バナに興味津々である。
『それはキス待ちのポーズというのよ、わたしは知ってるわ』
ふふん、と知ったかぶりが激しいのは扉だ。
『ちゅー、とも言うわ。フレッドとちゅー、したのね』
「それが……してないの」
マリーは肩を落としてため息をついた。
「よほどわたしのことが嫌いなのか、子どもっぽくて女性として見られていないのか、そこまでしたのに、彼はキスしてくれなかったのよ。しかも、怖い顔をしてわたしのことを部屋から追い出したの! 今思うと腹が立つわ!」
「フレッドさまがそのようなことを……」
推しを否定されて、レベッカはひっそりと憤慨した。
彼女は『だからさっき、マリーたんは落ち込んだ様子だったのね。こんなに健気で可愛いマリーたんに手を出さないなんて、フレッドさまは頭がイカれているのかしら?』と眉根を寄せた。
ポーカーフェイスのレベッカにここまでさせるとは、フレッドは彼女をかなり怒らせたようだ。
『変なのー、夫婦なのにちゅーしないなんてフレッドはなにを考えているのかしら? だって、人間が結婚するのは、特に家を大切にする貴族は、繁殖するのが目的でしょう? ちゅーは繁殖の第一歩だとわたしは知っているわ』
「扉、繁殖言わない。ネズミがほこぽこ子どもを産むのとは違う。女子なんだから、もうちょっと言い方を考えよう」
『ちゅーだけにネズミ? あら失礼。そうね、わたしは大恋愛の末に結婚するという事例も知っているけれど、フレッドは妻が必要でマリーちゃんを迎えたのよね。子どもが必要なのよね。それならちゃんとマリーちゃんを口説いて、愛情を育てて、子どもを産んでもらうべきよ。扉は愛のない結婚は反対しまーす!』
扉は本体に『愛』という単語を浮き上がらせて、ネオンのように青と緑の光の点滅をさせた。
『わたしは愛の存在も知っているの』
扉はドヤ顔で言った。
マリーは首を傾げる。
「愛ね……わたし、フレッドのことは好きだけど、この気持ちが愛なのかは、まだよくわからないわ」
『そうなのね。わたしは扉だから、もちろん知識としてしかわからないわ。レベッカちゃんには愛はわかる? 恋人はいるの?』
「いえ、いません。恥ずかしながら、わたしは男女の愛には疎い方でございます」
(推しへの愛は満ちておりますが。マリーたんは我が人生の喜び、一生お仕えできるのなら独身でもかまわない、マリーたんのためなら死ねる)
まだ見ぬ未来の恋人とマリーを天秤にかけたら明らかにマリーが勝つ。
レベッカはある意味、一番重い愛を抱いていた。
「わたしも恋愛からは遠い存在だから、わからない。……それにしても、なんだか変な話」
カトレアが、ぼそりと言った。
「フレッドさまは、そんなに真面目な性格だとは思えないから、キス待ちの奥方さまを間近で見たらちゅーすると思われる」
「えっ、そうなの? ガッチガチの女嫌いかと思ってたのに」
「貴族の女はフレッドさまの良さを理解できない。あの人、強いしお金持ちだし悪ぶっているけど、割とまともな性格をした男性だから、実はモテる。顔も悪くないし」
「そう、なのね。なんだかショック……」
カトレアの言葉に『ガーン!』という表情になるマリー。
「あと、たぶん、奥方さまのことはかなり気に入っているはず。でなければ、こんなにも気にかけない。フレッドさまは興味がない人には徹底的に無関心」
「そうだったらいいのにな。それじゃあ、まだ可能性はあるのね」
「充分あるからフレッドさまを見限らないで欲しい。あの人、たぶんだけど、心を拗らせている気がするから。素直になれないのか、それとも変な思考回路に陥っているのかわからないけれど」
さすがはカトレア、かなり真実に近づいている。
「手のかかる子どもだと思って欲しい。……めんどくさいおっさんだけど」
カトレアの辛辣な言葉に、マリーとレベッカはぷふっと噴き出した。
『そうよ、マリーちゃん、がんばって赤ちゃんを産んで、わたしに見せてね。まだ本物の赤ちゃんを見たことないの』
「わたしも見たい。でも、一番見たいのはフレッドさま自身だと思う。奥方さまには面倒をかけて申し訳ないけれど、双子ちゃんを育ててきた奥方さまならできる」
「んもう、ふたりとも気が早いわよ」
マリーは照れてもじもじしたけれど、まだ見ぬ我が子のことを考えるとむくむくと元気が湧き出てくるのを感じたのであった。




