第32話 『旅の扉』
マリーとレベッカは、カトレアに連れられて庭の外れにある小さな建物の前に来た、
「このようなものが敷地内にあったなんて、まったく気がつきませんでした」
二階建てくらいの大きさの家が、木々に埋もれるように建っている。
「ここには、『旅の扉』に許された者しかたどり着けない」
カトレアはそう言って、入り口のドアをノックした。すると、鍵の開く音がしてドアが開いた。
「本当は鍵なんてかかっていない。これはそれらしい演出」
「はあ」
レベッカは、気の抜けたような返事をする。
「扉には、その気になればあたり一面を消すくらいの力がある。遺跡の遺物はとても強い力を持つから油断しては駄目。特に、奥方さま」
「えっ、わたし?」
「扉に魅入られて異世界に飛ばされないように気をつけて。扉は人が嫌がることはしないけれど、お気に入りを独り占めしたいと考えることがある」
「……ふうん」
扉の正体がよくわかっていないマリーは、軽く流した。
「わたしはフレッドから離れたくないから、どこか知らない場所には行かないわ」
「うん、そうやって気をしっかりと持つのが賢明。奥方さまがいなくなったらフレッドさまががっかりする」
「新しい奥さんを見つけるのは面倒だもんね」
「……」
カトレアは『これは冗談なのかな?』とマリーを見た。
三人がなかなか中に入らなくて痺れを切らしたのか、家がカタカタと音をたてて揺れた。
「扉が待っている」
カトレアを先頭にしてマリーとレベッカが続くと、後ろでひとりでにドアが閉まった。すると、目の前にまたドアが現れた。
マリーとレベッカは、不思議なことが起きても気にしないようにとあらかじめ言われていたし、二人とも肝の据わった女性だったので、カトレアが開けたふたつ目のドアをくぐり抜けた。
薄暗い、高い天井の部屋の中央には、青や緑にちらちら光る巨大な半透明の立方体が浮かんでいた。マリーがしゃがんで、下がどうなっているのかとのぞきこむと、数本の触手のようなものが出ているが、床には触れていない。
「うん、浮いてるわ」
レベッカに頷くと、彼女も「浮いているのですね」と頷き返す。
まるで空中を漂うクラゲのような不思議な物体に、カトレアは「扉、奥方さまとその側仕えのレベッカを連れてきたよ」と声をかけた。
『いらっしゃい。ようやくお目にかかれるのね。嬉しいわ』
立方体の表面が波打って、むにゅりと女性の姿を作り出した。
『どちらがフレッドの奥さんなのかしら?』
「わたしよ!」
マリーがむっふんと胸を張る。
「わたしはマリー。ええと、性別は女性よ。よろしくね」
『マリーちゃんね、よろしく。わたしはクラスト家の『旅の扉』よ。性別はないわ。気軽に扉って呼んでくれればいいわ』
「扉ちゃんね。ねえ、握手できる?」
『あくしゅ?』
半透明の女性がカトレアに尋ねた。
「人は手と手を握りあって、よろしくの挨拶をする」
『ああ、見たことがあるかもしれないわ。やったことはないけれど……』
扉はくすくす笑って『わたしと握手しようとした子、初めてだわ』と言って、マリーに手を伸ばした。
「よろしくね、扉ちゃん」
マリーは恐れることなくその手を握って、子どものようにぶんぶん振った。
『ええ、よろしくね。こうしてたくさん振るのかしら』
もう二十回くらい振っている。
「……淑女はそんなに振らない。奥方さまはなにをするにも勢いがあるから、あまり参考にしない方がいい」
「まあ、カトレアったら! わたしだって、この前先生に、淑女のマナーがだいぶ身についたって褒められたもん」
「普段から実践しないと意味がない」
「ぶー」
むくれるマリーに、カトレアは「淑女はぶー言わない」と注意した。
レベッカも進み出て、扉の手を握った。
「はじめまして。奥方さまの側仕えを務めさせていただいております、レベッカと申します。……性別は女性です」
扉は、軽く握られた手を見て『淑女はこのくらい握るのね』と学習してから『レベッカちゃん、よろしくね』とにっこりした。
「扉ちゃんは、女の子に見えるけど女の子じゃないのね。カトレアと同じだわ」
『ええ、そうね。わたしは『可愛い』ものが好きだから、女の子の形をとっているけれど、他の家の扉には筋肉質な大柄の男性の形を好むものもあるわよ』
「ムキムキな扉!」
『そこの扉は『さあ、俺の胸に飛び込んで来い!』ってやって転移させるんだけど、殿方からの評判が悪いらしくて落ち込んでいたわ。でも、自分のアイデンティティだから変えたくないって頑固なことを言ってるのよ』
「それは……躊躇うかもしれませんね」
レベッカの言葉に、扉は『一部の貴婦人からはとても好評らしいんだけど……人の感性って難しいわね』と重々しく言った。
『もうすぐ王都に用事があるんでしょ? なんでもフレッドとマリーちゃんのお祝いをするとかって聞いたわ』
「扉同士で噂になっているのか?」
『ちょこっとだけね。ねえ、ふたりはどうして結婚することになったの? あと、マリーちゃんに妙な噂があるみたいだけど』
「ええ、そうなのよ。わたしは男を手玉に取る悪女なんですって」
『それは特別な技術ね』
「扉ちゃん、本当だったらとっくにフレッドを手玉に取って、メロメロにしているわよ……」
マリーは「話せば長くなるんだけどね」と言いかけてから、ぱっと顔を上げた。
「ねえ、四人で女子会をしない?」
「ここで女子会でございますか?」
レベッカは驚いて問い返し、扉は『それ、聞いたことがあるわ! 女の子たちが集まって、美味しいものを食べながら、主に恋愛関係のおしゃべりをするのよね』とワクワクしながら『やりましょうよ!』と身体を震わせた。
「扉、興奮して家を壊さないようにね」
『あっ、ごめんなさい。でも、女子会をやりたいわ。おそらくわたしが世界で最初の女子会に出た扉になれるもの』
「わたしは男子だし、恋愛感情は知らないけれどいいの?」
『カトレアちゃんは可愛いから女子として数えるわ! わたしも厳密には女子じゃないし、恋愛感情もないけど、問題ないでしょ?』
「問題ないわ。ね、レベッカ?」
「はい、問題ございません。それでは屋敷に戻って、お茶の支度をして参ります」
「……わたしは扉のための魔石をフレッドさまに分けてもらってくる。たぶん、断られないと思う」
『特別に美味しいのにして! 女子会だから!』
「はいはい」
苦笑するカトレアと、内心で『マリーたんと女子会!』と盛り上がっているレベッカが、小さな家から出て行った。
ちなみにカトレアは、身体が男子で服装の趣味が女性もので、アセクシャルの人です。
フレッドに仕える前には、荒っぽい生活をしていたので、
仕事のために淑女な皮をかぶっていますが、
今も荒ぶると言葉使いが悪くなります。




