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天使で悪女なマリーさん、猛禽紳士にお嫁入りする。  作者: 葉月クロル


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第29話 荒ぶる猛禽紳士

「アラン、俺はるぞ」


「はい、誰をりますか?」


 物騒な発言を耳にしても冷静なアランに向かって、フレッド・クラスト辺境伯はふんと鼻を鳴らした。


「違う。人ではない。魔物を狩りに行くと言っているんだ」


「なるほど。王都に行く前にあらかじめ魔物を間引いておいた方が、向こうでのんびりとできますもんね。披露宴が終わったら奥方さまとデートですか? あの人、王都にいた頃にはろくにお出かけもできなかったみたいですから、コテコテの王都観光をするのもいいですよね。きっと喜びますよ」


 主人に鋭い視線を向けられても飄々として答えるアラン。


のちほどお勧めのデートスポットの一覧表をお渡しいたしますね」


 フレッドは脳裏に浮かんだ『フレッド、あなたとデートできるなんて嬉しいわ! 本当に親切な人ね!』という妻の顔を消してから「なんで俺がマリーを喜ばせなくてはならんのだ」と文句を言った。


「せっかく王都まで行くんだから、とんぼ返りする必要もないでしょう。エルクとダーナには、ヤウェン男爵家に夫婦で一週間ほど泊まるから、部屋を整えておくようにと連絡しておきました」


「余計な真似をするんじゃない」


「ちなみに、奥方さまは双子たちとお泊まりしたいだろうから、三人で眠れるゆったりした部屋にしてもらいますよ。フレッドさまはひとり部屋です」


「……」


「なんですか、夫婦でひとつのベッドだと期待しちゃいましたか? フレッドさまのえっちー」


「そっ、そんなことは考えてないが!」


「男はえっちであってナンボですよ。恥じらう必要はありませんって」


 動揺する主人を必要以上にいじらないのは、従者としての優しさだ。長年の付き合いで引き際を心得ている。


「フレッドさまが奥方さまをちゃんと口説いて、了解が得られたなら、ラブラブお泊まりに変更できます。ちゃんとそこまで手配してありますから。ご自身でお選びくださいね」


「……」


 口をへの字に結んで黙ってしまったフレッドに、アランはため息をついた。


「あのねえ、いい加減に観念してくださいよ。マリーちゃん、可愛いでしょ? いいじゃないですか、口説いてちゃんと奥さんにして子どもをわちゃわちゃ産んでもらえば。いいお母さんになりそうだし。俺たちはみんな、マリーちゃんを歓迎していて、フレッドさまと仲の良い夫婦になって欲しいと願っているんですからね」


「……」


「まったく、変なところで頑固なんだから」


「そういうことではない。あと、マリーちゃんなどと呼ぶな」


「はいはい。あのさ、フレッドさまはいくつよ? 普段から散々悪ぶっているんだからさ、もう押し倒しちゃってもいいじゃん。魔物を倒す時みたいにぐいぐい行っちゃってよ、変に悩まないでよ」


 アランの豹変にも、フレッドは仏頂面のままだ。


「うるさい。口調が乱れすぎだ」


「乱れもするよー、俺、マリーちゃん……奥方さまを見つけた時に、フレッドさまにぴったりだと思ってすごく嬉しかったんだよねー。なんでそんなに嫌うかなー、俺の目はふし穴だったのかなー悲しいなー」


 違うんだ、とフレッドは思った。

 俺はマリーを嫌っているわけではない。

 むしろ好ましく思っている。女の中では一番好ましいとすら思っている。

 だがしかし。

 マリーは明るいいい子だ。

 幸せになっていい女性なのだ。

 だからこそ、金で女を調達するような俺には不似合いなんだ。


 フレッドは、出会ってからのことを客観的に振り返っても、自分が彼女に好意を抱かれるような男ではないと感じていた。

 罵倒に近い酷い言葉も遠慮なくかけてきた。

 扱いだって、貴族の令嬢へのものではない。あからさまに見下していた。


 フレッドは、マリーを幸せにする男は俺以外の誰かに違いないと考え始めていた。

 辺境伯夫人としてずっと自分の近くに置いて面倒を見るとは言ったが、彼女の幸せが別の場所にあるのならば、そこへ送り出してやりたい。  

 そのためには、彼女は清らかな身体であるべきだろう。義務で子どもを成す必要などないのだ。

 

 子どもが産まれれば、あの面倒見の良いマリーのことだから、嬉々として育児をして心から子どもを愛するだろう。そうしたら、真の相手が現れたとしてもクラスト家から離れないに違いない。


 そんなことになったら、マリーは、フレッドを恨む。憎む。

 笑顔を見せなくなる。

 それはきっと、彼にとって地獄となるだろう。


「奥方さまも、フレッドさまともっと近づきたいと思っているかもしれませんよ」


ごとを言うな。舌を切り取るぞ」


 フレッドの心には、アランの言葉は届かなかった。




 さて、いろいろとこじらせた辺境伯が、大規模な魔物の討伐に出かけることを知ったマリーは、執務室に駆け込んだ。


「フレッド!」


「相変わらず騒がしいな。いつになったら辺境伯夫人であることを認識するんだ」


 マリーはむっとして「それどころじゃないんだもん」と唇を尖らせた。そんな子どもっぽい姿を見て、フレッドは微笑ましい気持ちになったが、もちろんそんな内心は漏らさない。


「あなたが魔物の討伐に出かけるって聞いたわ」


「それが俺の仕事だからな。俺が辺境伯である意味は、さすがにわかっているだろうが」


「国防のかなめ、魔物の討伐者。今は隣国との関係は良い状態だけど、魔物の方は常に増える害獣だから狩り続ける必要がある」


「その通り」


「……気をつけてね」


 フレッドは、まさか自分が心配されるとは思わなかったらしく、奇妙な表情でマリーを見た。


「必要かもしれないけれど、とても危険なお仕事だもの。無事に戻ってきてね」


「ああ」


「その目も、戦って怪我をしたんでしょう?」


 フレッドは右目を覆う眼帯に触れて「これか? いや、これは……」と言いかけ、部屋にいるアランをちらりと見た。


「フレッドさまは、その説明もしていなかったんですね。正式に結婚をした仲なんですから、ちゃんと話しておきましょうよ」


「そうだな」


 マリーは「怪我じゃなかったの? わたしには言えないアランとの内緒事だったの?」と不満そうな顔をした。


「おまえが怖がるかと思ったからな」


「……そこには、目の代わりに、小さなフレッドが住んでいるとかなの?」


「おまえの想像の方が百倍怖いわ!」


 フレッドの突っ込みを聞いたアランは、噴き出すのをこらえた。


「気遣った俺が馬鹿なのか……」


 フレッドは黒い眼帯を外すと両眼でマリーを見た。彼の左眼は黒いが、右眼は瞳孔が縦に長い、不思議な金の瞳だった。


「竜眼と呼ばれる、突然変異だ。王家の先祖に竜の魔力を浴びた者がいたせいだと言う話もある」


「そう言えば、フレッドは国王の甥っ子だったわね」


「ああ。魔物が放つ魔力を見ることができるので狩りの時には便利だが、普段は余計なものが見えて不便なので、こうして……おい」


「すごく綺麗だわ」


 机を回り込んで、椅子にかけるフレッドの横に来たマリーは、両手で彼の顔を包むようにして金の瞳を見つめていた。


「この、爬虫類っぽい感じがかっこいいわね」


 フレッドは、至近距離にマリーの顔が来たものだから、驚いて硬直している。


「わたし、てっきり魔物にやられて目を無くしちゃったんだと思っていたの。無事でよかったわ」


「ち……」


「なに?」


「近い近い近いっ!」


 フレッドは、マリーを押し除けようとした。

 そして女性を押し除けるなどという経験がなかったフレッドは、不幸にも、そこそこ豊かなマリーの胸を、両手でむにっと押してしまった……。


「……あ」


 途中で気づき、手を止めようとしたのがまずかった。

 彼は、婦女子の胸を鷲掴みする状態で、固まっていた。


「き……きゃあああっ!」


 小さな悲鳴をあげて、マリーは後ろに下がろうとして、そのままつまずいた。


「危ない」


 素早く立ち上がったフレッドが長い腕を伸ばしてマリーを抱きとめた。マリーはマリーで、身体を支えようとして伸ばした両腕を、フレッドの首に絡ませて引き寄せた。


 危うく唇と唇がぶつかる寸前まで、ふたりの顔が近づいた。


「……え? そのままキスしちゃえば?」


 アランの呟きが、静まり返った執務室に響いた。

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― 新着の感想 ―
これはいいラッキースケベ…! ヒューヒューやれ〜やっちまえ〜 アランのツッコミ力が高くて素晴らしいです…!従者の鑑!
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