第24話 こういう生き物だから
「奥方さま、ダンスの教師が到着したので紹介したいと、フレッドさまがお呼びでございます」
自室でレベッカとお作法を練習しつつお茶を飲みながら、森の中にベリー摘みに行く計画を練って楽しく過ごしていると、メラニーが呼びに来た。
「ダンスの先生が王都からいらっしゃったの? 噂の『旅の扉』ってすごいわね。でも、どうしてフレッドの部屋にいるの?」
メラニーは「カトレアはフレッドさま直属の部下ですからね。王都での仕事を終えて、戻っていらっしゃったのです」と当たり障りのない説明をした。
レベッカにあとを頼むと、マリーはメラニーとレベッカに連れられて執務室に向かった。
「メラニー、フレッドも先生からダンスを習うのかしら?」
「フレッドさまは先代さまの方針で、厳しい教育を受けていらっしゃいますから、ダンスはすでにマスターされていると思います。披露されたことはないかもしれませんが」
「さすがね。運動神経も良さそうだし、負けないようにしっかりと覚えなくっちゃね!」
やる気満々でむふんと息を荒くするマリーを見て、レベッカは『なんてお可愛らしいのかしら! 披露宴で踊るマリーたんの姿を見たいわ、わたしが正式にマリーたん付きのメイドになれば王都までついていけるんだけどなあっ、なりたいなあっ』と、こちらも貴族の子女らしくない鼻息の荒さで考えながら、メラニーに目配せをする。
(レベッカったら、メイド頭の役職をこっちに押しつけようとしているのね……でも、わたしもマリーたんにくっついて王都に行きたいもーん)
いつの間にかレベッカには手強いライバルができていた。
執務室に着くと、メラニーが扉をノックした。
辺境伯夫人にふさわしいマナーを勉強中のマリーはもう、自分でノックすると同時に部屋に飛び込んだりしない。それは淑女らしい振る舞いではないからだ。
「マリーさまをお連れいたしました」
「入れ」
メラニーが扉を開けると、マリーは「フレッド、先生が来たの?」と言いながら部屋に飛び込んだ。
机の上に山となった書類を手早く確認していたフレッドが、マリーを見もしないで言った。
「おまえはあいかわらず騒がしいな。いつになったらマナーを覚えるのだ」
「あ」
マリーは部屋の外に出ると、今度は静々と上品な歩みで中に入って机の前に足を進めた。
「ごきげんよう、フレッド。お呼びかしら?」
「しらっとやり直すな」
「えへ」
フレッドは手を伸ばすと、人差し指でマリーの頬をつついた。
それを見たカトレアは『……なに、この空気?』と楽しげなふたりを見た。
光を放つような金の髪に、青空のような瞳。頬は薔薇色で唇は化粧の不要なピンク色。美しく愛らしいマリーが、眩しいくらいの笑顔をフレッドに向けている。
あの、フレッドに。
無愛想、無礼、仏頂面、そんな単語で名前を飾るような女嫌いの男に。
そして、黒い眼帯の猛禽紳士は、呆れたような顔をしてはいるがマリーを見る瞳はどこか優しさを含んでいるのだ。
しかも、親しげに頬をつつくなんて!
魔狼の頬を剣で串刺しにする方が似合う男なのに!
(これは異常だ)
ほんのわずかだが、カトレアは警戒で表情を固くした。
(フレッドさまをここまでたぶらかすとは、この娘は真の悪女かもしれない)
気を引き締めるカトレアに、マリーが目を向けた。
「フレッド、こちらの方がそうなのね」
「これがおまえにダンスを教えるカトレアだ」
「うわあっ、想像以上に美人でびっくりだわ!」
マリーは青い目をまん丸にして言った。
(こっちがびっくりだわ。これが貴族のボンボン共を手玉に取った悪女なのか? 男爵家の令嬢にはとても見えない)
カトレアの方も、下町の娘のような振る舞いをするマリーに驚いていた。
さて、確かに、カトレアは美しい。
ミステリアスな美しさで人を惹きつける。
さらりと揺れる長い銀の髪は、光を反射するとほんの少し紫色に変わる。そして、瞳は深い紫色だ。こちらは光の加減で青に染まる。小さな顔につんと尖った顎、通った鼻筋にほんの少し薄い唇。まるで石膏のような肌は作り物のように隙のない白さだ。
感情の揺れを悟られないように、カトレアは長いまつ毛を伏せて言った。
「初めまして、奥方さま。カトレアと申します」
完璧なマナーで、カトレアは美しいカーテシーを披露して見せた。
「初めまして、よろしくね! わたしはマリーよ。ちょっと前にフレッドと結婚したの。クラスト領は自然の中に食べられるものがたくさんある豊かな土地だから、とても気に入っているのよ」
こちらはちょこんと首を傾げて、さっそくお喋りを始めようとしている。フレッドは「まったくおまえは……」と額に手をやった。
「それはようございました。わたしもここは住み良い土地だと思います」
「カトレアはベリーはお好き? 今度ベリー摘みに行くんだけど、一緒に行かない?」
(は? いや、動揺してはならない。これがこの女のやり口なのだろうから)
カトレアは、見えない罠が張り巡らされていると感じた。
「……ええとですね、その前に、ダンスを学ぶべきかと存じます。披露宴までそれほど時間の余裕はございませんでしょう」
「あら、気分転換って大切なのよ。甘酸っぱいベリーのジャムは、食べると頭がすっきりするじゃない? わたしね、ベリーには素敵な魔法がかかっていると思うのよ。ジャムが煮えたらフレッドにも食べさせてあげるからね。きっとお仕事が捗ると思うわ」
「おう」
(おう。じゃねえ!)
カトレアは、素の自分が顔を出しそうになったのを感じて深呼吸した。
「ねえ、カトレアは」
「奥方さま」
「なに?」
「あらかじめ申し上げておきますが、わたしの性別は男性でございます」
こうなったら正面から揺さぶるしかないと考えて、カトレアはずばり、言った。
「そうなのね。わたしの性別は女性よ。それでね、レッドベリーの他にね、ブラックベリーって言って、すごく大きくて美味しい実がなる種類の……」
(スルーかよ! あと、おまえの性別はわかってるんだが!)
カトレアはベリーについて熱く語ろうとするマリーを遮って言った。
「あのですね、奥方さま」
「なに?」
「それだけですか?」
「なにがそれだけ?」
マリーは不思議そうに瞬きをした。
「もっと詳しい自己紹介が必要なの? でも、カトレアはこの屋敷に滞在するんでしょ。おいおい仲良くなっていければいいと思うのよ」
「……わたし、男、なんですよ?」
「それはさっき聞いたわよ?」
「普通、男はドレスは着ないとか、女に見える化粧をして気味が悪いとか、なんとかあるんですが」
「カトレアは綺麗だし似合っているから大丈夫じゃない? わたしも掃除をする時にはお古のトラウザーズを履いたことがあるわよ。機能的だし、気味が悪くないファッションだと思うの」
ふたりはしばし、見つめあった。
(これはもしや、悪女ではなくて、アホ女なのか?)
ふたりが膠着状態に陥ったのを見てとったフレッドが、口を挟んだ。
「カトレア、これはこういう生き物だと思え。そして、意思の疎通に励め」
「……フレッドさま、わたしには無理かもしれない」
カトレアは珍しく弱気な声で言った。
「おまえならできる。やれ」
「それは無茶振り」
今度はフレッドとカトレアが見つめあった。
その様子を見たマリーが、レベッカとメラニーに尋ねた。
「あっ、もしかして、このふたりは恋人同士なのかしら。わたし。お邪魔かな?」
そろそろと後ずさりながら「失礼しましたー」と部屋から出て行こうとする。
フレッドとカトレアの表情が抜け落ちた。
「奥方さま、それはないから! わたしはフレッドさまの部下であって、それ以上でもそれ以下でもない。忠誠は誓うが恋愛感情はない。ふたりのご結婚を心から祝福させてもらうからわたしを巻き込むな」
「マリー、俺は愛人を作るつもりもないし、恋人もいない。おまえが俺の妻! 他に女は作らん! いい加減に納得しろ!」
「うーん……」
マリーは首を傾げてから、にっこりと笑った。
「あら、フレッドったらわたしを口説いているのね。やんもう、うちの旦那さまは熱烈なんだから」
嬉しそうに頬を押さえるマリーを見て、フレッドは机に突っ伏した。
その耳は、赤くなっていた。
レベッカとメラニーは「マリーたん最強」「一番強い生き物」と囁き合った。




