第21話 披露宴に戸惑う猛禽紳士
さて、叔父である国王から親切な申し出(無茶振り、とも言う。そして、当然ながら断ることはできない)があったので、フレッド・クラスト辺境伯は「ふん、俺のためだと言いながら、あいかわらず余計なことを考える奴だな」と自国の国王に対する不敬な言葉を吐きつつ、メイド頭のレベッカと、次期メイド頭のメラニーを執務室に呼びつけた。
「アラン、説明しろ」
「はいはい」
面倒ごとはとりあえずアラン、という主人にため息をつきながらも、忠実な側近はマリーの身近で働くふたりのメイドに、国王陛下の厚意により三ヶ月後に控える披露宴が決まったことを話した。
「という次第であるがわかったな。準備しろ。以上だ」
「フレッドさま、以上じゃないでしょ!」
主人に対する突っ込みもその仕事の一部であるアランは「フレッドさまがちゃんと考えなくちゃいけない案件ですよ」と注意した。
「なんで俺が?」
「主役だからです」
「はあ?」
「あなたが、は、な、む、こ! だからです」
「俺のことなどどうでもいい。王都の貴族たちに、金を積んで適当に着飾ったマリーの顔を見せりゃいいんだろうが」
自分は関係ないと思っているフレッドに、レベッカが、とても恐ろしいオーラを放った。
「畏れながら、フレッドさま……一生恨まれるご覚悟は……おありでございましょうか……」
「恨まれる、だと?」
「披露宴を舐めてかかりますと、後々まで、深く、大きく、悔恨が残りますわ」
メラニーも、呆れた気持ちを隠さずにフレッドを見る。
(おい、こいつらはなぜ腹を立てている? 好きなようにマリーを飾ってよいと言っただろうが)
どうやらフレッド的には大サービスの発言であったらしい。
「女性のとって結婚披露は一生に一度のとても大切なものでございます。それを蔑ろにするということは、ご自分の首に絞首のためのロープを巻くようなものでございます」
(ザケんなこのアホタレが! 可愛いマリーたんに恥をかかすような真似をしたら逆さ吊りにして洗濯板で骨までこすり落とすぞゴラァ)
怒りのレベッカである。
「さっ、さらに物騒な話になったな」
フレッドは自分の首をさすりながら言った。そして、無表情なのにまるで鬼のように見えるレベッカの顔から目を逸らすと、メラニーを見た。
「おまえも同意見なのか?」
「はい。奥方さまを蔑ろにすることは、クラスト領が見下されることに繋がります。マリーさまは、どのような事情がございましても、正式なクラスト辺境伯夫人でございますから、クラスト領の女性の頂点に立つ身分です。つまり……」
メラニーは、フレッドのことを愚か者だとは考えていなかったので、それ以上は言わずに『わかりますよね』と彼を見た。
(仮にも夫なのだから結婚披露の場くらい嫁を盛り立ててやらんかいオラ! 可愛いマリーたんを虐めると地獄に堕として内臓出るまでおろし金でガリガリ削るぞゴラァ)
同じく、怒りのメラニーであった。
フレッドは、ふたりのメイドから放たれる殺気を浴びて、背筋に悪寒が走るのを感じた。
だが、辺境伯としての威厳を損なうわけにはいかないので、冷静を装って言う。
「う、うむ、そうなのだな。それではレベッカ、メラニー、円滑に披露宴を行うための準備に必要なものをあげろ」
「お衣装は、お針子に最優先させれば間に合います。アクセサリーはすでに旦那さまからの贈り物にふさわしいものを数点見繕って発注をかけていますので、そちらをお使いになれば大丈夫です」
「貴族の奥方さまとしての常識や知識についての学習は順調に進んでおります。三ヶ月後ならば、マナーについても問題はございませんでしょう。しかしながら、教師が見つからずに後回しにされているダンスが問題でございます」
「ダンス?」
そんなものはいらんだろう、という気持ちがあからさまにこもった返事をしたフレッドは、再びメイドたちの恐ろしい視線を浴びた。
「旦那さまはあまり夜会にご参加されないご様子。ひと通りのマナーと知識をあらかじめ学んでおく必要がございます。もちろん、ダンスのステップもでございます」
「王都での正式な社交の場で、国王陛下が主催される披露宴でございます。ダンスは不可欠ですわ」
「万一、ご夫婦のダンスが披露されないとすると、即、クラスト辺境伯家は侮られます」
「辺境伯家の重要さを今ひとつ認識しきれない愚かな者も多数存在しますので、いい機会ですので、ぐうの音も出ないほどに釘を刺しておかれるとよろしいでしょう」
レベッカとメラニーに畳みかけられたフレッドは「ダンスで?」と不思議そうに呟いた。
「俺も踊るのか?」
アランは、いい加減にしないと主人がメイドたちに(精神的に)ボコられると感じて助け舟を出した。
「フレッドさま、暴力で相手を叩き潰す以外にも、社交の場で圧をかける方が効率的な場合もあるんですよー、ま、知らないだろうけど」
遠慮のないアランにフレッドは「そんなもん、知らん」と文句を言う。
「フレッドさまは、今までは王家の血縁というカードで切り抜けてきたせいで、他の武器は持っていませんでしたよね。ま、新たな視点でパワーバランスのトップに立ってみるのもいいかもしれませんよ」
「ダンスでか?」
フレッドは「道は剣で切り裂く方が絶対楽だろう」と言ったが、アランに「楽な道ばかりを選んでいると、あっという間に老けてヨボヨボになりますよー」と返されてムッとした。
「では、準備に取り掛かれ」
まだ不満げなふたりのメイドが部屋を辞そうとしたが、アランが「メラニー、王都の花の注文について用があるから残ってよ」と声をかけたので、彼女は残った。
レベッカがいなくなると、アランが言った。
「カトレアが王都の調査を終えて戻ってくる。ダンスの教師にいいんじゃないかな?」
それを聞いたメラニーは、あからさまに嫌な顔をした。
「カトレアさまが、ですか?」
「そうだよ。彼女は……いや、彼は、見事な手腕でヤウェン男爵から巻き上げた金を取り返し終えたんだ。だから、しばらくこっちでのんびりさせようかと思うんだよね」
「はあ。どのくらい取り戻せたのですか?」
「失った以上にね。叩いたらたくさん埃が出たらしくてかなり儲けたよ」
アランの言葉を聞いて、フレッドは満足そうに笑って言った。
「マリーにかかった金はすべて回収できて、儲けも得られた。カトレアは優秀な花だ」
「それはようございました」
「おまえはカトレアとウマが合わないようだが」
「むしろ、あの男性は奥方さまとウマが合わないのではないかと、そちらの方が心配ですわ」
メラニーは、メイドにしては鋭すぎる視線をフレッドに向けた。
「アラン、奥方さまは素直でとても染まりやすいお方です。身近にはもっとまともな者を配備するべきかと存じます」
「レベッカのように、かい?」
「ええ、単純でお人好しのレベッカのように」
きつい言葉なのに、メラニーの声には優しさが溢れている。彼女はレベッカのことも大好きなのだ。
「……だが、世の中には毒も多い。辺境伯夫人として生きていくなら、慣らしていくことも必要だろう」
フレッドがそう発言したので、アランは『おや?』という視線をフレッドに向けた。そして、少し微笑んだ。
(どうやらフレッドさまは、奥方さまと一緒の未来について考えられるようになったらしいね)
だがメラニーは、フレッドに厳しい目を向けた。
(あの天使のような奥方さまに、世の中の汚れた部分を見せろと? とんでもないわ! 汚れものの取り扱いは我々『フラワーズ』が全部引き受けるべきだわ)
王家が間者を抱えているように、辺境伯家にはフラワーズが存在する。両親に教育を受けたフレッドが、有用な者を集めて育てた特別な従者集団だ。
ちなみに、アランとエルクの父親である執事のロバートは元は王家の影だし、母親も同様である。彼女、サイネリアは今はフラワーズのリーダーとして王都に滞在している。
そのひとりであるメラニーことダリアは、カトレアという人物はマリーには毒が強すぎると考えていた。
彼女は、マリーが王都にいた時にもっと濃密な毒にさらされて、にも関わらず双子を守って生き抜いてきたことをまだわかっていなかったのだ。




