第20話 辺境伯の結婚
「フレッド・クラスト辺境伯が、妻を娶ったというのか? いったいどこの誰を? まさか、そこにロマンスはあったのか?」
ガスラクト国王は、国内の重要な情報の取りまとめを鍛刀している側近から、可愛い甥っ子であり、国の北方防衛の要であるクラスト領を管理するフレッドの、突然の結婚話に驚きを隠せなかった。
側近のキャメロンは「その相手に、いささか問題がございまして」と浮かない顔をする。
「先日、陛下のお耳に入れました、問題行動で国立学園を放逐された若い令嬢を覚えていらっしゃいますか?」
「もちろんだ。ハインリヒがシェリンダ・フォートン伯爵令嬢と勝手に婚約破棄をしてしまった時の、息子をはじめとする多数の貴族家の嫡男をたぶらかした娘であろう。えっ、まさか?」
「そのまさかでございます。お相手がそのマリー・ヤウェン男爵令嬢なのです」
ガスラクト国王は「あの女嫌いのフレッドが、悪女と評判の娘を辺境伯夫人に選んだというのか? 確かに容姿はたいそう整っていて、愛らしい令嬢とのことだったが、あのフレッドまでがたぶらかされる……のは、あり得ないぞ。『あの』猛禽フレッドだぞ?」と驚きを重ねた。
そして国王は『まさか、お飾りの妻にするのだから、存在を消してもかまわないと思われるような性悪な女を娶り、子どもを産ませて用が済んだら魔物の山にでも捨ててこようと考えているのではないか』と恐ろしい想像をしてしまった。
「いくら悪女でも、仮にも王家に連なる血筋であり、この国の重鎮である辺境伯が、若い娘を殺すのはよくないと思うぞ」
「陛下! そのような恐ろしいことを口に出すのはおやめください!」
「おっと、すまぬ」
「でも、クラスト辺境伯ならそのくらいの事はやりかねないかも……」
「おまえも考えているではないか!」
ふたりは顔を見合わせて、ため息をついた。
「あれの両親は、兄上と義姉上はどうしているのだ」
「まだ冒険の旅から戻られていません」
王兄である元クラスト辺境伯とその夫人は、大変に活発な言動をする困った……いや、優れた冒険家で、さっさと継承権を放棄した自由人である。前国王に「王にならんでもいいから少しは働け」とクラスト領を任されたが、辺境の管理仕事を叩き込んで育てた息子が成人すると、彼にすべてを押し付けてふたり仲良く世界を回る冒険の旅とやらに出発してしまったのである。
「陛下、マリー・ヤウェン…で今はマリー・クラスト辺境伯夫人については、無知な若者である学生同士のトラブルだったため、詳しい調査はしていません。掘り起こしてみますか?」
「そうしてくれ。もしも彼女の身に危険があるなら、フレッドに釘を刺しておかねばならんしな。悪女と言ってもまだ未熟な子どもではないか、命を奪うのも酷であろう」
可愛い甥っ子なのに、フレッドは完全に危険な殺人鬼扱いである。
「それに、話を聞くとハインリヒにも問題があったと感じられる。本人は全てをマリーのせいにしているがな」
「その点は、わたしも疑問に感じておりました。それでは、辺境の地に影の者も送り、再調査をかけたいと思います」
「情報が集まり次第、報告しろ。その女が殺される前にな」
こうして、王家の暗部も動かして、悪女マリーの事件とその人物が徹底的に調査された。
その結果。
「畏れながら国王陛下! マリー・クラスト辺境伯夫人ははめられたのです。この報告書をご覧ください」
声を震わせながら、側近のキャメロンは書類をガスラクト国王に手渡した。
「む……これは……なんと……」
絶句し、手を震わせる国王。
そこには、自分勝手な両親に振り回されながらも、幼い双子を必死に育てたお姉ちゃんの涙なしでは読めない奮闘ぶりと、現在の生活の様子が(かなり私情が込められながら)生き生きと綴られていた。
どうやら使用人としてクラスト家に潜り込んだ影の者は、すっかりマリーに堕ちてしまったようだ。
「これは、真実か?」
「はい。裏付ける証拠もございます」
「……マリーという娘が健気すぎる。そして、なんという事だ。我が息子ハインリヒがクズ過ぎるであろう!」
「酷い話です。貴族界で悪女のレッテルを貼られ困窮したマリーと、親に見捨てられたその弟妹は、クラスト辺境伯の助けがなければ今頃は命が……」
ガスラクト国のため様々な情報を取り扱ってきたために、感情を完璧に制御できているはずのキャメロンは、貴族令嬢に生まれながらあまりにも過酷な人生を送り、朝から晩まで働いて痩せ細り、挙げ句の果てに辺境の地へと弟妹と離れて嫁がなければならなかったマリーを思い、言葉を詰まらせた。
「……たいそう勇気のあるご婦人でいらっしゃいます。マリー様は辺境伯夫人にふさわしいお方です。さすがはクラスト辺境伯だと申し上げさせていただきます!」
「うん? 陛下から手紙だと?」
王家の者専用の封筒がクラスト領に届いた。
ロバートに差し出されたフレッドは、顔を顰めて「ろくでもない用事の気がする」と言った。
「この国の国王陛下に対して、そのような不敬な言動をとってはなりませんぞ」
「どうせロバートとアランしか聞いてないからかまわんだろう」
アランは「フレッド様は陛下と仲良しさんですもんねー」と笑った。
「別に、叔父であるが、仲良しではない」
「そんなことを聞いたら、あのおじさんが泣いちゃうからやめてくださいよ」
国王陛下を『あのおじさん』扱いするアランもかなり不敬である。という事で、素早く忍び寄ったロバートが頭に「こら!」とゲンコツを落とす。
「いったああああーっ!」
父親のゲンコツはアランにかなりのダメージを与えた。
「フレッド様、息子が申し訳ございません。これ以上フレッド様に悪影響を及ぼさぬように、今一度根性を叩き直しておきましょうか?」
「そのままでかまわん。多少叩いたくらいで変わるような男じゃないからな」
アランは「フレッド様がさりげなく酷いことを言ってるー」と文句を言った。
それを聞き流して、フレッドは手紙を読んだ。
そして「はあっ?」と固まった。
「どうしたんですか?」
「あいつ、なにを考えているんだ……これは親切心なのか? それとも俺に喧嘩を売ってるのか?」
「フレッド様、陛下はどのようにおっしゃっているのですか?」
「三ヶ月後に、王都で俺とマリーの結婚披露宴を開くそうだ。結婚の祝いに、そこでマリーの汚名を雪ぎたいと書いてある」
フレッドは「これほどろくでもない手紙があるか!」と吐き捨てるように言った。




