第2話 猛禽と呼ばれる男
「ロバート、おまえの息子が俺にいい縁談を紹介してくれたぞ。これを読んでみろ」
クラスト辺境伯の執務室で、ぺらりと一枚の書類を渡された家令が「私の息子が? まさか、アランがまた妙な真似をしたのではないでしょうね?」と眉を顰めながら目を通す。
「旦那さま、どこが良い縁談なのでございますか! 本気でこの女性を奥さまにお迎えするおつもりですか?」
調査書を読み終えた家令のロバートからの問いに、目つきが鋭い男がくくっと笑い声を出した。
「そうだ。金さえ払えばこの辺境に連れて来られる女だぞ。素晴らしい話だろう? どんなに俺のことを怖がっても逃げられないのだからな」
「そのような悪役じみた言い方はお控えください」
年配の家令は主人を諌めた。だが男は「ふふん、どう見ても俺は悪役にふさわしいだろう? 魔獣を殺すことが生き甲斐の不気味な辺境伯が、まだ若い女性を娶るのだ。金で縛って逃げ場をなくして、王都から遥かに離れた辺境の地で暮らすのだぞ。檻に入れて飼っているようなものだ」と嘯いた。
「……十七歳のお嬢さまなのですね」
「ああ、王都では悪女だなんだと騒がれているようだが、まだほんの子どもではないか。俺が徹底的に躾けて、反抗の目を摘んでやろうと楽しみにしている」
「またそのような悪ぶったことを!」
ロバートは我慢できずに、子どもを叱るような声を出してしまう。
「いいじゃないか、どう転んでも俺が好かれることはないのだからな」
「それはわかりませんよ。お側でお仕えする者は皆、旦那さまのことを尊敬しておりますし」
「無理に褒めなくていい、余計なおべんちゃらを言わなくてもちゃんと給料は払うから」
「フレッドさま!」
「はいはい」
この、かなり捻くれたというか、やさぐれた言い方をする黒い眼帯をした隻眼の男は、フレッド・クラスト辺境伯だ。
「王都にいるアランが今、噂の悪女を妻に迎えるための売買契約を結んでくれている。決まり次第俺が直々《じきじき》に迎えに行くからな。用意を頼む」
アランは主にフレッドのために情報を集める役割を担っている、若い男性だ。この家令のロバートの息子でもある。もうひとり、アランと双子のエルクもいる。彼らはまだ子どもの頃から共に育った、フレッドの幼馴染み兼腹心の部下なのだ。
「旦那さま、悪いことは申しません。金をちらつかせ、脅して娶った妻とはそう簡単に幸せになれないものです。お考え直しください」
「そんなことをしていたら、俺のところには百年経っても嫁は来ないぞ」
「いえ、そのような……」
「若い娘だぞ、多少難があっても目をつぶってやるわ」
「……多少で済む問題ではないように思えます」
ロバートは、このあまりよろしくない計画に自分の息子が絡んでいると知り『アランめ、フレッドさまに問題の多い女性を紹介するとは何を考えている』と腹を立てた。
(フレッドさまは、確かに貴婦人方からの評判は良くなく、この地に輿入れをしてくれる女性はまだ見つからない。だが、危険な辺境の地を守る立派な辺境伯であり、悪ぶった言動があるものの、心の優しい素晴らしい男性だ。もっときちんとした奥方を迎えてほしかったのだが……)
迎えられるような女性が存在しないのが現実だった。
「まあ、これは合法的な人身売買だ。良い買い物だといいのだがな」
「フレッドさま、人身売買は犯罪でございますからね。冗談でもそのようなことを口にしないでください」
「はいはい、他所では言わん。相手が信頼できるロバートだから本音が漏れているだけだ」
そう言って肩をすくめるフレッドを見て、ロバートは『そういうところが! 人たらしなんですよ!』と少し嬉しく思ってしまった。そして、どうしてこの主人の良さをわかってくれる女性がいないのだろうとため息をつきそうになる。
目つきが悪くても、フレッド・クラスト辺境伯は背が高く引き締まった身体つきでとても姿が良く、顔だって整っている。
隻眼ではあるが、黒曜石のように輝きを秘めた黒い瞳も、夜の女王の息吹のような漆黒の艶やかな髪も、大変魅力的なのだ。
それに武人としての腕前もかなりのものである。
もちろん、財力もある。
だが、都会から遥か離れた辺境の地で魔物を狩って暮らしているというだけで『恐ろしき猛禽男』『血に飢えた辺境伯』と思われてしまい、フレッドの方も華やかな社交界にはまったく興味がないせいで、自分の良さをアピールすることもなく、三十を過ぎたこの歳まで伴侶が決まらないのであった。
そして、当のフレッドは、王都で噂の『可憐な悪女』を金を積んで手に入れる算段をしている。
「その娘はヤウェン男爵の長女なのだが、ヤウェン男爵っていうのがまた、頭が空っぽのボンクラらしくてな。ヤウェン家の領地は本来ならば資源も多く、実り豊かな場所なのだが、それを放置して王都で遊び暮らしているらしいぞ。そのせいで、様々な問題が起きているらしい」
「それは由々しき事態でございますね。国王陛下よりお預かりした大切な領地を蔑ろにするとは、貴族の風上にも置けないお方です」
「俺もヤウェン男爵夫妻のように、領民を金を産むだけの存在に感じている奴らは好かん。親族となった暁には、エルクを送り込んで徹底的に立て直すつもりだ。俺の手でそれなりに発展させてやる。愛する妻の実家なのだからなあ、良くしてやるのが筋だろう」
言っている内容は立派なのに、クックック、と笑う姿は完全に悪巧みをする悪役だ。
エルクは、女性を惹きつける華やかな容姿をした、いわゆるチャラ男のアランとは対照的な人物で、理知的なメガネ男子であり、冷静で理性的な切れ者である。フレッドの有能な懐刀で信頼できるエルクならば、ヤウェン領の窮状を救う能力を充分に持っている。
「確かにエルクならば適任だと思いますが。となると、ヤウェン領の民にとっては、旦那さまは救世主になりそうですね」
「そうだな。ヤウェン領は上手く転がせば金のなる木に変わるだろう。また我が家の財産目録が増やせそうだ」
「ですから、言い方が……」
忠実な家令は、主人の言動に今日も内心でため息をつくのであった。




