第1話 悪女と呼ばれるマリーさん
お久しぶりでございます。
カッパのマリーさんが、連載になって帰ってきましたよ(*´ω`*)
『悪役令嬢は「ボンバイエ!」と叫ぶ』という短編集の、カッパになるほど身体を張ったヒロイン(笑)マリーさんの嫁入り話の連載版です。
バリバリのラブコメです。
書きながらの連載なので、気長にお付き合いくださると嬉しいです。
よろしくお願いします!
「お願い、なんとか、なんとか思いとどまって欲しいの、ね、ね」
「いやあ、そう言われましてもねえ……」
ヤウェン男爵家のベテランの料理人は、目に涙を浮かべて懇願する少女に「材料もろくに買えないのに、俺がいる必要ないですよね?」と申し訳なさそうに言った。
「ああ、わたしたちのごはんが……」
少女の瞳は絶望に染まり、涙がポロポロとこぼれ落ちてきた。
彼女の名はマリー。
ガスラクト国の貴族のれっきとした子女である、マリー・ヤウェン男爵令嬢だ。
美しく澄んだ青い瞳に、緩いウェーブを描く艶やかな金髪を持つ、可愛らしい雰囲気の美少女であるマリーは今、料理人の男性に縋りついて泣いている。
かなり本気で泣いている。
「お願いですから、行かないで……わたしたちをお見捨てになるの?」
「いや、その……そういう言い方をされると……」
「あなたがいなくなったら、わたしたちは生きていけないの」
「でも、俺もここにいると生きていけないんだよなあ……本当にすまんな、マリーお嬢さま。でも、このまま給金が貰えないと、うちの家族を養っていけないんだ。俺にも子どもがいるんだよ」
料理長のおじさんが、すまなそうに「さすがの俺も、材料がないと料理はできないしな」と言った。
「それは……まあ、皆さん、どうなさったの?」
他の使用人たちの挙動がおかしい。
マリーは「待って、皆さん、どちらに行かれるの、待ってちょうだい」と狼狽えた。
「お嬢さま、わたしたちもね、ただ働きするほど裕福でも暇でもないんですよ」
「申し訳ないけれど、未払いのお給料がわりに売れそうなものをいただいていきますからね」
マリーは外したカーテンとか花瓶とか壁にかけられていた絵とかを持って、ぞろぞろ屋敷を出て行く使用人たちに向かって「あああああ、皆さん、今までありがとう! でも、戻ってきて! お願い!」と叫びながら泣き崩れた。
料理人もいつの間にか姿を消した。
「ああ……みんな行ってしまったわ……」
誰もいなくなった玄関前で、立ち上がってドアを閉めたマリーは「わたしの泣き落としがまったく効かなかったわ。これが通じるのは、お金持ちのおぼっちゃまだけなのね」と呟く。
そして、屋敷に残されたのは。
「お姉さま」
「お姉さま」
マリーは駆け寄って来たふたりの幼な子を抱きしめた。
「いなくなってしまったのですか?」
「このお屋敷にはもう、使用人はいないのですか?」
ふたりは声を揃えて「ごはんはどうなりますか?」と尋ねた。
「ケリー、ヤリー! ……大丈夫、大丈夫よ。お姉さまがなんとかしますからね」
まだ幼い男の子と女の子は、マリーの弟と妹である五歳になる双子だ。
「あなたたちのごはんだけは、お姉さまがなんとか用意するわ。ああ、どうしてこんなことに……って、お父さまとお母さまのせいなんだけど!」
マリーは涙を拭いて、瞳に怒りを湛えた。
「お嬢さま、旦那さまと奥さまのお部屋にはもうほとんどなにもありませんでした」
階段の上から、年配の女性の声がした。
「あったのはちょっといいペンが数本と、机と椅子くらいでございました」
階段を降りてやって来たのは、乳母だったジェンマだ。彼女だけは、マリーと幼い子どもたちを見捨てることができずに残ってくれたのだ。
「ペンは売れるわ! ありがとうね、ジェンマ。よかったわ、それで今日の食べ物を買いましょう」
マリーは数本のペンを嬉しそうに抱きしめた。
マリーたちの窮状は、愚かなヤウェン男爵夫妻のせいだ。王都から離れた豊かな領地を持つヤウェン夫妻だったが、王都にタウンハウスを持つことになり、代官に領地経営を任せて家族でやって来た。
ところが、見た目は大変美しいがあまり頭がよろしくないヤウェン男爵夫妻は、ちやほやしながら虎視眈々と利益を狙うしたたかな人々の餌食となり、いつの間にか財産を失っていた。
そればかりか、借金まで背負っていた。
ヤウェン男爵の特技は騙されてお金を巻き上げられてしまうこと、男爵夫人の特技はお金をあるだけ使ってしまうこと、である。
だが、華やかな社交の場で毎日過ごすヤウェン夫妻は、まだそれに気づいていない。子どもたちが食べるものにすら困っているというのに、自分たちはきらびやかな衣装に身を包み、パーティーで美味しいものを食べて、浮かれて過ごしているのだ。
そんな状況下で、こちらも世間をよく知っているとは言い難い令嬢のマリーは、大変健闘していた。
彼女はつい最近まで学園に通っていたのだが、美しく天真爛漫な彼女の魅力に惹かれて近づいて来た、貴族の子息たちから貰った高価な文房具やアクセサリーやドレスやバッグを、幸いにもやや世間を知っていたジェンマと一緒に市場で売り飛ばし、そのお金で生活に必要なものを手に入れてきた。
親がしっかりしていないために男女関係の知識が少々足りていないマリーは、彼らに手も握らせていない。だから『親切なお友達が親切な気持ちでプレゼントをくれたのだから、断るのは失礼だ』と考えていた。
『皆さん、たいそうな額のお小遣いを持っていらっしゃるのだから、ちょっとくらいもらってもかまわないわよね?」というしたたかな面もあった。
ネグレクト気味な両親を持った長女なので、下の子たちを育てるためにはなりふり構っていられない。
だが、そのような手段での稼ぎは当然長くは続かない。
マリーのために、家に定められた婚約者との間にトラブルが起きた若者たちは、すべての責任をマリーにかぶせてきたのだ。
『マリーは男を誑かす悪女だ』
『みんなマリーの企みだった』
『見た目は天使なのに、性根は邪悪な女』
『あの女に騙されたんだ、わたしは悪くない!』
そんな噂が貴族たちの間に流れて、悪い評判が立った。
もちろん、マリーを悪く言う者たちもそれを耳にした者たちも、彼女がそこまで悪い人物であるなどとは思っていない。だが、事態を収めるには全ての責任を押しつけるための悪役が必要だった。
こうして、無邪気で世間知らずで、弟と妹にごはんを食べさせたかっただけのマリーは、『素行不良の身持ちが悪い学生』だという理由でガスラクト国立学園から追放されてしまったのである。




