第13話 悪女な奥さま? 追い出しましょう!
「はあァン? 王都で有名な悪女が、うちの旦那さまの元に輿入れするですってェ? なんなのよそのふざけた話は!」
クラスト辺境伯の屋敷で、メイド頭を務める若い女性がヤンキー風のドスの効いた声を出した。メイド仲間のメラニーが「ちょっとレベッカさん、その声はヤバいわよ」と注意をした。
「使用人の下品な振る舞いは、主人の格を落とすので気をつけましょうって、いつもあなたが言ってるじゃないの」
「それとこれとは話が違うわよ! 旦那さまにようやく春が来たと喜んだら、とんでもない嫁がやってくるのよ、黙っていられないわ」
「嫁言わない」
クラスト辺境伯の屋敷で働くレベッカは、自分たちの主人を尊敬していた。
見た目の怖さで人から敬遠されがちなフレッドだが、剣士としての腕も良く、国の守りの要として重要なクラスト領を自ら第一線に立ちながら治めている、立派な人物なのだ。王都で人気のある、女性の扱いが上手い口先ばかりの男性とは違うし、見た目も女性には好かれないのだが、心身ともに強く、真面目な働き者である。
そんな素晴らしい主人のところに輿入れしてくるのが、悪い噂のある令嬢であること、つまり、主にはろくな女じゃない嫁しか来手がないという事実に憤慨していた。
「何処の馬の骨だか知らないけどね、男どもを手玉に取って貢ぎ物を巻きあげるようなク○女が、この屋敷の奥方さまとして振る舞うなんて、わたしは許せないわ」
「ク○言わない。あと、馬の骨じゃなくて男爵令嬢」
「辺境を守るという大事なお役目を果たすフレッドさまを、舐めんのもいい加減にしやがれっつーもんよ!」
「しやがれ言わない」
「とにかく、わたしは認めないわ。そんな女、わたしが追い出してやるから!」
餅つきの合いの手のように入るメラニーの教育的指導をすべてスルーして、焦茶の髪をきりりとお団子にしたレベッカは鼻息を荒くした。
「でもね、レベッカさん。旦那さまは愚かな男性ではないわ。きっとなにか考えがあって、そのような問題のある女性を娶ることになさったんだと思うの」
おっとりしたメイドだが、意外に芯の強いメラニーが言った。
「たとえ評判の悪い、男性をたぶらかすと言われている女性でもね。きっと様々な条件を鑑みて選んだのだと思うわ」
いや、軽い気持ちで金で買ったのだが。
「たぶらかす? まさか、わたしたちの旦那さまがたぶらかされたっていうの? そのク○ビッ○に!」
「レベッカちゃーん、お口が悪すぎますわよー」
「ぐぬぬぬ」
レベッカの唇が、メラニーに思いきりつままれた。
「そんな汚い言葉を使う人はこのお屋敷で働いちゃ駄目よ。あなたは仮にもメイド頭を張ってるんだから、もうちょっと落ち着きなさいな。うちの旦那さまが女性にたぶらかされるなんてヤワな男性ではないことを、よくわかっているでしょう?」
「むぐぬぬ」
レベッカが頷くと、万力に挟まれたような唇が解放された。
「もしかするとね、こんな辺境には、その令嬢の毒牙にかかるようなアホ男はいないだろうし、いたらいたで駆逐するチャンスだと、旦那さまはお考えではないかしら?」
「確かにね。……奥方さまがいるかいないかは、旦那さまの評判に影響するから、そんな令嬢でもお飾り奥方として有用だということかしら」
「わたしはそう見てる。だから、少し様子を観察しましょうよ。先走って追い出すような真似をする前に、どの程度のク○ビッ○なのかを見極めましょう」
「メラニーも汚い言葉を言ってるじゃないの!」
唇をつかみ返されたメラニーは、痛い痛いと笑いながらレベッカから逃げ出した。
そんな話が屋敷内でされていたとはつゆ知らず。
シルクの履き心地の良い下着と新しいドレスを数着買ってもらい、旅の途中で美味しい食事をさせてもらってご機嫌のマリーは今日も馬車に揺られている。
「ねえ、フレッド。わたしはクラスト領に着いたらなにをすればいいのかしら?」
「どういう意味だ?」
「だから、わたしのお仕事よ。あなたの話を聞いていると、辺境伯夫人としての期待はなさそうなんだもの」
「……」
「わたしは、とりあえず結婚した、という体裁を整えるための、お飾りの妻なんでしょ?」
「……」
「あら、それに不満なんてないのよ。あなたは『妻』をお金で買ったなんて言っているけれど、そのお金のおかげでうちは本当に助かったのよ。使用人を手配してくれて、両親のことをなんとかしてもらえて本当に感謝してるわ。双子たちも、これからは安心して暮らすことができそうだしね。本当にありがとうね、フレッド」
「……」
「あなたに恩返しをしなくちゃならないし、これからがんばって働くわね!」
にこにことご機嫌なマリーを見て、罪悪感に襲われるフレッド。追い討ちをかけるように、アランが「さすがはお嬢さま……いえ、奥さまですね。このようにしっかりしたご令嬢がクラスト辺境伯夫人となってくださるなんて、俺たちは嬉しい気持ちでいっぱいです」と頭を下げる。
「まあアラン、そんな風に言ってもらえてわたしも嬉しいわ! あのね、フレッド。申し訳ないのだけれど、ご存じの通りにわたしは貴族令嬢としての知識も経験も足りないの。生活に余裕がなくて社交界にもデビューしていないのよ。だから、お役に立てることを見つけていきたいわ。とりあえず、刺繍や繕い物は得意だから、かぎ裂きや綻びのある服を直していこうと思うの!」
「奥さま、そこはですね、刺繍だけで大丈夫じゃないかも思いますよ」
「あとね、市場でお買い得品を見つけるのも得意よ!」
「それは頼もしいのですが、食材などの買い物は基本的に出入りの商人が持ってくるかなあ……」
「お洗濯は?」
「メイドがやります」
「そうしたら、あとは……ねえフレッド、あなたはわたしにどんなことをさせたいの? それがわかれば、わたしは覚えてできるようになるわ」
「ふむ、そうだな……」
平静を装うフレッドだったが、『できるのは使用人の仕事ばかりではないか。どうしたものか……』と頭を働かせた。
「おまえは……読み書きはできるな?」
「ええ、もちろんよ」
「計算は?」
「基本的なものならできるけれど、帳簿付けはよくわからないの」
「数字を見るのは好きか、嫌いか?」
「好きよ」
「読書は?」
「好き。でも、夜になると節約のために灯りをつけられなかったし、時間もなくて、あまり読んでいないわ」
(どうやら勉強が嫌いな怠け者ではなさそうだな。だが、知識が足りていないし、マナーも壊滅的だし、貴族の子女としての常識にも欠ける)
ひとことで言うと、マリーは辺境伯夫人には向いていない。
けれどフレッドは、彼女をこのまま籠の鳥として屋敷に閉じ込めておく(当初はそのつもりであったが)よりも、もっと効果的な使い方があるような気がしてきた。
「おまえには大金をかけているからな。その対価分は俺の役に立つ人間になってもらおうか」
マリーは不思議そうに首を傾げた。
「屋敷に着いたら、おまえにはマナーや基礎学問を学ぶための家庭教師を数人つける。一応はダンスなどの社交の基礎もだ。剣術も学ぶといい。体力をつけろ。攻撃手段は辺境の地では必要になることもある。基礎からすべて学び直せ。そして、クラスト領のために有用な人物になれ。これは命令だ」
アランはあちゃーという顔になって「フレッドさま、お嬢さまに剣術はやり過ぎですよ」と注意した。
だが、マリーは目を見開いて「家庭教師? 双子だけでなく、わたしにも?」と呟いた。
「笑ってごまかすだけの世間知らずの女はいらん。しっかりと学べ。それがおまえの仕事だ」
「フレッド……」
マリーの青い瞳に涙が浮かんだ。彼女は手の甲で目をこすると、フレッドの腕をつかんだ。
「ありがとう、フレッド! とっても嬉しいわ。まさかお勉強させてもらえるなんて思わなかった。覚えたいことがたくさんあるの、マナーもそうだし、本を読んでこの世界の仕組みなんかも知りたいし、歴史とか、地図の読み方だとか、経済の仕組みとか、星とはなにかとか、どうして雪が降るのかとか、水がいろんな形になるわけとか、たくさん、たくさん、知りたかったのよ! 本当にありがとう、フレッド、あなたって最高に素晴らしい旦那さまだわ。あなたと結婚できて、わたしは世界一幸せな女の子だわ!」
フレッドは、自分の腕をぎゅっと抱きしめながら目に涙を浮かべて喜ぶマリーを、得体の知れない化け物であるかのように見た。
アランは「うっわ……」と絶句した。そして「俺の目に狂いはなかったね」と小さく呟いた。
「……そんなに嬉しいのか」
「嬉しいわ! すごく嬉しいわ! ありがとうフレッド、大好きよ!」
「なっ」
美少女の『大好き』にめちゃくちゃ動揺する辺境伯だったが、それを見たマリーは勘違いした。
「大丈夫よ、勘違いしてないから安心して。わたしが形式だけの奥さんだってことはわかっているわ。あなたが必要な時に離縁してくれてかまわないの。その時にひとりで生きていけるように、わたしはしっかりとお勉強するわね!」
「……離、縁……?」
「フレッドはとても素敵だもの。強くて優しくて頭がよくて、お金持ちの辺境伯さまだわ。顔もハンサムだしね。だからね、いつか本当に奥さんにしたい素晴らしい女性が現れると思うの」
フレッドは『お、おい、こいつは、本気で言っているのか?』と、思わずマリーの目を見た。
思いきり、本気だった。
「わたしは引き際を見誤らない、立派なお飾りの妻になることを誓うわね!」
「そ、そうか、それは良い心がけだ……いてっ!」
アランが全力で、フレッドの脚を蹴っていた。
(フレッドさま、そこは否定するところ!)




