第11話 プレゼント
「すごいわ。ドロワーズを五枚も買ってくれるなんて、フレッドって本当にお金持ちなのね」
今夜滞在する街に到着するや否や、フレッドはアランに一番高級な服飾店に案内をさせた。そしてそこで、マリーにシルクの下着を購入してくれたのだ。
フレッドにしたら「いくら辺境でも、婦女子が『下着がゴロゴロする』などと口にするのはよくない。クラスト家の恥になるからな」と思っての行動だったのだが、マリーにとっては『一番欲しいものを婚約者がプレゼントしてくれた』という出来事である。
「いいわ、すごくいい! 滑らかな肌触りで、まるで履いているのを忘れるくらいよ」
こちらも最高級の宿で、久しぶりの入浴を堪能してから、マリーはさっそく新しい下着を身につけた。そして、感動した。シルクのドロワーズはゴロゴロしないどころか、滑らかな肌触りで素晴らしい履き心地である。
上に着るドレスはくたびれたものだったが、マリーは大満足していた。
ディナーはレストランでとるので階段を降りていくと、フレッドは不機嫌そうな顔になった。
「お待たせしちゃった?」
「またそのドレスか。おまえのその姿は見窄らしくて貴族にふさわしくない。……そうか、服も持っていないと言っていたな。それならば、どうして先ほどの店で言わなかったのだ」
「え、あの」
文句を言うフレッドに、アランが「気がつかなかったのはフレッドさまじゃないですか」と突っ込みを入れる。
「フレッドさまがご自分で『新しいドレスを買う』って言わなくちゃ。マリーお嬢さまから頼めるわけないでしょうが」
「アラン、そういうことは早く……」
「すべてを俺に頼らない! フレッドさまは夫となるんだから、自分の頭で考える習慣をつけましょうね?」
目が笑っていない笑顔でアランに嗜められたフレッドは「ふんっ」とそっぽを向くしかできなかった。
マリーは『どうやらわたしが同じ服を着ていたのがお気に召さなかったらしいわ。ふたりが喧嘩になっちゃう』と思い、その場を収めようとして言った。
「いいのよ、フレッド。ドレスは同じでも、中のドロワ……」
「その言葉は口にするな」
マリーの口をフレッドが手で塞ぎ、手のひらに触れた唇の感触に戸惑って「……あっ」と言って慌てて手を離す。
「すまん、だがな、そういうことは、淑女が言ってはならないのだぞ。おまえはそんな常識も持っていないのか」
「ごめんなさい」
マリーはしょんぼりした。
「家庭教師がいたら、もう少し淑女らしい振る舞いを覚えられたんでしょうけど……」
たまたま通りかかった宿の客が、美しい少女が涙を浮かべる姿を見て不審げにフレッドを見る。
アランの肘が、またしてもフレッドの脇腹を小突いた。
「お嬢さまの事情はご存じでしょう? あんまり厳しくしないでください」
「うっ、うむ、そうだな」
若い婚約者をいたぶっていると思われると、誠に外聞が悪い。
フレッドはひとつ咳払いをして、尊大な態度でマリーに言った。
「たいしたことではないので気にしなくていい。その、もしやおまえは、マナーの勉強がしたい……のか?」
「今からでもぜひやってみたいわ」
「そうか。ならば、領地に着いたら家庭教師を手配しよう。辺境伯の奥方として、マナーも知らないままでいさせるわけにはいかない」
「え?」
「とりあえず、ドレスを一着手配してから食事に向かう」
マリーはフレッドに連れられて再び服飾店に行った。
サイズが合いそうな既製のドレス数着の中から選ぶことになり、マリーの「この薄い緑色のドレスと、くすんだラベンダーのドレスと、どちらがいいと思う?」という質問にも「どちらも似合うから、今はラベンダーを着て緑のドレスは予備に持っていろ。あと、カナリアイエローのものも購入する」と、夫らしい判断をした。
「フレッド、ありがとう」
既製品とはいえ、新しいドレスを着たマリーはとても可愛らしく見えた。
店側の厚意で金色の髪も簡単にまとめられて、パールとリボンでできた若々しいデザインの髪飾りをつけられていた。
フレッドは、化粧もしていないのに薔薇色の頬に赤い唇をした、美しいマリーの艶姿に一瞬目を奪われたのだが、『さすがは容姿を武器にして男の間を渡り歩いた悪女だけあるな』と考えて、心の動きを認めないようにした。
「別に礼はいらん。俺の妻として恥ずかしくない格好を、おまえにはしてもらわなければならないからな」
彼はふん、とそっぽを向きながら言った。
「そうね。わたしは辺境伯の奥さんになるんだから、がんばるわ」
マリーの素直な返事を聞いたフレッドは、なぜか『奥さん』という言葉が頭の中を巡ってしまい、鼻にしわを寄せた。
「どうせ金で買った名ばかりの妻だからな。社交の場に出すつもりはないから、そう気負わんでいい」
マリーは『そうね、わたしじゃフレッドには釣り合わないものね。いつかフレッドに本当に結婚したい人が現れるだろうから、その時に自立できるように、いろいろ準備しておかなくちゃ。お金を稼ぐ方法を学びたいわ』と心の中で決意した。
(だけど、それまではちゃんと奥さんの役をこなさなくちゃね)
「わかっているから心配いらないわ。それより今度、あなたの服を選ばせてね」
「なっ」
「それも奥さんのお仕事だと思うのよ」
マリーは動揺する辺境伯の腕にそっと手をかけて「さあ、ごはんに行きましょう。お腹がぺこぺこよ」と言った。
フレッドはまたしても余計なことを言いそうになったが、アランに「エスコート! こういう時には婚約者をエスコートするんですよ。やったことないだろうけど適当にがんばってください」と投げやりに注意されたので、妙に緊張してぎくしゃくとした動きではあったが、マリーを連れて馬車に乗り込んだ。
(くそっ、魔獣と命懸けのやり取りをする時よりも、身体に力が入ってしまうぞ! これは……そうか、この女が悪女だからだっ、俺のせいではない!)
女性に耐性のないフレッドは、明らかに動揺していた。
だが、彼の美しい婚約者は「すごく美味しい料理を出すレストランなんでしょ? さっきのドレス屋さんの人がね、羨ましいって話していたわ。わたしだけ美味しいものを食べるのは、王都のケリーとヤリーに申し訳ない気がするけれど、あの子たちもきっと、ダーナに美味しいものをもらっているから大丈夫よね?」と、春の小鳥が囀るような愛らしい声で話しかけてくる。
フレッドは「ああ」とか「うむ」とか、気持ちのこもらない返事をしていたが、向かいに座るアランに爪先を蹴飛ばされて「ダーナに、王都で一番美味しいレストランに双子を連れて行くように手紙を出すから、おまえは遠慮なく楽しめ」と言った。
アランが『よくできました』と言わんばかりに頷く。
「まあ!」
マリーは両手を口元に当てて驚きの声をあげると、「ありがとう、フレッド! きっと双子は大喜びするわ。あなたって本当に優しい人ね」と、感謝のこもった青い瞳で彼を見つめた。
見つめ返したフレッドは思わずマリーの頬に指を触れそうになり、慌てて拳を握り込んだ。
(いかん、違うんだ! 悪女だから! この女が悪女だからだ!)
「フレッド、大丈夫? おなかが空き過ぎて辛くなっちゃったの?」
マリーが優しくフレッドの拳に触れたので、フレッドは身体をびくりとさせて「いや、これくらいどうってことはない」となんとか応えた。
「大丈夫、俺は大丈夫だ」
「もう少しでごはんを食べられるから、がんばってね」
マリーは心配そうにフレッドの顔を見上げる。
そしてフレッドは、今度は彼女の唇に指を伸ばしそうになる。
(くそっ、くそっ、全然大丈夫じゃないんだが!)
とびきり可愛くて激しい嵐に翻弄される、女性に無縁の人生を送ってきた猛禽紳士であった。




