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天使で悪女なマリーさん、猛禽紳士にお嫁入りする。  作者: 葉月クロル


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第10話 馬車の旅とマリーお嬢さま

 涙をこらえて双子たちとお別れをしたマリーは、フレッド・クラスト辺境伯と一緒に馬車に乗り込み、領地へと出発した。王都で借りた貴族用の大きな馬車で、荷物置き場はガラガラだ。

 マリーは食料品を買うために、身の回りの売れるものはみんな売ってしまっていたから、彼女の私物はちょこんと置かれた鞄のひとつ分しかないのだ。


 フレッドが王都に来る時にはエルクと共に『旅の扉』を使ったのだが、マリーはまだクラスト辺境伯と結婚していないので、使用者登録をするのに時間がかかる。そのため、このような馬車の旅になったのだ。

 しばらくはしょんぼりしていたマリーだが、そのうち馬車の窓から見える景色に夢中になった。


「すごいわ。座っているのにどんどん見えるものが変わっていくのね」


 アランは「王都を離れると、良い景色の場所がいくつもあるので楽しいですよ」と声をかけた。


「どんなものが見えるの? 森とか湖とか?」


「辺境の地には、そのような場所もあります。クラスト領は風光明媚な場所が多いので、フレッドさまと小旅行されるのも楽しいですね」


「小旅行! それは素敵ね」


 フレッドはアランに「余計なことを言うな」と文句を言う。そして『この女の性根を叩き直してからクラスト領に連れて行かねばな。面倒の火種になると厄介だ』と考えていた。


「鳥とか、鹿とか、いるの?」


「いますよ」


「すごいわ! 他には?」


「お屋敷の近くでも、可愛いリスが出没しますし……牧場には子牛もいます。こいつらも可愛いですね」


「子牛もいるのね。いいわねえ、素敵な所だわ」


「俺は大好きですよ、クラスト領」


「わたしも好きになりそうよ」


「牛を産んだ雌牛からは牛乳を絞れますから、チーズ作りなども盛んです」


「すごいわ! それから? 他にも美味しいものがあるの?」


「ありますよ。森には甘酸っぱいベリーがなる茂みがあって、それでジャムを作っていますね。クッキーやケーキにも使われています」


「美味しそう!」


 ベテランの雇われ馭者が操る馬車には、進行方向を向いた方にフレッドとマリーが並んで座り、向かいに従者のアランが座っている。仲良く話すふたりの様子を観察しているフレッドは『……こいつは、俺の思っている悪女とはかなり違わないか?』と鋭くマリーを見た。


「お嬢さま、脚の下に鞄を入れておくと楽ですよ。長旅の豆知識です」


「やってみるわ」


 マリーの荷物は鞄がひとつ。

 あまりの荷物の少なさに、クラスト辺境伯は訝しげな表情でマリーに「なぜそれだけなんだ? 結婚するのだから、生活に必要なものは新しく俺に買ってもらいたい、ということなのか?」と尋ねた。


「強欲だな。そこそこの支度金をアランから受け取っているだろうに」


「え? 支度金って、フレッドったらなにを言ってるの?」


 アランが荷物置き場から引き寄せた鞄を床に置き、その上に脚を投げ出して居心地良くしてからマリーは言った。


「そんなお金は知らないわ。あっ、フレッドがダーナにお金を持たせてくれたのは知ってるわよ。ありがとうね! おかげで食べ物に困らなかったの。ええと、着替えと身体を拭く布とヘアブラシはこの中に入っているわよ。まさか寝具を持って来いなんて言わないでしょ? ご存じの通り、布団の数には余裕がないの。あと、食べ物はあっちにあるだろうから大丈夫だと思って、干し肉は持って来ていないわ」


「……干し肉?」


「他になにか必要なものがある? やっぱり余分な干し肉を買ってくればよかったの? ごめんなさいね、わたしは旅慣れていないから、持ち物がよくわからなかったのよ」


 こんなだから、常識を知らないって笑われちゃうのよね、とマリーは肩を落とした。


「……いや、干し肉はいらん」


 フレッドは視線でアランに『どういうことだ?』と尋ねた。


「俺はちゃんとヤウェン男爵に支度金を渡しました。おそらくあの男が着服したか、無駄遣いをしたんじゃないですか?」


「子どもたちに食べ物を買わずに、自分のために浪費したと?」


「フレッドさま、世の中にはクズのような親もいるんですよ」


 フレッドは「驚いたな。そこまでクズなのか」とぼそりと呟いた。


「おまえ……マリーは、噂の通りのことをやったのか?」


「噂ってなんのこと?」


 マリーは(この人、横顔は悪くないわね。しっかりとごはんを食べてもう少し太れば、ちゃんとしたハンサムになりそうだわ。もしかすると、辺境伯も食べ物が少ないのかしら?)と、フレッドを観察しながら尋ねた。


「お前が貴族の男性たちと親しくなって、いろいろな贈り物を貰ったという話だ」


「親切なお友達から贈り物は貰ったわよ。アクセサリーとか、綺麗な小物とか、バッグとか、上等なペンとかね。でも、みんな売って食べ物を買っちゃったの。ごめんなさいね、嫁入り道具にするために残しておけばよかったみたいね」


 彼は考え込んで無言になった。


「……いや、嫁入り道具に他の男からの贈り物などふさわしくない。やはり必要なものは俺が買うから、気にするな」


「それもそうだわね、ありがとう。フレッド、あなたって太っ腹ね!」


 マリーががウインクしながら彼のことを肘でつつくと、クラスト辺境伯は激しく瞬きしながら「そ、そうか」と言った。


「もしも、今日泊まる町で、なにか必要なものがあるようなら……」


 マリーは両手のひらを合わせて、顔を輝かせた。


「それなら、換えの下着が欲しいわ! つくろい過ぎて、縫い目だらけになっちゃってるから、なんだか股がゴロゴロしてるのよね。もしかして買ってくれるの? わあ、嬉しいわ、ゴロゴロ下着とお別れできるなんて」


 ごん、と音がした。

 馬車の揺れで、フレッドは窓に頭をぶつけてしまったようだ。

 そう、馬車の揺れのせいで。


 アランの方は、ギョッとした表情になってから吹き出し、そのまま笑いで身体を震わせている。


「そ、それは……うむ、ゴロゴロ下着とは確かに履き心地が悪そうだな! だが俺に買えというのは……いやむしろ、新婚らしい贈り物になる……のか?」


 フレッドも人生でモテたことがないため、女性についてはあまり詳しくない。真面目な顔で考え始めた。

 アランの震えがますます大きくなる。


「そうよね、下着なんて旦那さまにしかおねだりできないもの、すごく新婚らしい贈り物だと思うわ。さっそくわたしへのプレゼントを考えてくれるなんて、フレッドは優しい旦那さまね」


「お、おう……いや、その」


 マリーがにこにこして「新しいドロワーズ、嬉しいな」と言うと、フレッドはなにやらごにょごにょ言いながらそっぽを向いてしまった。そしてアランは、顔を真っ赤にして呼吸困難に陥っていたが、冷たい視線のフレッドから「おまえもドロワーズが欲しいのか? だが、買ってやらんぞ」と見捨てられていた。



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