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虹色の彼岸、あなたへ〜四色の花嫁〜  作者: ふらう
第七部 「四色の祝福」
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第二十一章 煌虹透空

---


## 第二十一章 煌虹透空


---


 式の前日。


 璃生は早く目が覚めた。


 まだ暗かった。


 夜明け前の空が、窓から見えた。


 紺色の空の端が、少しずつ明るくなっていく。


 コールが好きな、どちらでもない時間だった。


 璃生はしばらく、その空を見た。


 明日から、三日間、個別の式がある。


 そして四日目に、四人で誓いを交わす。


 怖いか、と自分に聞いた。


 怖くない、という答えが来た。


 楽しみか、と自分に聞いた。


 楽しみだ、という答えが来た。


 嬉しいか、と自分に聞いた。


 嬉しい、という答えが来た。


 全部、本当のことだった。


---


 ヤコが来た。


「今日は、ゆっくり休んでください」


「はい」


「明日から三日間、体力がいりますので」


「大丈夫です」


「大丈夫でも、ゆっくりしてください」


 ヤコは朝食を持ってきた。


 いつもより少し豪華だった。


「ヤコさん、豪華ですね」


「式の前日ですから」


「ありがとうございます」


 ヤコが椅子に座った。


 珍しかった。


 いつもは立ったまま世話をするヤコが、椅子に座った。


「一つ、話していいですか」


「はい」


「チョウチョウのことです」


「はい」


「兄は、今日の朝から、ひどく落ち着きがありません」


「そうですか」


「部屋を何回も行き来しているそうです。ヤコは商会から連絡を受けて知ったんですが」


「緊張しているんですね」


「そうだと思います。チョウチョウが緊張しているのを、ヤコはあまり見たことがなかったので」


「明日が楽しみだと言っていましたよ」


「楽しみだけど緊張しているんだと思います」


「はい」


「……兄のことを、よろしくお願いします」


 ヤコが頭を下げた。


 璃生は少し驚いた。


「ヤコさん」


「はい」


「チョウチョウさんのことは、大丈夫です」


「はい」


「わたしがよろしくするというより、お互いに、ですが」


「……はい」


「ヤコさんも、幸せでいてください」


 ヤコが、顔を上げた。


 静かな目だった。


「……はい。幸せです」


「シオリンさんと、うまくいっていますか」


「とてもうまくいっています」


「良かったです」


「……ニジトセ様のおかげで、兄が動いてくれたので」


「チョウチョウさんが動いてくれたんです」


「でも、兄が変わったのは、ニジトセ様がいたからだと思っています」


 璃生は少し間を置いた。


「お互い様ですよ。わたしも、チョウチョウさんたちがいたから、変わりました」


「そうですか」


「はい」


 ヤコは少し笑った。


「……じゃあ、お互い様ですね」


「はい」


---


 その日の午後。


 バクシンが来た。


「王子から伝言があります」


「はい」


「明日は、いつもと同じように来てほしい、と」


「本を持ってきてほしいですか」


「……言葉には出しませんでしたが、たぶんそうだと思います」


「持っていきます」


「ありがとうございます。王子、今日は一人で部屋にいます」


「緊張していますか」


「ひどく緊張しています。でも、怒鳴ったりはしていないです。ただ、じっと窓を見ています」


「そうですか」


「昨夜から、人間の姿でずっといます」


「それは、いいことですね」


「はい。感情が安定しているということなので」


 バクシンは少し間を置いた。


「……ニジトセ様に、お礼を言いたいと思っていました」


「バクシンさんに言われると思っていませんでした」


「王子のことを、毎日来て、あきらめないでいてくれたことを。本当にありがとうございます」


「お礼を言うのはわたしのほうです。王子様の修練に付き合ってくれたことに」


「それは当然のことで」


「当然ではないです」


 バクシンは少し目が赤くなった。


「……今日は泣かないようにしていたんですが」


「泣いてください」


「泣きません。明日も泣かないようにします」


「明日は泣いていいです」


「……そうさせてもらいます」


---


 夕方、神官長が来た。


「コールから、預かり物がございます」


 小さな包みを差し出した。


「コールさんから?」


「はい。明日の式の前に渡してほしいと」


 璃生は受け取った。


「開けてもいいですか」


「どうぞ」


 包みを開けた。


 中に、小さな花が一輪あった。


 白い水仙だった。


 それと、小さな紙が一枚。


---


 式の前に、これを持っていてほしい。


 図書館の窓から見える庭に咲いていた。


 コール


---


 璃生は水仙を見た。


 白くて、細くて、きれいな花だった。


 コールが庭に出て、摘んできたのだろう。


 コールが庭に出た。


 あのコールが、庭に出て花を摘んだ。


 それだけで、胸の水仙の文様が温かくなった。


「神官長様」


「はい」


「コールさんに、ありがとうございますと伝えてください」


「はい」


「それと」


「はい」


「神官長様も、明日から楽しんでください」


 神官長は少し間を置いた。


「……はい」


「泣いてもいいです」


「……男泣きはいたしません」


「お義父様なんですから、泣いていいです」


 神官長が止まった。


「……お義父様」


「コールさんのお父様ですから」


「……そのように、言っていただけるとは」


「泣いてください」


「……いたしません」


 でも、目が赤くなっていた。


---


 夜になった。


 璃生は部屋で一人でいた。


 窓から夜空を見た。


 星が多かった。


 きれいだった。


 コールの水仙を、手に持った。


 白い花が、夜の光の中でかすかに輝いていた。


 明日から、始まる。


 三日間の個別の式。


 そして四日目。


 璃生は深呼吸した。


 一回、二回、三回。


 胸の文様が、四つとも温かかった。


 ここにいていいんだ、と今夜も思えた。


---


### 第一日目・チョウチョウとの式


---


 朝が来た。


 快晴だった。


 冬の澄んだ空気の中、太陽が輝いていた。


 璃生は金色の衣装を着た。


 王妃が手伝ってくれた。


 琥珀色の刺繍が入った、深みのある黄金色の衣装だった。


「……きれいですよ」


 王妃が、声を震わせた。


「ありがとうございます」


「チョウチョウ様も、きっと驚きます」


「そうですか」


「驚いて、格好つけようとして、でもうまくいかないと思います」


「なぜ分かるんですか」


「あの方はそういう方だから」


 璃生は少し笑った。


---


 式の場所は、城の庭園だった。


 冬の庭に、花が飾られていた。


 金木犀はこの季節には咲いていないが、金色の花が他にも飾られていた。


 ヤコが涙をこらえながら璃生を案内してくれた。


「お兄様は、さっきまでひどく落ち着きがなかったです」


「今は?」


「今は落ち着いているそうです。さっき連絡が来ました」


「良かったです」


---


 チョウチョウが待っていた。


 正装していた。


 商人らしい、でも今日は特別な、深い青と金色を合わせた正装だった。


 黄金色のくせっ毛が、きちんと整えられていた。


 璃生が来ると、チョウチョウが振り向いた。


 一瞬、止まった。


 目が、少し動いた。


 それから、耳が赤くなった。


「……衣装、似合っている」


「ありがとうございます。チョウチョウさんも格好いいです」


「……そういうことを言うな」


「本当のことを言いました」


「……うるさい」


 耳が、もっと赤くなった。


---


 神官長が式を執り行った。


 静かな式だった。


 参列者は少なかった。


 王族と、バクシンと、ヤコと、コールと。


 璃生とチョウチョウが、向かい合って立った。


 神官長が言葉を述べた。


 誓いの言葉を交わす時間が来た。


 チョウチョウが先に言った。


「……おれは、ニジトセ様を最初に情報として見た。それを後悔している」


 声が、落ち着いていた。


 緊張しているはずなのに、声は落ち着いていた。


「……でも、おれを変えてくれたのは、ニジトセ様だった。本当のことを言ってくれと言ってくれた。礼を言い続けてくれた。タメ口で話してくれと言ってくれた」


 璃生は聞いていた。


「……おれは、これからも本当のことを言い続ける。きつい意見も言う。でも、それと同じくらい、大事にする。ニジトセ様のことを、ずっと大事にする」


 チョウチョウは璃生を見た。


 まっすぐだった。


「……よろしく」


「よろしくお願いします」


 璃生が誓いの言葉を言った。


「チョウチョウさん。最初の握手のとき、温かいと思いました。今も、温かいです。これからも、その温かさのそばにいたいです」


「……」


「本当のことを言ってくれてありがとうございます。これからも、本当のことを教えてください。わたしも、本当のことを言い続けます」


 璃生は少し間を置いた。


「よろしくお願いします」


 チョウチョウの耳が、また赤くなった。


 でも、目は笑っていた。


---


 式が終わった。


 ヤコが泣いていた。


 シオリンがそのそばにいた。


 バクシンが、壁を向いていた。


 コールが、入口のほうに立っていた。


 璃生とチョウチョウが並んで立った。


「……よかった」


 チョウチョウが言った。


「はい」


「……本当に、よかった」


「はい」


「……泣きそうだ」


「泣いていいですよ」


「……泣かない」


「泣いていいです」


「……うるさい」


 チョウチョウが、璃生の手を取った。


 温かかった。


 いつもと同じ温かさだった。


 璃生は、その温かさをちゃんと感じた。


---


### 第二日目・王子との式


---


 二日目も、快晴だった。


 璃生は夜空色と朱色を合わせた衣装を着た。


 深群青の地に、朱色の彼岸花の刺繍が入っていた。


 王妃がまた手伝ってくれた。


「昨日も泣いてしまいましたが、今日もきっと泣きます」


「泣いていいですよ」


「……ニジトセ様が許可をくれると、遠慮なく泣けます」


「どうぞ」


---


 式の前に、璃生は王子の部屋に寄った。


 本を持っていった。


 旅の物語の、最終章だった。


 王子は、人間の姿で待っていた。


 金色の正装を着ていた。


 璃生を見て、少し目を開いた。


「……衣装」


「似合っていますか」


「……似合っている」


「ありがとうございます。王子様も格好いいです」


「……うるさい」


 でも、耳が赤くなった。


 璃生は本を取り出した。


「少し読みますか」


「……読む」


 二人で、並んで座った。


 璃生が声に出して読んだ。


 旅の最終章。


 旅人たちが、目的地に辿り着く場面だった。


 王子は黙って聞いていた。


 尻尾はなかった。


 でも、王子の体が、少し緩んでいるのが分かった。


 落ち着いていた。


 璃生が読んでいると、落ち着いていた。


---


 式は、城の中の広間で行われた。


 王族が全員参列した。


 バクシンが、横に立っていた。


 チョウチョウが、コールの隣に立っていた。


 璃生と王子が、向かい合って立った。


 王子の金色の瞳が、璃生を見ていた。


 まっすぐだった。


 緊張していたが、まっすぐだった。


 誓いの言葉の時間が来た。


 王子が先に言った。


「……おれは、おまえが来たとき、怖かった。心が読めない人間が近くにいることが、怖かった」


 声が、落ち着いていた。


「……でも、おまえは来続けた。怒鳴っても、来た。怖かったのに、来た」


「はい」


「……怖かったのに来た理由を、おれはずっと考えていた。最初は分からなかった。でも、今は少し分かる」


 王子は璃生を見た。


「……おまえが来るたびに、静かになれた。感情が、落ち着いた。それが、どういうことか、時間をかけて分かった」


「はい」


「……おれは、人の感情が流れ込んでくることが怖かった。でも、おまえの感情は流れてこない。それなのに、温かいと感じた。それが、ずっと不思議だった」


 王子は少し間を置いた。


「……今も、理由は分からない。でも、温かい。おまえが来ると、温かい」


「はい」


「……これからも、来てくれ。毎日でなくても。ただ、来てくれ」


「毎日来ます」


「……うるさい」


 でも、口元が少し動いた。


「……よろしく」


「よろしくお願いします」


---


 璃生が誓いの言葉を言った。


「王子様。最初に会ったとき、大きくてきれいだと思いました」


「……狼のとき、か」


「はい。夜の色みたいだと思いました」


「……変な人間だ」


「毎日来たのは、光があったからでもありますが、それだけではなかったと思います」


「……何があった」


「会いたかったからだと思います。今思えば」


 王子が、止まった。


「……会いたかった」


「はい。扉が開いているのを見るたびに、嬉しかったです。待っていてくれたと思って」


「……待っていた」


「知っています」


「……知っているのか」


「扉が開いているので分かります」


 王子が、また耳を赤くした。


「これからも、扉を開けて待っていてくれると嬉しいです。わたしも、毎日来ます」


「……毎日でなくていい」


「毎日来ます」


「……うるさい」


「よろしくお願いします」


---


 式が終わった。


 王妃が、約束通り泣いた。


 国王が、穏やかな目で璃生を見た。


 第一王子が「一言多い、と言おうとしたが、言わない」と言った。


 第二王子が「それが一言多いですよ」と言った。


 バクシンが、壁を向いていた。


「バクシンさん」


「……はい」


「泣いていいです」


「……いたしません」


「泣いていいです」


「……少しだけ」


 バクシンが、袖で目を押さえた。


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### 第三日目・コールとの式


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 三日目。


 快晴が続いていた。


 璃生は真珠色と白を合わせた衣装を着た。


 乳白色の地に、白い水仙の刺繍が入っていた。


 光の当たり方によって、真珠色に輝いた。


---


 図書館に向かった。


 神殿の廊下を歩いた。


 いつもと同じ廊下だった。


 本棚の匂いがした。


 図書館の扉を開けた。


 中に、花が飾られていた。


 白い水仙と、白い花々が、本棚の端に飾られていた。


 窓から光が入っていた。


 本の匂いと、花の香りが混じっていた。


 璃生はその光景を、しばらく見た。


 きれいだった。


 図書館が、きれいだった。


 毎日来ていた場所が、今日は特別に輝いていた。


---


 コールが、いつもの場所にいた。


 でも今日は、巣のソファではなく、窓のそばに立っていた。


 正装していた。


 白と銀を合わせた、清潔感のある正装だった。


 銀髪が、光の中で輝いていた。


 フードはなかった。


 布もなかった。


 眼鏡だけあった。


 璃生が入ってきたのを見て、コールが振り向いた。


 薄いピンクの目が、璃生を見た。


 止まった。


 しばらく、止まっていた。


「……衣装」


「はい」


「……きれいだ」


「コールさんも、きれいです」


「……フードがないと、落ち着かない」


「大丈夫ですよ」


「……眼鏡は外せない」


「外さなくていいです」


「……そうか」


 コールが少し息を吸った。


「……緊張している」


「正直ですね」


「……隠せない」


「わたしも緊張しています」


「……同じか」


「コールさんのほうが、もっとですか」


「……もっとだ」


「なぜですか」


「……あなたに言葉を聞かせるのが、初めてだから」


「楽しみにしています」


「……プレッシャーだ」


「大丈夫です」


「……なぜ大丈夫なのだ」


「コールさんの言葉だから」


 コールは少し間を置いた。


「……そういうことを言う」


「本当のことです」


「……変な人間だ」


「はい」


「……でも、好きだ」


「わたしも好きです」


「……即答した」


「考えなくても分かります」


---


 式は、図書館の奥で行われた。


 窓のそばだった。


 光が差し込む場所だった。


 参列者は少なかった。


 神官長と、その妻のサクラ様と、王女メイと、チョウチョウと、王子だけだった。


 チョウチョウと王子が、本棚の前に並んで立っていた。


 二人が並んでいるのは、珍しかった。


 チョウチョウが王子に何か話しかけて、王子が「うるさい」と言っていた。


 いつものようだった。


---


 璃生とコールが、向かい合って立った。


 窓から光が入っていた。


 本棚が、まわりにあった。


 本の匂いがした。


 コールの目が、璃生を見ていた。


 誓いの言葉の時間が来た。


 コールが先に言った。


「……言葉を考えた。難しかった」


 声が、少し低かった。


「……わたしは、人に近づかれることが怖かった。魅了の能力があるから。インサクメア族だから。近づかれるときは、いつも目的があった」


「はい」


「……でも、あなたは最初から、目的だけではなかった。毎日来て、本を読んで、騒がしくしなかった。距離を守ってくれた」


「はい」


「……距離を守ってくれる人が、図書館に来たのは、初めてだった」


 コールは少し間を置いた。


「……あなたが来るようになって、わたしは、人の足音を聞き慣れた。それが不思議だった。怖くなかった」


「はい」


「……いつの間にか、日記を書くのが楽しみになっていた。お茶を二つ用意することが、当然になっていた。夜明けを一緒に見ることが、好きになっていた」


 コールの目が、璃生を見た。


「……これが、好きだという感覚だと、時間をかけて分かった。わたしは時間がかかった」


「はい」


「……遅かったか」


「全然遅くないです」


「……あなたはいつもそう言う」


「本当のことを言っています」


 コールは少し目を細めた。


「……これからも、図書館に来てほしい。毎日でなくても。本を読んでほしい。日記を書いてほしい。夜明けを見てほしい」


「はい」


「……わたしが、向こうに行くこともある。あなたの部屋に行くこともある。それでもいいか」


「嬉しいです」


「……そうか」


 コールは深く息を吸った。


「……好きだ。これからも、好きでいる。それだけ言う」


 それだけだった。


 でも、その言葉が、璃生には十分すぎるほどだった。


---


 璃生が誓いの言葉を言った。


「コールさん。最初に会ったとき、図書館の主だと思いました」


「……主」


「本の主だと思いました。本を全部知っている人だと思いました」


「……全部は知らない」


「全部知っているように見えました」


「……そうか」


「毎日来たのは、図書館が好きだったからでもありますが、コールさんが教えてくれることが好きだったからでもあります」


「……そうか」


「声が速くなると、楽しそうだと思っていました」


「……速くなっていたか」


「なっていました」


「……気づかなかった」


「知っていました」


「……知っていたのか」


「はい。知っていて、嬉しかったです」


 コールは少し止まった。


「コールさんの日記が、毎日楽しみでした。追記が増えていくのが、好きでした」


「……追記は、言いたいことが増えるから」


「知っています。だから好きです」


 コールが、少し目を細めた。


「これからも、日記を書いてください。追記も、増えていいです」


「……了解した」


「夜明けも、一緒に見てください」


「……来い」


「はい」


「……毎日来い」


「毎日行きます」


「……本を読め」


「読みます」


「……お茶を飲め」


「飲みます」


「……わたしのそばにいろ」


「います」


 コールは、しばらく璃生を見た。


「……よろしく」


「よろしくお願いします」


---


 式が終わった。


 神官長が、目を押さえていた。


 サクラ様が、神官長の背を撫でていた。


 王女メイが、璃生に抱きついた。


「三日間、おめでとう」


「ありがとうございます」


「明日が、いよいよね」


「はい」


「楽しみにしているわ」


 チョウチョウが、コールのそばに来た。


「……うまくやったな」


「礼は要らない」


「言うな、受け取れ」


「……勝手にしろ」


 王子が、コールを見た。


「……よかったな」


 コールが、王子を見た。


「……ああ」


 二人が、短く言い合った。


 璃生はそれを見た。


 三人が、同じ場所にいた。


 三人が、揃っていた。


---


### 第四日目・煌虹透空


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 四日目。


 朝が来た。


 璃生は目が覚めたとき、まず窓を見た。


 空が、青かった。


 澄んだ、冬の青い空だった。


 雲が一つもなかった。


 璃生は深呼吸した。


 今日だ。


 今日、四人で誓いを交わす。


 今日、煌虹透空が完成する。


---


 衣装を着た。


 四色を取り入れた衣装だった。


 白地に、朱色と黄金色と夜空色と真珠色の刺繍が入っていた。


 光の当たり方によって、虹のように輝いた。


 王妃が手伝ってくれた。


 王妃は最初から泣いていた。


「きれい……っ」


「ありがとうございます」


「虹みたい……っ」


「はい」


「本当に、きれい……っ」


「王妃様、ありがとうございます」


「ニジトセ様、いいえ、璃生様……っ」


「璃生でいいです」


「璃生……っ、本当に、来てくれてありがとうございます……っ」


 王妃が、璃生を抱きしめた。


 璃生も、抱きしめ返した。


「こちらこそ、ありがとうございます」


---


 式の場所は、城の大広場だった。


 城の外に広がる大きな広場で、王国の民が集まれる場所だった。


 今日は、国中の人が集まっていた。


 広場が、人で溢れていた。


 璃生は広場を見て、少し驚いた。


「こんなに、人が集まるんですか」


「煌虹透空の式ですから」


 神官長が言った。


「女神様の奇跡を、皆が見届けに来ています」


---


 四人が、揃った。


 チョウチョウが、璃生の横に立った。


 王子が、璃生の左に立った。


 コールが、璃生の右に立った。


 璃生が、中心に立った。


 神官長が前に立った。


 広場が、静かになった。


 風が吹いていた。


 冬の澄んだ風が、広場を渡っていた。


---


 神官長が声を上げた。


「本日、この場において。女神ククリヒメ様の御前に、四者の誓いを交わします」


 広場が、静かだった。


 神官長の声が、広場に響いた。


「縁結びの花嫁、虹歳様。並びに、第三王子ユー=オン・ハルノ殿下。神官シュクレスタ・クリストダール。豪商サイコー・チョウ=キンメンモー。四者の縁が、今日ここに完成します」


---


 璃生は前を向いた。


 空が見えた。


 青い空だった。


 太陽が輝いていた。


 光が、まぶしかった。


---


 女神が現れた。


 スーツ姿ではなかった。


 今日は、違う姿だった。


 白い衣をまとっていた。


 でも、顔は同じだった。


 切れ長の目。結い上げた黒髪。


 ただ、今日は少し違った。


 微笑んでいた。


 いつものバリキャリの表情ではなく、ただ、穏やかに微笑んでいた。


「おめでとうございます」


 女神の声が、広場に響いた。


「四つの縁が、今ここに揃いました。煌虹透空を、完成させます」


---


 光が来た。


 璃生の胸から、光が出た。


 四つの花の文様が、光を放った。


 朱色の彼岸花。黄金色の金木犀。夜空色の黒椿。真珠色の水仙。


 四つの光が、広場に広がった。


---


 チョウチョウの胸から、光が出た。


 黄金色の彼岸花の文様が、輝いた。


 王子の胸から、光が出た。


 夜空色の彼岸花の文様が、輝いた。


 コールの胸から、光が出た。


 真珠色の彼岸花の文様が、輝いた。


---


 四つの光が、空へ向かった。


 四色の光が、空で混ざった。


 朱色と、黄金色と、夜空色と、真珠色が、混ざり合った。


 空に、虹がかかった。


---


 冬の晴れた空に、太陽の光が煌めいた。


 虹が、空に広がった。


 一本ではなかった。


 何本もの虹が、空に重なり合っていた。


 朱色の虹。黄金色の虹。夜空色の虹。真珠色の虹。


 四色の虹が、空に輝いた。


---


 広場が、静かだった。


 誰も、声を出さなかった。


 みんなが、空を見ていた。


 虹が、空に広がっていた。


---


 誰かが、つぶやいた。


 一人の声だった。


 でも、広場の静けさの中で、その声は響いた。


「これが……」


 また誰かがつぶやいた。


「煌虹透空……」


---


 璃生は空を見た。


 虹が、空に輝いていた。


 四色の虹が、冬の青い空に、鮮やかに輝いていた。


 きれいだ、と思った。


 ちゃんと、そう思えた。


---


 横を見た。


 チョウチョウが、空を見ていた。


 琥珀色の目が、虹を映していた。


 璃生に気づいて、目が合った。


「……きれいだな」


「はい」


「……よかった」


「はい」


---


 もう一方を見た。


 王子が、空を見ていた。


 金色の目が、虹を映していた。


 璃生に気づいて、目が合った。


「……きれいだ」


「はい」


「……おまえが来てくれて、よかった」


「わたしも、来てよかったです」


---


 反対を見た。


 コールが、空を見ていた。


 薄いピンクの目が、虹を映していた。


 璃生に気づいて、目が合った。


「……水仙の色がある」


「はい」


「……真珠色が、空にある」


「コールさんの色ですね」


「……ああ」


 コールは空を見た。


「……きれいだ」


「はい」


「……よかった」


「はい」


「……あなたが来てくれて、よかった」


「わたしも、来てよかったです」


---


 女神が、四人を見た。


「おめでとうございます」


 また言った。


「四つの縁が揃い、煌虹透空が完成しました。虹が、この国の空に広がっています」


 广場の人たちが、空を見ていた。


「この奇跡は、四者の縁が本物であることの証です。この縁が、これからも続くことを、わたしは祝福します」


 女神が微笑んだ。


「よく来てくれました、璃生」


 初めて、名前で呼ばれた。


 虹歳でも、ニジトセ様でもなく、璃生と呼ばれた。


「はい」


「よく頑張りました」


「ありがとうございます」


「あとは、自分たちで」


「はい」


 女神が消えた。


 ふわり、と消えた。


 でも今日は、消えた後にも、光が残った。


 空の虹が、残った。


---


 広場から、声が上がった。


 一人の声が、また上がった。


 それが広がった。


 祝福の声が、広場に広がった。


 王国中の人が、空を見ながら、声を上げた。


---


 璃生は空を見た。


 虹が、まだそこにあった。


 四色の虹が、冬の空に輝いていた。


 胸の文様が、温かかった。


 四つの花全部が、今日一番温かかった。


---


 チョウチョウが、璃生の手を取った。


 温かかった。


 王子が、璃生の隣に来た。


 温かかった。


 コールが、少し近くに来た。


 温かかった。


---


 四人が、空を見た。


 虹が、空に輝いていた。


 煌虹透空が、完成していた。


---


 璃生は思った。


 ここにいていいんだ、と思えた。


 毎日そう思えてきた。


 でも今日は、今まで一番、強くそう思えた。


 ここにいていい。


 ここが、わたしの場所だ。


 四つの温かさが、そばにあった。


 虹が、空に輝いていた。


 それで、十分だった。


 それで、十分すぎるほどだった。


---


*(エピローグへ続く)*

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