第二十一章 煌虹透空
---
## 第二十一章 煌虹透空
---
式の前日。
璃生は早く目が覚めた。
まだ暗かった。
夜明け前の空が、窓から見えた。
紺色の空の端が、少しずつ明るくなっていく。
コールが好きな、どちらでもない時間だった。
璃生はしばらく、その空を見た。
明日から、三日間、個別の式がある。
そして四日目に、四人で誓いを交わす。
怖いか、と自分に聞いた。
怖くない、という答えが来た。
楽しみか、と自分に聞いた。
楽しみだ、という答えが来た。
嬉しいか、と自分に聞いた。
嬉しい、という答えが来た。
全部、本当のことだった。
---
ヤコが来た。
「今日は、ゆっくり休んでください」
「はい」
「明日から三日間、体力がいりますので」
「大丈夫です」
「大丈夫でも、ゆっくりしてください」
ヤコは朝食を持ってきた。
いつもより少し豪華だった。
「ヤコさん、豪華ですね」
「式の前日ですから」
「ありがとうございます」
ヤコが椅子に座った。
珍しかった。
いつもは立ったまま世話をするヤコが、椅子に座った。
「一つ、話していいですか」
「はい」
「チョウチョウのことです」
「はい」
「兄は、今日の朝から、ひどく落ち着きがありません」
「そうですか」
「部屋を何回も行き来しているそうです。ヤコは商会から連絡を受けて知ったんですが」
「緊張しているんですね」
「そうだと思います。チョウチョウが緊張しているのを、ヤコはあまり見たことがなかったので」
「明日が楽しみだと言っていましたよ」
「楽しみだけど緊張しているんだと思います」
「はい」
「……兄のことを、よろしくお願いします」
ヤコが頭を下げた。
璃生は少し驚いた。
「ヤコさん」
「はい」
「チョウチョウさんのことは、大丈夫です」
「はい」
「わたしがよろしくするというより、お互いに、ですが」
「……はい」
「ヤコさんも、幸せでいてください」
ヤコが、顔を上げた。
静かな目だった。
「……はい。幸せです」
「シオリンさんと、うまくいっていますか」
「とてもうまくいっています」
「良かったです」
「……ニジトセ様のおかげで、兄が動いてくれたので」
「チョウチョウさんが動いてくれたんです」
「でも、兄が変わったのは、ニジトセ様がいたからだと思っています」
璃生は少し間を置いた。
「お互い様ですよ。わたしも、チョウチョウさんたちがいたから、変わりました」
「そうですか」
「はい」
ヤコは少し笑った。
「……じゃあ、お互い様ですね」
「はい」
---
その日の午後。
バクシンが来た。
「王子から伝言があります」
「はい」
「明日は、いつもと同じように来てほしい、と」
「本を持ってきてほしいですか」
「……言葉には出しませんでしたが、たぶんそうだと思います」
「持っていきます」
「ありがとうございます。王子、今日は一人で部屋にいます」
「緊張していますか」
「ひどく緊張しています。でも、怒鳴ったりはしていないです。ただ、じっと窓を見ています」
「そうですか」
「昨夜から、人間の姿でずっといます」
「それは、いいことですね」
「はい。感情が安定しているということなので」
バクシンは少し間を置いた。
「……ニジトセ様に、お礼を言いたいと思っていました」
「バクシンさんに言われると思っていませんでした」
「王子のことを、毎日来て、あきらめないでいてくれたことを。本当にありがとうございます」
「お礼を言うのはわたしのほうです。王子様の修練に付き合ってくれたことに」
「それは当然のことで」
「当然ではないです」
バクシンは少し目が赤くなった。
「……今日は泣かないようにしていたんですが」
「泣いてください」
「泣きません。明日も泣かないようにします」
「明日は泣いていいです」
「……そうさせてもらいます」
---
夕方、神官長が来た。
「コールから、預かり物がございます」
小さな包みを差し出した。
「コールさんから?」
「はい。明日の式の前に渡してほしいと」
璃生は受け取った。
「開けてもいいですか」
「どうぞ」
包みを開けた。
中に、小さな花が一輪あった。
白い水仙だった。
それと、小さな紙が一枚。
---
式の前に、これを持っていてほしい。
図書館の窓から見える庭に咲いていた。
コール
---
璃生は水仙を見た。
白くて、細くて、きれいな花だった。
コールが庭に出て、摘んできたのだろう。
コールが庭に出た。
あのコールが、庭に出て花を摘んだ。
それだけで、胸の水仙の文様が温かくなった。
「神官長様」
「はい」
「コールさんに、ありがとうございますと伝えてください」
「はい」
「それと」
「はい」
「神官長様も、明日から楽しんでください」
神官長は少し間を置いた。
「……はい」
「泣いてもいいです」
「……男泣きはいたしません」
「お義父様なんですから、泣いていいです」
神官長が止まった。
「……お義父様」
「コールさんのお父様ですから」
「……そのように、言っていただけるとは」
「泣いてください」
「……いたしません」
でも、目が赤くなっていた。
---
夜になった。
璃生は部屋で一人でいた。
窓から夜空を見た。
星が多かった。
きれいだった。
コールの水仙を、手に持った。
白い花が、夜の光の中でかすかに輝いていた。
明日から、始まる。
三日間の個別の式。
そして四日目。
璃生は深呼吸した。
一回、二回、三回。
胸の文様が、四つとも温かかった。
ここにいていいんだ、と今夜も思えた。
---
### 第一日目・チョウチョウとの式
---
朝が来た。
快晴だった。
冬の澄んだ空気の中、太陽が輝いていた。
璃生は金色の衣装を着た。
王妃が手伝ってくれた。
琥珀色の刺繍が入った、深みのある黄金色の衣装だった。
「……きれいですよ」
王妃が、声を震わせた。
「ありがとうございます」
「チョウチョウ様も、きっと驚きます」
「そうですか」
「驚いて、格好つけようとして、でもうまくいかないと思います」
「なぜ分かるんですか」
「あの方はそういう方だから」
璃生は少し笑った。
---
式の場所は、城の庭園だった。
冬の庭に、花が飾られていた。
金木犀はこの季節には咲いていないが、金色の花が他にも飾られていた。
ヤコが涙をこらえながら璃生を案内してくれた。
「お兄様は、さっきまでひどく落ち着きがなかったです」
「今は?」
「今は落ち着いているそうです。さっき連絡が来ました」
「良かったです」
---
チョウチョウが待っていた。
正装していた。
商人らしい、でも今日は特別な、深い青と金色を合わせた正装だった。
黄金色のくせっ毛が、きちんと整えられていた。
璃生が来ると、チョウチョウが振り向いた。
一瞬、止まった。
目が、少し動いた。
それから、耳が赤くなった。
「……衣装、似合っている」
「ありがとうございます。チョウチョウさんも格好いいです」
「……そういうことを言うな」
「本当のことを言いました」
「……うるさい」
耳が、もっと赤くなった。
---
神官長が式を執り行った。
静かな式だった。
参列者は少なかった。
王族と、バクシンと、ヤコと、コールと。
璃生とチョウチョウが、向かい合って立った。
神官長が言葉を述べた。
誓いの言葉を交わす時間が来た。
チョウチョウが先に言った。
「……おれは、ニジトセ様を最初に情報として見た。それを後悔している」
声が、落ち着いていた。
緊張しているはずなのに、声は落ち着いていた。
「……でも、おれを変えてくれたのは、ニジトセ様だった。本当のことを言ってくれと言ってくれた。礼を言い続けてくれた。タメ口で話してくれと言ってくれた」
璃生は聞いていた。
「……おれは、これからも本当のことを言い続ける。きつい意見も言う。でも、それと同じくらい、大事にする。ニジトセ様のことを、ずっと大事にする」
チョウチョウは璃生を見た。
まっすぐだった。
「……よろしく」
「よろしくお願いします」
璃生が誓いの言葉を言った。
「チョウチョウさん。最初の握手のとき、温かいと思いました。今も、温かいです。これからも、その温かさのそばにいたいです」
「……」
「本当のことを言ってくれてありがとうございます。これからも、本当のことを教えてください。わたしも、本当のことを言い続けます」
璃生は少し間を置いた。
「よろしくお願いします」
チョウチョウの耳が、また赤くなった。
でも、目は笑っていた。
---
式が終わった。
ヤコが泣いていた。
シオリンがそのそばにいた。
バクシンが、壁を向いていた。
コールが、入口のほうに立っていた。
璃生とチョウチョウが並んで立った。
「……よかった」
チョウチョウが言った。
「はい」
「……本当に、よかった」
「はい」
「……泣きそうだ」
「泣いていいですよ」
「……泣かない」
「泣いていいです」
「……うるさい」
チョウチョウが、璃生の手を取った。
温かかった。
いつもと同じ温かさだった。
璃生は、その温かさをちゃんと感じた。
---
### 第二日目・王子との式
---
二日目も、快晴だった。
璃生は夜空色と朱色を合わせた衣装を着た。
深群青の地に、朱色の彼岸花の刺繍が入っていた。
王妃がまた手伝ってくれた。
「昨日も泣いてしまいましたが、今日もきっと泣きます」
「泣いていいですよ」
「……ニジトセ様が許可をくれると、遠慮なく泣けます」
「どうぞ」
---
式の前に、璃生は王子の部屋に寄った。
本を持っていった。
旅の物語の、最終章だった。
王子は、人間の姿で待っていた。
金色の正装を着ていた。
璃生を見て、少し目を開いた。
「……衣装」
「似合っていますか」
「……似合っている」
「ありがとうございます。王子様も格好いいです」
「……うるさい」
でも、耳が赤くなった。
璃生は本を取り出した。
「少し読みますか」
「……読む」
二人で、並んで座った。
璃生が声に出して読んだ。
旅の最終章。
旅人たちが、目的地に辿り着く場面だった。
王子は黙って聞いていた。
尻尾はなかった。
でも、王子の体が、少し緩んでいるのが分かった。
落ち着いていた。
璃生が読んでいると、落ち着いていた。
---
式は、城の中の広間で行われた。
王族が全員参列した。
バクシンが、横に立っていた。
チョウチョウが、コールの隣に立っていた。
璃生と王子が、向かい合って立った。
王子の金色の瞳が、璃生を見ていた。
まっすぐだった。
緊張していたが、まっすぐだった。
誓いの言葉の時間が来た。
王子が先に言った。
「……おれは、おまえが来たとき、怖かった。心が読めない人間が近くにいることが、怖かった」
声が、落ち着いていた。
「……でも、おまえは来続けた。怒鳴っても、来た。怖かったのに、来た」
「はい」
「……怖かったのに来た理由を、おれはずっと考えていた。最初は分からなかった。でも、今は少し分かる」
王子は璃生を見た。
「……おまえが来るたびに、静かになれた。感情が、落ち着いた。それが、どういうことか、時間をかけて分かった」
「はい」
「……おれは、人の感情が流れ込んでくることが怖かった。でも、おまえの感情は流れてこない。それなのに、温かいと感じた。それが、ずっと不思議だった」
王子は少し間を置いた。
「……今も、理由は分からない。でも、温かい。おまえが来ると、温かい」
「はい」
「……これからも、来てくれ。毎日でなくても。ただ、来てくれ」
「毎日来ます」
「……うるさい」
でも、口元が少し動いた。
「……よろしく」
「よろしくお願いします」
---
璃生が誓いの言葉を言った。
「王子様。最初に会ったとき、大きくてきれいだと思いました」
「……狼のとき、か」
「はい。夜の色みたいだと思いました」
「……変な人間だ」
「毎日来たのは、光があったからでもありますが、それだけではなかったと思います」
「……何があった」
「会いたかったからだと思います。今思えば」
王子が、止まった。
「……会いたかった」
「はい。扉が開いているのを見るたびに、嬉しかったです。待っていてくれたと思って」
「……待っていた」
「知っています」
「……知っているのか」
「扉が開いているので分かります」
王子が、また耳を赤くした。
「これからも、扉を開けて待っていてくれると嬉しいです。わたしも、毎日来ます」
「……毎日でなくていい」
「毎日来ます」
「……うるさい」
「よろしくお願いします」
---
式が終わった。
王妃が、約束通り泣いた。
国王が、穏やかな目で璃生を見た。
第一王子が「一言多い、と言おうとしたが、言わない」と言った。
第二王子が「それが一言多いですよ」と言った。
バクシンが、壁を向いていた。
「バクシンさん」
「……はい」
「泣いていいです」
「……いたしません」
「泣いていいです」
「……少しだけ」
バクシンが、袖で目を押さえた。
---
### 第三日目・コールとの式
---
三日目。
快晴が続いていた。
璃生は真珠色と白を合わせた衣装を着た。
乳白色の地に、白い水仙の刺繍が入っていた。
光の当たり方によって、真珠色に輝いた。
---
図書館に向かった。
神殿の廊下を歩いた。
いつもと同じ廊下だった。
本棚の匂いがした。
図書館の扉を開けた。
中に、花が飾られていた。
白い水仙と、白い花々が、本棚の端に飾られていた。
窓から光が入っていた。
本の匂いと、花の香りが混じっていた。
璃生はその光景を、しばらく見た。
きれいだった。
図書館が、きれいだった。
毎日来ていた場所が、今日は特別に輝いていた。
---
コールが、いつもの場所にいた。
でも今日は、巣のソファではなく、窓のそばに立っていた。
正装していた。
白と銀を合わせた、清潔感のある正装だった。
銀髪が、光の中で輝いていた。
フードはなかった。
布もなかった。
眼鏡だけあった。
璃生が入ってきたのを見て、コールが振り向いた。
薄いピンクの目が、璃生を見た。
止まった。
しばらく、止まっていた。
「……衣装」
「はい」
「……きれいだ」
「コールさんも、きれいです」
「……フードがないと、落ち着かない」
「大丈夫ですよ」
「……眼鏡は外せない」
「外さなくていいです」
「……そうか」
コールが少し息を吸った。
「……緊張している」
「正直ですね」
「……隠せない」
「わたしも緊張しています」
「……同じか」
「コールさんのほうが、もっとですか」
「……もっとだ」
「なぜですか」
「……あなたに言葉を聞かせるのが、初めてだから」
「楽しみにしています」
「……プレッシャーだ」
「大丈夫です」
「……なぜ大丈夫なのだ」
「コールさんの言葉だから」
コールは少し間を置いた。
「……そういうことを言う」
「本当のことです」
「……変な人間だ」
「はい」
「……でも、好きだ」
「わたしも好きです」
「……即答した」
「考えなくても分かります」
---
式は、図書館の奥で行われた。
窓のそばだった。
光が差し込む場所だった。
参列者は少なかった。
神官長と、その妻のサクラ様と、王女メイと、チョウチョウと、王子だけだった。
チョウチョウと王子が、本棚の前に並んで立っていた。
二人が並んでいるのは、珍しかった。
チョウチョウが王子に何か話しかけて、王子が「うるさい」と言っていた。
いつものようだった。
---
璃生とコールが、向かい合って立った。
窓から光が入っていた。
本棚が、まわりにあった。
本の匂いがした。
コールの目が、璃生を見ていた。
誓いの言葉の時間が来た。
コールが先に言った。
「……言葉を考えた。難しかった」
声が、少し低かった。
「……わたしは、人に近づかれることが怖かった。魅了の能力があるから。インサクメア族だから。近づかれるときは、いつも目的があった」
「はい」
「……でも、あなたは最初から、目的だけではなかった。毎日来て、本を読んで、騒がしくしなかった。距離を守ってくれた」
「はい」
「……距離を守ってくれる人が、図書館に来たのは、初めてだった」
コールは少し間を置いた。
「……あなたが来るようになって、わたしは、人の足音を聞き慣れた。それが不思議だった。怖くなかった」
「はい」
「……いつの間にか、日記を書くのが楽しみになっていた。お茶を二つ用意することが、当然になっていた。夜明けを一緒に見ることが、好きになっていた」
コールの目が、璃生を見た。
「……これが、好きだという感覚だと、時間をかけて分かった。わたしは時間がかかった」
「はい」
「……遅かったか」
「全然遅くないです」
「……あなたはいつもそう言う」
「本当のことを言っています」
コールは少し目を細めた。
「……これからも、図書館に来てほしい。毎日でなくても。本を読んでほしい。日記を書いてほしい。夜明けを見てほしい」
「はい」
「……わたしが、向こうに行くこともある。あなたの部屋に行くこともある。それでもいいか」
「嬉しいです」
「……そうか」
コールは深く息を吸った。
「……好きだ。これからも、好きでいる。それだけ言う」
それだけだった。
でも、その言葉が、璃生には十分すぎるほどだった。
---
璃生が誓いの言葉を言った。
「コールさん。最初に会ったとき、図書館の主だと思いました」
「……主」
「本の主だと思いました。本を全部知っている人だと思いました」
「……全部は知らない」
「全部知っているように見えました」
「……そうか」
「毎日来たのは、図書館が好きだったからでもありますが、コールさんが教えてくれることが好きだったからでもあります」
「……そうか」
「声が速くなると、楽しそうだと思っていました」
「……速くなっていたか」
「なっていました」
「……気づかなかった」
「知っていました」
「……知っていたのか」
「はい。知っていて、嬉しかったです」
コールは少し止まった。
「コールさんの日記が、毎日楽しみでした。追記が増えていくのが、好きでした」
「……追記は、言いたいことが増えるから」
「知っています。だから好きです」
コールが、少し目を細めた。
「これからも、日記を書いてください。追記も、増えていいです」
「……了解した」
「夜明けも、一緒に見てください」
「……来い」
「はい」
「……毎日来い」
「毎日行きます」
「……本を読め」
「読みます」
「……お茶を飲め」
「飲みます」
「……わたしのそばにいろ」
「います」
コールは、しばらく璃生を見た。
「……よろしく」
「よろしくお願いします」
---
式が終わった。
神官長が、目を押さえていた。
サクラ様が、神官長の背を撫でていた。
王女メイが、璃生に抱きついた。
「三日間、おめでとう」
「ありがとうございます」
「明日が、いよいよね」
「はい」
「楽しみにしているわ」
チョウチョウが、コールのそばに来た。
「……うまくやったな」
「礼は要らない」
「言うな、受け取れ」
「……勝手にしろ」
王子が、コールを見た。
「……よかったな」
コールが、王子を見た。
「……ああ」
二人が、短く言い合った。
璃生はそれを見た。
三人が、同じ場所にいた。
三人が、揃っていた。
---
### 第四日目・煌虹透空
---
四日目。
朝が来た。
璃生は目が覚めたとき、まず窓を見た。
空が、青かった。
澄んだ、冬の青い空だった。
雲が一つもなかった。
璃生は深呼吸した。
今日だ。
今日、四人で誓いを交わす。
今日、煌虹透空が完成する。
---
衣装を着た。
四色を取り入れた衣装だった。
白地に、朱色と黄金色と夜空色と真珠色の刺繍が入っていた。
光の当たり方によって、虹のように輝いた。
王妃が手伝ってくれた。
王妃は最初から泣いていた。
「きれい……っ」
「ありがとうございます」
「虹みたい……っ」
「はい」
「本当に、きれい……っ」
「王妃様、ありがとうございます」
「ニジトセ様、いいえ、璃生様……っ」
「璃生でいいです」
「璃生……っ、本当に、来てくれてありがとうございます……っ」
王妃が、璃生を抱きしめた。
璃生も、抱きしめ返した。
「こちらこそ、ありがとうございます」
---
式の場所は、城の大広場だった。
城の外に広がる大きな広場で、王国の民が集まれる場所だった。
今日は、国中の人が集まっていた。
広場が、人で溢れていた。
璃生は広場を見て、少し驚いた。
「こんなに、人が集まるんですか」
「煌虹透空の式ですから」
神官長が言った。
「女神様の奇跡を、皆が見届けに来ています」
---
四人が、揃った。
チョウチョウが、璃生の横に立った。
王子が、璃生の左に立った。
コールが、璃生の右に立った。
璃生が、中心に立った。
神官長が前に立った。
広場が、静かになった。
風が吹いていた。
冬の澄んだ風が、広場を渡っていた。
---
神官長が声を上げた。
「本日、この場において。女神ククリヒメ様の御前に、四者の誓いを交わします」
広場が、静かだった。
神官長の声が、広場に響いた。
「縁結びの花嫁、虹歳様。並びに、第三王子ユー=オン・ハルノ殿下。神官シュクレスタ・クリストダール。豪商サイコー・チョウ=キンメンモー。四者の縁が、今日ここに完成します」
---
璃生は前を向いた。
空が見えた。
青い空だった。
太陽が輝いていた。
光が、まぶしかった。
---
女神が現れた。
スーツ姿ではなかった。
今日は、違う姿だった。
白い衣をまとっていた。
でも、顔は同じだった。
切れ長の目。結い上げた黒髪。
ただ、今日は少し違った。
微笑んでいた。
いつものバリキャリの表情ではなく、ただ、穏やかに微笑んでいた。
「おめでとうございます」
女神の声が、広場に響いた。
「四つの縁が、今ここに揃いました。煌虹透空を、完成させます」
---
光が来た。
璃生の胸から、光が出た。
四つの花の文様が、光を放った。
朱色の彼岸花。黄金色の金木犀。夜空色の黒椿。真珠色の水仙。
四つの光が、広場に広がった。
---
チョウチョウの胸から、光が出た。
黄金色の彼岸花の文様が、輝いた。
王子の胸から、光が出た。
夜空色の彼岸花の文様が、輝いた。
コールの胸から、光が出た。
真珠色の彼岸花の文様が、輝いた。
---
四つの光が、空へ向かった。
四色の光が、空で混ざった。
朱色と、黄金色と、夜空色と、真珠色が、混ざり合った。
空に、虹がかかった。
---
冬の晴れた空に、太陽の光が煌めいた。
虹が、空に広がった。
一本ではなかった。
何本もの虹が、空に重なり合っていた。
朱色の虹。黄金色の虹。夜空色の虹。真珠色の虹。
四色の虹が、空に輝いた。
---
広場が、静かだった。
誰も、声を出さなかった。
みんなが、空を見ていた。
虹が、空に広がっていた。
---
誰かが、つぶやいた。
一人の声だった。
でも、広場の静けさの中で、その声は響いた。
「これが……」
また誰かがつぶやいた。
「煌虹透空……」
---
璃生は空を見た。
虹が、空に輝いていた。
四色の虹が、冬の青い空に、鮮やかに輝いていた。
きれいだ、と思った。
ちゃんと、そう思えた。
---
横を見た。
チョウチョウが、空を見ていた。
琥珀色の目が、虹を映していた。
璃生に気づいて、目が合った。
「……きれいだな」
「はい」
「……よかった」
「はい」
---
もう一方を見た。
王子が、空を見ていた。
金色の目が、虹を映していた。
璃生に気づいて、目が合った。
「……きれいだ」
「はい」
「……おまえが来てくれて、よかった」
「わたしも、来てよかったです」
---
反対を見た。
コールが、空を見ていた。
薄いピンクの目が、虹を映していた。
璃生に気づいて、目が合った。
「……水仙の色がある」
「はい」
「……真珠色が、空にある」
「コールさんの色ですね」
「……ああ」
コールは空を見た。
「……きれいだ」
「はい」
「……よかった」
「はい」
「……あなたが来てくれて、よかった」
「わたしも、来てよかったです」
---
女神が、四人を見た。
「おめでとうございます」
また言った。
「四つの縁が揃い、煌虹透空が完成しました。虹が、この国の空に広がっています」
广場の人たちが、空を見ていた。
「この奇跡は、四者の縁が本物であることの証です。この縁が、これからも続くことを、わたしは祝福します」
女神が微笑んだ。
「よく来てくれました、璃生」
初めて、名前で呼ばれた。
虹歳でも、ニジトセ様でもなく、璃生と呼ばれた。
「はい」
「よく頑張りました」
「ありがとうございます」
「あとは、自分たちで」
「はい」
女神が消えた。
ふわり、と消えた。
でも今日は、消えた後にも、光が残った。
空の虹が、残った。
---
広場から、声が上がった。
一人の声が、また上がった。
それが広がった。
祝福の声が、広場に広がった。
王国中の人が、空を見ながら、声を上げた。
---
璃生は空を見た。
虹が、まだそこにあった。
四色の虹が、冬の空に輝いていた。
胸の文様が、温かかった。
四つの花全部が、今日一番温かかった。
---
チョウチョウが、璃生の手を取った。
温かかった。
王子が、璃生の隣に来た。
温かかった。
コールが、少し近くに来た。
温かかった。
---
四人が、空を見た。
虹が、空に輝いていた。
煌虹透空が、完成していた。
---
璃生は思った。
ここにいていいんだ、と思えた。
毎日そう思えてきた。
でも今日は、今まで一番、強くそう思えた。
ここにいていい。
ここが、わたしの場所だ。
四つの温かさが、そばにあった。
虹が、空に輝いていた。
それで、十分だった。
それで、十分すぎるほどだった。
---
*(エピローグへ続く)*




