第十九章 コールとの契り
## 第十九章 コールとの契り
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黒椿が色づいてから、一ヶ月が経った。
秋になっていた。
この世界の秋は、空気が澄んでいた。
図書館の窓から見える木々が、少しずつ色を変えていた。
赤と橙と黄色が混じった、深い色の葉が、風に揺れていた。
璃生はその色を、毎朝の夜明けを見ながらコールと並んで眺めた。
二人で窓から秋の木々を見る時間が、最近の日課になっていた。
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交換日記は、毎日続いていた。
コールの日記は、少しずつ長くなっていた。
最初は数行だったものが、今では一ページを超えることも珍しくなかった。
鉱石のことを書く日があった。
夜明けのことを書く日があった。
神官長が持ってきた茶葉のことを書く日があった。
チョウチョウが図書館で鉱石の質問をしてきた話を書く日があった。
そしてときどき、璃生のことを書いていた。
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ある日の日記に、コールはこう書いていた。
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今日、あなたが図書館に入ってきたとき、本棚の間を歩く足音が聞こえた。
聞き慣れた足音だ。
いつの間にか、聞き慣れていた。
それが、少し不思議だった。
人の足音を聞き慣れると思っていなかったから。
コール
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璃生はその日記を読んで、返事を書いた。
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コール様へ
わたしも、コールさんのページをめくる音を聞き慣れています。
本の内容を話してくれるときの声の速さも、聞き慣れました。
速くなると、楽しそうだと分かります。
ニジトセ
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翌日のコールの日記にはこう書いてあった。
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速くなると楽しそう、と書いてあった。
そんなことはない。
ただ、説明が増えるだけだ。
コール
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その下に、一行だけ付け足されていた。
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楽しいかもしれない。
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璃生はそれを読んで、声を出して笑った。
一人で、声に出して笑った。
コールが楽しいかもしれないと書いてくれた。
それだけのことが、嬉しかった。
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秋が深まったある夜。
璃生が部屋で本を読んでいると、扉がノックされた。
ヤコにしては、少し違う音だった。
「はい」
「……わたしだ」
コールの声だった。
璃生は少し驚いた。
コールが、璃生の部屋に来たことは、今まで一度もなかった。
「どうぞ」
扉が開いた。
コールが入ってきた。
ローブを着ていた。フードは下ろしていた。眼鏡をかけていた。
璃生の部屋を、少し見回した。
「……来てしまった」
「はい」
「……失礼だったか」
「いいえ、大丈夫です」
「……突然で、申し訳なかった」
「気にしていないです」
コールは部屋の入口に立ったまま、動かなかった。
璃生は本を閉じた。
「座りますか」
「……いや、すぐに帰る」
「そうですか」
「……話があって来た」
「はい」
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コールが、璃生を見た。
眼鏡の奥の薄いピンクの目が、璃生を見た。
まっすぐだった。
でも、いつもより少し、目が揺れていた。
「……水仙の文様のことを、日記に書いていた」
「はい」
「……色づいたとき、どんな色になるのか、気になると」
「はい」
「……それを書いてから、ずっと考えていた」
「何をですか」
「……わたしが、どうしたいのかを」
璃生は聞いた。
「……縁を結びたいと、思った」
静かだった。
秋の夜の静けさの中で、コールの声があった。
「……長くかかった。考えるのに、時間がかかった」
「はい」
「……インサクメア族の特性のことを、あなたは知っているか」
「少し、教えてもらいましたね」
「……魅了の魔眼がある。体液に媚薬に近い成分がある。夢を見せることができる」
「はい」
「……縁を結ぶとなると、それらの影響を受ける可能性がある。意識が少し朦朧とすることがある。いつもより感情が揺れることがある」
「はい」
「……それを分かった上で、してほしい。嫌なら、断ってくれていい」
コールの声が、少し低くなった。
「……わたしは、あなたに影響を与えたくない。でも、どうしても与えてしまう可能性がある。それが、今まで踏み出せなかった理由の一つだ」
「コールさん」
「……何だ」
「教えてくれてありがとうございます」
「……礼を言う場面ではない」
「教えてくれたことに、礼を言っています」
「……」
「コールさんは、いつも先に教えてくれますね。わたしが困らないように、知っておくべきことを」
コールは少し間を置いた。
「……それは、当然のことだ」
「当然ではないです」
「……あなたを、困らせたくない」
「分かっています」
「……だから、言った」
「ありがとうございます。縁を結びます」
「……即答するな」
「考えなくても分かります」
「……なぜ」
「コールさんだから、大丈夫だと思えます」
コールは、璃生を見た。
長い間、見た。
「……本当に、変な理屈だ」
「そうですか」
「……でも、あなたはいつもそうだ」
「はい」
「……いつも、そうやって言う」
「本当のことを言っています」
コールはまた少し間を置いた。
「……いつがいいか」
「コールさんが決めてください」
「……今夜でもいいか」
「はい」
「……すぐに来る。少し待っていてくれ」
「はい」
コールが扉を閉めた。
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しばらくして、コールが戻ってきた。
ローブを着ていたが、いつもより柔らかい素材のものに変えていた。
眼鏡は同じだった。
璃生の部屋に入った。
扉を閉めた。
璃生を見た。
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コールが極度に緊張していた。
分かった。
体が、わずかに強張っていた。
指先が、少し動いていた。
「……緊張していますね」
「……している」
「正直ですね」
「……隠せない」
「わたしも緊張しています」
「……そうか」
「同じですね」
「……同じじゃない。わたしのほうが、もっと」
「なぜですか」
「……初めてだから」
璃生は少し止まった。
「……初めてですか」
「……ああ」
「コールさんにとって、初めてのことを、わたしとしていいんですか」
「……あなたとしたい。だから来た」
璃生は、コールを見た。
まっすぐだった。
震えているように見えたが、目はまっすぐだった。
「コールさん」
「何だ」
「大丈夫です。わたしがいます」
「……あなたに言われても、意味が分からない」
「意味が分からなくていいです。ただ、ここにいます」
コールは、璃生を見た。
長い間、見た。
「……来ていいか」
「はい」
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コールが近づいた。
ゆっくりだった。
一歩ずつ、確かめるように。
璃生の前に来て、止まった。
「……触れていいか」
「はい」
「……眼鏡は、外さないほうがいい。外すと、影響が強くなる」
「分かりました」
「……途中で、意識が少し揺れるかもしれない。そのときは言ってくれ」
「はい」
「……怖くなったら、言ってくれ。すぐに止める」
「はい」
「……本当に、すぐに止める」
「分かっています」
コールが、璃生の髪に手を触れた。
そっと、髪を撫でた。
繊細な手つきだった。
まるで本の頁をめくるときのような、丁寧な手つきだった。
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璃生は、ちゃんとそこにいようとした。
感覚を遠ざけないで、ちゃんとそこにいようとした。
怖い、という感覚が少し来た。
でも、コールの手が丁寧だった。
そっと、そっと触れていた。
怖さより、丁寧さのほうが大きかった。
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しばらくして、璃生の頭が少し揺れた。
揺れた、というより、軽くなった感覚だった。
ふわりとした感覚が来た。
「……大丈夫か」
「……少し、ふわふわします」
「……魔眼の影響だ。眼鏡を通しているが、近いと少し出る。止めるか」
「止めないです。ほろ酔いみたいで、悪くないです」
「……ほろ酔い」
「お酒を少し飲んだときみたいに、温かくて、少し軽い感じです」
「……それなら、続けてもいいか」
「はい」
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体液の影響が出てきた。
温かかった。
ぽかぽかするような温かさが、じんわりと広がった。
悪くなかった。
むしろ、心地よかった。
璃生はちゃんとそこにいながら、その感覚を感じた。
「……体が温かくなってきました」
「……体液の影響だ。不快なら」
「不快ではないです。ぽかぽかします」
「……そうか」
「コールさんも、ぽかぽかしますか」
「……わたしには影響しない」
「そうですか。ぽかぽかしながら、コールさんを見ています」
「……見るな」
「きれいですね」
「……やめろ」
「本当のことを言いました」
「……やめろと言っている」
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コールは、極度に緊張したままだった。
でも、丁寧だった。
ひどく丁寧だった。
触れるたびに確認した。
「……大丈夫か」
「大丈夫です」
「……怖くないか」
「怖くないです」
「……本当に」
「本当に。コールさんだから」
「……それは、どういう意味だ」
「コールさんだから、大丈夫だということです」
「……意味が分からない」
「分からなくていいです」
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ふわふわした感覚の中で、璃生はちゃんとそこにいた。
霞がかかったような感覚ではなかった。
ほろ酔いのような、でも意識はちゃんとある。
全部、感じた。
コールの手が丁寧なこと。
温かいぽかぽかした感覚が、体の中に広がっていること。
コールが震えていること。
それでも止まらないこと。
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長い時間が経った。
インサクメア族の特性で、長い夜になった。
でも、璃生には苦ではなかった。
ぽかぽかした温かさがあって、ふわりとした感覚があって。
コールがずっと、丁寧にいてくれた。
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夜が明けそうになった頃、終わった。
璃生は目を開けた。
ふわふわした感覚が、少し残っていた。
コールが、璃生から少し離れた場所にいた。
背を向けていた。
「コールさん」
コールは答えなかった。
「大丈夫ですか」
答えなかった。
「コールさん」
「……すまない」
声が来た。
低い声だった。
いつもより低かった。
「何がですか」
「……長くなった。迷惑だったか」
「迷惑ではないです」
「……本当に」
「本当に。ぽかぽかして、温かかったです」
「……影響のせいだ」
「影響だけではないです」
「……どういう意味だ」
「コールさんがいたから、温かかったです」
コールは、少し間を置いた。
「……おれは」
「はい」
「……怖がらせなかったか」
「怖がらせていないです」
「……魔眼の影響が出たのに」
「悪くなかったです。ほろ酔いみたいで」
「……本当に」
「本当です」
コールが振り向いた。
眼鏡越しの薄いピンクの目が、璃生を見た。
揺れていた。
強く、揺れていた。
「……後悔していないか」
「していないです」
「……本当に」
「本当に。ありがとうございます」
「……礼を言う場面ではない」
「言います」
「……なぜ」
「コールさんが、ちゃんといてくれたから」
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コールの目が、またひどく揺れた。
眼鏡の奥で、薄いピンクが揺れた。
「……わたしは、今まで」
止まった。
「はい」
「……誰かに、こんなに近くにいてもらったことが、なかった」
「そうですか」
「……インサクメア族だから、怖がられてきた。近づかれるときは、魅了に引き寄せられているときだった」
「はい」
「……あなたは、引き寄せられているのか」
「引き寄せられていないと思います」
「……眼鏡を外したわけでもないのに、影響が出ていた」
「はい」
「……なのに、怖がらなかった。おれが怖いと言わなかった」
「コールさんだから、怖くないです」
コールは璃生を見た。
「……その言葉が、分からない。何度聞いても分からない」
「いつか分かると思います」
「……いつか」
「はい。急がなくていいです」
コールは少し間を置いた。
それから、目が揺れたまま、璃生を見た。
「……ありがとう」
「こちらこそ」
「……礼を言われる立場ではない。わたしは」
「ありがとうございます」
「……なぜ礼を言う」
「ここにいてくれたから。初めてのことを、ここでしてくれたから」
コールの目が、また揺れた。
揺れたまま、固まった。
何か言おうとして、言えなかった。
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璃生は、コールを見た。
「面白かったですよ」
コールが固まった。
「……は」
「面白かったです。ぽかぽかして、ふわふわして、長い夜でしたけど、面白かったです」
「……面白かった」
「はい」
「……それは」
「いい意味です。楽しかった、という意味です」
コールは、呆気に取られた顔をした。
眼鏡の奥の目が、丸くなった。
「……楽しかった」
「はい」
「……わたしとの縁結びが」
「はい」
「……インサクメア族との縁結びが」
「はい」
「……楽しかった」
「はい」
コールはしばらく、璃生を見ていた。
ぽかん、とした顔で見ていた。
それから。
「……変な人間だ」
「よく言われます」
「……本当に変だ」
「チョウチョウさんにも、王子様にも言われます」
「……それは、正しい評価だ」
「ありがとうございます」
「……礼を言うな」
「言います」
コールは、またぽかんとした。
そして、どうしたらいいか分からないという顔で、璃生を見た。
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その顔が。
璃生には、かわいかった。
いつも落ち着いているコールが、どうしたらいいか分からなくなっている顔が、かわいかった。
でも、今回は笑わなかった。
笑いたかったが、笑わなかった。
なぜかというと、コールの目が揺れていたから。
揺れていて、何かがこぼれそうだったから。
「コールさん」
「……何だ」
「今夜のことを、後悔していますか」
「……していない」
「本当に」
「……していない。ただ」
「ただ?」
「……よかったと、思っている」
「よかった」
「……あなたが、怖がらなかった。そのことが、よかった」
「はい」
「……わたしのことを、怖がらなかった。それが、」
止まった。
また止まった。
コールの目が、また揺れた。
今度は、涙だった。
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コールが泣いた。
声は出なかった。
ただ、目から、涙が流れた。
眼鏡を外した。
目を押さえた。
璃生は動かなかった。
コールの距離の中に入らなかった。
ただ、そこにいた。
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しばらくして、コールが手を下ろした。
眼鏡をかけた。
璃生を見た。
「……泣いた」
「はい」
「……なぜか、分からない」
「はい」
「……こういうことは、初めてだ」
「泣いたことがないんですか」
「……泣いたことは、ある。でも、こういう理由では、初めてだ」
「どういう理由ですか」
「……怖がられなかったから、というのは、初めてだ」
璃生は、コールを見た。
「コールさん」
「何だ」
「泣いていいですよ」
「……もう止まった」
「また泣いてもいいです」
「……泣かない」
「泣いてもいいです」
「……うるさい」
「コールさん」
「何だ」
「わたし、コールさんのことが好きです」
コールが、止まった。
「……それは」
「縁結びの相手だからというだけじゃないです」
「……どういう意味だ」
「毎日図書館に来て、本を読んで、教えてもらって、お茶を飲んで、日記を交換して。その積み重ねの中で、コールさんのことが好きになりました」
「……」
「コールさんが、知らないことを教えてくれる声が好きです。夜明けを一緒に見るのが好きです。日記が届くのを楽しみにしています。コールさんが、気になっていると書いてくれたことが、嬉しかったです」
コールは何も言わなかった。
璃生を見ていた。
「……それは、本当のことか」
「本当のことです」
「……影響ではないか」
「影響ではないです。三ヶ月以上、毎日来ていたので」
「……三ヶ月以上」
「はい。毎日来ていました。その間にそう思いました」
コールは、少し間を置いた。
「……わたしも」
「はい」
「……あなたのことが、好きだ」
静かだった。
夜明け前の静けさだった。
「……言葉にするのが、難しかった。でも、そうだ」
「はい」
「……毎日来てくれることが、嬉しかった。日記を書くことが、楽しみになっていた。それが、どういう意味か、最近分かってきた」
「はい」
「……好きだというのが、こういう感覚だと、今夜初めてちゃんと分かった」
「そうですか」
「……遅かったか」
「全然」
「……本当に」
「本当に。ちょうどいいです」
コールは、璃生を見た。
「……ありがとう」
「こちらこそ」
「……礼を言うな」
「言います」
「……」
コールが、少し目を細めた。
泣いた後の目で、少し細めた。
それが、璃生には好きだった。
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夜明けが来た。
窓から光が入り始めた。
コールが立ち上がった。
「……行く」
「はい」
「……長くなった。本当に申し訳なかった」
「謝らなくていいです」
「……疲れただろう」
「ぽかぽかして、眠いですけど、疲れていないです」
「……それは影響だ」
「はい、でも悪くないです」
コールが扉に向かった。
扉の前で止まった。
王子やチョウチョウがそうしたように、扉の前で止まった。
振り向いた。
薄いピンクの目が、璃生を見た。
「……面白かったと、言っていた」
「はい」
「……また、面白かったと思えるか」
「思えます」
「……なぜ」
「コールさんとだから」
コールはしばらく璃生を見た。
「……変な人間だ」
「はい」
「……でも」
「でも?」
「……好きだ」
「わたしも好きです」
「……即答するな」
「考えなくても分かります」
コールが、また目を細めた。
扉を開けた。
「……また来る」
「はい」
「……明日、日記を届ける」
「楽しみにしています」
「……おやすみ」
「おはようございます」
「……朝か」
「夜明けです」
「……そうか。では、おはよう」
「おはようございます」
扉が閉まった。
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璃生は、閉まった扉をしばらく見た。
それから、胸の文様に触れた。
服の合わせをそっと開いた。
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水仙の輪郭が、そこにあった。
白くなかった。
真珠色だった。
乳白色の中に、ピンクが滲んでいた。
光の当たり方によって、虹色に輝いた。
透き通った、美しい真珠色。
水仙が、完成していた。
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璃生は、しばらくそれを見た。
それから、胸全体を見た。
朱色の彼岸花が、中心にある。
黄金色の金木犀が、その隣に。
夜空色の黒椿が、その隣に。
真珠色の水仙が、その隣に。
四つの花が、璃生の胸の上で、鮮やかに輝いていた。
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四つ、揃った。
四つ、全部、色づいた。
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璃生は服を戻した。
窓の外を見た。
夜明けの空だった。
コールが好きな、どちらでもない時間の空だった。
紺色が少しずつ青くなって、橙色の気配が来て。
光が、来る前の時間。
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璃生は窓に手を当てた。
胸が、温かかった。
四つの花全部が、温かかった。
じんわりと、でも確かに、四つが輝いていた。
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外が、少しずつ明るくなっていった。
太陽の端が、見えてきた。
光が窓から入ってきた。
璃生の胸の文様に、光が当たった。
服の上からでも、文様が光っているのが、かすかに分かった。
四つの花が、光の中で輝いていた。
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璃生はそれを感じながら、思った。
ここにいていいんだ、と今日も思えた。
四つの花が揃った。
でも、終わりではない。
ここから、また始まる。
女神が言っていた。
四つ揃ったとき、煌虹透空が完成する、と。
それが、もうすぐだ。
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翌朝届いたコールの日記には、こう書いてあった。
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今朝、帰りに図書館の窓から夜明けを見た。
一人で見た。
いつもはあなたが隣にいる。
今日は一人だった。
一人で見たら、昨日のことを思った。
面白かったと言っていた。
笑うと思った。
でも、笑えなかった。
なぜかというと、本当のことだと分かったから。
あなたが面白かったと言うことが、本当のことだと分かったから。
だから笑えなかった。
嬉しかった。
嬉しいという感覚が、こんなに大きくなることを、知らなかった。
コール
追記。
水仙の文様が、色づいたか。
今日、あなたの顔を見て確認したい。
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璃生はそれを読んで、また笑った。
でも、今回の笑いは、少し違う笑いだった。
温かかった。
胸の奥が、温かかった。
コールが嬉しかったと書いてくれた。
追記で、確認したいと書いてくれた。
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璃生は返事を書いた。
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コール様へ
色づきました。
真珠色です。
四つ、全部揃いました。
今日、図書館で見せます。
楽しみにしていてください。
ニジトセ
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書いて、ノートを閉じた。
窓の外を見た。
秋の空が、青かった。
四つの花が、胸の上で温かかった。
今日も、図書館へ行こう。
そう思いながら、璃生は支度を始めた。
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*(第二十章へ続く)*




