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虹色の彼岸、あなたへ〜四色の花嫁〜  作者: 有寄之蟻
第五部 「それぞれの決意」
15/18

第十四章 コールの手紙

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## 第十四章 コールの手紙


---


 王城に来て、四ヶ月と少しが経った。


 ある朝のことだった。


 璃生が朝食を終えて、図書館へ向かう支度をしていると、ヤコが部屋に入ってきた。


 手に、何かを持っていた。


 小さな、白い封筒だった。


 封筒の上に、花が一輪置いてあった。


 白い、細い花だった。


 水仙だった。


「届いていました」


 ヤコが差し出した。


「誰からですか」


「神官長様から預かりました。コール様からだそうです」


 璃生は封筒を受け取った。


 手に持つと、少し重みがあった。


 封筒の表に、璃生の名前が書いてあった。


 ニジトセ様へ、と。


 文字が、細くて整っていた。


 コールらしい字だった。


---


 璃生はヤコに少し待ってもらって、封筒を開けた。


 中に、便箋が入っていた。


 一枚だった。


 丁寧に折り畳まれていた。


 開いた。


---


 ニジトセ様へ


 先日は、図書館で驚かせてしまい、申し訳なかった。


 あなたが医務室へ運ばれたあと、しばらく自分のしたことを考えていた。


 フードなしで近づいたこと。了承なく触れたこと。


 それがあなたにとってどういう意味を持つか、理解した上でこの手紙を書いている。


 あなたは、怖くない、と言ってくれた。


 わたしのことが、怖くないと。


 その言葉を、正直に言うと、信じていいのか分からなかった。


 インサクメア族に近づく者は、魅了の能力に引き寄せられているか、あるいは恐怖している。そのどちらかであることが多い。


 あなたは、どちらでもなかった。


 三ヶ月以上、毎日来た。騒がしくしなかった。近づいてこなかった。ただ、本を読んでいた。


 わたしが話しかけたとき、ちゃんと聞いていた。


 続きが気になります、と言ってくれた。


 それが何を意味するのか、わたしには分からなかった。


 今も、分からない部分がある。


 ただ、申し訳なかったという気持ちは本当だ。


 うまく言葉にできないが、それだけは伝えたかった。


 コール


---


 璃生は便箋を持ったまま、しばらく読み返した。


 一回読んだ。


 もう一回読んだ。


 三回読んだ。


 ヤコが、静かに待っていた。


「……コールさん、手紙を書いてくれたんですね」


「そうです」


「手紙を書く人なんですか」


「わたしは、コール様が誰かに手紙を書かれたのを見たことがありません」


 璃生は便箋を見た。


 細くて整った文字が、一枚にびっしりではなく、余白を持って書いてあった。


 余白が多かった。


 まだ言いたいことがあったが、書けなかったのか。


 それとも、余白のある書き方をする人なのか。


 璃生には分からなかった。


 ただ、便箋を持つ手が、少し温かかった。


---


 図書館へ行く前に、璃生はヤコに頼んだ。


「返事を書きたいんですが、便箋を用意してもらえますか」


「はい、すぐに」


 ヤコが用意してくれた。


 璃生は机に向かって、ペンを持った。


 何を書こうか、少し考えた。


 コールは、うまく言葉にできない、と書いていた。


 璃生も、うまく言葉にできないことがある。


 でも、書けることを書こう、と思った。


---


 コール様へ


 手紙と花、ありがとうございます。


 謝罪は受け取りました。


 あなたが怖くない、というのは本当のことです。


 コール様だと分かった瞬間に、怖くなかった。それも本当のことです。


 三ヶ月以上、毎日図書館に来られたのは、本が面白かったからというのもありますが、それだけではなかったと思います。


 コール様が教えてくれることが、面白かったです。


 知らないことが分かるのが、嬉しかったです。


 続きが気になる、というのは、本当のことでした。


 今日も図書館へ行きます。


 ニジトセ


---


 書き終えて、読み返した。


 短かった。


 コールの手紙より、ずっと短かった。


 でも、今書けることは、これが全部だった。


 璃生は封筒に入れた。


 ヤコに頼んで、神官長経由でコールに届けてもらうよう手配した。


---


 図書館へ向かった。


 チョウチョウが廊下で待っていた。


「今日は図書館から行くのか」


「はい。今日はコールさんのところへ先に行きます」


「了解。おれは入口で待つ」


 歩き始めてから、チョウチョウが言った。


「今日、何かあったか。朝から、少し顔が違う」


「コールさんから手紙が来ました」


「コールから?」


「はい」


 チョウチョウが少し考えた。


「……コールが、手紙を書いたのか」


「そうです」


「コールらしくない」


「コールさんらしかったですよ」


「どんな手紙だったんだ」


「謝罪と、それからよく分からない、という内容でした」


「よく分からない」


「自分でもよく分からないと書いてありました」


 チョウチョウは少し間を置いた。


「……それはコールらしいな」


「そうですね」


「返事は書いたのか」


「書きました」


「なんと」


「謝罪を受け取ったことと、怖くないのは本当だということと、続きが気になるということです」


「短いな」


「今書けることを書きました」


 チョウチョウは少し考えた。


「……それでいい気がする」


「そうですか」


「コールは、長い手紙を受け取っても処理できなかったかもしれないから」


 璃生は少し意外だった。


「チョウチョウさん、コールさんのことを分かっているんですね」


「……三ヶ月以上、入口で毎日見ていたからな」


「そうですか」


「見ていれば分かることがある」


 それは、璃生が毎日王子のもとへ通いながら感じてきたことと、同じだった。


「チョウチョウさんも、見ていてくれていたんですね」


「別に、そういう意味じゃない」


「でも、見ていてくれていました」


「……棚の前で本を読んでいただけだ」


「同じです」


「同じじゃない」


「似ています」


 チョウチョウは黙った。


 何か言おうとして、言わなかった。


---


 図書館に入った。


 コールは、いつもと違う場所にいた。


 入口に近い棚の前に立っていた。


 璃生が入ってきたのを見て、一瞬動きが止まった。


「……おはよう」


「おはようございます」


 コールが璃生を見た。


 眼鏡の奥の薄いピンクの目が、璃生を見た。


 何かを確認しているような目だった。


「手紙、届いていましたか」


「……はい」


「読みました」


「……そうか」


「返事も、すでに送りました。神官長様経由で届くと思います」


 コールは少し目を動かした。


「……返事が来るとは思わなかった」


「手紙をいただいたので、返すのが自然かと」


「……そうか」


 コールは棚に向かった。


 本を一冊抜いた。


 また璃生を見た。


「……お茶を、用意する」


「ありがとうございます」


「いつもの場所に座れ」


「はい」


---


 いつもの椅子に座った。


 コールがお茶を用意した。


 カップをテーブルの端に置いた。


 璃生が受け取った。


 温かかった。


 今日の茶葉は、少し違う香りだった。


「今日は違う茶葉ですか」


「……夏に合う茶葉にした。すっきりした味だ」


「美味しいです」


「……そうか」


 コールが自分のカップを持った。


 少し間があった。


「……返事に、続きが気になる、と書いてあった」


「はい」


「鉱石の話の続きか、植物の話の続きか、どちらだ」


 璃生はお茶を飲んで、少し考えた。


「どちらも気になります。でも、それだけじゃないかもしれないです」


「……それだけじゃない」


「コールさんのことが、気になります」


 コールが止まった。


 カップを持ったまま、止まった。


「……わたしのことを」


「はい。コールさんはどういう人なんだろうと、ずっと思っています」


「……図書館にいる人間だ」


「それは知っています」


「本が好きな人間だ」


「それも知っています」


「……それ以外に、何が知りたいのだ」


 璃生は少し考えた。


「コールさんは、図書館の外に出ることはありますか」


「……ほとんどない」


「好きな食べ物はありますか」


「……甘くないものが好きだ」


「甘いものは苦手ですか」


「……苦手ではないが、得意ではない」


「好きな季節はありますか」


「……冬。静かだから」


「冬が好きなんですね」


「……夏は人が多くなる。外が騒がしい。冬は静かだ」


「そうですか」


 璃生はお茶を一口飲んだ。


「コールさんが冬が好きなのは分かりました」


「……それで、何が分かるんだ」


「少し、コールさんのことが分かりました」


「……そんなことで」


「はい。そんなことで」


 コールは何も言わなかった。


 お茶を飲んだ。


---


 しばらくして、璃生は言った。


「コールさん」


「何だ」


「交換日記はどうですか」


 コールが、止まった。


「……交換日記」


「毎日一回、日記を渡しに来ます。コールさんも書いてくれたら、交換します」


「……なぜ」


「手紙を書いてくれたので、書ける人だと分かりました。毎日書けるかどうかは分からないですが、書けたときだけでも大丈夫です」


 コールはしばらく璃生を見ていた。


「……それに、何の意味がある」


「コールさんのことが、もう少し分かるかもしれないと思って」


「……なぜわたしのことを知りたいのだ」


「縁結びの相手だからというのもありますけど」


「……それだけか」


「それだけじゃないかもしれないです」


「……どういう意味だ」


「まだよく分からないです。でも、知りたいと思っています」


 コールは、しばらく璃生を見ていた。


 眼鏡の奥の目が、また何かを確認しているような動きをした。


「……毎日、来るのか」


「毎日来ます」


「書けない日もあるかもしれない」


「大丈夫です」


「……内容は」


「何でもいいです。今日何を読んだとか、今日の天気がどうだったとか」


「……天気を書く日記か」


「そういう日があってもいいと思います」


 コールは少し間を置いた。


「……承知した」


 璃生は少し目を細めた。


「ありがとうございます」


「礼は要らない」


「言います」


「……勝手にしろ」


---


 その日の夕方。


 璃生は部屋に戻って、小さなノートを一冊取り出した。


 図書館で使っているノートとは別のものだった。


 それを日記にしようと思った。


 でも、コールに渡す前に、まず自分で最初のページを書いた。


---


 四ヶ月と少しが経ちました。


 今日、コールさんから手紙が来ました。


 謝罪の手紙でした。


 コールさんは、うまく言葉にできないと書いていましたが、伝わりました。


 返事を書きました。


 短い返事でした。


 でも、今書けることは、あれが全部でした。


 交換日記を提案したら、承諾してくれました。


 コールさんのことを、もう少し知りたいと思っています。


 なぜそう思うのかは、まだよく分からないです。


 でも、知りたいと思っています。


---


 璃生は書いて、読み返した。


 短かった。


 でも、今日の分は、これでいい気がした。


 ノートを閉じた。


 明日、図書館へ持っていこう。


---


 翌朝。


 璃生が図書館へ着くと、コールは巣にいた。


 璃生が入ってきたのを見て、少し体を動かした。


「おはようございます。今日からよろしくお願いします」


「……ああ」


「日記を持ってきました」


 璃生は小さなノートを出した。


 コールに差し出した。


 コールは受け取った。


 ローブの袖越しに、ノートを受け取った。


「読んでいいですか」


「……自由に」


 コールがノートを開いた。


 璃生は椅子に座って、本を開いた。


 コールが日記を読んでいる間、璃生は本を読んだ。


 静かだった。


 いつもの静けさだった。


 でも今日は、少し違う静けさだった。


---


 しばらくして、コールがノートを閉じた。


 璃生に返した。


「……返す」


「ありがとうございます」


「わたしの分は、今夜書く」


「明日持ってきてもらえますか」


「……そうする」


 コールが自分の場所に戻ろうとした。


「コールさん」


「何だ」


「日記を読んで、何か思いましたか」


 コールは少し間を置いた。


「……知りたいと書いてあった」


「はい」


「……なぜ分からないのに、知りたいのだ」


「分からないから、知りたいんだと思います」


「……」


「分かっていることは、知らなくても大丈夫ですから」


 コールは璃生を見た。


 長い間、見た。


「……それは、変な理屈だ」


「そうですか」


「でも、分かった気がする」


「そうですか」


「……わたしも、あなたのことが分からない」


「はい」


「……だから、」


 止まった。


「だから?」


「……なんでもない」


 コールが自分の場所へ戻った。


 璃生は本に目を戻した。


 だから、の続きが何だったのか、聞かなかった。


 聞かなくても、なんとなく分かる気がしたから。


 いつか、コール自身が言葉にできるようになったら、言ってくれるだろう。


---


 翌日の朝。


 ヤコが部屋に入ってきた。


 手に、小さなノートがあった。


「コール様から届きました」


 璃生は受け取った。


 表紙が、昨日渡したノートとは違った。


 コールが自分で用意したノートだった。


 開いた。


---


 一ページ目に、文字があった。


 細くて整った文字で、短く書いてあった。


---


 昨日、あなたが来た。


 日記を受け取った。


 読んだ。


 知りたいという言葉が、わたしには珍しかった。


 わたしのことを知りたいと言う者は、今まであまりいなかった。


 いたとしても、目的があった。


 あなたは縁結びの相手だから、目的がないとは言えない。


 でも、目的だけではない気がした。


 なぜそう思うのかは、わたしにも分からない。


 今夜は、冬が好きだと話した。


 他にも好きなものがある。


 静かな場所が好きだ。


 夜明け前が好きだ。


 匂いで本の古さが分かるのが好きだ。


 それだけ書いておく。


 コール


---


 璃生は、ノートを読んだ。


 一回読んだ。


 もう一回読んだ。


 また読んだ。


 コールが好きなものを、書いてくれていた。


 静かな場所。夜明け前。本の匂い。


 璃生は、それぞれを頭の中で思い描いた。


 静かな場所は、図書館だろう。


 夜明け前は、まだ誰もいない時間だ。


 本の匂いで古さが分かる、というのは、本当に本が好きなんだと伝わる。


 璃生は少し口元が動いた。


---


 その日の図書館で、璃生はコールに言った。


「日記、読みました」


「……そうか」


「夜明け前が好きなんですね」


「……ああ」


「どんなところが好きですか」


「……まだ暗い。でも光が来る前の、どちらでもない時間がある。その時間が好きだ」


「どちらでもない」


「夜でも昼でもない。その曖昧な時間が、静かで、落ち着く」


 璃生は少し考えた。


「わたしも、夜明け前は好きかもしれないです」


「……そうか」


「日本にいた頃、眠れない夜があって。そのとき、窓から夜明けを見たことがありました。真っ暗だった空が、少しずつ青くなって、灰色になって、それから明るくなっていく。それが、きれいだと思いました」


「……きれいだ」


「コールさんも、そう思いますか」


「ああ」


「図書館から夜明けは見えますか」


「……見える。窓から」


「一度、見てみたいです」


 コールは少し間を置いた。


「……朝早く来るなら、見られる」


「本当ですか」


「普段来る時間より、一刻早ければ」


「明日、早く来てもいいですか」


「……来い」


---


 翌朝、璃生は早く起きた。


 ヤコに事情を話して、いつもより早く支度をしてもらった。


 神殿へ向かった。


 まだ廊下が薄暗かった。


 図書館の扉を開けた。


 中は静かだった。


 いつもより静かだった。


 コールは、窓のそばに立っていた。


 外を見ていた。


 璃生が入ってきたのに気づいて、少し振り向いた。


「……来たのか」


「来ました」


「窓から見える」


 璃生は窓のそばへ行った。


 コールから距離を保ちながら、窓のそばに立った。


 外を見た。


---


 空が、まだ暗かった。


 でも、東の方向が、少しだけ明るかった。


 紺色の空の端が、ほんの少し、青みがかっていた。


 夜でも昼でもない色だった。


 どちらでもない、曖昧な色だった。


 璃生はその色を見た。


 きれいだ、と思った。


 コールが言っていた意味が、少し分かった気がした。


「……コールさん」


「何だ」


「夜明け前、きれいですね」


「……ああ」


「毎朝見ているんですか」


「……眠れない夜があると、見ている」


「眠れない夜がありますか」


「……ある」


 璃生は空を見ながら、言った。


「わたしもあります」


「……そうか」


「そういう夜は、どうしていますか」


「本を読む」


「そうですか。わたしも本を読みます」


 コールは少し間を置いた。


「……同じだな」


「そうですね」


 二人で、窓から夜明けを見た。


 空が、少しずつ明るくなっていった。


 紺色が、少しずつ青くなった。


 灰色が混じって、それから、橙色の気配が来た。


 太陽が、まだ見えない。


 でも、光が来る前の気配があった。


---


 璃生の胸の文様が、じんわりとした。


 水仙の輪郭が、温かかった。


 白さの中に、真珠のような光が混じっていた。


 昨日より、確かに混じっていた。


 璃生は服の合わせをそっと開いた。


 薄暗い中でも、文様が見えた。


 水仙の輪郭が、白の中に、かすかな真珠色を帯びていた。


 璃生は服を戻した。


 また窓の外を見た。


---


 コールが、璃生の隣に少し近づいた。


 距離は保ちながら、でも少し近くなった。


 璃生は気づいたが、何も言わなかった。


 コールも何も言わなかった。


 二人で、夜明けを見た。


---


 しばらくして、空が明るくなった。


 太陽の端が、地平線から見えた。


 光が、窓から差し込んできた。


 図書館の本棚に、朝の光が当たった。


 本の背表紙が、光を受けて輝いた。


 璃生は、その光を見た。


 きれいだ、と思った。


 素直に、そう思えた。


「……良かったか」


 コールが言った。


「はい。とてもきれいでした」


「……そうか」


「また来ていいですか」


「……来い」


 コールが窓から離れた。


 自分の場所へ向かった。


「お茶を用意する」


「ありがとうございます」


「礼は要らない」


「言います」


「……勝手にしろ」


---


 その夜、璃生は日記を書いた。


---


 今日、夜明けを見ました。


 コールさんと、図書館の窓から見ました。


 どちらでもない時間が好きだと、コールさんは言っていました。


 見てみたら、分かりました。


 どちらでもない時間には、静けさがあります。


 これから来る光の気配があります。


 でも、まだ来ていない。


 その時間が、なんというか、希望みたいだと思いました。


 コールさんが、眠れない夜に夜明けを見るのが、少し分かった気がしました。


 交換日記を始めて、少しずつコールさんのことが分かってきています。


 まだ分からないことのほうが多いですけど。


---


 書いて、ノートを閉じた。


 窓の外を見た。


 夜だった。


 星が出ていた。


 今夜も、夜明けが来る前の時間が来るだろう。


 コールはその時間を、今夜も見るだろうか。


 璃生は窓に手を当てた。


 胸の水仙が、温かかった。


 真珠色の光が、少しずつ、白の中に広がっていた。


 璃生はその温かさを感じながら、夜空を見た。


 星が、きらきらしていた。


 明日も、図書館へ行こう。


 日記を渡して、受け取って、お茶を飲んで、本を読んで。


 それだけのことが、今の璃生には、大切だった。


---


 神官長スギ=ノキの執務室では。


 神官長が書類に目を通しながら、ふと手を止めた。


 養子のコールが、日記を書いている。


 誰かと交換日記をしている。


 朝早く図書館を開けて、一緒に夜明けを見た、という話を聞いた。


 神官長は書類を置いた。


 目を閉じた。


 長い間、目を閉じていた。


「コール……」


 つぶやいた。


 声が、少しかすれていた。


 神官長は目を開けた。


 窓の外を見た。


 夜だった。


 星が出ていた。


「現在の縁結びの進捗は……」


 独り言をつぶやきかけて、止めた。


 進捗を確認するより先に、感激が来た。


 神官長は書類を持ち直した。


 でも、字が少し滲んで見えた。


 目が潤んでいた。


「……そなたが、ついに」


 誰にも聞こえない声でつぶやいた。


 それ以上は言葉にならなかった。


 ただ、窓の外の星を見た。


 星が、きらきらしていた。


---


*(第十五章へ続く)*

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