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虹色の彼岸、あなたへ〜四色の花嫁〜  作者: 有寄之蟻
第四部 「崩壊と再生」
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第十二章 女神からの中間報告

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## 第十二章 女神からの中間報告


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 真夜中だった。


 医務室の窓から、星が見えていた。


 璃生は眠っていた。


 深く、静かに、眠っていた。


 泣いた夜は、不思議とよく眠れた。


 引き出しの中身を少し出したから、かもしれなかった。


 全部出したわけではなかった。


 でも、少し出した。


 それだけで、体が軽くなっていた。


---


 気配が変わった。


 空気が、ふわりとした。


 璃生は目を開けた。


 天井を見た。


 暗い医務室の天井だった。


 でも、部屋の中央に、何かがあった。


 光、ではなかった。


 気配、に近かった。


 璃生は体を起こした。


 目が慣れると、見えた。


 ベッドの横に、椅子が一脚あった。


 その椅子に、スーツ姿の女性が座っていた。


---


 女神ククリヒメだった。


 いつものスーツ。いつもの結い上げた黒髪。いつもの切れ長の目。


 手帳を持っていた。


 膝の上に手帳を置いて、こちらを見ていた。


「……また突然ですね」


 璃生は言った。


 声が、眠そうだった。


「善処すると言いましたが、難しかったです」


「いつも難しいんですね」


「女神の出現に派手さや静けさを調整する機能はないので」


「正直ですね」


「正直であることは大事です」


 女神は手帳を開いた。


「起こしてしまいましたか」


「目が覚めていました」


「それは良かった」


 璃生はベッドの上で膝を抱えた。


 真夜中の女神との面談は、三ヶ月ぶりだった。


 最初の夜以来だった。


「来てくれると思っていました」


「そうですか」


「今日、いろいろあったので」


「知っています」


 女神はさらりと言った。


「知っているんですか」


「一応、見ています。常にではありませんが、要所要所では」


「今日が要所だったんですか」


「そうです」


 璃生は少し考えた。


「怒っていますか」


「何に対して」


「倒れたことです。心配をかけたことです」


 女神は少し間を置いた。


「心配はしました。怒ってはいません」


「そうですか」


「倒れたことより、倒れるまで無理をしていたことについては、少し言いたいことがありますが」


「……すみません」


「謝罪より改善を」


「はい」


 女神は手帳のページをめくった。


「おめでとうございます」


 璃生は顔を上げた。


「おめでとう、とはどういうことですか」


「次のフェーズに進めます」


「フェーズ」


「縁結びの進捗です。三ヶ月で、三人との縁が一定の段階に達しました。それを報告に来ました」


 璃生は、自分の胸の文様に触れた。


 三つの花の輪郭が、そこにある。


「一定の段階、というのは」


「白から色づき始める直前の段階です。今夜を境に、少しずつ色が乗ってくるでしょう」


「今夜、メイ様と話したことが、関係していますか」


「間接的には」


 女神は手帳を見ながら言った。


「縁結びは、あなたと相手の双方が変化することで進みます。あなたが変化した。それが縁を動かします」


「わたしが変化した」


「はい。存在が許された気がした、と言ったそうですね」


 璃生は少し黙った。


「……聞いていたんですか」


「要所要所では、と言いました」


「そうですね」


「あなたが自分の存在を少し許したこと。それが、縁結びの糸を少し動かしました」


---


 窓から風が入った。


 カーテンが揺れた。


 星の光が、少し強くなった気がした。


「女神さま」


「はい」


「アップデート、と言っていましたが」


「言いましたか」


「心の中で思っていました」


 女神は少し目を細めた。


「心を読んだんですか」


「読んでいません。あなたの表情がそう言っていました」


「……表情には出ていなかったつもりでしたが」


「少し出ていました」


 女神は手帳から目を上げた。


「正確に言うと、情報のアップデートです。三ヶ月、あなたは三人のことを見てきた。最初に伝えた情報だけで判断するのではなく、今のあなたが見てきたものを整理してほしい」


「整理」


「三人それぞれについて、今のあなたが知っていることを、確認してほしい」


 璃生は少し考えた。


「やってみます」


「では、話してみてください。わたしが聞きます」


---


 璃生は膝を抱えたまま、考えた。


「王子様から、始めます」


「どうぞ」


「最初に会ったとき、怒鳴られました。怖かったです。でも、毎日通いました」


「はい」


「最初は格子越しに本を読んでいました。今は、廊下で並んで過ごしています。距離が、少しずつ縮まっています」


「変化は」


「毎日来ると、待っていてくれるようになりました。扉が最初から開いていることがあります。尻尾が揺れます。耳を触らせてくれます。毛並みに触れることを許してくれます」


「あなた自身の変化は」


「最初は、怖いという感情のほうが大きかったです。今は、かわいいという感情のほうが大きいです。大声は今も怖いけれど、感情が高ぶりそうなときに引き際を判断できるようになりました」


「それは」


「王子様をよく見るようになったからだと思います。感情の変化が、少し分かるようになってきました」


 女神が手帳に何か書いた。


「次は」


「コールさん」


「はい」


「最初に会ったとき、ローブとフードと布と眼鏡で、顔がほとんど見えなかったです。巣の中にいて、外に出てこなかった」


「今は」


「毎日図書館に来ると、声をかけてくれることが増えました。鉱石の話、植物の話、いろんなことを教えてくれます。お茶を用意してくれます。カップが二つあります」


「カップが二つ、というのは」


「わたしが来ることを前提に、用意してくれているということだと思います」


「そうですね」


「今日は、フードがない状態で近くにいました。一瞬怖かったけれど、コールさんだと分かったら怖くなかった。それが、自分でも少し不思議でした」


「不思議」


「男の人が近くにいると怖い、という感覚があります。でも、コールさんだと怖くない。三ヶ月で、そうなっていました」


「距離を守ってくれたから、ですか」


「それもあります。でも、それだけじゃないような気もしています。もう少し考えてみます」


 女神が、また何か書いた。


「最後は」


「チョウチョウさん」


「はい」


「最初に会ったとき、女装していました。最初は女の子だと思いました。かわいいと思いました」


「男性だと分かってから」


「やっぱりかわいいと思いました」


 女神の手帳を持つ手が、一瞬止まった。


「……続けてください」


「入れ替わりのことに気づいていましたが、放置していました。キスの件があって、話し合いました。謝罪を受け取りました。タメ口で話してもらうようにお願いしました」


「なぜタメ口を」


「本当のことを言ってくれる人が近くにいないと思ったからです。チョウチョウさんは、見下していたと正直に言ってくれました。それが信頼できると思いました」


「今は」


「侍従として、毎日一緒にいます。王子様の廊下の前で本を読んでいます。図書館では入口で鉱石の本を読んでいます。本当のことを言ってくれます。わたしが大丈夫じゃないとき、大丈夫じゃないと言ってくれます」


「あなた自身の変化は」


「チョウチョウさんの手が温かかったです。握手したとき。怖くなかったです。それが少し意外でした」


---


 璃生は話し終えて、息を吐いた。


 女神が手帳を閉じた。


「よく整理できました」


「ありがとうございます」


「一つ、気づいたことがありますか」


「何でしょう」


「三人それぞれについて話したとき、共通していることがありました」


 璃生は少し考えた。


「……変化、ですか」


「はい。三人とも、あなたが来たことで変化しています。そして、あなたも変化しています」


「はい」


「縁結びというのは、一方向ではありません。あなたが縁を結びに行くのではなく、お互いが変化しながら縁が育っていく。それが、今起きていることです」


 璃生はその言葉を、頭の中で繰り返した。


 お互いが変化しながら縁が育っていく。


「わたしが変化することが、大事なんですか」


「大事です。あなたが存在を許されたと感じた。それが、今夜の縁結びの前進に繋がりました」


「……そうですか」


「はい。だから、焦らないでください」


 女神は手帳をしまった。


「縁結びを急ぐ必要はありません。ただ、状況は刻々と変わります」


「はい」


「周りをよく見て、変化に対応してください。あなたはもう、最初よりずっとよく見えています」


「最初よりは、見えている気がします」


「そうです。だから、今のペースで大丈夫です」


 女神が立ち上がった。


 椅子から、ふわりと離れた。


「この世界に来た目的を忘れるな」


「はい」


「体を壊さないように」


「はい」


「睡眠は取りなさい」


「……はい」


「本は、夜中に読まない」


「努力します」


「努力でなく、読まない」


「……はい」


 女神の口元が、少し動いた。


 笑ったかもしれなかった。


 笑ったのを見たのは、初めてかもしれなかった。


「女神さま」


「何ですか」


「今日、メイ様に話しました。日本でのことを」


「知っています」


「話せました」


「そうですね」


「女神さまは、わたしを選ぶとき、そういう人間だと知っていましたか。風俗で働いていて、男性が怖くて、死にたいと思っていた人間だと」


 女神は璃生を見た。


 切れ長の目が、璃生をまっすぐ見た。


「知っていました」


「それでも選んだんですか」


「そうです」


「なぜですか」


 女神は少し間を置いた。


「それを話すのは、まだ早い」


「まだ」


「いつかは話します。今は、あなたが自分で気づくほうが、大切だと思っています」


 璃生は、女神を見た。


 何かを隠している顔ではなかった。


 ただ、今は話さない、という顔だった。


「分かりました」


「では、また」


「はい。また」


 女神が消えた。


 ふわり、と気配がなくなった。


---


 璃生は、しばらく女神がいた場所を見ていた。


 椅子があった。


 普通の椅子だった。


 さっきまで、女神が座っていた椅子。


 璃生は窓の外を見た。


 星が出ていた。


 いつもの夜空だった。


 でも、少しだけ、いつもより明るい気がした。


---


 璃生は胸の文様に触れた。


 三つの花の輪郭が、そこにある。


 少し、温かかった。


 さっきより、温かかった。


 白さの中に、何かがある。


 色ではなかった。


 でも、色になる前の何かが、そこにある気がした。


 璃生はしばらく、その温かさに触れていた。


---


 女神が言った言葉を、頭の中で繰り返した。


 状況は刻々と変わる。周りをよく見て、変化に対応する。


 この世界に来た目的を忘れるな。


 璃生は目を閉じた。


 目的。


 縁を結ぶこと。


 でも今夜、女神の言葉を聞いて、少し思った。


 縁を結ぶことが目的なのか、それとも縁を結ぶことで何かが変わることが目的なのか。


 よく分からなかった。


 でも、どちらにしても。


 今、ここにいることは、間違いではない気がした。


 メイが言った。あなたがいるだけで十分だ、と。


 女神が言った。あなたが変化することが大事だ、と。


 消えないでほしい、と言われた。


 ここにいていい、と言われた。


 璃生は、窓の外の星を見た。


 星が、きらきらしていた。


 きれいだ、と思えた。


 ちゃんと、きれいだと思えた。


---


 翌朝。


 璃生が医務室で目を覚ますと、外が明るかった。


 よく眠れていた。


 体が、昨日より軽かった。


 隈が、少し薄くなっている気がした。


扉がノックされた。


「おはようございます」


 ヤコの声だった。


「おはようございます」


「具合はいかがですか」


「良くなりました」


「それは良かったです。セイネ様が、今朝診てから退室を決めると仰っていました」


「はい」


 ヤコが朝食を運んできた。


 温かいスープと、パン。


 昨日と同じような、優しい食事だった。


「ヤコさん」


「はい」


「昨日、メイ様にいろいろ話しました」


 ヤコは少し止まった。


「……聞いています」


「心配かけました」


「いいえ」


「でも、良かったです。話せて」


 ヤコは璃生を見た。


「……そうですか」


「はい」


「チョウチョウも、心配していました」


「知っています」


「知っているんですか」


「廊下にいたのが、気配で分かりました」


 ヤコは少し目を細めた。


「……聡い方ですね」


「チョウチョウさんが、廊下の端で窓に額をつけていませんでしたか」


 ヤコは止まった。


「……どうして分かるんですか」


「そういう感じがしたので」


「……そうでした」


「後で会ったとき、心配かけましたと言います」


「……多分、礼を言うなと言いますよ」


「分かっています。でも言います」


 ヤコが、小さく笑った。


「……そうしてください」


---


 朝食を食べ終わった頃、セイネが来た。


 診察をして、退室の許可が出た。


「今日は、無理をしないでください」


「はい」


「図書館と王子のもとへ行くのは、どちらか一方にしてください」


「……どちらかだけ」


「はい。今日は体を慣らす日です」


「分かりました」


「明日以降は、ペースを見ながら徐々に戻してください」


「はい」


「それと」


 セイネが、璃生をまっすぐ見た。


「眠れないときは、言ってください。薬を処方します。一人で抱えないように」


「……はい」


「大丈夫ですか」


「大丈夫です」


「本当に?」


「……はい。昨夜、よく眠れました」


 セイネは少し間を置いた。


「それは良かったです」


---


 医務室を出た。


 廊下に、チョウチョウが立っていた。


 壁に背を預けて、腕を組んでいた。


 璃生を見て、腕を下ろした。


「……顔色、戻ったな」


「はい。よく眠れました」


「そうか」


 チョウチョウが璃生の前に来た。


 昨日より、少し距離が遠かった。


「チョウチョウさん」


「なんだ」


「心配かけました」


「礼を言うな」


「これは礼ではなくて、謝りです」


 チョウチョウが少し止まった。


「……謝ることじゃない」


「心配させたことは、謝ります」


「……」


「あと」


「なんだ」


「廊下にいてくれましたよね。昨日、医務室の前の廊下に」


 チョウチョウの顔が、少し固まった。


「……なんで分かった」


「気配がしました」


「……」


「窓に額をつけていましたか」


 チョウチョウが、視線を逸らした。


「……いたとしても、関係ない」


「いてくれて、ありがとうございます」


「関係ないと言っている」


「いてくれて、嬉しかったです」


 チョウチョウは璃生を見た。


 複雑な顔をしていた。


 何か言いたそうだったが、言えていない顔だった。


「……聞こえていたか」


「何が、ですか」


「昨日の話が」


「廊下でも聞こえましたか」


「……少し」


 璃生は少し間を置いた。


「聞こえていましたか」


「……ああ」


「そうですか」


「おれは、最低だったな」


 チョウチョウの声が、低くなった。


「謝罪は受け取りました」


「でも、聞いたら足りなかったと思った」


「チョウチョウさん」


「もう一度謝る。本当に、すまなかった」


 チョウチョウが頭を下げた。


 前回よりも深く、頭を下げた。


 璃生はそれを見た。


「受け取りました」


「……」


「チョウチョウさん」


「なんだ」


「握手してください」


 チョウチョウが顔を上げた。


「……なんで」


「もう一度、やり直しましょう」


 チョウチョウは璃生を見た。


 しばらく見た。


 手を出した。


 璃生も手を出した。


 握手した。


 温かかった。


 しっかりしていた。


「よろしくお願いします」


「……よろしく」


 チョウチョウが手を離した。


 少し間があって、言った。


「今日は、どっちへ行く」


「王子様のところへ行きます。コールさんには、明日お詫びを言います」


「コールに何を詫びる」


「昨日、心配させてしまいましたから」


「……コールが心配したのか」


「医務室に来られないかわりに、衛兵を呼んでくれました」


 チョウチョウは少し黙った。


「……そうか」


「コールさんは、心配していても言葉にしないだけで、ちゃんと心配しています」


「……おまえには分かるのか、それが」


「少しずつ分かるようになってきました」


 チョウチョウは璃生を見た。


 なんとも言えない顔をしていた。


「……おまえが羨ましいな、正直」


「何がですか」


「コールや王子に、近づけることが」


「チョウチョウさんも、近づけますよ」


「どうやって」


「今のままで行けばいいと思います。入口で鉱石の本を読んで、返すときにコールさんに話しかける。廊下の前で待ちながら、バクシンさんと話す。それが積み重なります」


 チョウチョウは少し間を置いた。


「……気の長い話だな」


「縁結びなので」


「縁結びって、そういうもんか」


「そういうものだと思います」


 チョウチョウが、少し笑った。


「……おまえ、昨日あれだけ泣いたのに、今日はけろっとしてるな」


「泣いたので、スッキリしました」


「泣くとスッキリするのか」


「チョウチョウさんは、泣かないですか」


「……泣かない」


「今度泣いてみてください」


「嫌だ」


「試しに」


「絶対嫌だ」


 璃生は少し笑った。


 チョウチョウも、口元が動いた。


「……行くぞ。王子のところへ」


「はい」


---


 廊下を歩きながら、璃生は胸の文様に触れた。


 触れただけで、今日は分かった。


 温かかった。


 昨日より、確かに温かかった。


 白さの中に、何かがある。


 色になる前の、何か。


 でも、確かにある。


 璃生は手を下ろした。


 窓から外の光が入っていた。


 今日も空が青かった。


 青い空を、璃生はまっすぐ見た。


 きれいだ、と思った。


 ちゃんと、きれいだと思えた。


 昨日より、少し素直に。


---


 その夜。


 夕食のあと、ヤコが部屋を片付けながら言った。


「ニジトセ様、明日からチョウチョウは侍女の役割をヤコに戻します」


「はい」


「ご報告が遅れましたが、チョウチョウはこれより侍従として正式に就きます。ヤコが侍女として、チョウチョウが侍従として」


「分かりました」


「それと、もう一つ」


「はい」


「昨日のニジトセ様のお話は、チョウチョウから少し聞きました。風俗で働いていたこと、男性が怖いこと」


 璃生は少し止まった。


「……はい」


「チョウチョウは、ヤコにも隠していました。それも話してくれました。自分がしたことが、どれだけひどいことだったかを、ちゃんと分かっていると」


「チョウチョウさんが話してくれたんですね」


「はい。珍しく、正直に話してくれました」


 璃生は少し考えた。


「それは良かったです」


「……ニジトセ様、兄を許してくださって、ありがとうございます」


「許す許さないというより」


「はい」


「チョウチョウさんが正直でいてくれることが、わたしには大切なんです。それだけです」


 ヤコは璃生を見た。


 静かな目だった。


「……兄は、本当は正直な人間です」


「知っています」


「隠すのが上手すぎて、自分でも気づいていないことが多いですが」


「それも、少しずつ変わっていると思います」


「……そう、思います」


 ヤコが部屋を出る前に、璃生は言った。


「ヤコさん」


「はい」


「明日、コールさんのところへ行きます。一緒に来てもらえますか」


「……わたしがですか」


「コールさんはヤコさんのことを知っています。神官長様の養子ですから。初対面ではないほうが、少し入りやすいかと思って」


 ヤコは少し考えた。


「……分かりました」


「ありがとうございます」


「わたしなどが役に立てるか分かりませんが」


「役に立たなくても大丈夫です。一緒に来てくれるだけで十分です」


 ヤコは頭を下げた。


「承知いたしました」


---


 扉が閉まった。


 璃生は窓の外を見た。


 夜空だった。


 星が多かった。


 今夜は、見ていて怖くない夜空だった。


 広くて、遠くて、でも怖くない。


 ただ、きれいだった。


 璃生は窓に手を当てた。


 冷たかった。


 でも、嫌な冷たさではなかった。


 胸の文様が、ふわりと温かかった。


 三つの花の輪郭が、今夜もそこにある。


 消えていなかった。


 明日も、ちゃんとここにいよう。


 璃生はそう思いながら、ベッドに横になった。


 今夜も、眠れる気がした。


 目を閉じる前に、もう一度だけ夜空を見た。


 星が、きらきらしていた。


 ここにいていいんだ、と、今日も思えた。


 それだけで、十分だった。


---


*(第十三章へ続く)*

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